第202話「地下坑道へ」

「いやぁ、まさかレッジたちが引き受けてくれてたなんてね」

「こっちこそ。直接言ってくれても良かったんだぞ」


 どうせこっちは全員暇を持て余していたのだ。

 ともあれホームで無事に依頼主であるネヴァと合流を果たした俺たちは、共にアマツマラ一階のエントランスへ降りていく。


「やっぱり新しい要素が追加されたら使ってみたいじゃない。だからお試しで依頼システムを使って発注してみたんだけどね」

「なるほど。それは分からんでもない」


 俺たちが依頼を受けたのも、依頼システムの目新しさに引かれたからだ。

 しかし一つだけ引っかかっていることがある。


「護衛依頼じゃなくて納品依頼のほうが良かったりしないのか?」


 護衛依頼は納品依頼と比べ、護衛対象と行動を共にする必要があるため時間的な制約ができる。

 受注側からすれば、自分のペースで自由に採集できないから多少求める報酬が高くなりそうだと思ったのだが。


「納品依頼でもいいんだけどね。どうせなら自分で素材集めたいし、それにアマツマラの地下坑道も見てみたかったのよ」

「たしかに、生産職だと余計に戦闘可能フィールドを出歩く機会は少ないもんな」

「そうそう。近場なら一人で隠れつつ出かけたりもするんだけどね」


 ネヴァは多数の生産系スキルを習得している代わりに、レティたち戦闘職はおろか俺よりも更に戦闘力に乏しい。

 それはスキル値上限の関係上仕方が無いとは言え、彼女が自らフィールドへ出向いてアイテムを集めることが難しい。

 だからこそ戦闘職と生産職の相互関係が生まれているのだが。


「あのゴンドラですよね。レティたちも坑道に降りるのは初めてなので、ちょっとワクワクします」


 レティが指さした先にはちょっとした人だかりができている。

 エントランスの中央に開かれた巨大な穴と、そこにすっぽりと収まる大きなゴンドラである。

 それをぐるりと囲むように人の列ができていて、ゴンドラが現れると数十人が乗り込み、すぐに暗い地下へと降りていく。


「あそこで微妙に待たされるのがネックなんだよねぇ」

「ラクトは行ったことあるのか?」

「トーカとミカゲとね。皆居なくて暇だったから様子見程度に降りたことがあるんだよ」

「あのときは二階層までしか行きませんでしたけどね」


 俺やレティが居なくても彼女たちは自由に活動しているらしく、二人が顔を見合わせて言う。

 この場でアマツマラ地下坑道を経験しているのはラクト、トーカ、ミカゲの三人で、あとの俺、レティ、エイミー、ネヴァの四人は未経験ということだ。


「今回は8層までの護衛ってことだけど、何か目的のアイテムがあるの?」


 ゴンドラを待つ列の最後尾に並び、エイミーがネヴァに尋ねる。


「8層から虹結晶と黒鉄鉱っていう鉱物が採れるらしいのよ。虹結晶はアーツの発動体として優秀で、黒鉄鉱を精錬すると武器とか防具に良い金属になるんだって」

「なるほど。今回はそれを集めればいいってことだな」


 そういうこと、とネヴァが頷く。

 色々な生産スキルに手を出している彼女だが、本業はあくまで鍛冶師らしいし、そういった情報には敏感にアンテナを張っているようだ。


「今回はレティが機械牛を使えるし、レッジも〈蒐集者コレクター〉だから手伝ってくれると嬉しいんだけど」


 〈蒐集者コレクター〉のスキル要件は〈採掘〉〈伐採〉〈採集〉〈解体〉のスキルをそれぞれレベル60にすること。

 俺は源石も使って上限値を拡張しているので、〈解体〉スキルも現在の最大であるレベル80になっている。


「レッジさん、当然のように採集系スキルカンストしてますよね」


 どこにそんな時間が、とレティが疑念の目を向けてくる。

 採集系スキルは戦闘系と違って忙しくないし、生産系と違って材料を集める必要も無く、ただ道具を持ってフィールド各地の採集オブジェクトを巡っているだけでいいからスキル上げは楽だと思うのだが。


「ネヴァさんも〈採掘〉スキルは持ってるんですよね?」

「もちろん。〈採集〉と〈解体〉は持ってないからコレクター系のロールには就けないけど、一応〈伐採〉も持ってるわよ」


 〈採集〉スキルは各地の山菜などの食材系アイテムを集めるのが主だし、〈解体〉スキルはある程度の戦闘力が要求される。

 基本が鍛冶師である彼女にとっては〈採掘〉スキルがメインで〈伐採〉は中間素材で使う木材を集めるために必要最低限だけ上げているのだろう。


「あ、このゴンドラに乗れそうですね」


 そんな話をしているうちに穴の底からゴンドラが昇ってきた。

 疲れた様子のプレイヤーを降ろし、空になった籠の中に乗り込んでいく。


「いよいよですね!」


 ぎゅっと拳を握ったレティが期待に胸を膨らませる。

 定員丁度のプレイヤーを乗せたゴンドラのゲートが閉まり、ガタンと大きく揺れる。

 束ねられた太いワイヤーがウィンチの回転と共に伸び、俺たちはゆっくりと穴の中へと進んでいく。


「案外明るいですね?」

「普通に壁面も舗装されてるわね。等間隔でライトもあるし」


 ゴンドラは四方を金網で囲っているだけで屋根もなく、穴の様子がよく分かった。

 坑道と言うからにはもっと土が剥き出しになった壁に頼りないランタンが掛けられているような、薄暗くて狭い光景を想像していたのが、実際はそうでもない。

 壁面は傷一つ無い銀色の金属で覆われて、等間隔に明るい白色の光が置かれているため隅々まで明るい。

 これではまるで宇宙船の中のエレベーターのようである。


「アマツマラには常設の納品任務があって、その進捗によって坑道の設備も整っていくみたいだよ」

「できた当時はこのあたりも剥き出しだったらしいわね」


 ラクトとエイミーは詳しいようで、そんな説明を施してくれた。

 彼女たち曰く、1,2層はこの縦穴と同じように綺麗に整備されているが、それより奥はまだ手が行き届いていないらしい。


「おっとと」

「大丈夫か?」


 ガクン、と一度大きくゴンドラが揺れ、傍に立っていたネヴァがバランスを崩す。

 彼女の肩を支えて周囲の様子を見ると、どうやらゴンドラが目的地に辿り着いたようだった。


「ありがと。ここがアマツマラ地下坑道の第1階層ね」


 ゴンドラを降りる人の流れに沿って、俺たちは縦穴から伸びる横穴へと移動する。

 高さは10メートルも無い程度。

 幅もおおよそ同じくらいで、かなり広々としたかまぼこ形の穴だ。


「道はきちんと舗装されてますね」


 足下に視線を落としてレティが言う。

 横穴の地面はスサノオの通りと同じような黒い舗装材によって覆われていてしっかりと安定している。

 これなら原生生物に襲われても冷静に対処できるだろう。

 反面、壁は硬い岩が剥き出しになっていて、天井には崩落を防ぐためか太い梁が張られていた。


「壁が剥き出しなのは鉱石の採掘をするためですね。このあたりは低級の鉱物しか出ないので誰も手を付けませんが、採掘しても時間経過で再出現するようなので」

「なるほど。そのあたりは親切設計だな」


 別にわざわざ横穴を掘ったりしなくても良いらしい。

 ツルハシはあってもスコップなど用意してなかったからな。

 ほっと胸をなで下ろす。


「私もこの階層の鉱物には用はないわね。もっと奥へ進みましょうか」

「ですね。カルビたちも行きますよ!」


 ネヴァが歩き出し、レティは三頭の機械牛を引き連れてそれに続く。


「護衛対象が前に出るんじゃない」

「そう言っても、ここはまだそんなに強い原生生物エネミーもでないでしょ」


 慌てて彼女の背中を追いかけ、隣に立つ。

 その後色々と配置を相談し、先頭にはエイミーが、中央に俺とトーカとネヴァ、後ろにレティとラクトが並び、ミカゲは本隊から離れて斥候として先行するということになった。


「随分頼りになりそうな陣営ね」

「なんだかんだ言って、俺以外の白鹿庵メンバーは皆猛者だからな」


 攻撃特化のレティを始め、格闘盾の第一人者になっているらしいエイミー、アーツ界隈で名が知られ出したラクト、トーカは開祖として言わずもがな、ミカゲも忍術界隈で有名なのだとか。

 俺以外のメンバーは皆ガチ勢なのだ。


「……自覚がないってたまに哀しさすら覚えるわね」

「なんかいったか?」

「なんでもないわよ。護衛、よろしくね」


 何故か深いため息をつきつつネヴァが言う。

 護衛を担当するのは俺ではなく俺以外なのだが……。


「ま、大船に乗った気でいて下さいよ!」


 そう張り切って胸を叩くのは、ネヴァの後方を守るレティだった。


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Tips

◇アマツマラ地下坑道

 地中深くに眠る希少な鉱物資源を効率的に収集するため、地下資源採集拠点シード01ーアマツマラの直下に掘られた坑道。

 第1層へはアマツマラエントランスから発着する大型ゴンドラによってのみ接続している。

 アマツマラの端末から何時でも受注できる納品任務の進捗度によって坑道内の整備が進んでいく。


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