第203話「黒爪のモグラ」

 アマツマラ地下坑道の階層を分ける明確な標識は、実のところ存在しない。

 一応、高度というか深度によって区切られているらしいが、坑道自体がなだらかな勾配になっていることと、ぐねぐねと複雑に折れ曲がりながら続いていることでそれも体感的には分かりづらい。


「っと、ここから野道ね」


 先頭を歩いていたエイミーが立ち止まって爪先で地面を突く。

 暗褐色の土がゴツゴツとした石と共に掘り返される。

 丁度彼女が立っている場所が舗道と野道の狭間で、気がつけば随分と坂を下っていた事を実感させられる。

 ここから先は未舗装の道――つまりはより危険性の高いエリアに突入するということだ。


「ここまではエネミーも見なかったですね」

「弱いから即リスキルされるんだろうね。こそこそ隠れるよりも叩き切った方が手間がないって」

「なるほど。野蛮ですねぇ」


 どの口で言うか、と言葉が出掛かったが強靱な理性でそれを抑える。


「けど、ここから先は整備されてないし、原生生物の巣も潰されてないはず。気を張ってたほうがいいよ」


 ラクトの言葉に、彼女と共に地下坑道を経験済みのトーカが頷く。

 俺たちがそれを実感したのは、野道を歩き始めてすぐのことだった。


「この先に、巣がある」


 偵察から戻ってきたミカゲが暗闇からぬるりと姿を現して言う。

 聞き慣れない単語に首を傾げつつ慎重に進むと、やがて広い坑道の壁面に大きな穴が開いているのが見えた。


「あれが巣だよ。坑道を掘ってる間にぶち当たっちゃった、地下に棲む原生生物の家だね」

「原生生物からしたら俺たちのほうがよっぽど悪者だなぁ」


 地下深くで穏やかに暮らしていたところへ、突然でかいトンネルができたのだ。

 そりゃあ怒るし襲いもするだろう。


「そんなこと言ったら、この惑星の原住民って向こうだからね。わたしたちは侵略者だよ」

「結局力ある方が正義だし、歴史を紡ぐのですよ。さ、巣に入りましょう!」


 戦闘の気配を感じ、途端に活き活きとしだしたレティが、ハンマーを握って耳をピンと張る。


「このあたりはまだ弱いだろうし、慣らしも兼ねて戦ってもいいかもね」

「私も賛成。地下での盾の取り回しも確認しておきたいし」


 満場一致で戦闘突入が決まった。

 罪はないが、原生生物には立ち退いて貰うことになる。


「レッジとネヴァは巣の近くで待ってて。無いとは思うけど、もし坑道側から襲われたらよろしく」

「はいよ。まあ見物させてもらうさ」


 巣の縁にネヴァと立ち、レティたちを見送る。

 彼女たちは事前のバフを済ませると早速暗い穴の中へと飛び込んでいった。


「勇敢ねぇ」

「蛮勇の間違いじゃないか?」


 そんな言葉を送りつつ動向を見守る。

 巣は歪な球状になっていて、壁面はセメントのようなもので滑らかに舗装されている。

 地面の土は柔らかく耕されており、石や岩は隅の方へと追いやられていた。


「随分器用な原生生物なんだな」

「蟻とかかしら?」


 巣の様子を観察していると、穴の底からレティが叫ぶ。


「レッジさーん! ランタン貸して下さい!」


 どうやら光源が無く視界が確保できないことに気付いたらしい。

 俺がランタンを落とすと、少しして底の方で光が灯った。


「レティ、ランタン持ってないの?」

「普段はストレージに預けてるらしい」


 彼女も一応まだ〈野営〉スキルを多少持っているはずだ。

 しかし所持重量の都合で関連するアイテムを全て倉庫に預けているためテクニックは使えない。


「坑道じゃ必須アイテムなのに……」


 穴の底では光がゆらゆらと移動して敵の姿を探している。

 随分と広いようで、なかなか遭遇できずにいるようだ。


「空なのか?」

「浅い階層だし、お小遣い稼ぎに狩られてても不思議じゃないわねぇ」


 その時だった。


「いました!」

「エイミーッ!」


 突如として戦闘が始まる。

 レティの持つランタン目掛けて現れたのは、彼女の背丈ほどもある大きなモグラだった。

 長く鋭利な爪と大きな舌を持ち、黒い目はアンバランスに小さい。

 モグラは大きく両腕を広げて舌を突き出し、彼女たちに向かって威嚇する。


「ブラックネイルモール、でっかいモグラだよ!」

「モグラってこんなに機敏でしたっけ!?」


 ブラックネイルモールは長い爪を振り回し、レティを切り刻もうと襲いかかる。

 随分と元気旺盛で、獰猛な獣である。


「明かりを狙ってるみたいね。レティ、私の後ろに隠れて」

「わ、わかりました!」


 恐らく暗闇に順応しているモグラにとって一番煩わしいのがレティの明かりなのだろう。

 執拗に彼女を狙うモグラの前に、エイミーが立ちはだかる。

 エイミーが構えた紅爪に黒い爪が打ち付けられ、高い金属音を坑道内に響かせる。


「ラクト、こいつって目眩起こす?」

「たぶんね」

「ならやってみるわ。――『衝角拳』!」


 エイミーの鋭い突きがモグラの頭蓋を揺らす。

 脳にまで浸透する衝撃によって瞬く間に平衡感覚は麻痺し、視界が遮断され、モグラはもんどり打って倒れた。


「よし、今よ!」

「ひゃっはぁ! 『三連打』っ!」


 その好機を逃すほど優しい兎ではない。

 レティはエイミーの背中から飛び出すと、襲われた恨みを晴らすかのような三連撃をモグラの頭に叩き込む。

 餅を搗くかのような軽快な打撃だが、音は重く岩盤を揺らす。

 そもそも逆恨みだし、どうかんがえてもオーバーキルだった。


「ふぅ。他愛ないですね」

「まあまだ低層だし」


 急勾配を登って坑道へ戻ってきたレティが、シャドウスケイル装備の裾をはたきながら言う。

 モグラはきちんと俺が解体して、ドロップアイテムはカルビに預けた。


「もっと深い所の巣にはアレの上位種もいるみたいだよ」


 ラクトの言葉にレティは赤い瞳を爛々と輝かせ、唇を舐める。


「ふふふ、これは殺り甲斐がありそうですね……」

「暇そうにしてたくせに、やり始めたら元気になるな」

「ま、頼もしいから私は大歓迎よ」


 そんな彼女の反応に呆れながら、俺たちはまた坑道を奥へと進み始める。


「私、さっきは戦えなかったので次は……」

「私も一回殴っただけだし、もうちょっと手応えが欲しいわね」

「君たちも戦いに餓えてるんだなぁ」


 不完全燃焼感を隠さないトーカとエイミー。

 うちの女性陣は皆、どこか物騒だ。


「もっと下の方に行ったら坑道でも普通に戦闘があるみたいだから、そのうち飽きるほど戦うことになるよ」


 彼女たちを抑えるようにラクトが言う。

 そういえばラクトだけはあまり気負ってないな。


「坑道に出る原生生物って氷属性のアーツが効きづらいみたいなんだよね。弱点は火属性なんだけど、わたしは氷以外使いたくないから」

「……そっかぁ」


 なんで声に出してないのに的確な答えが返ってきたのか不思議だが、とりあえず彼女が落ち着いている理由は分かった。

 今まであまり気にしたことはなかったが、原生生物にも有効な属性や耐性のある属性というものが設定されているらしい。

 アマツマラ地下坑道の原生生物はそれが特に顕著で、ラクトが使う氷属性のアーツは効果がほぼ半減してしまうとか。


「土属性のアーツは殆ど物理攻撃みたいなものだから、属性耐性とか関係ないんだけどね。火、風、氷は相関関係もあるんだよ」

「なるほど。じゃあこのフィールドだとメルが輝くんだな」


 思い浮かべるのは〈大鷲の騎士団〉のアストラたちとも拮抗する実力を持つ〈七人の賢者セブンスセージ〉きっての火炎使いの少女。

 第1回イベント以来の付き合いだが、シード迎撃作戦や先日の第2回イベントなど、要所要所で助けて貰っている頼りがいのある存在である。


「……」

「な、なんだよ」


 ふと気がつくとレティたちに囲まれじとっとした視線を向けられていた。

 たじろぐ俺をネヴァがくつくつと笑っている。


「ふんっ。トーカ、先へ進みますよ」

「そうですね。私たちも活躍できるところを見せてあげませんと」

「ちょ、なんか速くないか!?」


 すたすたと歩き始める彼女たちの歩速はかなり速い。

 俺は慌てて彼女たちを追い、更に坑道の奥へと進むのだった。


_/_/_/_/_/

Tips

◇ブラックネイルモール

 地下に巣穴を掘り、地中の虫などを食べて暮らす大型のモグラ。鋭利な黒爪と、長い舌を持つ。

 爪は堅い岩盤も掘り抜くほどに頑丈で、舌からは壁面を固める特殊な成分を含んだ唾液を分泌するため、彼らの巣は地中のかなりの深さまで複雑な形状で広がっている。

 肉は独特の臭みがあり食用には適さないが、皮や爪は様々な武具に利用できる。


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る