第207話「桃花の刀」

「まさかこんなに早く熟練度カンスト達成するなんてね」

「えへへ。応急修復用マルチマテリアルを湯水のように使いました」


 場所は変わり、スサノオの片隅にひっそりと佇むネヴァの工房へやってきた。

 黒鉄鉱や虹結晶、その他諸々の鉱石類を納品する傍らで、トーカはネヴァについ先ほど達成した偉業について報告していた。


「あれ、結構高いのに。地上に戻って鍛冶師の修理を受けた方が効率が良かったんじゃない?」

「金額とか色々なコストは確かにそうですが、現地ですぐに直して修練を続行したかったので」


 後頭部に手を当てるトーカを見て、ネヴァは仕方なさそうに肩を竦める。

 トーカの人外じみた反復作業による修行は、当然武器の耐久も猛烈な勢いで削っていく。

 彼女は修行を始める前に普段使っている鉄刀・金剛花からより耐久に優れるものをネヴァに特注して作って貰い、更に応急修理用マルチマテリアルというアイテムを大量に買い込んでもいた。


「応急修理用マルチマテリアルって、文字通り応急修理用のお守りみたいなアイテムなんだけどね……」


 ネヴァが呆れるのもよく分かる。

 本来このアイテムは誰でも現地で武器の修復ができる代わりに、価格が高く耐久の回復量も少なく効果そのものが時間制限付きというバランスになっている。

 どうしても武器が壊れそうで絶体絶命という時に使い、どうにか町に戻って鍛冶屋に駆け込むまでの時間稼ぎにするものなのだ。

 それを彼女は往路のカルビたちに満載し、巣の傍に置いた簡易保管庫ポータブルストレージに入れて使っていた。

 俺からすればブルジョワジーの所業である。


「それで、熟練度カンストした技の冴えはどんな感じだったの?」

「それが……実はまだ試してないんです」


 トーカの回答に、期待を顔に浮かべていたネヴァはぽかんとする。


「どうせなら修行用の太刀ではなくて、武器も今一番良いものにしたいと思いまして」


 そこで、と彼女は鍛冶師の前へとにじり寄る。

 それだけでネヴァも言いたいことが察せたようだ。


「ふふ。分かったわ、良い物作ってあげるわ」

「っ! ありがとうございます!」


 袖を捲り、胸の中心を叩くネヴァ。

 彼女は早速俺たちが納品したばかりの鉱石の山を見上げた。





「そういえばあのマッスルモグラはどうなってるんだ?」


 階下でリズミカルに響く鉄を打つ音を聞きながら、ふと気になって口を開く。

 トーカから詳しい要望を聞き出し設計図を描いたネヴァは、早速工房に籠もって製作に集中している。

 その間手隙になった俺たちは、いつものように二階のテーブルを囲んでゆったりと過ごしていた。


「まだ討伐されてないみたいです。4層の階層主が出てこないので、一部の任務ができないようになってるって」

「ずっとあそこにいるのか。なんか奇妙だねぇ」


 掲示板で情報を調べていたレティが現状を語ると、ラクトが唇を突き出して眉を寄せる。


「wikiにも専用ページできてるし、依頼も出てるわね。“求む! 筋肉モグラ討伐者”ですって」

「正式な名前は分かっていないのでしょうか」

「一応高レベルの看破系〈鑑定〉スキル持ちが調べたので判明していますよ。“巌のプティロン”って言うみたいです」

「……マッスルモグラでいいな」


 たぶん、みんなそう思ったのだろう。

 wikiでも掲示板でもアレの呼び方はマッスルモグラか筋肉モグラかチョコパイが多い。


「あれは所謂レアエネミーという存在でいいのでしょうか」


 トーカが疑問を口にする。

 レアエネミーというのは、個体数が極端に少なかったり隠れるのが上手かったりと発見することが難しい原生生物のことだ。

 漢字で書くと希少原生生物。

 ドロップアイテムも強力な武具の素材になったりと高価なものが多く、レアエネミーを専門に狙うバンドもあったりする。


「どうだろうな? レアエネミーでも普通のエネミーでも、討伐されずに時間が経てばデポップするはずだろ」


 ボスなど特殊な個体以外の原生生物は狩られない限りずっと生存しているわけではない。

 この世界でおよそ数日程度の時間が経つと、彼らは問答無用で消滅するのだ。

 恐らくはゲームデータの処理量などのメタ的な事情によるのだろうが、それによって消滅しないのは本当に限られている。


「じゃあ、ボスなの?」

「リアルで2週間デポップしてないし、何よりあの強さだ。名前もボスっぽいし、あり得るんじゃないか?」

「でも、他のボスの巣を乗っ取るボスなんて聞いたことないですよ?」


 レティの言うこともよく分かる。

 ボス――デポップ処理を受けない存在というのは、その代わりに特定の場所から殆ど動かないという特徴がある。

 その特定の場所というのが、所謂“巣”なのだ。

 筋肉モグラが現在陣取っている場所は元々白爪のモグラが棲んでいた場所であり、アイツの巣ではない。

 自分の巣を持たないボス、他のボスの巣を分捕るボス、どちらも聞いたことがない。


「だからこそ特殊な個体なんじゃない」

「そういうことなのかね」


 ラクトの統括に、今の時点ではそれ以上の結論はでないと頷く。


「あの場所から逃げられていないのなら、探す手間がないので良かったです」

「そ、そうですか」


 当のトーカにとって大事なのはその一点のみらしく、彼女の朗らかな表情に周囲が苦笑する。

 その時だった。


「できたわよ!」


 一振りの刀を持ったネヴァが階段を登って現れる。

 待ちわびていたとトーカが立ち上がり、彼女の元へと駆け寄る。


「でかいな、これは……」


 トーカの手に渡ったそれを見て思わず驚愕の声を漏らす。

 漆のような艶のある黒で塗られた、すらりと美しい鞘だ。

 鮮やかな桃の花が刻印され、鍔は開いた花弁を模している。


「銘は花刀・桃源郷。武器カテゴリは刀剣、刀、大刀。芯材に黒鉄鉱、表面に白鉄鉱を使って、鞘や鍔の装飾には色の淡い赤結晶を嵌め込んでるわ」


 ネヴァの自慢げな解説を聞きながら、トーカは鞘から刀を引き抜く。

 シャラリと鈴を揺らしたような涼しい音と共に、白い刀身が露わになる。


「すごい……。とても綺麗です……」


 ランプの光を受け淡く桃色を反射する刀身に、トーカは恍惚とした表情を浮かべる。

 肉厚で、重量感のある刃だ。

 鋭く研ぎ澄まされたそれは、鋼鉄でさえ紙のように易々と切り裂いてしまうだろう。


「要求スキルは〈剣術〉レベル80。それに〈彩花流〉の習得も条件に入ってるわ。まさしく、トーカのための刀よ」


 驚くことにこの刀は装備条件に〈彩花流〉の習得が入っているようだ。

 今まで装備条件に特定の流派が挙げられる事例を聞いたことはなく、俺はそんな特殊な武器を軽々と打ってみせるネヴァの手腕に目を見開く。


「トーカの要望通り、抜刀系テクニックにダメージ補正が入るように調整したわ。クリティカル補正も上がってるし、抜刀主体の戦闘スタイルに特化してるからね」

「ありがとうございます。とても、私の要望通りの刀です」

「この子の元になった鉄刀・金剛花が、この姿を教えてくれたのよ」


 深々と頭を下げて謝意を示すトーカ。

 彼女に深い笑みを向けてネヴァは言う。


「これがあればあのモグラもバラバラにできると思います。本当に、ありがとうございます!」

「え、ええ。……まあ、刀的にはそれが本望でしょうし」


 キラキラと瞳を輝かせながら物騒な言葉を放つトーカにネヴァが苦笑する。

 それに気付く様子もなく、トーカはくるりと俺の方へ顔を向けた。


「レッジさん!」

「準備はできてる。いつでも出発できるぞ」

「っ!」


 彼女の言いたいことなど俺でなくとも分かる。

 新しい武器、そして鍛え上げた技が揃った今、彼女は一刻も早くあの筋肉モグラに挑戦したいのだろう。


「じゃ、出発しましょう!」

「カンスト抜刀術かぁ。わたしも楽しみになってきたなぁ」


 レティが大きく腕を突き上げ、ラクトも彼女たちの興奮に乗せられている。


「……ネヴァも、来る?」


 最後尾を歩いていたミカゲがふとネヴァに声を掛ける。

 突然の事に驚きながら、彼女は柔和な顔で首を振る。


「私はいいわ。ここからでも観れるから」

「それは、どういう……?」


 ミカゲが首を傾げた時、ドアの前に立ったトーカが彼に声を掛ける。


「ミカゲ! はやく行きましょう。レッジさんも!」

「はいはい。そう急いだら転ぶぞ」

「……」


 結局ネヴァの言葉の真意を聞く間もなく、俺はレティに、ミカゲはトーカに引っ張られて工房の外に出る。


「頑張ってねー」


 そんな俺たちを、ネヴァが楽しげに手を振って見送った。


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Tips

◇応急修理用マルチマテリアル

 ナノマシン集合金属の機能を修復する特殊な素材。損傷した“天叢雲剣”を直し、一時的に使用できるまで回復させるためのもの。

 使用にスキルや設備は必要なく、現地で武器の使用者本人が修復を行えるが、耐久値の回復は一時的かつ微量であり、アイテム自体が高価であるため、コストパフォーマンスが良いとは言いがたい。

 あくまで応急修理用であることを念頭に、普段からこまめに鍛冶師にメンテナンスしてもらうことを推奨する。


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