第199話「開拓者と白神獣」

 大きな揺れと共にウェイドが濃霧に包まれ、その中から巨大な牡鹿が姿を表した。

 それからさほど間を開けず、他三つのフィールドでも巨大な鷲、虎、梟が確認された。

 言うまでも無く、アストラたちが各地の白樹へと辿り着いたためである。


「なんだあれは!?」

「敵じゃないんだよな?」

「黒神獣と戦ってくれるの?」

「このイベント訳分かんねぇよ!」


 各地で混乱が巻き起こり、掲示板は目にも留まらぬ速さでスレッドの番号が増えていく。

 wikiにも様々な情報が錯綜し、全容を掴むのは手練れの編集者でも至難だった。


「俺たちは一体どうしたら良いんだ!」

「黒神獣が町の中に入ったら負けるのか」

「生産職は皆スサノオに避難してるって」


 憶測、思い違い、妄想、真実。

 様々な言葉があらゆる場所を飛び交って、更に混迷は極まる。

 そんな時だった。


『〈特殊開拓指令;白神獣の巡礼〉が最終フェーズへと移行しました』


 高らかに、全世界に向けて大音量の声が響き渡る。

 通信監視衛星群ツクヨミのネットワークを利用して、フィールド全土の隅々にまでそれは知らされた。


『現時刻を以て最終フェーズ〈地鎮祭トコシヅメノマツリ〉を開始します』

『各地の調査開拓員諸君は、白神獣〈霧之角〉〈光之翼〉〈風之爪〉〈雷之牙〉と共にブラック・ポイントを全て破壊してください』

『ブラック・ポイントの破壊後は、新たなホワイト・ポイントを建造してください』

『各地の重要資源地、及び白神獣が破壊された場合、領域拡張プロトコルにより即時のシード01ースサノオまでの撤退が開始されます』


 混乱の中に差し込んだ一条の光。

 他によりどころの無い機械人形たちは、それに従って行動を起こす。


盾役タンクは前へ! 回復役ヒーラーは担当の盾役を決めて、絶対に死なせるな! 攻撃役アタッカーは数人で組んで黒神獣を必ず殺せ!」

「白神獣たちも手伝ってくれてる! できるだけ離れないように戦況を操作しろ!」


 明確な目標ができたことによって、彼らは行動を起こし始める。

 意思疎通をし、互いに協力する。

 そうして彼らが群となって動き始めた時、白神獣もまた動き出す。


「大鷲が飛んだぞ!」


 紫紺の空に白い羽が大きく広がる。

 数度羽ばたいたアーサーは、そのまま身体をふわりと浮かせて崖から飛び立った。

 光の粒を落としながらぐるりと旋回するように四つのフィールドを回る。


「なんだこれは」

「ステータスアップの、バフかしら」

「あの鳥がくれたのか」


 更に状況は変化する。

 梟が舞い、ダメージカットと火傷無効化の支援が入り、更には武器にダメージアップと凍傷付与の属性が追加される。

 虎が駆け、四つのフィールドに雷が乱発する。

 雷は黒い獣たちを穿ち、彼らを弱体化させた。

 そして、鹿が吠える。

 霧は瀑布のみならず、四つのフィールド全てを覆いつくして黒神獣の眼から彼らを隠す。


「あいつらが支援を……」

「今がチャンスだ! 黒神獣どもを追い返すぞ!」

「うぉぉぉおおお!」


 四柱の白神獣によって、彼らは様々な支援を得る。

 勢いに乗った機械人形たちは町にまで迫っていた黒神獣たちを追い返し、各地の“朽ちた祠”を破壊していく。


「行きますよ! 『大旋回打』ッ!」

「『アーツブースト』、『氷刃の驟雨アイスエッジ・スコール』!」

「あれが祠ね。『破衝角』!」


 攻略の最前線に立つ有名プレイヤーだけでなく、駆け出しも中堅も、趣味人もガチ勢も、全てが一丸となって獣を狩り、祠を壊す。


「資材をどんどん運び込め! あるだけ作って、あるだけ納品しろぃ!」

「工房は全部解放してるからな。空いてるところで作業しな!」


 戦闘職だけではない。

 各地の拠点では生産スキルを持った職人たちが慌ただしく走り回っていた。

 素材を加工し、納品する。

 またフィールドを駆け回る職人もいた。

 彼らはノミとハンマーを持ち、各地の壊された“朽ちた祠”を新たな祠へと作り替えていく。


「白神獣を守れ! 攻撃が激しくなってるぞ!」

「人員が手薄になってる。こっちへよこしてくれ!」


 黒神獣の数は多く、種類も幅広い。

 状況は刻一刻と変化を続け、片時も安定という文字はない。

 激動の中で彼らはできることをして最善を尽くす。

 マップに表示された黒点がじわりじわりと数を減らし、代わりに白点が一つまた一つと増えていく。

 そのたびにフィールドを覆う白い光線が組み代わり、複雑な模様が刻まれていく。


「機装技、『転威武峰』ッッッ!」

「やっちまえですわぁぁああ!」


 押し、押され、領域は小刻みに増減する。

 一際大きな獣が現れたなら、白鷲が鋭い嘴で貫き倒す。

 無数の群れが現れたなら、機械人形たちが死力を尽くしてそれを押し止める。

 自然と連携を取りながら、機械と神獣は共通の敵を討ち滅ぼしていった。


「しかしこんだけでけぇ敵も出てくるのか。こりゃあ大型機械兵装の開発も急がねぇとな」

「爺、また変なモン考えてやがんな」

「は、男のロマンというやつじゃよ」

「黒神獣の素材を使ったビキニアーマーも良いかもしれませぬな」

「黒か……」


 一つ、また一つと“朽ちた祠”は減っていく。

 石工たちが新たな祠を建てるたび、白神獣たちの力は増していく。


「未詳文明、か」


 白月の角の間に座った俺は、目まぐるしく変化する戦況を眺望しながら呟いた。

 未詳文明というのは、かつてこの惑星で栄華を誇った高度な技術を持つ生命体の世界だ。

 俺たちとは違う系統の技術を持ち、それを以てこの惑星を支配した。

 白月たち白神獣は未詳文明との協和を選び、黒神獣は敵対を選んだ。

 その結果として黒神獣は未詳文明によって祠へ封じられ、白神獣によって拘束された。

 しかし永い時の中で未詳文明はその痕跡のほぼ全てを消して消滅し、白神獣は味方を失った。

 同時に黒神獣は憎悪と共に力を溜め続け、こうして封印を破壊して現れたらしい。


「ファンタジーだよなぁ」


 でっかくなった白月の柔らかな毛に身を沈めながら言う。

 未詳文明、なんともファンタジーな響きだ。

 そもそも白月たち白神獣の能力がまず科学的なものではない。

 ここでいう科学的ではないというのは、つまり俺たち開拓団側とは毛色の違う理屈で動いているということだが。


「このイベントが終わったら、新しいスキルとして実装されるのかね」


 一応SFチックな世界観を売りにしているものの、そういうこともあり得るかも知れない。


「っと、白月向こうの方に幻夢の霧だ」


 タカマガハラより開示された情報を整理しながら、戦況を見つつ危ない所に霧を出す。

 そうすれば黒神獣が遠ざかり、体勢を立て直すことができるようになる。

 のんびりしているように見えて、四つのフィールド全てを見なければならないから忙しいのだ。

 今頃アストラたちもそれぞれの神子の背に乗って苦労していることだろう。


「この様子なら、夜明けまでには決着がつきそうだな」


 空に浮かぶ星々を見上げて言う。

 マップに表示された黒点は残り僅か。

 レティたちも余裕があるとは言えないが、競り負けることはもうないだろう。


「さあ、白月。あともう少しだ」


 そう言って、俺はまた慌ただしい地上へと目を落とすのだった。


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Tips

◇『転威武峰』

 鉄裂く必滅の装ドレス・オブ・ティルヴィングの機装技。敵を裂き、裂傷の状態を付与する。

 どれほど機敏に走ろうと決して逃れられぬ鋼鉄の牙。黄金の柄を血に濡らし、その者に癒えぬ傷と永久の苦しみを与える。


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