第6章【兎と要塞】

第201話「護衛依頼」

 大波乱のあった第2回イベント〈特殊開拓指令;白神獣の巡礼〉が無事に終わり、打ち上げも恙なく幕を下ろして、更に数日が経過した。


「経過した、わけだが……」


 ウェイドの一角、喫茶〈新天地〉の裏手にある我らが白鹿庵の拠点にて、俺は弛緩した空気に満ちた室内を見渡した。


「どうしたんですか? レッジさん」


 メンバーの一人、サブリーダーのレティが長いウサギの耳だけを立てて言う。

 彼女は円卓に頬を付け、ぐったりと腕を伸ばして全身の力を抜いていた。

 赤い髪が扇状に広がり彼女の背中を隠している。


「ため息ばっかりついてると幸せが逃げてっちゃうよ」


 そんな茶々を入れてくるのはレティの隣で同じように机に突っ伏す小柄な少女、ラクトである。


「いや、ちょっとだらけすぎじゃないか? わざわざログインしてまで……」


 ぐるりと見渡して首を振る。

 エイミーは自費で買った揺り椅子にゆったりと背中を預けてうたた寝しているし、トーカとミカゲの姉弟は畳を敷いた小上がりでごろりと横になっている。

 ここ最近のもはや見慣れてしまった光景ではあるのだが、やはりログインしている意味が分からない。


「こうして皆とだらだら喋ってるのがいいんですよぉ」

「公式wikiとかBBSとか追うのも、なんだかんだ言ってゲーム内の方が楽だしね」


 俺に見下ろされながらもレティたちは姿勢を崩さず、溶けたスライムのような覇気も尊厳もかなぐり捨てた体勢で言う。


「アンタたち、最近全然出かけてないけどいいの?」


 そんな時、シーツを詰め込んだカゴを抱えて階段から小さな人影が現れた。

 赤髪に白い布巾を巻き付けてシックなメイド服を装ったカミルが俺たちを見下ろす。


「開拓作業は進んでるの? 本業でしょうに」


 NPCのメイドロイド、カミルに正論をぶつけられ、レティが呻きながら背筋を伸ばす。


「丘陵と断崖の町も建設が終わりましたし、なんか燃え尽きちゃって」


 彼女の言葉通り、現在開拓の最前線は四つの拠点に分かれていた。

 一つはここウェイド、二つには霊峰のアマツマラ。

 そして第2回イベントの終了後、〈角馬の丘陵〉と〈竜鳴の断崖〉の二箇所にも新たな拠点が建設されていた。


「地上前衛拠点シード03と04だっけ?」

「そうそう。わたしたちからしたらキヨウとサカオって言った方がなじみ深いけど」


 丘陵側の拠点スサノオのプレイヤー間での通称は“キヨウ”で、断崖側は“サカオ”である。

 無論、どちらもウェイドの時と同じくリアル世界の地名を捩ったものだ。

 カミルはNPCであるためその名前を使わないが、俺たちからすればそちらの方が分かりやすく言いやすい。


「どちらも建設任務でお金稼ぐために随分通い詰めましたからね。もう町並みを楽しむっていう段階でもないです」

「建設中に色々見て回ってたのは、結構楽しかったけどね」


 その時のことを回想しつつラクトが頷く。

 キヨウは草原の真ん中にあるため、ウェイドにも匹敵する広大な面積を誇る。

 金属製のコンテナを彷彿とさせる真四角な建物が多く、通りも碁盤の目のように規則正しい、スマートな印象を受ける町並みだ。

 それとは対照的に、断崖にあるサカオは複雑な地形に対応した高低差のある町だ。

 ゴツゴツとした巨大な崖の側面に張り付くように立てられた町は立体的で高低差に富み、歩くだけでもちょっとしたアドベンチャーである。


「流石にもう飽きましたね。キヨウは単調な風景ですし、サカオは単純に疲れます」


 畳から起き上がり、トーカが言う。

 彼女は討伐系の建設任務を受けて、町の近くの原生生物をレティたちと共に乱獲していた。

 その時の素材は今も地下の倉庫に山ほど保管されている。


「はぁ……。カミル、何か良い依頼はないか?」


 完全に燃え殻と化している彼女たちを見て肩を落とす。

 そうして俺は、頼れるメイドさんに依頼の有無を尋ねた。

 カミルは日々の家事業務だけでなく、俺のスキル構成に合った依頼をいくつかピックアップするという仕事も請け負ってくれているのだ。


「そうねぇ、採集任務は一応いくつかストックしてるけど」


 とはいえ、俺程度の戦闘能力では現在の最前線では少々力不足になってくる。

 そのため彼女が持ってくる依頼も〈蒐集家コレクター〉の能力を活かしたアイテムの採集系が多くなっていた。


「そうだ! 今朝見に行ったら面白いものがあったわよ」

「面白いもの?」


 パチンと手を叩くカミルに首を傾げる。

 採集系依頼のラインナップはそうそう変わらない、スリルを捨てて安定を取ったような地味なものばかりという印象だったが……。


「他の機械人形からの依頼クエストよ」

「依頼……?」


 聞き慣れない単語に、曲がった首を更に曲げる。

 その時突然隣のレティが立ち上がる。


「依頼ですか! そういえばそんなのも実装されてましたね!」

「なんだレティ、知ってるのか」

「ふふふ。レッジさん、レティをただログインしたのに部屋でごろごろしてるだけのだらしない奴なんて思ってたらいけませんよ」

「普通にそれ以外に思える理由が無かったんだが……」


 ちっちっち、と彼女は得意げな顔で指を振る。


依頼クエストというのは、カミルの説明にもありましたが機械人形から発注されるもの。つまりレティたちと同じプレイヤーからの任務なんです」

「なるほど?」

「通常の任務との違いは、達成条件が変わっていて報酬に多少色が付いてることですかね。〈タカマガハラ〉によって自動的に出される任務と違って、実際に他のプレイヤーが必要としている助けになれるという点もありますか」


 通常俺たちの資金源となる任務は、遙か空のむこう側に停泊している開拓司令船アマテラスに積んであるメイン演算装置〈タカマガハラ〉によって作成され発令される。

 様々な情報を基に任務を作っているというフレーバーだが、納品したアイテムは大抵消失するし討伐した原生生物もすぐに湧く。

 依頼はそれらとは違って実際に生産職が特定のアイテムを必要として出していたり、護衛を求めていたり、とプレイヤー間の架け橋にもなる新たな要素だった。


「任務より依頼の方が確かに人の助けにはなるか……。カミル、その依頼の内容を教えてくれ」

「はいはい。えっと、アマツマラ第8層での採掘護衛ね。できれば運搬用機械牛キャリッジキャトルを使える人が居てくれると嬉しいって書いてあるわ」


 その説明に思わずレティへ視線を送る。

 彼女も俺の言わんとしていることは分かっているようで、ぴしりと手を挙げた。


「カルビ、ハラミ、サーロインはいつでも出動できますよ!」

「よし、じゃあ受注するか」


 地下資源採集拠点シード01ーアマツマラは、地下へ地下へと進んでいくダンジョン型のフィールドだ。

 俺たちもまだ足を踏み入れたことはなく、そう言った意味でも興味があった。


「依頼主はどこに?」

「今日のお昼過ぎに、アマツマラで集合みたいね」

「分かった。ありがとう」


 カミルに受注処理を任せ、俺たちは久々の活動に向けて準備を始める。

 武器を揃え、アイテムを整理し、装備を調える。

 そうしているうちに良い時間となり、白鹿庵は一同ヤタガラスに乗り込んでアマツマラへと向かった。


「うぅ、ここは相変わらず寒いですね……」


 プルプルと肩を震わせながらレティが言う。

 アマツマラの二階に直接接続しているとはいえ、ヤタガラスのホームはウェイドと比べてかなり冷える。


「これくらいの方がわたしはいいかな」


 そう言うのは氷のアーツを極めんとするラクト。

 彼女の後ろに続くエイミー、トーカ、ミカゲの三人はレティ側に付くようだが。


「さて、依頼主はホームで待ってるらしいが……」


 ぐるりとホームを見渡す。

 アマツマラは今も絶賛前線攻略中ということもあり、訪れる人の数も多い。

 今回の依頼もそうだが、生産者――特に鍛冶師にとっても希少な金属の産出地として重宝がられている。


「あれ? レッジじゃない」


 人混みの中に視線を巡らせていると、不意に名前を呼ばれる。

 声のした方へ振り向くと、そこには白髪に褐色の女性が立っていた。

 頑丈な紺の作業着に身を包み、ゴーレム特有の大きな胸のあたりがはち切れんばかりに張っている彼女は――


「ネヴァじゃないか。奇遇だな」

「ほんとにね。私は依頼を出して護衛の人を待ってるとこなんだけど」

「……うん?」


 その言葉にふとあることを予感する。


「ネヴァさん! 実はレティたちも依頼を受けて、護衛対象の方を探してたんですよ」

「……ねえレッジ、もしかして」

「たぶんそうだなぁ」


 ウィンドウを開き、依頼の詳細画面を開く。

 カミルに任せきりで確認していなかったが、依頼主の欄にはしっかりとネヴァの名前が表示されていた。


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Tips

◇任務

 開拓司令船アマテラスに搭載されたイザナミ計画のブレーンである〈タカマガハラ〉によって発令されるもの。開拓作業に必要とされる素材の収集や有害な原生生物の討伐などその内容は多岐に渡り、現地の調査開拓員の基本的な行動の指針となる。需給関係や経済状況などは常に変化しているため、同じような内容の任務でも微妙に報酬額や成功条件が変化している場合がある。


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