第208話「乱れ咲く花」

「やっぱり混んでるな」

「イベントとかも無くて皆やることないんですよ」


 アマツマラにとんぼ返りした俺たちは、早速ゴンドラに乗り込んで第一層へと降り立った。

 ここ最近は毎日見ていたから慣れているとはいえ、やはり二週間前よりも遙かに人の密度が高い。

 誰も彼もが熱心に話し込み、掲示板やwikiのウィンドウを開いている。

 坑道の両脇では様々な物資を販売する商魂たくましい露店も立ち並んでいた。

 これら全てが、二週間前唐突に現れた“巌のプティロン”に起因する騒ぎなのだろう。


「こんなに沢山居たら、私が挑む前に倒されませんかね……」


 そう言って眉を寄せるのは、さっきから殺気を研ぎ澄ませているトーカである。

 この二週間で目立った戦果を挙げたプレイヤーも報告されていないし、その可能性は低いだろうが無いとまでは言えない。


「筋肉モグラ挑戦者のパーティはこちらの列に並んで下さーい!」

「お、あそこが最後尾みたいだぞ」

「うわぁ、4層から1層ここまで続いてるんですか、この列……」


 ずらりと並ぶ長蛇の列を見てげんなりとするレティ。

 彼女の気持ちもよく分かるが、並ばないことには挑戦権も得られない。

 この、例えゲームの中でも律儀に並ぶのは国民性故らしい、実際のところはどうなんだろうな?


「看板持ちます」

「えっ? これ自前ので……」

「あっ、す、すみません!」


 レティと列の整理をしてくれていたプレイヤーの間で少し混乱があったが、なんとか列に加わる。

 その後も後ろにドンドンと列は伸び、ゴンドラの手前まで行きそうな勢いだ。


「あんたらもモグラに挑むのかい?」


 並んでいる間暇だったのだろう、前のパーティが話しかけてきた。

 あのモグラに勝るとも劣らない筋骨隆々のゴーレムパーティだ。


「俺たちっていうか、この子だけどな」

「なんだ、ソロでやるつもりなのか?」


 俺がトーカを顎で示すと、彼らは意外そうな表情でまじまじと彼女を見つめる。

 そうしてしばらくした後、風船が破裂したように笑い出す。


「はっはっは! そりゃ無謀ってもんだぜ。確かに武器は中々強そうだが、一人ってのが無理筋だ。パーティならまだしもな」

「そうなのか?」


 情報収集と時間つぶしも兼ねて会話に乗る。

 レティたちも会話には参加しないようだが、耳はこちらに傾けていた。


「あのモグラはとにかく硬ぇんだ。一人の火力じゃあ、例えクリ特化構成でも装甲を貫けねぇだろうな」

「複数人で同時に攻撃しないとダメってことか」

「ああ。俺たちも、最初は俺が一人で行って歯が立たなかったからこうして並び直してんだ」

「なるほど。まあこっちも無理なようなら他のメンバーが参加するつもりだよ」

「最初からそうした方がいいと思うがね。ま、その辺はあんたらの勝手だな」


 そう言って豪快に笑いながら肩を叩いてくるおっさん。

 思わず肩が外れそうな力は、ゴーレムだからかそれともスキルによるものか。


「手出しは無用ですよ」


 会話が区切れた頃、トーカがこっそりと近寄ってきて唇を尖らせる。

 どうやら彼女はどうしても一人であのモグラを斬りたいらしい。


「分かってる。いよいよ危ないってならない限りは見守ってるさ。支援もしない」

「小屋も無しですからね。私は私の技であの筋肉を斬るんです」


 どうやら彼女は一度決めてしまうとしつこいほどに頑固らしい。

 一人で逆上がりするのだと鉄棒の前で拗ねていた姪を思い出して苦笑する。


「それにしても、随分サクサクと列が進みますね?」

「言われてみればそうかも。列は長いけど、時間はあんまり掛からないかな?」


 レティの指摘通り、列はそれなりの速度で進んでいく。

 いつの間にかもう第2層に入っているし、少し遅めの歩調で歩くくらいの速度だ。


「皆瞬殺されてんだよ。アイツは硬い上にすばしっこくて、攻撃も重てえからな」


 親切なおっさんがこちらを振り向いて教えてくれる。


「なんか、大根がすりおろされてるみたいですね……」


 ずんずんと進んでいく列を嫌な言葉で形容するレティ。

 それとは裏腹に、坑道内の原生生物は列に並んでいない他のプレイヤーが倒してくれているのもあって、平和そのものだ。

 余計な物資の消耗も無く、等間隔で休憩所のように〈野営〉スキル持ちによるテントも建っているので常にLPも満タンである。


「〈野営〉スキルも随分見直されましたね」

「始めた頃はいらないスキル扱いだったからな。ようやく皆、この良さが分かり始めてきたか」

「まあレッジの傍若無人っぷりを見たら取りたくなる気持ちも分かるよ」


 なにげに失礼な事を言われているが、今は気分が良いのでスルーする。

 そうしている内に3層も終わり、ついに4層へと入る。

 前方のゴーレムおっさんのパーティも最後の確認を始め、気合いを入れ直しているようだ。


「そろそろだな」

「すまんね、兄ちゃん。俺たちが倒しても文句言うなよ」

「ああ。その時は拍手するよ」


 ニィと白い歯を剥くおっさんにサムズアップで答える。

 おっさん達は重厚な鎧とフルフェイスのヘルメットを被り、それぞれに大きな金属の武器を持つ。

 大剣、ハンマー、大槍、重機関銃と、どれも火力に特化した凶暴な得物だ。


「“巌のプティロン”最前列になりまーす。前のパーティの撤退が確認されましたら合図しますので、入って下さーい」


 列の整理をしてくれているのはどこかのバンドなのだろうか。

 お揃いの黄色いシャツを着たプレイヤーに促され、おっさんズが列から離れていく。


「では、どうぞー」

「行くぞぉぉ!」

「おおおぉぉぉお!!」


 野太い雄叫びを上げておっさんズが勢いよく巣へ飛び込んでいく。

 重く腹の底に響くような重機関銃の乱射、鉄を叩くような打撃、そして――


「はい、次の方ー」


 すぐにトーカの順番が回ってきた。


「えっと、お一人ですか?」

「はいっ!」


 困惑するスタッフにトーカははっきりと頷く。

 チラチラと視線を送られ、俺たちも頷くと、彼もとりあえず了承したようだった。


「分かりました。では、頑張って下さい」

「はいっ!」


 すらりと背筋を伸ばし、彼女は大きく呼吸を繰り返す。

 薄く瞼を閉じて精神を統一させ、凪のような心で巣の中へと入っていった。


_/_/_/_/_/


 巣の中は暗かった。

 坑道から外れたここに、ランタンの光は届かない。

 セメントで固められたような滑らかな壁の、広い楕円形の空間に踏み込んでいく。

 湿っぽい静寂の中で、土を踏む音だけが響く。

 否、暗闇の向こうには居る。


「えっと、プロテインさんでしたっけ……?」


 暗闇の中でブンブンと腕を振る音がする。

 彼は今も岩の舞台に立って雄々しいポージングを続けているのだろう。


「やはり、舞台に乗らない限り攻撃はしてこないようですね」


 それならば、都合が良い。

 戦闘に特化した構成ではあるが、いくつか事前に使っておきたいバフテクニックがある。


「『猛攻の姿勢』」


 全身の出力を上げて、更なる力を発揮するバフ。

 攻撃力が大きく上昇し、代わりにあらゆる行動に伴う消費LPが増える。

 更に対となる『専守の姿勢』が使えない。


「『修羅の構え』」


 先の技と似ているが、効果は重複する。

 ふつふつと腹の底に熱を感じ、攻撃力と攻撃速度が上がり、LPが徐々に減少を始める。


「『心眼』」


 サムライにのみ許された専用テクニック。

 敵の動きを視覚だけでなく全ての五感で感じ取り、擬似的な未来予知を可能にする。

 だけでなく、敵の身体の隅々までを観察し、最も効率的に攻撃が通る場所を見定める。


「ふぅ……」


 普段なら、この三つを全て使うことは稀だ。

 LPの消耗が重すぎるし、そもそもこれらを使うほどの脅威を感じることがない。

 しかし、目の前で悠々とサイドチェストやバックダブルバイセップスやフロントラットスプレッドを取り続ける赤茶色の達磨は、この三つを使うに値する存在だ。

 鯉口に手を添えて、唇を一文字に切る。

 まるで指先に吸い付くような見事な刀だ。

 ずっと前から相棒だった鉄刀・沸き花、鉄刀・金剛花の存在をその内側に感じる。


「以前とは違いますよ、私は」


 サイドトライセップスを決める毛皮のサンドバッグを睨み上げる。

 心眼によって強化された今、その余裕綽々の表情がよく見える。

 だからこそ、――はらわたが煮えくり返る。


「――彩花流、陸之型、二式抜刀ノ型」


 初めから出し惜しみはしない。

 己が出せる最大火力を、まずはその首に向かって。


「――――『絞り桔梗』ッッッ!」


 岩を砕き、身体が飛び出す。

 全身の人工筋繊維が収縮し、私は一条の矢となってその首筋へ肉薄する。

 刹那、黒鞘から抜き出した桃の刃が皮を切る。


「いけるっ!」


 そう確信した瞬間だった。

 ブチブチと荒縄を切るような感触と共に刃が止まる。

 驚愕して刀を見ると、それは赤褐色の肉の中程まで切り込んで止まっていた。


「っ! どんな繊維してるのっ」


 達磨の肩に足を掛け、強引に刀を引き抜いて離脱する。

 その瞬間、さっきまで私がいた場所に鋭い斬撃が放たれた。

 まるでダメージを感じさせない攻撃に息を呑み、すぐに気持ちを切り替える。


「大丈夫。ダメージは与えられてる」


 達磨の頭上に現れた赤いHPバーは僅かながら削れている。

 これならば、いける。


「『一閃』」


 速度ならば随一。

 着地した瞬間バネのように緊張を解き放ち、幹のように太い足を狙う。


「『飛隼』」


 返す刀で更に二連。

 左右の足の腱を裁ち切り、さしもの達磨も声を上げる。


「はっ! 『一糸乱斬』」


 鍔を打つ音。

 一瞬遅れ、無数の斬撃が達磨の全身を切り刻む。


「『鉄山両断』」


 居合いとは、鞘から刀を抜くその瞬間に莫大な力を溜め一瞬に解放する技。

 ある境地に至った居合いは、鉄の山すら一刀のもとに斬り伏せる。


「――『迅雷切破』」


 技の衝撃で離れた距離を詰めるため、直線距離を一瞬で移動できる技を選んだ。

 コンマ1秒ごとに達磨の身体に傷が増えていく。

 それとは裏腹に、私は一切の攻撃を受けていない。

 当然だ。

 彼の攻撃のほんの先端が掠めただけでも、LPが半減し技は何も使えなくなる。


「『一閃』」


 圧倒しなければならない。

 圧勝でなければならない。

 反撃の隙を与えず、一瞬の呼吸も許さず。

 一刀を尊ぶ抜刀技を絶えず繰り出し、常に先手を取り続けて。


「『絞り桔梗』ッ!」


 流派技に限った話ではないが、技は言葉と動作が完璧であるほどに威力が増す。

 コンマ01秒が惜しい今、彩花流やら何の型やらと悠長に語っている時間は無い。

 その代わり、完璧な構えと完璧な抜刀によって、最高の威力を繰り出す。


「『一糸乱斬』ッ! 『飛隼』ッ!」


 LPの回復速度は遅い。

 私は最大量を重点的に伸ばしているから、当然だ。


「はっはっはっ」


 荒い呼吸を強引に抑え、懐に忍ばせていたアンプルを割る。

 大きく跳躍するようなことはない。

 サムライの要件でもある〈歩行〉スキルは、接地している時にこそ本領を発揮する。

 だから、滑るように地を駆け、敵の攻撃を掻い潜る。


「『花椿』――!」


 刀はまるで映し鏡のように、私の意のままに動いた。

 打ってくれた彼女に感謝しつつ鞘に収める。

 太い腕が鼻先を掠める。

 僅かに反ってそれを避け、足を滑らせ刀を抜く。


「『一閃』ッ!」


 時間感覚が麻痺し、ただ九つの技のディレイと敵との位置関係だけをパズルのように組み立てていく。

 もはや敵の残存体力など見ていなかった。

 アレが倒れた時が、アレの体力が無くなった時だ。


「『一閃』ッ!」


 暗闇に雷光が走る。

 稲妻が暗闇を駆け、肉を切り骨を断つ。

 やがて精神は過集中の領域に突入し、私は俯瞰的に戦闘を考え始める。

 もはや身体は自動で動き、全ての攻撃を無意識で繰り出していた。


「『明鏡止水』」


 土煙を上げて地面を滑る。

 足袋が擦れ草履の鼻緒が千切れそうになるが、もう少しだけ耐えて貰う。


「『百合舞わし』」


 刀を地面に突き刺すことで勢いを殺し、強引に方向を転換する。

 1秒でも動きを止めればその瞬間に掴まり身体を砕かれる。

 今回は緊急バックアップデータカートリッジも持ってきていない。


「『花椿』」


 心眼が看破した巌の隙間を狙って刃を向ける。

 しかしどれほど刃を立てようと、達磨の喉元には届かない。

 限界まで極めた技を以てしても、あと一歩、そこに届かない。


 ――何か、最後の一つが必要ですね。


 諦観にも似た暗澹とした気持ちでそんな結論を出した、その時だった。

 脳裏を閃光が燦めいた。

 まるで天啓を得たかのように、鮮明な映像が現れる。


「――なるほど。わかりました」


 大きく背後へ飛び退き、達磨と距離を取る。

 突然攻撃が止み、達磨は怒りに牙を剥きながら私を睨み付ける。


「大丈夫。これで最後です」


 桃源郷を鞘に収める。

 肩の力を抜き、自然な姿で立ち尽くす。

 一見すると無防備極まりない。

 彼もそう思い、残忍な笑みを浮かべた。


「ええ、大丈夫」


 厄介な虫の息の根を止めようと、筋肉が走る。

 遠く離れたつもりでも、その強靱な足は一瞬でその距離を詰めて現れる。


「彩花流、抜刀奥義――」


 瞳を閉じて、黒い鞘を撫でる。

 押しつぶされそうな存在感が襲いかかってくる、その一瞬に狙いを定め、息を吐く。


「――『百花繚乱』」


 暗い穴の中に、鮮やかな花が咲き乱れた。


_/_/_/_/_/

Tips

◇花刀・桃源郷

 鉄刀・金剛花を元に強化を施した重量のある大刀。色の薄い赤結晶で桃の花の装飾がなされた黒鞘は、内側も滑らかに仕上げられているためスムーズな抜刀を可能にしている。

 刀身は芯に黒鉄鉱を、表面に白鉄鉱を用い、薄い桃色に染まっている。折れず曲がらず良く切れるという刀の真髄を追求した、究極の一本。


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