第180話「不可視の存在」
翌日、一人で白鹿庵を発った俺はヤタガラスに乗ってスサノオへ、〈大鷲の騎士団〉が本拠地
仰々しい鉄格子の門の前までやって来ると、そこには既にルナとタルトが立っている。
「おはよう。早いな」
「おはよ! あたしたちも今来たところだよ」
「おはようございます。丁度今さっき、偶然ルナさんと出会って少しお話してたんです」
それぞれに挨拶を交わしたところで、TELでアストラに連絡を取る。
すぐに鉄格子が開いて奥から金髪の青年が小走りでやってきた。
「おはようございます。とりあえず、どうぞ中へ」
「おはよう。拠点が広いのも大変だな」
「あはは。良い運動代わりですよ」
場所は以前も集まった会議室ということで、移動の片手間に話を持ち出す。
「アストラたちの進捗はどんな具合だ?」
「俺たちは翼の四十六番で止まってますね。今攻略している祠が絶妙に勝てそうで勝てなくて、みんなで戦略を検討しているところです」
さらりと言われた数字に驚く。
彼らはついに四十番台、それも後半を突破することができたらしい。
「もしかして夜通しやってたのか?」
「いえ。強制ログアウトを回避するために一度休憩は挟んでますよ」
「それは殆どぶっ通しだけどね」
躊躇いのないガチ勢発言にルナが苦笑する。
ちなみに彼女は昨日俺たちと遭った時の牙の二十四番から変わりは無い。
「タルトはどうだ?」
「え、えと、わたしたちのパーティは爪の十七番が最高だったと思います」
「なるほど。そう言えばタルトは普段、固定パーティで活動していましたね」
指を折って数えるタルトにアストラが言う。
彼の言葉通り、タルトは普段リアルでも交流があるという友人同士で固定のパーティを結成して行動していた。
人数が四人のためバンドは組んでいないらしいが、今のところ他のメンバーを入れるという話もないと言っていた。
「タルトは
「う、うん。リーダーは
みんな良い子なんだよ、と柔らかく笑うタルト。
リアルでも友好があるだけあって彼女たちの仲は非常に良いらしい。
「ところで、レッジさんの進捗はどうなんですか?」
やって来たエレベーターに乗り込みながらアストラが口を開く。
「俺は角の十三番と、爪の三十五番を取ったよ」
昨夜のことを思い出して両肩に少し疲れを感じながら言う。
「ええっ!? 三十五番って、草原の記録更新してない?」
「今はどうか分からんが、取った時点では俺たちが記録更新だったな」
驚くルナに頷く。
彼女と別れてから、俺はレティたちに連れられて草原を縦横無尽に駆け巡って手当たり次第に“祠”へ挑んでいった。
白月の案内を受けつつも途中に“祠”があれば必ず立ち寄り、負けても勢いは衰えることなく、物資が尽きればスサノオで補充してすぐに戻る。
地獄のような強行軍は深夜まで続き、そのおかげで俺たちは草原の進捗を大きく更新することと相成ったのだ。
「レティちゃんたち、張り切ったねぇ」
「張り切りすぎだよ。俺は後方支援職だってのに、一生分の死線をくぐった気分だ」
呆れるルナにため息をつくと同時にエレベーターのドアが開く。
廊下を少し歩き、重厚なドアを潜ればいつか見た円卓の会議室である。
「歩きながらすでに始まってましたが、改めて。今日はまずイベント初日を終えたということで、各自の得た情報の共有からしましょうか」
それぞれの席に収まると、アストラが進行を取り仕切る。
各自が昨日の活動について簡単に語るものの、特にこれといった特筆すべき点は現れない。
自然、話題は白月によって発見されたマーカー外の祠――“朽ちた祠”へと移っていく。
「昨日レッジさんから連絡を受けた後、ひまわりさんや百足衆カナヘビ隊のムビトさんなどの
「ひまわりが言ってるなら確かにそうなんだろうな。まあ、普通の祠もイベントが始まるまでは一切見付けられなかったしそういう事なんだろう」
「今朝、ひまわりさんからもう一度調査したという報告が来ましたが、レッジさんが瀑布で見付けた二つ草原で見付けた四つ以外には一切見つからなかったらしいです」
難しい表情で言うアストラ。
彼はwiki編集者に声を掛けるだけでなく、他にも複数の手段で調査をしているはずだ。
しかしその様子からして目に留まるような成果は挙がっていないのだろう。
「かなり緩和されたとはいえ、今でもレッジの負担はかなり大きいよね。四つのフィールド全部回って、全部の朽ちた祠を見付けるのは大変だよ」
「なにか、わたしたちでも朽ちた祠を見付けることができる方法があればいいんですけど……」
タルトが俺の座る椅子の傍で丸まる白月を見て言う。
現在判明している“朽ちた祠”を発見するための手段はただ一つ、白月の案内によって導かれることだけだ。
「……一応、各生産系バンドに何か発見するための道具や手法を開発できないか、という依頼は出していますが」
「まあ白月ちゃんに案内されないと見付けられないっていうのはゲームのシステム的なものだろうし、難しいよね」
バッサリと切り捨てるルナ。
アストラもそれは理解しているようで、力なく頷いた。
「――なあ、一つ良いか」
そんな中、俺はおずおずと手を上げる。
昨日から少しだけ引っかかっていた点を解消しておきたいと思ったからだ。
「どうしました?」
「ちょっと疑問が一つ、な。今日も18時にあるとは思うが、アマテラスからのアナウンスだ」
「定期情報報告ですか?」
タルトの言葉に頷く。
毎日18時に知らされる、四つのフィールドの“祠”の調査進捗。
それぞれ個別にパーセンテージで表示される数字はそのまま攻略された“祠”の数であることはほぼ確定事項だ。
「あれ、なんでパーセンテージなんだ?」
「なんでっていうのは?」
ルナが俺の迂遠な発言に首を傾げる。
「なんで進捗はパーセンテージで報告されるんだ? しかもその数値はフィールドの攻略された祠の数と一致するんだぞ」
はっと息を飲んでアストラが立ち上がる。
「マーカーされている祠は八十個程度……。祠の全数が百個であることが分かっていなければ、数値はもっと高くなってしまいますね」
頷く。
「そこだ。マーカーで示された祠の数は100に満たないのに、進捗の報告は祠が100あるという前提で割合表示されているんだ」
「つまり、アマテラスは祠が100個あることを把握してるのね?」
ルナもピンときた様子で口角を上げる。
「けれど、それならどうしてその情報を公開しないのでしょうか。公式からのアナウンスにはどこにも“祠が各地に100個存在する”ということは書かれていませんでした」
「――俺が考えた可能性は二つだ」
タルトの問いに、俺は指を二本立てる。
「一つは、朽ちた祠の正式な場所が分からないから公表しなかったと言う説」
正直、これは“らしくない”と思う。
いくら場所が分からないとはいえ、それは上空の衛星ではなく地上の
わざわざその情報を隠す理由が分からない。
「もう一つは、朽ちた祠の位置が意図的に隠されている説だ」
その言葉に会議室は静寂に包まれた。
三人の表情が固まり、しかし彼らの頭は素早く巡る。
「そ、そんなことある? アマテラスが祠のことを意図的に隠すなんて……」
「必要性を感じられないです」
ルナとタルトは信じられないと言った様子で頭を振る。
そんな二人に向けて、俺は言葉を重ねる。
「昨日ずっと考えてたんだ。どうして祠はイベントが始まるまで見つからなかったのか」
「それは……イベント開始が祠の出現フラグになってたからじゃ……」
「本当にそんな、メタ的な理由なのか? 町から町への高速移動にさえ安易なワープじゃなくてわざわざ列車を用意する運営が、そんな安い理由を許すのか?」
正直、自分でもこのゲームに入れ込みすぎている感じは拭えない。
もしかしたら本当にルナの主張通りなのかもしれない。
しかし、それでも俺は“楽しそう”な方を選びたかった。
「あの祠は、朽ちた祠でなくても歴史を感じさせる酷く風化した外見だ。そんなものが正午になった瞬間に四つのフィールドに四百個、一気に出現するのは“らしくない”と思わないか」
「ですが、それなら何のために、どうやって隠していたんですか?」
「〈RoI:BSB〉と〈RoI:UC〉は覚えてるか?」
その問いに答えたのはアストラだった。
「重要記録ですね。アマツマラの端末をレッジさんが操作した際に登場したキーワードです」
「ああ。BSBはBlack Spirit Beast――黒神獣ということで恐らくは今回のイベントの白神獣とも関わるもの、あの黒猪についてのデータだと思っている。もうひとつのUCの方はまだ何も分からんが」
しかし、一つだけ分かっていることがある。
「アマテラスは――俺たちが知らない領域での調査も行ってるはずだ。そこで俺たちが知らなくてもいい情報に関しては規制をしてる」
「Need to Knowということですか」
アストラに頷く。
俺たち調査開拓用機械人形は、あくまで開拓司令船アマテラスに組み込まれている演算装置〈タカマガハラ〉によって指揮管理されているイザナミ計画の一分野を担う存在でしかない。
ならば俺たちが知らない――知る必要の無い情報も多くアマテラス側上位存在は把握していたとしても不思議はない。
「祠は俺たちも知る必要があると判断されたから、アマテラス側からヴェールを捲られたんだ。だから、イベント――特殊開拓指令の発令と同時に俺たちも祠を見ることができるようになった」
「で、ですが――ッ!」
タルトが立ち上がる。
垂れたイヌ耳を興奮に任せてパタパタと動かしながら言う。
「わ、わたしたちはずっとフィールドを歩いていたんですよ。wiki編集者さんなんかは特に目をじっと凝らして隅々まで見ています。それなのに見つからないなんて事は――」
「そう、目だよ」
タルトの言葉を遮って言う。
指さすのは、己の目。
「俺たちはこの目を通して世界を見ている。情報を集めている。――だから、この目が真実を映すと思っていた」
「ど、どういう……」
俺の言葉にタルトはたじろぐ。
「――光学迷彩という技術がある。俺が運用してるDAFの〈狙撃者〉にも搭載されている、この世界じゃさほど珍しくない技術だ」
「まさか、祠に光学迷彩が施されてたってこと?」
信じがたいと瞳で語りながらルナがいう。
たしかにそれは理屈が通らない。
“祠”そのものに光学迷彩を施すなら俺たち調査開拓人形がフィールドへ至るまでに先回りする地上活動部隊が必要になる。
「いや、“光学迷彩”が施されてたのは俺たちの目だよ」
俺たちは機械の目を通じて世界から情報を得ている。
色、地形、対象、部位、様々な物質的な情報を絶えず収集しているし、それを基に行動を決定している。
「俺たちの目は“世界そのもの”を映している訳じゃない。あくまで“機械による処理を通した世界”を見てるんだよ」
「それは、スキルですか」
アストラの的確な言葉に頷く。
「〈解体〉スキルのガイドグリッド、〈鑑定〉スキルの弱点ポイントロック、〈銃器〉スキルは視力を強化して命中率を上げるし、ライカンスロープは夜目が効く。それにそもそも、俺たちは日常的に視界の端に表示されたUIを使っているし、実体はないディスプレイを使ってる。これらは全部もともとの世界に機械によって付加された情報だよ」
そう、俺たちは他ならぬ俺たち自身によって様々な情報を付加されているし、それを日常的に重用している。
ならば逆もあるのではないか。
原生生物の弱点を暴き、切るべき部位の境を強調することができるのなら。
隠したいことを隠し、知られたくないことを目立たなくさせることもできるのではないか。
「祠は以前からあった。けれど、俺たちの目はそれを“視なかった”んだよ。リアルタイムに祠の影は消え、何の変哲も無い風景へと置き換えられた。意識しないうちに機体は操作され、ぶつからないように進路を変えられた」
俺たちはこの世界では人間ではない。
鋼鉄の身体と人工筋肉繊維によって形作られた、機械のパーツの集合体だ。
ならば俺たちが“それ”を知覚するよりも手前で情報が改竄されることも、考えられないわけではない。
「――ですが、仮にレッジさんの説が正しかったとして、俺たちにはそれを打破することはできないのでは?」
静かに耳を傾けていたアストラが口を開く。
彼の意見ももっともだ。
原理が分かったからと言って、それに抗う手法が見つかったわけではない。
「それなら、徹底的に調べればいいんだよ」
天板に手をつき言葉を放つ俺を見て、三人は呆然とした。
_/_/_/_/_/
Tips
◇
機械人形に搭載された重要な部品の一つ。周囲の視覚的な情報を収集し、演算装置へと送る役目を持つ。その一方で時刻や原生生物の残存体力、各種スキルによる視界補助情報などを付加する機能も有しており、調査開拓活動の重要な基礎を形成している。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます