第188話「怒れる鬼たち」
回転翼が唸りを上げ、小柄な影は地面すれすれを滑るように飛行する。
この距離ならば十分に目視範囲。
わざわざ〈観測者〉による中継を経なくとも操作は可能だった。
「レティ、エイミー、ちょっと気をつけろよ!」
『な、なんですか突然!?』
『また馬鹿なことやろうとしてるの?』
礼儀正しく一言断りを入れて、俺は二人の間を縫ってドローンを差し込む。
まずは純粋に、何も考えずに機体を蝙蝠の大きな身体にぶつける。
「はっはぁ! それなりにいい火力だな!」
無防備な翼の下、脇腹を狙った一撃。
ただでさえ重量のある金属の塊が、鋭い刃の付いた羽を回転させて勢いのままに激突するのだ。
赤いエフェクトが鮮烈に吹き乱れ、蝙蝠はその巨体を大きく仰け反らせる。
『レッジさん!? なんですかこれは!』
「レティたちにも見せてなかったろ。DAFシステムの最後の一つ、縦横無尽の遊撃手〈
『そんなことはもう知ってますよ! 実戦投入されてるの見るのは初めてですけど、存在は教えて貰ってます。そうじゃなくて、なんでこれを今出してきたんですか!』
「そりゃあ助太刀にだな……」
『その気持ちはありがたいですが、もう少し事前に説明をですね!』
シンプルに怒られてしゅんと肩を縮める。
『とりあえず、人手が増えるのはありがたいですから。レティたちじゃ手が届かない顔の方とか狙って頂けると!』
「りょ、了解しました」
レティさんの指示に従い、ドローンを浮上させる。
黒い目を光らせる蝙蝠は己の脇腹を突いた物体を忌々しげに睥睨し牙を剥いた。
「よし、じゃあまずは近接装備から試していくか」
小屋の軒先からそれを眺めつつ、手元のコントローラーを操作する。
ボタンを押せば四枚のブレードに電流が走る。
「高圧電流スタンブレード。仕組みは有刺鉄線とそう変わらんが、感電による麻痺じゃなくて高温による火傷の付与を重視した刃だ!」
赤く輝く刃が高速で回転しながら蝙蝠の首下へなでつけられる。
白い毛並みが散り散りになり、焦げ臭い匂いが周囲一帯へと拡散される。
「流石に有刺鉄線ほどのバッテリーは積めないからな。使えるのはほんの数秒だけだ」
「それは、私への説明でしょうか?」
「いや、なんか解説しながら戦ってた方が楽しいだろう?」
隣で様子を見ていたクリスティーナの怪訝な視線を避けながら操作を続ける。
スタンブレードの根源になるバッテリーは、〈狂戦士〉の小さな機体の限られた積載量ではそう大きな物も積めない。
そのため使用できるのは数秒、しかもその後は十分な再充電時間と刀身の冷却時間を置かねばならない。
「あの、そのスタンブレードに実用性は……」
「ない! あるのはロマンだけだ!」
大きく口を開けて咬み砕こうとしてくる蝙蝠を避けつつ胸を張って応える。
実用性や有用性の追求は、それこそ〈大鷲の騎士団〉のようなガチ攻略勢に任せればいいのだ。
俺は俺のやりたいことをやりたいようにやるだけだ。
「とりあえず次行くぞ!」
機体の四隅に付けられたマシンアームが動き、格納庫から新たなアタッチメントを取り出す。
「高速射出ミニパイルバンカー! 敵の身体に直接張り付き、瞬時に射出する極太の針だ。中空螺旋構造によって貫通力を維持しつつ、中に毒物を込めてそれを注入することもできるぞ」
スタンブレードによって毛の刈り取られた首下に再度密着するドローン。
その前方に取り付けられた二本の角が突き刺さると同時に射出される。
奥の奥にまで到達した角は、螺旋構造を無視して逆噴射によって強引に引き抜かれ“裂傷”の状態異常も付与する。
「え、えげつない……」
「ドローンのサイズがサイズだから、思ってるほど傷は深くないさ。それを補うために毒物注射機構も付けてるんだ」
「えげつないのはレッジさんの発想のことですよ」
最後の言葉は聞かなかったこととして、俺はパイルバンカーをパージする。
一度強引に引き抜いてしまえば、大きな傷を作ることもできるが同時に螺旋機構が破損してしまって使えなくなる。
使い捨てって言うところにもロマンを感じるのが男の性である。
「この分だと次はドリルですか?」
「パイルバンカーが殆どドリルみたいな構造だったからな。次はもうちっと変わり種だ」
「予想が外れたのに、あんまり悔しくないですね」
コントローラーを操作する。
続いて現れたのは金属製のノズルである。
先端を蝙蝠の顔に向けたドローンは、そのまま一直線に突き進む。
馬鹿な羽虫とでも思ったのか、蝙蝠はニタリと笑って大きく口を開く。
そのまま咬み砕くつもりだろうが――
「馬鹿な羽虫はそっちだぜ」
「蝙蝠別に笑っていないような……」
クリスティーナの言葉も聞こえない。
大きく開かれた口目掛けてノズルを突き刺す。
そこから射出されたのは、透明な可燃性の油で――
「『
吹き上がる炎。
喉を焼く悲鳴。
弱い粘膜に直接業火を浴びた蝙蝠は転倒しのたうち回る。
「に、人間様の戦い方じゃない……」
「何を言う。火は文明を獲得した高度な種族の証なんだぞ」
「倫理観の話です!」
転がる蝙蝠の背中に残りの油を掛けながら弁明する。
喉から引火しさらに燃え広がる炎はさながら彼岸花のようで綺麗だ。
「さて、随分軽くなったな」
「さっきからナチュラルに不法投棄してますよね」
「どうせ時間経過で消えるからいいんだよ。それより、これでかなり機動性も上がったぞ」
ドローンはぐったりとした蝙蝠の顔の周りをビュンビュンと機敏に動き回る。
パイルバンカーやオイルタンクなど重量の嵩む荷物を全てパージした結果である。
パージ機構というのはそれだけで胸が高鳴る魔法だし、それによって目にも留まらぬ機敏さを得るというのも少年の憧れだ。
「あぁ、動けないところをレティさんたちがタコ殴りに……」
「好機を逃さないのは狩りの基本では?」
「それはそうですが、なんだか今回は蝙蝠の方に同情してしまいます」
「巣から落としたのはクリスティーナだろう」
「そのときはこんな凄惨な運命が待ち受けているなんて思っていなかったんです!」
槍を突き立て反論するクリスティーナ。
日頃から効率的な討伐法を研究しているのは彼女たち攻略組の方だと思うのだが……。
「それで、次はどんな装備を使うんですか?」
「なんだかんだで楽しみになってるじゃないか……。まあ、近接系は大体試したし、次は中距離系だな」
ボタンを押すと、ドローンの側面が開く。
そこから現れたのは先端が丸みを帯びた筒状の物体だ。
後ろのほうに三つの尾翼を展開し、勢いよく火を噴いて飛び出す。
「ミサイルじゃないですか!」
「ロケット花火がちょっと派手になったようなもんだよ。推進用以外の燃料は積んでないし、航続距離も10メートル行けば良い方だ。その代わり――」
小型ミサイルは大きくうねりながら滑空し、蝙蝠の鼻先で破裂する。
濃く白い煙と共にバチバチと弾ける鉄片が周囲に飛散し、蝙蝠の体表を傷つける。
『ちょっとレッジさん!? さっきのなんですか! レティたちも巻き込まれ掛けたんですが!』
「す、すみませんでした!」
途端に入るクレームに低頭し、気を取り直して解説をする。
「撹乱用鉄片煙幕。白い煙に甘い匂いに熱い鉄片で、相手を怯ませつつ注意を反らせる。危機的状況を回避しつつ攻勢に転じられるぞ」
「味方を巻き込んでしまっては元も子もないのでは?」
「なので通常は事前に相談しつつ使おう」
「相談しつつ使えましたか……?」
今後のご活躍に期待ということで。
「あー、レティ。ちょっと蝙蝠から離れてくれ」
『言うのが十秒遅いのでは!?』
「いや、今からやるのはほんとに巻き込まれたらヤバい奴だから」
『分かりましたよ!』
レティたちが俺を睨みながら蝙蝠から距離を取る。
十分に離れたところで、俺はドローンから小さな光を投下した。
砂粒ほどのそれが、空気中を滞留している白い煙に触れた瞬間――
『きゃぁぁぁあああ!?』
爆炎が草を焼き、風がレティたちの髪を乱す。
白い煙の正体は粒の細かい粉だった。
そこに落とされた火は瞬く間に広がり、一瞬で巨大な爆発へと変貌する。
「粉塵爆発。良い言葉だ」
「こうはならないのでは……?」
「実際なってるから良いだろ! 惑星イザナミだとこうなるんだよ」
クリスティーナの猜疑的な眼差しから逃げるように蝙蝠へと視線を戻す。
「おお、あともう少しで倒れそうだな」
「レティさんたち、あの中で良く削りましたねぇ」
どこか含みを持った言葉を聞き流し、俺は最後の仕上げに入る。
「よし、トドメだ――」
ドローンはもはや虫の息の蝙蝠に向かって唸りを上げる。
蝙蝠もドローンを正式に敵と認めたのか、最後の力を以て立ち上がる。
巨腕を掻い潜り、首筋を撫でるように駆け上り、ドローンは蝙蝠の眼前へと舞い戻る。
「レティ、ちゃんと距離取っとけよ!」
『けほけほ……。ってまたですか!?』
『レッジ、あとでお話があるからね』
静かなエイミーの言葉にぞわりと背筋が寒くなる。
しかし今は目の前の事に集中しなければ。
俺は高速で指を動かしドローンの位置と角度を調整する。
そうして時を待ち、蝙蝠が大きく口を開けた瞬間、
「そこだぁ!」
その喉奥目掛けて機体を突っ込む。
ブレードが口腔内をズタズタに切り刻みながら、ドローンは口の奥深くへと侵入する。
「ちょ、レッジさん!? 何やってるんですか!」
「そりゃあ、ここまで来たらあれだろ――」
蝙蝠もただ黙って受けに甘んじているわけではない。
強靱な筋肉によって顎を閉め、ドローンを圧殺しようと牙を立てる。
関節部が歪み、ブレードが曲がり、動力部からは火花と黒煙が吹き出す。
「――『
吹き上がる火柱。
肉を焼き、骨を焦がす。
圧倒的な力によって頭蓋を吹き飛ばし、気道を突き抜ける。
灼熱は粘膜を瞬時に乾かし、引き裂く。
「え、えぐい……」
「表現は結構マイルドになってるだろ」
「そう言う話ではなく、発想ですってば」
唖然とするクリスティーナに向かって得意げに胸を張る。
戦場を様々な武装によって掻き乱すだけ掻き乱し、進退窮まれば特攻からのゼロ距離自爆によって大きな傷跡を付ける。
立つ鳥跡を濁しまくる狂った戦士が、この〈
「いやあ、ここまで決まると爽快だな!」
はっはっは、と煤けた蝙蝠を見て笑う。
残り僅かだった体力も爆発によって消し飛び、蝙蝠の骸はゆっくりと地面に倒れる。
気がつけば、小さい蝙蝠たちも姿を消していた。
「さて、じゃあちゃちゃっと解体して帰るとするか」
「あの、レッジさん」
「どうした? ああ、クリスティーナたちは小屋で休んでていいからな」
「いえ、そうではなく……」
クリスティーナがゆっくりと指を持ち上げ、突き出す。
首を傾げながら後ろを振り向く。
「お疲れ様です、レッジさん。お元気そうで何よりです」
「ふふ。面白いもの見せて貰ったわ。色々詳しく聞きたいのだけれど」
「あっ」
そこに立っていたのは、レティとエイミー。
彼女たちの後ろには遠巻きに見物しているラクトとアイも居た。
「えっと、その、解体を……」
「いいですよ、そのあとじっくりお話ししましょう」
「ええ。それくらいなら待ってあげるわ」
ニコニコと眩しいくらいの笑みが逆に怖い。
俺は二人の鬼に追い立てられるように、ナイフを持って解体へと向かうのだった。
_/_/_/_/_/
Tips
◇『
〈機械操作〉スキルレベル65のテクニック。起爆装置を内蔵した機械を爆破させることによって、周囲に甚大なダメージを引き起こす。
起爆装置は機体そのものにも深刻な被害を齎すため、基本は使い捨ての安価な装置に仕込むことが推奨される。
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