第196話「狂乱戦争」

 スサノオを大きく四分する大通りの一つを、銀の装甲を持つ多脚の機械たちが進んでいた。

 正面に四つ、左右に二つ、背後に二つ、合わせて十の機械眼が赤く煌々と輝き、鉄の道を細い四対の脚を素早く動かしながら進む。

 平時ならば大勢の機械人形プレイヤーたちで賑わうベースラインの店舗も今は頑丈なシャッターによって覆い隠され、そこに活気は見えない。


「『大破撃』!」


 突如、建物の影から赤い影が現れる。

 それは鈍色の鎚を大きく振り上げ、力のままに叩き付ける。

 本来ならば抜刀を許されない場所での明確な攻撃。

 それは地面を揺らし、歩みを緩めない機械の群れへと激突する。


「レティに続けぇい!」


 赤い影――レティが鎚を持ち上げ飛び上がる。

 彼女が居た地点には崩れた機械を乗り越えた後続が殺到し、待ち構えていたプレイヤー達がそれを迎撃する。


「警備NPCはかなり強いぞ。あの鎌に当たったら即死亡だ!」

「土壁は殆ど意味を成さないわね。火力で押し切って頂戴」

「なんとしてもレッジが作業を終わらせるまで、時間を稼ぐぞ!」


 レティたちはそれぞれの持つ技を使い、無数の機械たちへ立ち向かう。

 平時ならスサノオを管理する中枢演算装置〈クサナギ〉から片時も離れず、常にその警備に当たっているはずのNPCたちと、本来ならば味方同士であるはずのプレイヤーたちが激突している。

 警備NPCは絶えずけたたましいサイレンと共に警告文を読み上げており、彼らに降伏するよう勧告していた。


「ふぅ、キリがありませんね」


 建物の影へと避難したレティが頬を拭いながら言う。


「まさか警備NPCまで投入してくるなんてね。よっぽど知られたくないのかしら」


 彼女の隣で周囲を警戒しながら、赤い道着姿のエイミーは肩を竦める。


「警備NPCは中枢演算装置や塔そのものに差し迫った危機が無ければ出動しないようですから。今レッジさんたちがやっていることは、それだけのことなんでしょう」

「祠は開拓団が惑星に降り立つずっと前からあるものなんでしょ? それがどうして……」

「さあ、分からないです。ただ今レティにできるのはっ!」


 転がるように物陰から飛び出すレティ。


「咬砕流、一の技、『咬ミ砕キ』ッ!」


 直後、勢いよく進んでいた機械の横腹を鎚が抉る。

 そのままのエネルギーをもろに受け止め、重量のある金属塊は大きく吹き飛んだ。

 分厚いシャッターへと激突し、隙を見せたところに四方からアーツが飛来して止めを刺される。


「こうして戦うことだけですよ」

「ふふっ。それもそうね」


 道の上を滑り、鎚をガリガリと擦りつけて勢いを殺しながらレティが言う。

 彼女の言葉にエイミーも口元を緩め、両手を覆う紅盾を鋭く打ち付けた。


「しかしこの量はなかなか大変よ。後からどんどん追加されてるし!」


 盾で突進を受け止め、蹴り上げることで裏返しながらエイミーが言う。

 彼女やレティは対単体戦で輝く構成であるため、このような対軍勢では分が悪い。


「お二人とも少し下がって下さい。一掃します!」

「トーカさん!」


 そこへ、袴姿の大和撫子が飛び下りてくる。

 彼女は腰を低く落とし、地面を強く蹴って軍勢の中へと単身突っ込む。


「ミカゲ!」

「分かってる」


 姉の声に、弟が細い糸によって応える。

 大通りに張り巡らされた強靱な糸によって機械たちの脚が絡め取られ、一瞬動きが鈍る。

 その一瞬の隙を逃さず、彼女は鯉口に手を添えた。


「ふぅ……。彩花流、捌之型、三式抜刀ノ型――」


 左足を大きく後ろに引き、彼女は極限まで低く身を沈める。

 世界から音が消え、トーカの瞳がゆるく閉じられる。


「――『百合舞わし』」


 白い花弁がスサノオの大通りに溢れる。

 無数の斬撃が、彼女の細い身体を軸に咲き乱れる。

 冷たい風が機械の群れの間を駆け抜け、直後にその固い装甲がバラバラに崩れ去る。


「ミカゲ、回収お願いします」

「うん」


 ぐったりと倒れるトーカを、白く柔らかな糸が巻き包む。

 ミカゲが糸をたぐり寄せ姉を回収したところへ、またも後続が無数に現れる。


「ぐぅ、本当にキリがありません!」

「では、次は私に」


 トーカの大技によって戦線は大きく押し上げられた。

 しかし制御塔からは今も無数の警備NPCたちが排出されており、すぐにまた押されるだろう。

 機械を捌き続けるレティのもとへ現れたのは、黒いボディスーツを纏った長身の女性だった。


「クリスティーナさん!」

「いいの? 砦を守らなくて」


 エイミーの冗談めかした言葉に、彼女はポニーテールを揺らして頷く。


「どうせ砦を守るなら、前も後ろもないでしょう? それに、休憩室で副団長と大富豪するのにも飽きてまして」

「クリスティーナが強すぎるからですよ」


 クリスティーナの後ろから現れたのは、銀の軽鎧に身を包んだ少女、〈大鷲の騎士団〉が副団長だ。

 アイが微妙に頬を膨らせてむっすりしているのは、どうやらクリスティーナにカードで完敗したかららしい。


「アイ、および騎士団第一戦闘班、到着しました。微力ながら助太刀しましょう」


 更に彼女の後ろに続くのは、揃いの鎧を纏い、銀の翼を持った鷲の紋章を掲げる騎士達。

 彼らはそれぞれの武器を掲げ、猛々しい咆哮を上げていた。


「クリスティーナ、まずは下がりすぎた前線を押し上げましょう」

「お任せ下さい」


 クリスティーナが濃緑のケープを脱ぎ捨てる。

 速度を極限まで重視した、彼女の完全武装である。


「では――」


 燐光がクリスティーナを包む。

 それに合わせ、彼女も己の身長を越える長槍をまっすぐに構えた。


「穿馮流、二の蹄――『岩穿ち鉄散らす青き騎馬』」


 そして彼女は一頭の馬となる。

 流星の如き勢いで、通りを埋め尽くす機械たちへと突撃する。


「私たちも続きますよ!」

「うぉぉぉおおおっ!」


 蜘蛛の子のように警備NPCを蹴散らすクリスティーナを追い、騎士団たちが駆け出す。

 それぞれの持つ流派技、テクニック、出し得る全てを用いて鉄の軍勢を押し返す。

 突如、軍勢の真ん中に太い火柱が吹き上がる。


「ふふ。ワシも混ぜておくれよ。こんなに楽しそうなこと、そうそうないからね」


 建物の屋根に立ち、それを睥睨する炎髪の少女。

 彼女がおもむろに腕を上げると、氷柱や巨岩、竜巻が機械たちを蹂躙する。


「〈七人の賢者セブンスセージ〉、相変わらず馬鹿げた火力ですねぇ」

「彼女たちだけじゃないわよ。あっちの方じゃBBCも自由に戦ってるみたいだし」


 スサノオ、いやイザナミ各地から猛者が集まっていた。

 明確な指揮系統すら確立されず、それぞれがただ己の気のままに技を使い、腕を振るう。

 しかし大勢はうねりながらも機械の侵攻に抗い、押し返しさえしている。

 無数の意思が、ただ楽しさだけを求めて戦っていた。


「ほんと、みんな勝手なんだから」


 機械たちとプレイヤーたち、その丁度真ん中に降り立つ蒼銀の青年。

 彼は呆れたように言いながら、シャラリと背の直剣を鞘から引き抜く。


「団長!?」

「やあ、アイ。随分楽しそうなことになってるね」

「そ、そうですね……。団長は砦に居なくてもいいんですか?」

「なんでも〈銀翼の団〉はニルマ以外集まってるらしいじゃないか」

「そ、それは……」


 アイがちらりと脇の方を見る。

 大通りから外れた路地からも機械は侵攻しており、彼女の上司たちはそこで暴れ回っているはずだった。


「そういうわけで、俺も好きにやらせて貰うからね」


 発言の直後、彼の姿が掻き消える。


「なっ!?」


 アイが驚き前方へ視線を向けた瞬間、爆発でもあったかのように一群が吹き飛ぶ。


「さあ、やろうか。アーサー、『流転する光』――聖儀流、三の剣『神覚』。重ね、四の剣『神啓』。重ね、五の剣『神崩』。――結び、二の剣――『神罰』」


 閃光が走る。

 光の濁流が全てを包み、灼熱が銀の装甲を焦がす。

 その中を青年は駆け抜け、無数の機械を叩き壊していく。


「相変わらず規格外ね……」

「レッジさんみたいに、ちょっと見ない隙に強くなってますね」


 本来、警備NPCは決して脆弱な存在ではない。

 ただ単にプレイヤー側の火力が圧倒的すぎるのだ。


「でもまあ、少し疑問もあるんですよ」


 激しい戦いの渦中で、レティはハンマーを振りながら言う。

 背中合わせに立つエイミーが聞き返すと、彼女は遠くに見える細い塔を見上げて続けた。


「レティたちはあくまで、イザナミ計画の一分野。アマテラスによって管理されている機械人形ですよね」

「それはまあ、確かにね」

「だったら、わざわざ警備NPCを出動させなくても緊急停止コード的な何かを使えばいいんじゃないですか?」

「そういうのあるのかしら?」

「むしろ、無い方がおかしいと思うんですよね」


 今は関係ないですけど、と飛びかかってきた機械を打ち上げながらレティは口を結ぶ。

 打ち上げられた警備NPCはすぐさま弾丸の雨に貫かれ、機械眼の赤い光を消す。


「それはまあ、確かに? でもその理由は分からないわね」

「そうなんですよねぇ。そもそも祠と開拓団の関係性が分かんないというか――!?」


 その時だった。

 突如、レティの足下が大きく揺れる。

 否、スサノオ全体が激しく上下に揺さぶられる。


「じ、地震!?」

「そんなのあるんですか?」


 突然の事態にレティたちは腕を突き、体勢を安定させる。

 その間警備NPCたちも動きを止め、四対の脚を広げて揺れに耐えていた。


「っ!? だ、団長!」


 どこからかTELを受け取ったアイが、顔を強張らせてアストラに声を掛ける。


「どうした?」


 駆け戻ってきたアストラに、アイは唇を震わせながら伝える。


「レッジさんの調査が完了し、全ての祠が明らかになりました」


 その言葉にアストラは首を傾げる。

 彼女が顔に浮かべる感情と内容が合致しない。


「そ、それと同時に全ての祠が強い白光を放ち、互いを線で結びました。その結果、四つのフィールド、四百の祠全てがつながり、巨大な紋様の描かれた円形を形成しました」

「それは……何が……」

「か、各地の朽ちた祠からは黒い守護者が現れ、無差別に周囲のプレイヤーを襲撃しています」

「黒神獣か」


 アストラがぽつりと零した言葉に、アイは分かりませんと短く答える。


「ただ、それと同時に他の祠からは白い守護者も現れ黒い守護者と戦っている、とのことです」


 アイが報告を終え、口を閉じたその時だった。

 スサノオ各所に設置されたスピーカーが揺れ、大音量でアナウンスが流れる。


『〈特殊開拓指令;白神獣の巡礼〉の標準タイムライン-甲が破綻しました』

『タイムライン修正プロトコルは即時中止されます』

『現時刻より修正タイムライン-乙へ移行され、作戦目標が変更されます』

『同時刻より〈RoI:BSB〉および〈RoI:UC〉の情報規制が限定的に解除されます』

『調査開拓員諸君はあらゆる手段を用い、黒神獣の殲滅を行って下さい』


 レティたちがそのアナウンスを理解するよりも早く、警備NPCたちが立ち上がる。

 攻撃に備える彼女たちを無視して機械たちは通りを散開し、四方の門を目指して進み出した。


「なるほど。俺たちも外に出た方が良さそうだ」


 アストラの言葉でプレイヤーたちも行動を変える。

 彼らは四対の脚を動かし外へと向かう警備NPCたちの後を追い、スサノオを飛び出した。


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Tips

◇『百合舞わし』

 彩花流捌之型、三式抜刀ノ型。

 大きく旋回して周囲の敵を斬る抜刀技。無数の白い百合が咲き乱れ、鮮血によって赤く染まる。

 自分中心の円形小範囲技。


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