第190話「平らな板」

 テーブルの上に転がる機械眼カメラ・アイ試作模倣品プロトレプリカと、白月の黒く濡れた目を見比べ、ひまわりは小さく息をつく。


「なるほど、“看破系”にも博識鑑定が発見されていましたか」


 翼の砦ウィンドフォートの一角、解析班の部屋にやってきた俺とアストラはそこでレングスとひまわりの二人組と対面していた。

 この部屋ではまさに今も〈解読〉スキル持ちのプレイヤーが写真の解読を行い、〈筆記〉スキル持ちのプレイヤーが得られた情報を解析していて、二人の背後ではズラリと並んだ長机の間を忙しなく駆け回る人々の姿が見られる。


「そっちの系統は俺もひまも伸ばしてねぇからな。盲点だった。視覚だけにな!」


 ガッハッハ、と大して面白くもないギャグで自ら笑うレングスを隣に座るひまわりは冷ややかな目で見る。


「だが博識鑑定は流れ込む情報量が多すぎてアストラ一人じゃ捌ききれない。そこでなんとか、二人に協力を頼めないかと思ってな」

「意図していることはなんとなく分かりました。けれど、それを実現するための手法は、はっきり言って私には分からないのですよ」


 毛先を弄り、眉を顰めながらひまわりが言う。


「やっぱり無理かね」

「団長さんとこに流れてくる情報をどうにかして外に出力しねぇことには、俺たちにどれだけ処理能力があっても無理だ。見たところ、機械人形にUSBポートが見つかったって話も聞かねぇしな」


 レングスの言葉は正しい。

 いくらアストラに情報を引き出す力があったとしても、それを外に出す方法がなければその情報は無いに等しい。

 しかし俺はどこかに解決の糸口があると考えていた。

 そうでなければ、博識鑑定というテクニックはただ膨大なデータの濁流に溺れるだけの“死に技”に墜ちてしまう。

 この世界を構築した存在が、そのようなものを許すとは到底思えなかった。


「機械技師にオーダーして外付けのカードスロットでも作って貰うか? 空のデータカートリッジを差し込んだら吸い出せるかもな」


 冗談めかしたことを言うレングスの脇をひまわりが突く。


「そういえばパソコンなんて代物はありませんね。携行できるノートパソコンなんかがあれば色々できることも増えそうですが」

「そういう複雑なモン、作れんのか? そもそも“八咫鏡”が超高性能なパソコンみてぇなモンだが」

「鏡ではできないような高度な計算なんかができれば、弾道の射線予測なんかに流用できそうですよ」


 レングスとアストラの二人が机上の空論に花を咲かせている傍ら、俺は彼らの会話の中に小さな棘のような引っかかりを覚えて首を傾げる。


「どうかしましたか?」


 それに気がついたひまわりがテーブルのむこう側から怪訝な顔を見せる。

 ヒューマノイドが設定できる最小の身長にしているらしい彼女が、翼の砦ウィンドフォートの格式張った革張りのソファーに座っている姿はどこかアンバランスな危うさがある。

 校長室にやってきた小学生、みたいな。


「何か変なことを考えていますね?」

「そ、そんなことはないぞ!」


 じろりと丸い目が鋭く尖って見上げてくる。

 思考を読むスキルでも実装されているんじゃないだろうな?


「いや、データを外部に出力する方法を考えてたんだ。なんかもう少しで思いつきそうなんだが……」


 嘘ではない。


「データ。出力……。USBね……。ううむ……」

「USBはおじさんの冗談なのでは?」

「それは分かってるが、なんか引っかかってな」


 腕を組み頭を捻る。

 ふと目を開けると、ひまわりも一緒に考えてくれているようで、愛用のメモ帳を開いてカリカリとペンを進めている。

 彼女はネヴァが製作したドレスをいたく気に入っているらしく、今日だけでなくあれ以降ずっと着続けているらしい。

 黒く柔らかな生地を繊細に縫い合わせたドレスはひまわりの体型にぴったりと寄り添い、華やかなフリルで飾っている。

 彼女の幼い表情をより引き立たせるような、少し大人びたシルエットには高貴さもあり、胸元も――


「カードか!」


 ぼんやりと浮かんでいた思考が、突然磁力を持ったかのように固く結合する。

 思わず立ち上がった俺に驚く三人に、慌てて思いついた妙案を披露する。


「緊急バックアップデータカートリッジだよ。あれなら、機体の情報を保存してるはずだ」


 バックアップセンターで代金を払うことで発行してもらえる特別頑丈なデータカートリッジ。

 明確な死が予測される場合に、これを事前に作っておけば機体や武器、防具を喪失したり回収不可能となった場合にもすぐに原状復帰することができる。

 重く、インベントリ以外に保管できず、トレードもできないという扱いにくいアイテムではあるが、これならば情報を外に出すという目的は達成できる。

 それにカートリッジの読み取り機ならば〈機械操作〉でも頻繁に扱うから、容易に用意可能だろう。


「なるほど、それを使えば俺の情報を全て余すことなく出力できる」

「それができれば、私たちの方で解析もできるでしょう」

「製造班にオーダー掛けとくぜ。カートリッジリーダーとモニターがあればいいだろ」

「では、俺はちょっとバックアップセンターに行ってきますね」


 慌ただしく部屋を飛び出るアストラ。

 彼を皮切りにレングスとひまわりの二人も動き始める。

 オーダーの入った製造班もようやく舞い込んだ仕事にやる気を出し、砦全体に喧噪が波及していく。


「なんだか騒がしいと思ったら、レッジさんまた何かしでかしたんですか?」


 受け取るついでに様子を見学しようと製造班の工房へと向かっていると、休憩をしている筈のレティが一人で廊下を歩いているのにばったりと遭遇する。

 出会い頭の言葉に苦笑しながら事情を説明すると、彼女はなるほどと手を打った。


「緊急バックアップデータカートリッジはカミル救出時に使ったやつですよね」

「ああ。あれ以降は使う機会も無かったからすっかり忘れてたんだ」

「割と扱いづらいですからね、アレ。レティは発行したことありませんし」


 自然と彼女も隣を歩き、二人で工房へと向かう。


「エイミーたちは?」

「休憩室でアイさんたちと遊んでます。ゲームの中でトランプとかボドゲとかしてるのってなんだか変な気分ですけど」

「割とそう言うミニゲームも豊富だよな」


 砦が活発になっている間、アイたち戦闘組は暇になるらしい。

 一部フィールドに出て“祠”攻略を進めているメンバーもいるとは聞いているが、アイは“朽ちた祠”の発見を待つ方針でいるのだとレティは説明した。


「白鹿庵にもトランプとか置いてても良いかも知れませんね」

「ていうか、俺が常に持ってるからなんならフィールドでキャンプしながらできるぞ」

「そうなんですか!?」

「知らなかったのか……」


 福利厚生の一環としてそういうのもある程度は準備している。

 レティ以外のメンバーは暖炉の前で遊んでたりするのをたまに見るが、そう言えば彼女は自分で持ち込んだ本とか読んでた気がするな。

 それにしても今の今まで気付かないというのもどうかと思うが。


「おう、レッジ。今日もいちゃいちゃしてるな」


 歩みと共に近づく工房の騒音の中から、茶化すような声が浴びせられる。

 視線を下にずらせば、相変わらずぷかぷかと煙を吹かしているフェアリーの青年がニヤニヤと笑みを浮かべて見上げていた。


「クロウリ、冗談はいいから」

「じょ、冗談じゃないですよ!?」

「えっ」

「えっ」


 何故か反応するレティに首を傾げる。

 いや、今はそう言う話をするときじゃないな。


「クロウリ、オーダーは通ってるか?」

「もちろん。待ちに待った依頼だからな、ウチの連中も張り切ってるさ」


 誇らしげに言うクロウリに案内され、工房へと足を踏み入れる。

 天井が高く、梁にはレールが走り滑車から鎖が垂れ下がっている。

 アストラは翼の砦ウィンドフォートの工房は必要最低限の小規模なものだと言っていたが、俺の目にはそこらの生産系バンドとも張り合えるほど立派なものに見える。


「規模は流石にウチが勝るが、流石の騎士団様だな。最高級の設備が揃ってやがる」


 ずらりと並ぶ各種生産系スキルの作業台を眺望しながらクロウリが嘆息する。

 財力に絶大なリーチを持つ〈大鷲の騎士団〉だからこその芸当なのだろう。


「そういえば、騎士団標準の鎧はここで作ってるって言ってたな」

「あの鎧も相当の高級品だぞ。現状一番希少な素材を惜しみなく使ってるからな。重鎧まで行けばあれだけで一財産だ」

「はぇぇ……。そんなのを支給品にしてるなんて……」


 生産職故に説得力のあるクロウリの言葉にレティは驚き怯えたような表情を浮かべる。


「そら、もうすぐ〈機械作製〉スキルのエリアだ。モニターはもうある程度はできてるはずだぞ」

「カードリーダーはまだなのか?」

「緊急バックアップデータカートリッジを読み取るようなモン、作ったこともねえからな。ブループリントカートリッジを作るところからなんだよ」

「そうだったのか……」


 てっきり普通のリーダーを流用できると思っていた俺が謝ると、クロウリはそれを一笑に付す。


「はっ。だからこそ作り甲斐があるってもんだ。ほら、連中も皆テンション上がってるだろ」


 そう言って彼は工房の一角、一際騒がしいエリアを指さす。

 他の区画と比べて複雑な機械が多く目立つそこには、片目にルーペを着け細やかな工具を持つな風貌の職人たちが怪しい笑声を上げながら作業台に向かっている。


「あら~ここがいいんでちゅか~」

「ヒヒッ、ゾクゾクするわね!」

「ここがこうなってんだなぁ。いいねぇも~~~っとキミのことを教えてよぉ」

「漲ってきたぁぁああ!!!」


 それぞれに奇怪な言葉を口走りつつ、機械を弄る集団は、端から見ればかなり異様な光景だった。

 しかしじっと見てみれば彼らの手つきは繊細かつ迅速で、スキル以上にプレイヤースキルの高さを実感する。


「あれでもあいつらは真面目だし、手練れだぞ」

「なんとなく分かるよ」

「そうですね。テントとか機械について考えてる時のレッジさんみたいですし」

「ええっ」


 俺ってそんな風だったのか……?

 レティの発言に衝撃を受けつつ、俺はクロウリたちと共に職人たちの作業を見守る。


『レッジさん、戻りました。解析班の部屋に機材を持ってきてもらっても?』

「アストラか。分かった、もうすぐ持って行けるはずだ」


 そうしているうちにバックアップセンターからアストラが戻り、そこから間を置かず職人たちがリーダーを完成させる。

 俺はレティにも手伝って貰ってリーダーとモニターを解析班の部屋へと運ぶのだった。


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Tips

◇〈機械作製〉

 生産系スキルの一つ。金属製の部品や電子回路を組み合わせ、様々な働きをする高度な機械を作製する。技術を習熟すればいずれ、開拓調査員の機体ですら自由に修復・拡張・強化することが可能になるだろう。


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