第187話「満を持して登場」
パラパラと降り注ぐ白い瓦礫と共に巨影が地面を覆い隠す。
鋭く光る槍によって皮膜を裂かれた大蝙蝠は藻掻きながらも落ちてくる。
「押しつぶされないように、気をつけてください!」
レティの声から間髪入れず影の上に白い巨体が到達する。
大地を揺るがす衝撃と絹を裂くような絶叫。
大蝙蝠は背中をもろに打ち付け、それだけで少なくないダメージを負っていた。
「クリスティーナは!?」
「い、生きています」
アイの声にクリスティーナはよろよろと立ち上がりながら応える。
槍を杖代わりにして体重を預けているものの、ダメージは小屋の範囲内に入ったことで徐々に癒えている。
あれだけの高さから固い地面の上に落ちたというのに、よくぞ生きていたものだ。
「〈受け身〉スキルは〈
クリスティーナはそう言って笑みを作って見せる。
行動系のスキルを揃えると、まるで曲芸のような動きができるとは聞いていたがここまでタフになれるとは思わなかった。
「それより副団長、守護者もそろそろ起き上がってきます」
「分かっています。ここは私たちに任せて、クリスティーナは小屋でゆっくり休んでいて下さい」
「ありがとうございます。回復したらすぐに参加しますので」
頼もしいアイに低頭しながらクリスティーナは小屋の中に避難する。
俺は小屋から離れられないため、その場からカメラで守護者の姿を撮影し続ける。
その間に、アイたちは配置に就いてそれぞれの得物を構えた。
「来るわよ」
エイミーが盾を構えたその時、大蝙蝠はゆっくりと身体を持ち上げる。
俺の小屋ほどもある巨体は僅かに身じろぎしただけでも押しつぶされそうな圧迫感を覚える。
蝙蝠を取り囲むアイたちはその圧力に耐え、攻撃のタイミングを推し量る。
蝙蝠は白い毛並みを逆立て、鋭い牙を剥く。
黒い瞳で小さな彼女たちを睥睨し、苛立ったようにキィキィと甲高い声で鳴いた。
そして、彼女たちが威嚇に屈しないと理解した瞬間、それは臨戦態勢を取る。
「ッ! 『スタンガード』!」
僅かに身じろぎする守護者の前にエイミーが飛び込む。
刹那、バネのように弾けた蝙蝠の前腕が彼女の構えた双盾に打たれた。
「くっ、良いパンチしてるじゃないの」
地面を抉り、数メートル後方まで下げられたエイミーが不敵に笑う。
蝙蝠の放った一撃は彼女の強固な守りを突破し、僅かながらも傷を与えていた。
「これ、レティたちが喰らったら一撃なのでは?」
「このパーティで一番固いのはエイミーだしね。できるだけ喰らわないように注意しないと」
その様子を見ていたレティとラクトが戦慄する。
エイミーの防御力を貫通する一撃ともなれば、彼女たちでは一撃死はなくとも半分以上は削られてしまうだろう。
LPがテクニック使用のコストにもなっている仕様上、無闇に被弾してしまえばそれだけ攻撃のチャンスも減ることになる。
「でも、エイミーさんなら十分回復が追いつく範囲内です。防御は彼女に任せて、私たちは攻撃に専念しましょう」
レイピアを引き抜きアイが言う。
彼女の言葉に従い、レティたちも行動を開始した。
「とりあえず動きは止めた方が良いよね。『
ラクトの放った銀の矢が蝙蝠の白い毛皮に突き刺さる。
その瞬間、矢の周囲から急速に身体を覆う氷が発生して蝙蝠の動きを阻害する。
「うおりゃぁぁああ! 『岩砕』!」
動きの止まった蝙蝠の頭部に落とされる重い一撃。
それは固い頭蓋を揺らし、目眩を引き起こす。
「次は私の打撃、受けてみなさい。――『穿拳』」
パーティの盾であるエイミーも、敵の動きが止まれば攻勢に転ずる。
彼女の鋭い一撃は分厚い皮を貫き、固い骨を砕く。
レティたちはこれまで培ってきた経験から、言葉を介さずに的確な連携を取る。
絶え間なく繰り出される拳と鎚と矢の連鎖は蝙蝠を翻弄し、反撃の隙を与えない。
しかし、この祠の守護者は昨日戦った十三番のニワトリよりも上手らしい。
三人の連携を受けて怯みこそすれ、大きく体勢を崩すことはない、更にその表情には若干の余裕すら滲んでいるようで――
「レティさん、エイミーさん、距離を取って下さい!」
アイの切迫した声が響く。
それを聞いた二人はなかば反射的に跳び、大蝙蝠から離れる。
その瞬間、蝙蝠はその場で大きく回転し、両の翼でなぎ払うように地面を抉った。
「あっぶな! あっぶな! 普通に巻き込まれて死ぬところでしたよ!」
「予備動作なさ過ぎない!? アイ、よく知らせてくれたわね」
アイの声が無ければあの一撃をレティとエイミーはもろに喰らっていたことだろう。
彼女たちは命の恩人となったアイに感謝を伝える。
「私は普段から一歩引いたところで戦況を見つつ指示を出す役目をしているので、気づけたのはそのおかげです。危なくなったらまた声を掛けますので、お二人は攻撃に専念してください」
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて――『旋回打』!」
口早に言うアイに頷き、レティたちは再度敵の懐に潜り込む。
アイが騎士団で培った戦況を見る目と判断力は確かなもので、彼女たちは危機的な状況を的確な指揮によって難なく回避していく。
アイ自身も時に攻撃に加わりつつ、支援アーツによってレティたちの能力を増強し、指揮以外の面でも戦闘の土台を支えていた。
「すごいな……」
俺は小屋の傍に立ち、シャッターを切りながら驚嘆する。
レティたちにとってアイは慣れない存在だ。
しかし彼女たちは平時と変わらぬ高度な連携を取りつつ、アイの指示によって危険を回避している。
レティたちの能力もそれは高いが、それにしてもアイの指揮能力と適応力、対応力には目を見張る物があった。
「どうです。あれが私たちの副団長ですよ」
休息を取っていたクリスティーナがドアを開き、間口に立って言う。
その声は誇らしげで、普段からアイの事を篤く慕っていることがよく分かる。
「正直、〈大鷲の騎士団〉はアストラたちが目立ちすぎてアイや他のメンバーをあまり気にしたことはなかったが……。攻略組の一員になっている所以ってのが分かった気がするよ」
「そうでしょう。私たちも〈銀翼の団〉の皆さんには及びませんが、それでもそのあたりの一般人とは違うという誇りを持ってますからね。いったい何時間このゲームに注ぎ込んでると思ってるんですか」
最後に少し冗談めかして言う彼女の言葉に笑う。
使った時間がそのまま強さに直結するわけではないとはいえ、彼女たちは心の底からこの世界に傾倒している特異な人種なのだ。
「しかし、あの蝙蝠もタフですね」
クリスティーナが表情を曇らせる。
彼女の視線の先、今もアイたちによって絶え間ない猛攻を受けている蝙蝠は、しかし未だに潤沢な体力を残している。
「ダメージは良く通ってるが、蝙蝠の回復能力もかなり強いみたいだな。微妙に均衡が取れててなかなか削れてない」
「あともう一押し、勢いが足りませんね」
そう言ってクリスティーナが立ち上がる。
彼女は長槍を構え、いつの間にか服装も騎士団の軽鎧に戻していた。
「移動速度特化装備じゃない方が、戦闘力は上がるんですよ」
「なるほどなぁ。しかしまあ、もうちょっと休んでていいぞ」
「はい?」
やる気を見せるクリスティーナを小屋の中に押し戻し、俺は彼女の肩に手を置く。
「俺も本職ほどじゃあないが、ちょっとは戦えるんだ。写真も十分撮れたし、助太刀してくるさ」
「だ、大丈夫です! 私も十分戦えます!」
「とりあえずLP満タンにしてからな」
「でもレッジさんは小屋から離れられないんでしょう?」
「大丈夫。そのためのこいつらだ」
俺はインベントリを操作し、それを取り出す。
いくつかのパーツに分けられたそれを組み立てると出来上がる、一機のドローン。
「……もしかして、それが噂のDAFですか」
「今回出すのは一機だけだ。二機以上の連携システムは今改修中でな」
ドローンを地面に置き、コントローラーを握る。
「よし、やっちまえ――〈
鋭利な刃の付いた
ふわりと浮遊した厳めしい小型機は、勢いよく風を切って飛び出した。
_/_/_/_/_/
Tips
◇〈
DAFシステムの一角を担うドローン。他の機体とは異なり、フィールド内を機動的に行動し搭載した様々な武装によって近接攻撃を行う攻撃特化の遊撃型。細やかかつ迅速な操作が要求され、全ての機能を使いこなすには相応の技量を必要とするが、潜在能力は戦闘職プレイヤーにさえ匹敵する。
単独での使用も可能。
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