第205話「研ぎ澄ます刃」
「『一閃』ッ!」
斬。
飛び掛かってきたブラックネイルモールの首が刎ねられる。
「『飛隼』ッ!」
斬、斬。
地中から現れたブラックネイルモールの両腕が切り落とされる。
「『迅雷切破』ッ!」
斬。
直線上に並んだブラックネイルモールたちが刹那に切り伏せられる。
「『花椿』! 続き、『絡め蜜』! 続き、『百合舞わし』ッ!」
斬。斬。斬。
アマツマラ地下坑道は第8層の階層主、虹結晶の鱗を纏ったワームは輪切りになって崩れ落ちた。
「はぁ、はぁ……」
「お疲れ様です。少し休みましょう」
だらりと下げた右手に刀を握ったまま、トーカは頷く。
レティは彼女の背中を押して、俺が建てた小屋まで戻ってきた。
トーカは椅子に身体を沈めるとステータス画面を開き、そこに表示されている数値を確認してため息をつく。
「たっだいまー。やっぱり8層は美味しいわね。どこを見ても選り取り見取りよ」
「つ、疲れた……」
そこへリュックを背負ったネヴァと彼女の護衛をしていたエイミーとラクトの三人が戻ってくる。
ネヴァはほくほくとご満悦の笑みを浮かべ、対照的に背後の二人はげっそりとしている。
また随分と振り回されていたらしい。
「ネヴァは順調みたいだな」
「ええ、おかげさまでね。トーカの方は?」
謎の筋肉モグラに手も足も出ず歯痒い思いをした俺たちは、ひとまず当初の目的を果たすため坑道の地下8層までやってきていた。
道中の敵は筋肉モグラよりも遙かに弱く、レティたちならば一人でも危なげなく複数体を相手にできるほどの実力差があったが、そのことが余計にあの筋肉モグラの特異性を浮き彫りにする。
特にそのことを意識しているのが渾身の一撃をただの筋肉に阻まれてしまったトーカで、彼女はこうして8層の階層主を相手にスパーリングを行っていた。
「〈剣術〉スキル自体は既に上限まで到達しているんです。ですから今は熟練度上げをしているんですが、中々道は長いですね」
ネヴァが投げかけた問いに、トーカは肩を落としたまま答える。
熟練度というのは、スキルレベルとは別に個別のテクニックごとに設定されている数値のことだった。
同じ技でも扱う者によって微妙な癖があり、熟練度はそれを記録、解析することでより効果的に技を発動できるように動きに補正を加える。
とはいえ熟練度自体はさほど補正値が高くない上に、上限も1,000まであり、更には驚くほど上がりが渋い。
そのため意識して伸ばすのは難しく、普通ならあまり意識されない要素となっていた。
「私が今できる火力の底上げは熟練度しかありませんから」
固い決意の炎を瞳に宿し、トーカは立ち上がる。
彼女は今、抜刀系のテクニックを重点に置き、8層の階層主で練習している。
熟練度の蓄積とその補正が僅かとはいえ、確実にその刃の鋭さは増しているのだ。
「では、もう一度行ってきます」
小屋の効果で休息にLPを回復させたトーカが小屋を飛び出す。
彼女の背中を追って、もしもの際のフォロー役をになっているミカゲも付いていき、室内には五人が残された。
「精が出るわねぇ」
早速巣に飛び込んでいったトーカを窓越しに見て、ネヴァが言う。
「ネヴァは熟練度とか意識したことあるのか?」
「あんまり無いわね。んー、使ってるテクニックは大体600くらいかな」
「す、すごいですね……。レティなんて一番高い『三連打』でも熟練度462ですよ」
さらりと飛び出した言葉にレティが戦慄する。
熟練度というのはとにかく上がりが渋く、意識して上げようとすれば苦行に近い修行になる。
しかしネヴァはカラカラと笑った首を振った。
「戦闘職と違って生産職は使うテクニックが少ないし、テクニックを使わないとなにもできないから。だから私くらいの生産職なら大抵熟練度もこれくらいよ」
「そういうもんなんだねぇ」
「そうそう」
レティたちは生粋の戦闘職で、生産職の事情には疎い。
まあ〈料理〉スキルを多少囓っている俺から見ても、熟練度600以上はかなりやりこんでいる証だと思うのだが。
ちなみに俺の場合〈野営〉スキルの『発光』で熟練度がおよそ400、『野営地設置』が500にいきそうなところなので、その道の険しさが推し量れるだろう。
「よっぽど攻撃が通らなかったことが悔しかったのね」
エイミーが巨大なワームを輪切りにするトーカを見守りながら言う。
トーカは8層のワームを、時折来る他のプレイヤーに譲りつつも、何十回と倒し続けていた。
最初の方は俺もせこせこと解体して素材を集めていたのが、そのうち肝心のネヴァの鉱物が持ち帰れない可能性がでてきたので中止している。
それでもワーム肉がかなり溜まるので、ある程度集まったら纏めて焼いて料理に加工してもいた。
料理にした方が、何故か一つあたりの重量が少し減るのだ。
「しかしあの筋肉モグラはなんだったんだろうな?」
第4階層の巣に居た、ポージングを取り続ける奇妙なモグラを思い返しながら首を傾げる。
wikiの情報によれば4階層のボスは白爪のモグラだというから、恐らくあいつは階層主ではないのだろう。 となれば何故ボスがおらず、代わりに筋肉モグラが居たのかという話になるのだが、肝心のそこが分からない。
「掲示板にも情報を流してみましたが、他に目撃例はないみたいですね。レアエネミー的な、普通の階層主との抽選ポップの個体なのかも」
「見た目とか動きが完全にネタのそれだもんね。ステータス設定をバカみたいにふざけた値にしてるのかもしれないね」
レティたちも様々なルートを使って調べてくれているのだが、それも今のところ功を奏してはいない。
そもそも、今から4層に戻ったところでまだアイツがいるのかも分からない。
「ああ、一応まだ居るみたいですね。情報を知ったプレイヤーが挑んでるみたいですが、傷一つ付けられていないようです」
「専用のスレッドも立ってるね。筋肉モグラ討伐研究所だってさ」
「むさ苦しそうな研究所だなぁ」
とにかく、今はトーカが刃を研ぎ終えるまで待つことしかできない。
その間もネヴァは鉱石を採掘しているし、無駄な時間ではないが。
「レッジ、ちょっと鑑定手伝ってくれない?」
「はいはい」
テーブルに山と積んだ鉱石を選別しながらネヴァが要請を飛ばしてくる。
他の採集物にも言えることだが、アイテムは採集後鑑定という工程を経なければアイテムとして確定しない。
その作業がまた単調で面倒くさいのだ。
「そういえばあのワーム、虹結晶を身体に付けてたな」
「クリスタルワームっていう種族の中でも力が強くて老齢の個体みたいですね」
ボスの鑑定もしていたレティが詳細な情報を教えてくれる。
周囲の結晶を体表に癒着させることで固い甲殻にして身を守るという器用な生態を持った原生生物で、倒せばその結晶を纏まった量手に入れられるということで稼ぎも良い。
虹結晶はネヴァが要望していたアイテムでもあるので、トーカの修行は彼女も断る理由はなかった。
「レティは戦わないのか?」
「確かにハンマーの打撃属性は良く通るんですが、ぶっちゃけ通り過ぎて手応えがないので面白くないです。斬撃属性には強いので、トーカさんには丁度良いみたいですが」
「なるほど。ラクトは……」
「属性相性以下略」
「把握した」
ちなみにエイミーは本来の仕事であるネヴァの護衛に専念してくれている。
虹結晶はトーカが集めてくれているとはいえ、黒鉄鉱やその他レアな鉱石類はネヴァが手ずから掘り出す必要があるからな。
「レッジも採掘手伝ってくれない?」
「別に良いが、あんまり遠くには行けないぞ」
トーカの回復拠点として小屋が機能している以上、俺も小屋から離れることができない。
「大丈夫。小屋の範囲内だけでも採掘が追いつかないくらいリポップしてるみたいだから」
「なるほど」
丁度テーブル上の鉱石の選別が終わり、手が空く。
俺はインベントリからツルハシを取り出して小屋の外に出た。
「私はレッジが採れない場所を回るから、小屋の近くは頼んだわ」
「了解。お互い頑張ろう」
ラクトとエイミーを引き連れて、再度ネヴァが坑道の奥へと出張していく。
俺はレティと白月を率いて、小屋の周囲に現れる大きな岩目掛けてツルハシを打ち付ける。
「『採掘』ッ!」
カンッ! と小気味の良い音と共に岩が真っ二つに割れ、中からこぶし大の石がいくつか出てくる。
これを鑑定すれば鉱石になるのだ。
「『採掘』ッ! 『採掘』ッ! 『採掘』ッ!」
「ふぁぁ……」
人が一生懸命にツルハシを振っている横で、レティは退屈そうに欠伸を零す。
小屋の近くにエネミーが寄ってこないのを知っていて、油断しきってるな。
「採掘って同じテクニック連打してるだけですし、見てても眠くなるんですよね」
「まあ戦闘ほどの多彩さはないな」
〈採掘〉スキルで習得できるテクニックは『採掘』だけ、〈伐採〉なら『伐採』だし、〈採集〉や〈釣り〉も同じだ。
採集系スキルというのはテクニックの数が極端に少なく、面白みに欠けるという意見もよく分かる。
その単調さが面白いから、俺は〈
「ちなみに採集系スキルは熟練度の上がりが物凄く渋い。他と比べても圧倒的に渋い。俺でも『採掘』の熟練度は300くらいだ」
「しっぶ! レッジさんでそれとか、カンストなんて絶望的じゃないですか……」
「まあテクニックを連打する関係上、上昇値がかなり抑えられてるんだろうな。バランス調整的に」
「それにしても、ですね。熟練度カンストさせたらデコレーションとか貰えるんでしょうか」
「多分貰えるんじゃないか?」
『野営地設置』が熟練度400を越えた時は〈家なき者〉というデコレーションが入手できたしな。
絶対に付けたくないが。
「しかし、トーカは熟練度をどのへんまで上げる予定なんだろうなぁ」
今も巣穴の奥から響く激しい剣戟の音に耳を傾けつつ、俺は再度ツルハシを振り上げた。
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Tips
◇熟練度
各テクニックごとに蓄積される数値。
使用者の僅かな癖に合わせ、動きを最適化するための補正を掛ける。上限値は1,000であり、微細な動きの際を補正するために上昇幅は僅かで、補正値もさほど大きくはない。
しかし自らに最適化された技はやがて、その者の奥義へと昇華されるだろう。
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