第195話「静かな戦争」

 実数値観測機を搭載した特注の大型〈観測者オブザーバー〉が風を掻き乱して浮上する。

 同時刻に、〈鎧魚の瀑布〉〈角馬の丘陵〉〈竜鳴の断崖〉〈雪熊の霊峰〉――四つのフィールド全て合わせて実に百二十機もの〈観測者〉が現れた。

 それらは互いに等しく間隔を開け、現地の調査隊の手によって所定の位置に静止浮遊する。


「携行型標識灯ビーコン、全て所定の位置に到着しました」

「信号確認した。地形詳細調査も完了。映像観測を開始する」


 フィールド各地に散開したプレイヤーの持つ小型ビーコンにより、高精度の地形把握が可能となる。

 彼らが掲げる蛍光色のスティックを足がかりに、〈観測者〉たちは一斉にレンズを調整しはじめた。


「〈統率者〉負荷率想定内。再計算処理も問題ない」

「今のところ順調ですね」

「なんとかな」


 周囲に並んだウィンドウを小刻みに操作しながら言う。

 ある程度のシーケンスは準備したが、俺は今百二十機のドローンを同時に操作しているのだ。

 全て同型の〈観測者〉で、激しい動きを必要としないのがせめてもの救いか。

 それでも頭がじりじりと炙られるような感覚に襲われる。


「大丈夫ですか?」

「ああ。いけるさ」


 ドローンの微調整が完了する。

 それぞれの視野に問題が無いことを確認し、俺は事前に用意していたプログラムを走らせる。


「映像隠蔽処理開始、順次データ移送開始、復号した映像はそこのモニターに表示されるから、各自作業を頼む」

「任せろ」

「頑張るのですよ」


 机に向かい、ペンを握るレングスたちが頼もしく胸を叩く。

 その後ろには同じく何時でも動けるようにと待ち構える筆記班の面々がある。


「さあ、データ処理だ」


 各地のドローンが収集した情報は、それぞれの実数値観測機によってアマテラスおよびタカマガハラの加工処理の対象にならないよう、その内部で暗号化処理を施される。

 その後中継器を経てデータはこの部屋にある〈統率者〉へと送られ、それを俺が復号していく作業になる。


「ぐ、面倒だ……」


 一斉にウィンドウを流れ始める記号の滝。

 それはプログラム用の記号でもない、俺とニルマとダマスカス組合の技師たちによって考案された全く独自の形式のものだ。

 俺はそれを見ながら復号作業を進めていく。

 少しでも気を抜けば、それらはすぐに新たにやってきた情報に押されて彼方へと消えてしまう。


「はぁ、はぁ」


 これまで以上に脳が高速で回転し、高熱を上げる。

 もはや隅々までの思考は放棄され、指は無意識下で動いていた。


「映像、入りました!」


 会議室のテーブルに並んだモニターに映像が表示される。

 単純化のため画質は荒いが、この星の本当の風景である。


「祠を探せ、見付けた場所を全部地図に記録するんだ」

「はいっ!」


 レングスの指示で筆記班のペンが動き出す。

 映像にある祠の位置を手元の地図と重ね合わせて記していく。


「ぐっ!?」

「レッジさん?」

「情報防御壁に攻撃があった。多分タカマガハラからだ」


 なぜわざわざ四つのフィールドを纏めて、百二十機もの特注ドローンを作ってまで一斉に探索するのか。

 それは俺たちを統率するアマテラスのメイン演算システム〈タカマガハラ〉に感知された場合、何かしらの妨害を受ける恐れがあったからだ。

 その予測は杞憂にはならず、こうして〈統率者〉の一台に攻撃が仕掛けられた。


「ちゃんとその辺も考えてるさ。情報防御壁は手を変え品を変え、五十三層も準備――!?」


 二度目の衝撃が〈統率者〉を襲う。

 それは一度目――小手調べだった初撃よりも遙かに強力で、丹精込めて構築した情報防御壁を一気に二十層もぶち抜いてきた。


「やばいな、想定外だぞ。どんなスペックしてんだ」


 流石は十万体を越える機械人形プレイヤーを統括する演算システム、といったところか。

 ガリガリと猛烈な勢いで壁を削っていくその迫力は、今までのどんな原生生物よりも凶暴だ。


「お困りのようだね、レッジ」

「ニルマ!?」


 その時、会議室のドアが乱暴に開かれる。

 現れたのは小柄なフェアリーの少年。


「掲示板で知り合いを片っ端から呼んできたよ。このモノリスにケーブル繋げていい?」

「あ、ああ……」


 ニルマの後ろからはぞろぞろと姿も性別も多彩な人々が現れる。

 彼らはそれぞれが持つ端末と〈統率者〉をケーブルで繋ぎ、早速慣れた運指でキーボードを叩き始めた。


「とりあえず適当なものを作ればいいんだよね」

「ああ、数を増やしてくれれば当面は」


 言っている傍から情報防御壁が五十層まで回復し、更に増え続ける。

 タカマガハラによって突破される数よりも、新たに生成される数のほうが僅かに勝っているようだった。


「レッジは復号に専念して。情報保護は僕たちに任せてよ」

「ありがたい。任せた」


 〈統率者〉を囲み、床やテーブルに座ってキーボードを叩く集団たち。

 ペンの走る音もあり、会議室は静かな騒がしさを増していく。


「ニルマさん、こいつどんどん突破速度が上がってます!」

「演算速度が上がってる?」

「多分処理領域を増やしてるのよ」

「ランダム生成プログラムを走らせる。こっちも生成速度を上げていかないと追いつかれるよ!」


 黒いモノリスの表面には複雑なラインが縦横無尽に走り回る。

 処理はどんどんと加速し、ラクトたちが用意した氷が溶けるペースも早くなる。


「だ、団長!」

「どうした」


 そこへまた扉が乱暴に開かれ、一人の騎士団員がやってくる。


「中央制御塔から砦に向かって、異常に強い武装NPCが侵攻しています。それと同時にセーフエリア内での武装制限が解除されたため、現在は団員が応戦中です」

「物理的な妨害も始めて来たか。……分かった、俺が出よう」


 恐らくは中央制御塔の演算装置〈クサナギ〉を警備しているクラスⅩAIを搭載したNPCなのだろう。

 その存在は今までフレーバー上にしか確認されていなかったが、ようやく姿を現したというわけだ。


「すまん、アストラ」

「大丈夫です。さくっと倒してすぐに戻ってきますよ」


 こんな時にも爽やかな笑顔を忘れず、アストラが言う。

 しかしそれは多分死亡フラグになるんじゃ――


「だ、団長!」

「今度は何だ」

「せ、戦闘域内にて騎士団員ではない複数名のプレイヤーが応戦してくれています」

「野良プレイヤーか?」

「い、いえその……」


 報告に来た二人目の団員は俺の方をチラリと見る。


「赤毛のウサギ型ライカンスロープの女性と……」

「レティたち!? みんな姿が見えないと思ったら、そんなところに行ってたの?」


 声を上げたのは氷を生成していたラクトである。


「わ、わたしはこんなに地味な仕事なのに、羨ましい……」

「そっちかよ」

「そりゃそうでしょ!」


 思わず突っ込みを入れてしまったが、正直気持ちは分かる。

 しかし〈統率者〉の冷却も重要な仕事なのだ。


「ええっと、〈白鹿庵〉のメンバーがここに居るレッジさんとラクトさん以外の全員、それとメルさん以下〈七人の賢者セブンスセージ〉が全員、更には〈黒長靴猫BBC〉のケット・Cさんたち――」


 おろおろと指先を震わせながら彼は錚々たる名前を上げていく。

 それを聞いていたアストラはぐったりと額に手を当て、その報告を一言に纏める。


「つまり、トッププレイヤーが軒並み集まっていると」

「そ、そういうことです……」


 しかし、それでも戦力は拮抗どころか押されているらしい。


「それなら尚更、俺が出ないわけにも行かないな」

「ちなみに〈銀翼の団〉の皆さんもニルマさんと団長を除いて全員、それと副団長以下第一戦闘班の皆さんも既に戦闘に参加されています」

「ぐッ、皆勝手に行動するね……。わかった、すぐ行く」


 戦闘職は皆、暇を持て余していたらしい。

 行動の早い仲間達に呆れながら、アストラも早速現場へ急ぐ。

 その去り際、彼はこちらに視線を残した。


「レッジさん、頑張って下さいね」

「おう。任せろ。だから、任せた」

「はい、任されました」


 大きな直剣を担ぐ金髪の青年は、マントを広げて部屋を出る。

 それを見送る暇も無く、俺はまた滝のように流れ込む情報の処理へと取りかかった。


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Tips

◇警備NPC

 地上前衛拠点の中枢演算装置などを外部からの物理的な攻撃および原生生物などの襲撃から守るための防衛機構群の一つ。

 非常に高性能なクラスⅩAIを搭載し、更に待機中も常に高速仮想戦闘演算によって自己成長を行っているため、高水準の戦闘能力を保持している。

 警備対象に危険が及ぶなど限られた場面に、開拓司令船アマテラスのメイン演算装置〈タカマガハラ〉によって許可されなければ出動しないため、滅多に目撃することはない。


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