第179話「祠を数えて」
「や、レッジ! 数日ぶりだね」
ヤタガラスの〈角馬の丘陵〉駅に降り立った俺たちは、早速待ち構えていたルナとマフのコンビに出迎えられる。
ヤタガラスに乗りながらTELで居場所を聞くと、丁度ポータルのすぐ近くに居たということでわざわざ迎えに来てくれたのだ。
彼女は以前と変わらない、軽鎧と丈の短いスカートを合わせたファンタジックな服装に、革のグローブ、腰のベルトには銀の二丁拳銃を提げた姿で、オレンジの瞳をいっぱいに開いていた。
「おう。調子はどうだ」
ヤタガラスから降車しながら尋ねると、彼女は少し困ったように細い眉を寄せて、ブーツの爪先で地面を蹴った。
「あんまり芳しくないかなぁ。あたしがソロ専っていうのもあるけど、そもそも草原に来てる人が少ないかも」
「瀑布にはウェイド、霊峰にはアマツマラという拠点がありますし、断崖では他ならぬアストラさんたち〈銀翼の団〉が活躍なさっていますからね。草原はそういう意味では、少し影が薄くなっているのかも」
「あはは。レティの言うとおりだよね。雰囲気自体もほのぼのしてて穏やかだしね」
レティの冷静な分析も笑って受け止め、ルナは背後に広がる穏やかな風の吹く草原を眺める。
ここ〈角馬の丘陵〉は小型の馬や猫、鼠や水牛といった様々な動物が生息するフィールドだった。
その代わりと言ってはなんだが、他三つのフィールドと比較して、平坦な土地とそこに生える柔らかな青草、そして安定した快晴の続く温暖な気候が揃い、地形的な面白みには欠ける。
「こんだけ見晴らしがいいと、祠を見付けるのも簡単なんじゃない?」
そんなラクトの言葉を証明するように、ヤタガラスのポータルから出ることなく遠くの方に祠の影もいくつか見付けることができた。
視界を遮るものといえば足下に茂る草くらいで、それも猫や鼠を隠すことはできるが“祠”を隠せるほどでもない。
「ルナさんはどれくらい攻略を済ませたんですか?」
「えっと、二十四番の宝玉が一番上かな」
トーカの問いかけにルナはインベントリに入った宝玉を確認しながら答える。
俺たちが持っている宝玉よりも倍近く上の数字である。
パーティとソロという関係上、純粋な比較はできないだろうがルナがかなり優秀な戦士であることは明白だった。
「草原攻略中の人たちの中だと上位層だと思うよ。でも一番上は多分二十七番だね」
「なるほど。じゃあさっきのアナウンスのパーセンテージはそのまま祠の数字に置き換えていいってことか」
「多分ね。そうなると祠は100個あることになるんだけど」
少し疲れたように言うルナ。
聞けば、彼女はすでに10回ほどの戦闘を重ねているのだとか。
「手当たり次第に入っていったら、すごい刻んできちゃって。五連続で数字が続いた時は流石にちょっと足が止まっちゃったよ」
「その根気も凄いけど、よく戦闘を続けられるわね」
驚くエイミーに彼女は唇を曲げる。
「ふっふーん。実はねぇ、あたしもレッジを見習って〈野営〉スキルを上げ始めたのよ」
「そうなのか!」
思わぬ同志の登場に知らず興奮する。
彼女は悪戯が成功した子供のようにクスクスと笑いながら、ポータルから出て近くの草の薄い場所に立つ。
取り出して胸の前に抱えたのは、麻織りの巾着袋だった。
「とは言ってもレッジみたいな変な奴じゃないよ」
「へ、変……?」
「いや、レッジさんの小屋は変ですよ」
ルナの言葉に愕然としていると、レティの冷たい声が心に突き刺さる。
俺はただ快適な部屋をフィールドでも提供したいという一心で……。
いや、そうでもないか。
「ほらほら、見ててね。『野営地設置』」
小屋の意義について思考を巡らせていると、ルナは自分のテントを披露してくれた。
それは一本のポールといくつかのペグで撥水布を支える円錐形の、いわゆるティピーテントと呼ばれる形式のものだった。
彼女は更に折りたたみ式の椅子とミニテーブルを出し、焚き火を熾す。
薄暗くなってきた草原にオレンジ色の光が広がり、長く濃い影が足下から伸びる。
「す、すごい……」
「〈野営〉スキルなのにテントを出したよあの子」
「〈野営〉スキルって、キャンプみたいな事もできるのねぇ」
「何故でしょう、凄く新鮮な光景です!」
「お、お前ら……」
口々にどこかズレた賞賛の声を上げるレティたち。
確かにルナの野営地の方がより野営っぽいことは認めざるを得ない。
「すごいでしょ? 近くに木があればハンモックも付けてお昼寝できるんだけど」
「いいですねぇ。アウトドアって感じです」
「レッジのは快適だけど、アウトドアって感じはしないんだよね」
ルナに招かれテントの中に入っていくレティや、椅子に腰を降ろして溶けるラクト。
君たちがそんなこと言うなら今後入れないでやろうか……。
「でも、結構コンパクトだよね。回復効果もレッジのほどじゃない」
「まあねぇ。テントセットの重量と展開速度を重視してて、威嚇と回復効果は最低限に抑えてあるんだ。それに、そもそも一人用だしね」
甘えてきたマフを抱え、白い毛並みを撫でながら言うルナ。
彼女の言うとおり、一人で行動するためだけならそれほど大がかりな装備は必要ないし、重量の問題もあってできるだけ軽くしなければならない。
俺があの小屋を持ち運びできるのは、道中の狩りで得られたドロップアイテムをレティたちが分散して持ってくれるからと言う理由もあった。
「〈機械操作〉スキルを取れば、機械牛も使えて重量問題がかなり緩和されるぞ」
「うーん、そんなにスキルの余裕が無いんだよね。それに機械牛を連れてるとかなり移動速度は遅くなるんでしょう?」
難色を示すルナに、普段から機械牛のカルビたちを運用しているレティが頷く。
「機械牛は多少無理のある地形も踏破できるのと力強さが特徴なので。速度は遅くて、レティも普段は連れてませんね」
「それなら機械馬がいいんじゃない? 機械牛ほどの積載量はないけど、その代わり移動速度は徒歩より早くなるよ」
「機械馬……。ニルマが持ってるようなやつね! あれなら確かに欲しいかも」
運用にどれくらいのスキルレベルが必要なのか、早速ウィンドウを開いて調べ始めるルナ。
確かにマフを連れて機械馬で各地を旅するルナも格好良いかもしれない。
「って、今はあたしのスキル構成の相談じゃないでしょ。レッジたちは祠の攻略に来たんじゃないの?」
本題を思い出し、ルナは頭を振りながら脱線した話を戻す。
「まあそれもあるんだが。その前にルナに一つ聞いておきたかったんだ」
「聞いておきたいこと?」
「ああ。今回のイベント、マフは何か変わったことをしなかったか?」
その問いかけに、彼女は肘を掴んで考え込む。
今日一日の記憶を掘り返し、マフの影を追っているようだ。
「うーん、特には思いつかないかな。祠に入って、一緒に戦って出てきて終わり。勝ったら一緒に喜んでたし、負けたら一緒に反省会してたよ」
「か、かわいいですね……」
マフを抱き上げて言うルナに、レティが固く拳を握って言う。
確かにマフは四匹の神子の中でも一際もふもふしていて可愛らしい。
「白月ちゃんが何かしたの?」
質問を返してくるルナに頷く。
腰に鼻先を擦ってくる白月を撫でながら答える。
「朽ちた祠っていう、マップにマーカーされていない祠を見付けたんだ。今のところ普通の祠との違いは外見が大きく風化しているってことだけだが」
「なるほど。そういうのは特に見付けてないなぁ」
ということは、二つのことが考えられる。
一つは〈鎧魚の瀑布〉以外のフィールドにはそもそも“朽ちた祠”というものが無いということ。
もう一つは〈角馬の丘陵〉他二つのフィールドにも“朽ちた祠”は存在するが、それら全てが白月の案内が無ければ辿り着けないということ。
「……多分二つ目だろうなぁ」
紫紺に染まりつつある空を見上げて嘆息する。
一つのフィールドに存在する普通の“祠”はおよそ80~90個程度らしいから、“朽ちた祠”は10~20ほど。
四つ合計なら最大80程もの発見されていない“朽ちた祠”があるということだ。
それら全てを見付ける、それも白月と俺だけで探して回るというのは、なかなかに骨が折れるのではなかろうか。
「これは明日あたり、一度〈翼の盟約〉で集まった方が良いかも知れんな」
「あたしはイベント期間中ずっと暇だからいつでも大丈夫だよ」
遠くに輝く一番星を見ながら言う。
何か打開策か、せめて少しでも負担を軽くできるような策を考えたい。
「レッジさん、明日はこちらには居ないんですね」
「すまんな。アストラたちと行動すると思う」
「もとからその予定でしたもんね。大丈夫ですよ。レティたちはレティたちで適当にやっておきますので」
「恩に着るよ」
手を合わせてレティを拝む。
その瞬間、彼女のルビーの瞳が怪しく光ったような気がした。
「では、今宵はみっちり付き合って貰いましょうか」
「えっ」
「明日は一緒に行動できませんからね。今日のうちにやっておきますよ」
「えっ」
がっしりと腕を掴まれ、身動きが取れなくなる。
「あはは。じゃあまた明日ね。……頑張ってー」
反応に困ったようなルナに見送られ、俺たちは夜の迫る草原へと飛び出していく。
レティとラクトに両腕を拘束された俺はさながら連行される宇宙人のような気持ちで、長い夜は始まったばかりだった。
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Tips
◇角馬の丘陵
シード01-スサノオの南方、〈冥蝶の深林〉を抜けた先に広がる広大な草原地帯。多様な生態系の根付く生命豊かな土地であり、安定した気候と見晴らしの良い地形は探索活動も容易にしている。反面、鉱物、木材的な資源には乏しく、殺風景な印象も否めない。
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