第197話「黒き獣たち」

 死屍累々。

 その場を一言で表すなら、これ以上最適な言葉は無いだろう。

 過熱に唸りを上げてファンを回す〈統率者リーダー〉、LPをギリギリまで使い切って床に倒れる術士たち、力の入らない震える指でペンを握りミミズの這ったような文字を書く筆記班、端末を胸の上に置いて安らかな顔で眠る技術者たち。


「真面目に脳が焼き切れるかと思った……」


 そして、混沌の真ん中で燃え尽きている俺。

 筆記班が囲むテーブルに広げられた、四つのフィールドを詳細に写した地図にはバツ印とマル印の二種類がびっしりと書き込まれている。

 バツは“朽ちた祠”でマルは“祠”だ。

 二つを合わせた数は、四つのフィールド全ての合計で四百ちょうど。


「なんとか間に合ったみたいだな」


 俺たちはなんとか、全ての祠の位置を特定することができたのだ。

 静寂の中でほっと胸をなで下ろす。


「最後の方はもう記憶が曖昧だな。なんか声が聞こえたような気もするが……」


 朦朧とした思考の中でぼんやりと記憶を掘り返そうとするが疲労が勝る。

 これは後のことは他に任せて一旦ログアウトして寝るか――と考えたその時だった。


『レッジさん、生きてますか!?』

「……レティか?」

『はいレティです! アナウンスは聞きましたか?』


 慌ただしく掛かってきたレティからの通話を取る。

 彼女は急いでいるのか早口で捲し立てた。


『白月は近くに居ますよね。とりあえず急いで〈鎧魚の瀑布〉まで来て下さい!』

「わ、分かった。移動中もTELは繋げておくから事情を説明してくれ」

『では、ついさっきの事ですが――』


 俺が出発の準備を調えている間にレティが語ったことによると、今回のイベントでもある〈特殊開拓指令;白神獣の巡礼〉は標準タイムライン-甲というものから分岐し修正タイムライン-乙となったらしい。

 それだけなら分からないことしかないのだが、それと同時に各地の祠が光線を発してそれぞれ繋がり、巨大な円陣のようなものが現れた。

 更に“祠”からは白い守護者が、“朽ちた祠”からは黒い守護者が現れ互いに戦っているという。


『黒い守護者、もう皆さん黒神獣と呼んでいますが、そちらは周囲のプレイヤーも無差別に襲っています。今は粗方避難も完了しましたが……』

「白神獣の方はどうなんだ?」

『そちらは黒神獣からプレイヤーを守るように行動していますね』

「なるほど……。とりあえず、十分以内にウェイドに着く」

『では、一度白鹿庵で合流しましょう』


 会議室の隅で寝ていた白月を起こし、共に翼の砦ウィングフォートを飛び出す。

 見慣れない機械の群れが激しい損傷を受けて転がる通りを走り抜け、ヤタガラスでウェイドに向かう。

 白鹿庵の一階に転がるように辿り着くと、そこには既にレティたち全員が揃っていた。


「レッジさん、無事だったんですね」

「あ、ああ……。ていうかなんでラクトがもうここに?」

「一足早く来てたんだよ。わたしは動けたけど、レッジは動けそうになかったし」


 椅子に座ってぐったりとした様子のラクトが手を上げて応える。

 〈統率者リーダー〉の冷却をしていた彼女は、アナウンスを聞いてここまでやってくる体力が残っていたらしい。


「ヤタガラスから見たフィールドはどこも変わらなかったが、ウェイドの外が大変なのか?」

「そうですね。ウェイドと霊峰のアマツマラでは拠点防衛装備が全て展開されてますし、草原と断崖にはスサノオから警備NPCが投入されています」

「プレイヤーも大体四つに分かれてるわね。黒神獣がかなり強いみたいで、パーティもソロも関係なくレイドみたいにして戦ってるわ」


 テーブルを囲み、それぞれが知る情報を共有する。

 それによればレティたちが一時は対抗していた警備NPCは現在友好的に戻り、肩を並べて黒神獣と戦っているようだ。


「その黒神獣ってのは、なんなんだ?」

「各地の調査隊から情報は送られてきてませんか?」

「ああ、ちょっと待てよ……」


 データフォルダを開き、そこに何か送られていないか確認する。

 するとレティの予想どおり、各地の調査隊から数枚の画像が送られていた。


「なるほど……」


 そこに写っていたのは、鋭利な牙と長い尻尾を持つ狼、六本の脚を持ち炎の息を吐く蜥蜴、大きな翼を広げ悠々と空を飛ぶ獅子。

 姿形は多種多様だが、そのどれもが目を覆いたくなるほどに巨大で闇で染めたかのような黒い身体をしていた。


「いつぞやの黒猪の仲間、だろうな」

「そう思います。えっと、アストラさんたち神子持ちの皆さんはそれぞれのフィールドに向かったようですね」

「なるほど。――白月もやるべき事があるのかね」


 テーブルの下に座る白い牡鹿を見下ろして言う。

 彼やアーサーたちが今回のイベントの鍵になるのは恐らく間違いないはずだ。

 問題は、その鍵穴が見つからないということなのだが。


「それで、レッジはどうするの?」


 ラクトが顔を上げてこちらを見る。


「とりあえず外に出よう。そこで情報を集めないことには、何も分からない」

「だよねぇ」


 決まり切った答えだ。

 それは彼女たちも分かっていて、すぐにでも出発できる準備は調っていた。


「アンタたち、外に出るの?」


 その時、階段の影から声がした。

 振り向くと、鮮やかな赤髪がちらりと覗く。


「カミル。今回も留守番、よろしく頼む」

「当然じゃない。アタシはここのメイドロイドなんだから」

「ああ。そうだな」


 こんな時でもいつも通りな彼女に少し安堵する。

 しかし、直後、彼女は一つ言葉を付け足した。


「だから、アンタたちもちゃんと戻ってきなさいよね」

「っ! ……ああ、もちろんだ」


 カミルの傍に近付き、彼女の小さな頭に手を置く。

 さらさらとした髪を撫でると、嫌がるように顔を背けられるが逃げられはしなかった。


「とりあえずウェイドの外に。そこで状況を見つつ、進めるようなら進もう。朽ちた祠まで行けば何かあるかもしれない」

「そうですね。では、行きましょう」


 そうして俺たちは白鹿庵を後にする。

 ウェイドはスサノオと同じく緊急防御態勢へと移行しているらしく、新天地を含むベースライン以外のユニークショップは全てシャッターが下りている。

 武装したプレイヤーたちが慌ただしく駆け回る中、俺たちは防壁の門を目指して走る。


「白月、自分の行くべき場所は分かるか?」


 走りながら、傍らに追随する白月に声を掛ける。

 しかし彼は黒い瞳で俺を見つめ返すばかりで、それ以外の反応を示さなかった。


「あの、レッジさん」

「どうした?」


 トーカが近づいてきて話しかけてくる。

 彼女は何か悩んでいる様子で俺に問いを投げかけた。

「各地の祠が線で結ばれて形作っているという円陣は、何か効力があるものなんでしょうか?」

「分からん。ファンタジックに魔法陣みたいなものかとも思ったが、この世界にそんなものがあるのかも分からないからな」

「案外どこかの祠を壊したら陣全体が壊れたりしない?」

「それで全部収まればいいけどな」


 ラクトの軽い提案に笑みを返す。

 都市の防衛設備が起動し、更には本来演算装置の傍を離れないはずの警備NPCが外部で展開しているこの状況が、それほど安易に終わる気はしない。


「そもそも白神獣と黒神獣の関係性が不明瞭だ。とにかくあらゆる情報が不足してる」


 思わずそんな言葉を零した時、はっとしてレティが口を開いた。


「そういえばアナウンスで〈RoI:BSB〉と〈RoI:UC〉の情報規制が解除されるって……」

「なんだって!? めちゃくちゃ重要じゃないか!」

「で、でもその情報を閲覧する方法が分からないんです。中央制御区域の端末でもないみたいで……」


 困ったレティは眉を下げる。


「情報を閲覧する方法か……」


 走りながら考える。

 少し休んだことで、少しは頭も回るようになってきた。

 わざわざそんなアナウンスがあったということは、それに接続する何らかの手段があるということだ。


「レッジさん、そろそろ門に着きますよ」

「門の外は」

「激戦区よ。群体系の黒神獣が殺到してるみたい」


 前方に目を凝らしてエイミーが言う。

 盾を構えたプレイヤーたちが必死に堰き止めているのは黒い濁流――腰ほどの高さしかない獰猛な黒犬の群れだ。

 その数は以前の白蝙蝠ほどではないにしろ、勢いはそれに勝るとも劣らない。

 あそこを突破されるのも時間の問題だろう。


「レティたちは戦線に加わってくれ。俺は、少し考えたい」

「…………分かりました。全力で押し止めます」


 俺の目を見返して、逡巡の後レティは頷く。


「できるだけ早く来て下さいね!」

「ああ、頼む」


 そう言ってレティたちは戦線へと飛び込む。

 彼女たちの勇ましい背中を見届けた俺は――


「よし」


 くるりと反転して町中へと走り出した。


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Tips

◇電磁射出型亜音速弩砲

 地上前衛拠点スサノオの標準的な防衛設備の一つ。強力な電磁石によって長大な特殊合金製の矢を射出し、亜音速の勢いで対象を破砕する。

 速射性能と比較的安価なコストを持ち、砲塔ごと回転することで柔軟に射撃目標を捉えることが可能。


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