第189話「鋭い目つき」
俺たちが攻略した“朽ちた祠”の守護者――大きな白蝙蝠は角之参拾伍と刻まれた宝玉を落とした。
その時点で〈鎧魚の瀑布〉の進捗は43番の祠攻略まで進んでおり、それには及ばないものの昨日よりは大幅に数が増えている。
「なるほど、お疲れ様でした」
「いや、アイやクリスティーナが強かったからな。番号ほどは手こずらなかったさ」
報告を受けたアストラが掛けてくれた労いの言葉を否定しつつ、宝玉をインベントリにしまう。
実際、アイの支援や指揮が的確だったからこそレティたちは平時よりも遙かに効率的かつ安全に戦闘を進めることができたし、そもそもクリスティーナが水路塔の天辺から大蝙蝠を叩き落としてくれなければ倒す方法すらなかったのだ。
「そうですか? その割にはレッジさん、随分お疲れのようですが……」
「ああ、それは、まあ、気にしないでくれ」
俺がぐったりとしているのは別の理由――具体的に言えば帰路のヤタガラス車内が原因である。
とりあえず、〈
煩雑な手順が増えるとイノベーションは起こりにくくなるのだと徹底抗戦の構えを取ったが、一睨みでねじ伏せられた。
『目の前でドローンが爆発したとき、巻き込まれるのはレティたちなんですが?』と言われてしまってはもう何も言えない。
「それより、送ったデータは?」
頭を振って陰気を振り払い、気を取り直して確認を取る。
瀑布での撮影旅行から帰ってきた俺は、そこであったことを報告するため
彼は俺が出張っている間、砦の人員の指揮をになってくれていたのだ。
「今、解析班へ回しています。何か分かり次第、こちらへ報告が上がってくるようになっています」
俺たち撮影班が〈鎧魚の瀑布〉を巡って集めた画像、映像その他のデータはすぐさまレングスとひまわりが指揮を取る解析班へと移された。
今頃データは〈筆記〉スキルと〈解読〉スキルによってこねくり回され、更には騎士団他著名な考察家たちが喧々諤々と激しい議論を繰り広げているはずだ。
「製造班の方はどうだ?」
「こちらはまだ暇を持て余してますね。他の部署からオーダーが入るまでは、解析班に人員を割いてます」
「俺たちの機体の構造を調べるのはやっぱり時間が掛かるか」
「そうですね。なにせこの世界で最も複雑と言ってもいいくらいに難儀な代物ですから。調べるための機械を作るための設計図を描く、とかそういう段階だとか」
肩を竦めるアストラ。
俺たち自身の機体は、最も身近であるというのに最も理解の進んでいない機械の一つだ。
頑丈で内部構造は不明瞭、それらを解析する手段すら分からないと、なかなかに技師泣かせの芸術品である。
「ああ、でも一つ成果も上がってますよ」
彼はふと思い出したように言う。
そうしてインベントリから取り出されたのは、手のひらに乗るサイズの金属製の球体だった。
「これは?」
「
そう言って彼は指先に挟んだレプリカを自分の顔の隣に並べる。
青い目と隣り合う、生気のない黒い眼は、確かに見比べてみると荒が目立つ。
フレームがどうしても歪んでしまうし、厚みも均一ではない。
何より、アストラの眼にある輝きが全く見られなかった。
「このハイライトはなんなんだろうな? 心の輝きか?」
「ロボットに心はあるんでしょうかね。精査した結果としては、細かな回路に通電した時に発光しているようですが」
「なるほど。それで、その回路は?」
「完成してたらこのレプリカも輝いているはずですよ」
だよなぁ、と肩を落とす。
今、
という事はつまり、俺たちプレイヤーの技術水準は俺たち自身の創造主のそれに遠く及ばないということである。
「機械人形の眼を再現するのは、なかなか難しいように思います。やはり精巧さが段違いですし、何より時間がない」
「ふむ……」
アストラの決断は早く的確だ。
彼がそう言ったのなら、きっとそうなのだろう。
目の前の青年も伊達や酔狂でトップ攻略バンドの長として立っているわけではない。
「それなら、
「言うは易し行うは難し、ですね。何か良い案があったりしますか?」
立派な執務机に腕を置き、彼は眉間に皺を寄せる。
彼も自らそう結論を下したからには、プランB以下も考え得る限り考え、検討しているはずだ。
「なあ、アストラ」
「なんでしょうか?」
そんな青年に向かって声を掛ける。
「〈鑑定〉スキルって持ってるか?」
「はい? ええ、まあ、それは当然ですが……」
だろうなと頷く。
〈鑑定〉スキルは他の多くのスキルとは僅かに異なる性質を持つスキルだ。
それは、生産職であろうが戦闘職であろうが有用であるという点。
俺のような趣味人や生産職であれば、アイテムの詳細な情報を得るための『素材鑑定』というテクニックを、アストラやレティのような生粋の戦闘職であれば、原生生物の弱点部位や傷を看破するための『生物鑑定』というテクニックを毎日のように重宝している。
今も懸命に機械眼の構造を把握しようとしている職人達の多くは『素材鑑定』やそこから派生する『素材詳細鑑定』、更には〈機械操作〉スキルを必要とする『構造鑑定』といったテクニックを駆使しているのだろう。
「アストラ、ちょっとこいつを“視て”くれないか」
そう言って、俺は足下で遊んでいた白い毛玉を持ち上げる。
毛玉――白月は透明な角を揺らし、不満げに息を漏らす。
うにょん、と脱力して伸びきった身体はまるで餅のようで、なんだか毛皮の下ももちもちしているような……。
「視るというのは、つまり〈鑑定〉スキルを使ってということですか?」
「ああ。俺たちの眼が解析できないなら、祠を見付けることができる白月の眼を知る方が早いかもしれない。それなら適切なのは俺が使ってる“鑑定系”じゃなくて“看破系”のテクニックだろ」
「なるほど、そういうことですか」
その説明に彼も納得してくれたようだった。
アイテムの情報を拾う“鑑定系”ならば、職人達の右に出る者はいない。
それが彼らの武器だからだ。
しかし“看破系”となると話は違う。
こちらは戦闘職が重用するテクニックであり、俺が知る限り最強の戦闘職となれば――
「――『生物鑑定』『生物詳細鑑定』『生物博識鑑定』」
アストラは立て続けに三つのテクニックを使う。
正面に見据えた白月は、黒い瞳でじっと彼を見返し大人しくしている。
その間にも彼の視界には白月に関する膨大な情報が流れ込んでいるのだろう。
「博識鑑定は初めて聞いたな」
「最近派生して習得したテクニックですよ。『生物鑑定』の正統進化のようなもので、得られる情報量がかなり増えます。……めちゃくちゃに頭が痛くなりますが」
アストラは苦虫を噛みつぶしたように表情を歪めながら言う。
せっかくの美貌が、そこらのプレイヤーに見せてはいけないレベルにまで崩れてしまっている。
「それ、大丈夫なのか?」
「あんまり大丈夫じゃありません。集中力がめちゃくちゃになりますし、いらない情報が無造作に流れてくるのでその取捨選択の手間が入りますし」
十分に〈鑑定〉スキルのレベルがあればむしろ『詳細鑑定』や通常の『鑑定』のほうが良いまであるらしい。
確かに一瞬の逡巡が勝敗を分ける戦場では、不要な情報はできる限りそぎ落とした方が良い。
「それで、どうだ? なにか分かったか?」
「分かったような、分からなかったような……」
グニグニと頭を揉みながらどっち付かずな返答をするアストラに首を傾げる。
「博識鑑定は流れ込んでくる知識が多すぎるんです。それこそ、白月君のありとあらゆる情報が。身長、体重、弱点部位、癖、習性、種族、年齢、好み、性別、これまでの行動、食べた物、好意を抱いている存在、本当に色々と」
「ほんとに色々なんだな……。白月、太ってなかったか?」
「ミストホーンの適正体重を知らないのでなんとも」
彼の羅列した情報は、中には興味深いものもあるがその殆どが必要の無いものだ。
確かにこれは、戦闘中には中々活用できないだろう。
「それに、鑑定は情報が流れ込んでくるだけで記憶できるわけではないですから。情報全てを拾おうというのは、とても無理です」
「なるほど。その情報の中に有用なものがあっても、探すのが無理なのか」
「海の中から一欠片の珊瑚を、砂漠の中から一粒の砂金を見つけ出すようなものですね」
随分詩的な表現をするもんだ。
とにかく、情報を掘り出すことはできてもそれを精錬して鍛えるという段階にまでは至れないということがよく分かった。
「よし、じゃあちょっと相談してくる」
「相談? いったいどこへ?」
きょとんとするアストラの手を引き、彼の執務室から出る。
「情報の整理といえば、〈筆記〉スキルだろう?」
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Tips
◇『生物博識鑑定』
〈鑑定〉スキルレベル80のテクニック。『生物鑑定』『生物詳細鑑定』同様、原生生物を観察し様々な情報を汲み取る。情報の種類は多岐に渡り、量は膨大なものとなるため、十全に扱うには特殊な技能を必要とする。
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