第191話「出力と解読」

 部屋にあった長机を並べて急遽作り上げた細長いステージに、製造班からできたての機材が並べられる。

 先頭に置かれたのは物々しい金属塊。

 おおよそ立方体の、銀色に磨かれた筐体はのっぺりとしていて、上面に差し込み口が一つ、背面にプラグがびっしりと並んでいる。


「これがカードリーダーか? 随分物騒じゃねぇか」


 金属塊――製造班の機械技師たちが尽力し作り上げた緊急バックアップデータカートリッジ専用のカードリーダーに、レングスは奇妙な物を見るような目を向けて言う。


「緊急バックアップデータカートリッジは普通のデータカートリッジと規格が違うみたいでな。他のを流用できないみたいなんだ」

「それと、モニターに繋ぐケーブル口も付けられるだけ付けておいたって仰ってました」


 インベントリからモニターを取り出し、並べながらレティが言う。

 腕力にBBを極振りしている彼女は重量のある荷物も纏めて運んでくれるからありがたい。


「機材、セッティングできたのですよ」


 モニターの前に人員を配置し、柱のように積まれた白紙のメモ帳を用意したひまわりが言う。


「それじゃあ、セットしますね」


 舞台が整い、アストラが重厚な黒い金属板を用意する。

 頑丈さだけを追求し、内部のデータをあらゆる極限状態から守る、機械人形の最後の砦だ。

 この中にはアストラの、あらゆる行動やステータスその全てが詰まっている……はずだ。


「ああ、やってくれ」


 銀色の立方体の上部に一つだけ開いた細い長方形の穴に、アストラの緊急バックアップデータカートリッジが差し込まれる。


「おおっ?」


 レティが思わず声を上げる。

 継ぎ目もない一枚板だと思っていた立方体の表面が、カートリッジの差し込みと同時に複雑に立ち上がる。

 それはガチガチと忙しなく形を変形しながらカートリッジを取り囲み、内部へと取り込んでいく。

 側面には青い光でコンソールのような画面が表示され、いくつものパラメータが瞬時に切り替わっていく。


「かっこいいですねぇ」

「急ごしらえのはずなのに、よくこんなギミックを仕込んだな……」


 別々の方向に関心しながら、俺とレティはカードリーダーの動きを見守る。

 そして正面に表示されたプログレスバーが青く染まった瞬間、背面から尻尾のように伸びる黒いケーブルを伝って各モニターに情報が送られる。


「筆記始めます」


 同時にモニターの前で構えていたひまわりたちがペンを持つ。

 濁流のように流れる情報――既存の文字ではない〈機械操作〉のプログラミングに使用する独自の記号の羅列を手元の紙に筆写していく。


「たまにひまがやってるのは見るが、こう数が揃うと異様だな」


 その様子を見ていたレングスが首下に手を置いて言う。

 左右に並べられたモニターから目を離さず、瞬きすらせずに、十数人の人々が手元のペンを猛スピードで滑らせている。


「オカルトにある自動筆記みたいですね。幽霊が乗り移って文字を書くやつ」

「こういうの見ると、俺たちが機械人形だってのがよく分かるな」


 筆記者は左右の二人を一組にして、八組に情報が分割されて表示されている。

 二人で同じ情報を見るのは、万が一の際に備えたフェイルセーフ策らしい。


「そうだアストラ、ニルマはいないか?」

「ニルマですか? 今はまだログインしていませんが」


 突然の問いに困惑しながらもアストラは答える。

 それを聞いて俺はがっくりと肩を落とした。


「ぐ、そうか……。ニルマが居れば百人力だったんだが」

「どういうことですか?」

「今は筆記班がデータを外部――メモ用紙に出力してくれてるところだろ。そこに書かれてるデータの意味までは判明してない」


 A4サイズの白紙が瞬く間に黒く染まり、瞬時に新しい物へ切り替わっていく様子を見ながら言う。

 彼らは言わば印刷機、そこに書かれている情報を理解しているわけではない。

 ただカートリッジから吸い出した情報の1から10までを余すことなく出力しているだけだ。


「だからこの後、あの独自記号の羅列を読んで意味を取り出していく作業がいるんだが……」

「なるほど。あれは〈機械操作〉スキルのプログラミング言語と同じでしたか」

「ああ。だからその解読に強い人員がいるな、と思ったんだが」


 プログラミングはできると便利だが必須ではない。

 スキルに頼らない知識を必要とするため、習得にはかなりの手間が掛かるため、レティのように日頃から〈機械操作〉スキルの恩恵に与りつつもプログラミングはできないというプレイヤーの方が大多数でもあった。


「それならレングスさんたち解読班に任せては?」

「もちろんそっちにも回すさ。だが〈解読〉スキルだけだと時間が掛かる」

「そうなんですか?」


 レティはレングスに視線を向けて言う。


「まあ、そうだな。〈解読〉を使うと文字列の上に理解可能な文字列が浮かび上がるように見えるんだ。これも機械眼の恩恵だろうが。――まあその速度がスキルレベルに比例するとは言え多少のタイムラグがある上、発動中はLPも結構消費するからな」


 難しい顔でガリガリと後頭部を掻きむしるレングス。

 彼もそのあたりの使い勝手の悪さには辟易しているのだろう。


「だからまあ、原文で読める奴が居た方が作業は速いんだ」


 英語の論文を機械翻訳に掛けながら読むか、英語を習得した上で読むか、という違いだろうか。

 とりあえずスキルよりもプレイヤースキルを使った方が判読速度は速くなる。


「よし、纏まったデータはバラけないようにして運び出せ。こっからは解読班も平行して処理していくぞ」


 ある程度筆記班の成果が溜まった段階でレングスたちも動き出す。

 七組に分かれた解読班がそれぞれに担当する筆記班の出力した紙束を運び出し、それの解読作業に当たる。

 解読班の場合は翻訳精度を上げるため、複数人で内容を議論しながらの作業になる。


「さて、じゃあ俺もやるかね」


 最後の一組、ひまわりと彼女に次いで〈筆記〉スキルのレベルが高いプレイヤーによって書き出されている膨大な紙の山を運び、隣のテーブルに移動する。

 俺は〈解読〉スキルはもっていないが、DAFのシステム構築で自力で読めるようになっているのだ。


「ふむ……」


 スキルを必要としないデフォルトのソフトウェアである仮想テキストウィンドウを開き、紙束を一枚目から取り上げる。

 記号の羅列を解読しつつキーボードを叩いて内容を日本語に訳していく作業は、プログラミングとは少々勝手が違うがそのうち慣れるだろう。

 そうして俺はいつの間にか作業に没頭し、周囲の世界から自らを切り離していった。





「アストラさん、アストラさん」

「なんですか?」


 筆記班と解読班、そしてレッジが忙しなく作業を進める室内で、場違い感を覚えながら暇を持て余すレティは同じく手持ち無沙汰な様子のアストラに声を掛けた。

 彼女の推測通り彼も話し相手を欲していたようで、すぐに柔やかな表情と共に反応がある。


「レッジさんのあれって、割と特殊な技能なのでは?」


 レティの視線の先には、一人テーブルに向かうレッジの姿がある。

 堆く積まれた紙束を前に、空中に表示させたキーボードを目にも留まらぬ速さで弾いている。

 まるで〈筆記〉スキルの自動筆記のような姿だが、彼は今なんのテクニックも使っていないはずだった。


「割とも何も、かなり特殊な技能ですよ。あのニルマも認めているくらいですから」

「やっぱりそうなんですか……」


 アストラが頷くと、レティはさほど実感は湧いていないようだが納得する。

 どれほど深く集中しているのか、レッジは真剣な表情で猛烈に作業を進めている。

 紙束は次々に左へ移されていき、そのたびにテキストファイルが埋まっていく。


「リアルでそう言うお仕事をされていたんじゃないでしょうか。DAFのシステムプログラムも、お一人で構築されたんですよね」

「ドローンはネヴァさんが作ったみたいですけど、中身はレッジさん一人らしいですね。それも凄いことなんですか?」

「そうですね。あれだけ膨大で複雑なプログラムを全て把握して一から構築するというのは、並大抵の技術ではできないようなので」


 俺も詳しくは知らないのでニルマからの受け売りですが、と苦笑しながらアストラは言う。

 レティにプログラミングは分からないが、それでもレッジが常人離れしていることは分かっていた。


「それにしても本当に凄い処理速度ですね。実は何かテクニック覚えているのでは?」

「レティは何も知りませんよ」


 隣で作業する解読班が目に映るからこそ、余計に両者が対比される。

 レッジの処理速度はまるで時間ごと早回しにしているかのような奇妙さすら感じさせた。


「けど、データ量も膨大ですね」

「そうですね。俺の全データが詳らかにされてるのはなんだか恥ずかしいですが……」


 その間にもひまわり以下筆記班は精力的にペンを進めており、膨大な数の紙束が生まれている。

 ついには運搬専門の人員も配置され、室内のせわしなさは輪を掛けて酷くなる。


「処理速度、追いついてないみたいですね」

「しかたありません。筆記班の出力に追いついているのはレッジさんだけみたいですから」


 何もできない自分が少し恨めしい。

 書類運びくらいならできるだろうが、そちらはすでに十分な人員が配置されてしまった。


「やっほー、アストラ。なんだか面白そうなことしてるね?」


 その時だった。

 扉が開き、奥から小柄な青年が現れる。


「ニルマ! ログインしてたのか」


 突然やってきたニルマに驚きつつ、アストラは彼の前に立つ。


「うん。それでどっかの祠でも攻略しようかと思ってたら、砦中が騒がしいじゃないか。何かやってるのか――」

「良いところに来たね」


 ニルマの言葉を途中で切って、アストラは彼の肩をひしと握る。


「えっ、ど、どういう?」

「まあまあ、ちょっとこちらへ」


 混乱するニルマの背後に素早く回り込み、がっちりとホールドする。

 そうして何も知らない青年は、他ならぬ彼のリーダーによって面倒な仕事を任せられるのだった。


_/_/_/_/_/

Tips

◇『筆写』

 〈筆記〉スキルレベル10のテクニック。視界に入った文字や光景を手元の紙に書き写す。レベルが上がるほどにその速度と正確性は上がっていき、やがて自動筆記のような領域にまで至る。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る