第206話「開祖の真髄」
ツルハシを打ち付ける。
カーン、と小気味の良い音が坑道に響き、大きな岩が真っ二つに割れる。
その亀裂の中から転がり出てきた石を鑑定し、選別していく。
アマツマラ地下坑道第8層で産出される黒鉄鉱は、精錬するとブラックスチールインゴットができる。
これが様々な金属防具や武器に使用される基本的な素材の一つで、価格と性能のバランスが良いため常に高い需要があるのだ。
「とはいえ、こんだけ掘り続けても買い取ってくれるネヴァは凄いな」
小屋まで戻り、扉の傍に座っていたレティに声を掛ける。
彼女は待機させていたカルビの背中を開き、俺がゼロビットで露店に並べた黒鉄鉱をその中へと放り込んでいく。
アイテムが大量にある時は、普通にトレードで渡すよりこっちの方が早い。
「もう二週間連続で採掘ですからね。流石にレティも飽きましたよ」
完全に手慣れてしまった作業をしつつ、彼女は大きく欠伸を漏らす。
そう、ネヴァの護衛としてアマツマラに潜ってから早くも二週間の月日が流れ、その間俺たちはずっと坑道に潜っていた。
たまにネヴァが付いてくることもあるが、基本は白鹿庵のメンバーだけで潜り、彼女はスサノオの工房で納品を待っている。
単価もそれなりに高い鉱石をあるだけ買い取ってくれるから万年金欠の俺にとってはありがたいのだが、レティたちは単調な地下の景色に精神をすり減らしていた。
「出てくるエネミーも、行動パターンから弱点部位まで全部把握しちゃいましたしね。レアドロップも一通り出ちゃいましたし」
カルビのインベントリに鉱石を積み終えたレティは、天井に向かって手を伸ばす。
「お疲れ様ー。調子はどう?」
「ラクト。お疲れ様です。こっちはいつもと変わらずカンカンやってましたよ」
レティと駄弁っていると、坑道の奥からラクトとエイミーの二人が戻ってくる。
二人の装備は土で汚れ、激しい戦闘を終わらせたことを物語っていた。
「こっちはとりあえず、14層まで行ってきたよ。12層の階層主はでっかい蛙だった」
「ゴム板殴ってるみたいで、ちょっとやりにくかったわね」
小屋の前で焚かれた火に当たりつつ、彼女たちは疲労と傷を癒やす。
俺が採掘をしている間の護衛はレティ一人でも事足りるため、二人はどれだけ奥へと進めるかというダンジョンアタックをしていた。
「かなり慎重に進んでるな」
「階層が深くなると、坑道も入り組んでくるんだよ。それに二人だけだとヒーラーがいないから、傷付いたら休憩してるしね」
レッジのありがたみがよく分かるよ-、とラクトは焚き火に向かって手を伸ばす。
「それで、あっちの様子はどうなの?」
ラクトの隣に座ったエイミーが、小屋の後ろに開かれた穴の奥へ視線を向けて尋ねる。
そこからは絶えず何かを切る音が響き続け、一分に一度岩盤を揺るがすような断末魔が発せられる。
「完全に作業だな。討伐時間15秒、リポップ45秒、丁度1分で1サイクル回して熟練度稼いでるよ」
「休憩も無しに、良くやるわねぇ」
「LP自然回復系のアクセサリーを色々付けてるから、リポップ時間で回復が追いつくらしい。もう被弾もしてないだろうしな」
「流石、腐っても“開祖”ね」
呆れたような、感心したような、もしくは恐ろしい者を見るような、複雑な表情を穴の先に向けるエイミー。
45秒間の静寂が終わり、また15秒の戦闘が始まる。
「この2週間ずっと。レティなら一瞬で精神がおかしくなりそうです」
「採掘以上に単調な作業だからな。出てくる敵も、位置も固定で、出す技と順番も決まってる。プログラムみたいなもんだ」
断末魔が響き、45秒の休憩。
15秒の戦闘が始まり、また断末魔で終わる。
「ミカゲも良く付き合うよね。特にすることもないんでしょ?」
「一応不慮の事態に備えてるらしいが、対処できないレベルの事態が起きたらミカゲも手に負えない気はする」
「でもミカゲは行動阻害系のテクニックいっぱい持ってるし、逃げるだけならできるのかな」
穴の奥にある空間では、忍者の青年があの単調な戦いをずっと見守っているはずだ。
それはそれでかなり苦痛を感じる気もするのだが、彼は自ら率先して行っている。
つくづくあの姉弟は仲が良い。
「トーカさん、やっぱりレティたちよりもアストラさんたち側の人間ですよね」
「ガチ勢というか攻略勢というか」
「やりこみ勢?」
「手動マクロかな」
断末魔、45秒、15秒、断末魔。
穴の向こう――第8層の主が住まう巣では、一人の少女による終わらない殺戮が繰り広げられていた。
階層主である虹結晶を纏うクリスタルワームは、他の原生生物と比べてもリポップ間隔が極端に短い。
彼女はその特性を利用して、この2週間ずっと刀を振るい続けていた。
リポップ場所を覚え、攻撃パターンを覚え、それに合わせて技の出し方を組み立てる。
そうして確立した必勝の流れを、彼女は何千回と続けているのだ。
恐らくは何も考えていないのだろう。
斬り、待ち、斬り、待つ。
それを繰り返し、不要な思考は全て放棄しているはずだ。
そのためにミカゲが傍に付いていて、時折階層主に挑むためやってくるプレイヤーに譲っている。
そうして、彼らが立ち去れば、また同じループを始めるのだ。
「恐ろしいくらいの反復だよ。俺には無理だ」
「多分できる人居ないと思いますよ。あれはもう才能とか、そういうレベルでもないです」
あり得ないほどの集中力だ。
数個の動作を繰り返すだけの単調な作業に耐えるだけの強靱な精神力もある。
彼女の修行はまさに効率の粋を凝らしたものだろうが、それだけに難しい。
ディスプレイ越しのゲームならまだしも、VRゲームでこれほどまでの作業を続けられる人が他にどれだけいるだろうか。
斬る、断末魔、待つ。
斬る、断末魔、待つ。
斬る、断末魔、待つ。
……。
…………?
「あれ、ループ終わった?」
「ほんとだ、音が聞こえてきませんね。他の挑戦者が来たわけでも無さそうですが……」
突然静かになる穴の奥を見つめ、俺たちは首を傾げる。
何か、不慮の事態でもあったのだろうか。
「――ぃぃぃょっしゃぁぁああああ!」
「ッ!?」
穴の奥から歓喜の叫びが轟く。
良く知った声だが、全然知らないテンションに、俺たちは立ち上がって驚く。
「ね、姉さん落ち着いて。素が出てる!」
「っ! こ、こほん。やりましたよ、ミカゲ!」
気を取り直しつつも、取り繕い切れない興奮を滲ませた声。
ドキドキとしながら待っていると、穴の奥から彼女が現れた。
「よ、よう、トーカ」
「レッジさん。今まで私の我が儘に付き合って貰って、ありがとうございました。私、ついにやり遂げました!」
うん、なんとなく分かってた。
そんな言葉を飲み込んで、うずうずとしている彼女の元へ駆け寄る。
ネヴァの護衛が終わってからもこうしてアマツマラ地下坑道に潜っていたのは、他でもないトーカがそれを熱く希望したからだった。
彼女はこの第8層のボス部屋――修行部屋と呼んでいるここで、抜刀系テクニックの熟練度を極めるために鬼のような修練を続けていたのだ。
「なんとなく分かるけど、結果を教えて貰ってもいいかしら」
エイミーが促すと彼女は深く頷いてステータスウィンドウを可視化させる。
「『一閃』『飛隼』『迅雷切破』『一糸乱斬』『明鏡止水』『鉄山両断』『花椿』『絞り桔梗』『百合舞わし』――私が習得している抜刀技全9種、熟練度1,000を達成しました」
「おお……」
「ほんとうに……」
〈剣術〉スキルのテクニック欄に並ぶ九種のテクニック、その隣に表示された熟練度を示すゲージが全て埋まり、1,000という値がキラキラと輝いている。
まさに前人未踏。
広い世界で彼女はただ一人、この偉業を掴んだのだ。 俺たちは今この瞬間、この場所で生まれた伝説を目の当たりにして、感嘆の言葉以外何も言うことができずにいた。
_/_/_/_/_/
Tips
◇クリスタルワーム
地中に棲む大型のワーム。柔らかい身体を守り、周囲の岩盤を掘削するため、全身に硬い鉱石や結晶を癒着させる習性を持つ。目が退化しており、代わりに嗅覚と聴覚が鋭い。
身体に纏った鉱石の希少性はその個体の年齢と実力に比例しており、中には天敵であるブラックネイルモールさえ圧倒して縄張りの主となるものまで存在する。
硬い結晶を纏った体表は並大抵の刃物では傷付かず、むしろ剣を折る危険もあるだろう。
肉は不味いが、滋養強壮の効果がある。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます