第178話「機械釣法」
森の中を進む、一機のドローン。
枝を掻い潜り、木の葉を突き抜け、四枚の回転翼を高速で動かしながら縦横無尽に宙を駆ける。
それを追う、一体の大きなイグアナ。
身体を左右に振り、太い足を交互に動かしながら、金の瞳で小さなドローンの影を凝視する。
ドローンはどこか調子が悪いのか、時折ガクリと体勢を崩し速度を鈍くしながらも僅かにイグアナの鋭い爪が及ばない距離を維持して逃走していた。
付かず離れず、そのもどかしさが野生の闘争心に火を付けたのか、イグアナはヌラヌラと涎を垂らしながら大きく口を開けてドローンを追いかける。
その瞬間だった。
「『大破撃』ッ!」
突如ドローンが通過した茂みの奥から鈍色のハンマーが現れる。
それは視野狭窄に陥っていたイグアナの頭部を的確に捉えて振り下ろされる。
地面を陥没させ、周囲の木々を揺らす激甚な打撃が容赦なくイグアナを粉砕する。
平時であれば気づけた、回避することができたはずの大振りな攻撃によって、哀れなイグアナは一瞬にして落命した。
「おおー、お見事!」
茂みの奥から現れたラクトがパチパチと拍手をレティに送る。
エイミーもやってきて、彼女の赤い前髪に引っかかった木の葉を払った。
「お疲れさん。いや、結構楽しいなこれ」
俺はドローンを手元のリモコンで呼び戻しながら彼女の下へ歩み寄る。
ドローンはどこも不調を来していない、新品同様の傷一つ無い美品である。
「楽しいな、じゃないですよ。単調すぎて欠伸が出そうです」
しかし俺とは対照的にレティはハンマーの柄に手を置いて、その上にふくれっ面を乗せながら言う。
「そうか? 弱った鳥の気分になって逃げるの、結構楽しいぞ」
「レッジさんは楽しいでしょうよ。でもレティたちはただ大技をタイミング良くぶつけるだけ。1コンボでフルコンボだドンってなるリズムゲーですか。なにも面白くないですよ」
確かにそれは面白く無さそうだ。
ワンゲーム300円も取られたら訴訟沙汰だろう。
「しかし、本当に面白いくらいに食い付いて来ますね。ヤマネさんのご慧眼には感心させられます」
地面に転がるイグアナを見下ろしてトーカが感心したように言う。
今回の俺がドローンによってイグアナを釣り出しそれをレティが狩るという手法は、新天地でヤマネから聞いたイグアナの習性を利用したものだった。
彼女によれば〈鎧魚の瀑布〉に生息するこのロングタンイグアナは小鳥が大好物なのだそう。
そのため、普段は“待ち”の狩りを行う彼らも弱った小鳥のようなものを見付けたら物凄い速度で脇目も振らずに追いかけてくるのだ。
「これを利用したらいくらでもイグアナが狩れちゃうんだね」
「そんなにしてイグアナを狩り続ける理由もないと思うんですが……」
うんざりした様子でレティが言う。
実はこのイグアナで5匹目なのだ。
「ロングタンイグアナの皮膚は伸縮性に優れてるし丈夫だから、ワイヤーの保護に使えるって話だ」
だからもう少し集めるぞ、と言うとレティは愕然として肩を落とす。
ちなみにイグアナの革がワイヤーの被覆に使えるという情報もヤマネからである。
「警戒心が強いから闇雲に追いかけても逃げられるし、ドローン釣り戦法は実際楽なんだよ。そう言わず、ほら、協力してくれ」
「むぅ……。今度新天地の特製週替わりチャレンジメニューミスリル級奢って下さいね」
「レティ、それどうせ完食するからタダじゃないの」
肩を竦めるエイミーに眉を上げ、彼女はそそくさと茂みの奥へ隠れる。
俺もまた木の陰に引っ込んで、早速次なる獲物を探してドローンで森の中を駆け抜けていった。
†
「――それでこんなに集めてきたってわけね」
所は変わって、俺たちはスサノオの一角にあるネヴァの工房を訪れていた。
二階の商談室に置かれたテーブルの上に山と積まれたロングタンイグアナの生皮を見下ろして、彼女は大きく息を吐く。
「ああ。罠で使うワイヤーに被せればカモフラージュになるらしいんだ。だからネヴァにこれを鞣してもらおうと思ってな」
「それはいいんだけど……。よくこんなに集めたもんだわ」
得意げに胸を張る俺を見て、ネヴァは呆れたように肩を竦める。
隣に並ぶレティたちの表情もあまり元気がない。
「……どうかしたのか?」
「いや、普通にこれ耐性ない子はキツくない?」
ネヴァの指摘になるほどと手を打つ。
ロングタンイグアナの生皮は名前の通り、剥いだままの状態の皮である。
濃緑色の細かな鱗に覆われていて、若干水っぽい。
場合が場合ならモザイクが掛かっていてもおかしくはないか。
「とりあえず、鞣してワイヤーに被せるだけならそんなに手間じゃないしすぐできるわ。全部一階の工房まで運んでくれる」
「了解。よろしく頼むよ」
テーブルの上の生皮を全て回収すると、水に戻された魚のように女性陣が活発に息を始める。
生きているイグアナや死んだイグアナの骸を見るのは平気だったというのに、よく分からん。
「ちなみにこれ、何匹分なの?」
「解体したから結構増えてるが、50匹分だな」
「14匹まではレティが。15匹をラクトが、12匹をトーカが、9匹をミカゲがやりました」
「あれ、エイミーは?」
「私は爬虫類苦手だから……」
白鹿庵の丁寧な作業によって得られたイグアナの生皮を工房に搬入すると、ネヴァは早速作業を始める。
皮の鞣しは〈裁縫〉スキルの領域らしく、彼女は裁縫作業台に向かった。
「それで、イベントの方はどうなの? 順調?」
作業の傍ら、ネヴァが尋ねる。
「とりあえず一体倒したよ。瀑布の十三番だ」
「二十番までなら普通の戦闘職がソロで行けるらしいわ。三十番台になったらパーティ推奨とか」
ネヴァもある程度の情報は仕入れているらしく、テキパキと皮を処理しながら言った。
「ネヴァさんの方も忙しいんじゃないですか?」
レティの問いに彼女は上を向いて考える。
「んー、まだ余裕はあるかな。明日とか明後日とか、あなた達が戦闘を重ねて武器や防具の修理が必要になってきたら忙しくなるわね」
「なるほど、少し時間差があるってわけだね」
「そうそう。だから明日以降はこんなの持ち込まれても対応できないからね」
ちらりと俺の方に視線を送る職人に、深々と頭を下げる。
いつもアポイントメントと言いつつ直前に連絡を入れてしまうのはどうにかしたいのだが、それでも快く受け入れてくれる彼女には感謝してもしきれない。
「今後の守護者戦はレッジも罠で参戦するの?」
「罠でどこまで戦えるかは分からんけどな。まあ、最近全然使えてなかったし、物は試しと言うことで」
「ヤマネさんに手取り足取り組んずほぐれつしながら教えて貰ってましたもんねー」
「そこまではしてないだろ!?」
何故か機嫌の悪くなるレティに反論しつつ、俺は作成する罠の構想を巡らせる。
〈罠〉スキルは戦闘カテゴリに分けられるものの生産スキル的な特徴も持つスキルだ。
ワイヤーをどのように組むか、どのように敵を捕らえるかは罠師一人一人によって異なり、だからこそやりこみ甲斐がある。
「守護者戦の時ってテントは張れるの? テントって言うか、もう小屋だけど」
「さあ、分からん。十三番と戦った時は一瞬で戦闘が終わったから、そういうのを考える暇もなかった」
「ですが、小屋の回復効果があれば長丁場になっても安心ですね」
トーカが言い、隣のミカゲが頷く。
二人ともコストが重いテクニックを多用するタイプの戦法を主軸にしているからか、テントから受ける恩恵も大きいのだ。
そうしてイベントに関わる雑談に花を咲かせていた時のことだった。
突然、アナウンスがスサノオ中に響き渡る。
『〈特殊開拓指令;白神獣の巡礼〉定期情報報告第一日目』
『〈鎧魚の瀑布〉の“祠”調査進捗率は34%です』
『〈竜鳴の断崖〉の“祠”調査進捗率は38%です』
『〈雪熊の霊峰〉の“祠”調査進捗率は35%です』
『〈角馬の丘陵〉の“祠”調査進捗率は27%です』
『今後も引き続き、諸君らの尽力を期待しています』
「なんだこれ?」
「定期報告ですよ。毎日ゲーム内時間の18時に流れるみたいです」
掲示板を開いていたレティが説明してくれる。
別にそれぞれのフィールドでの対抗戦というわけではないが、毎日定期的に攻略率を開示することでより積極的なイベント参加を促そうという魂胆らしい。
「これ、パーセンテージで言われても良く分かんないわね」
「祠の数は大体100個あるのかな。だとしたら数字がそのまま攻略された祠の数?」
「どこも同じような具合なのですね」
発表された進捗を種に彼女たちは話を続ける。
強いて言えば〈角馬の丘陵〉が少し出遅れているが、それでもまだ始まって半日しか経っていない。
「〈角馬の丘陵〉は……ルナがいたな」
ふとあの長い金髪と太陽のような瞳を思い出して呟く。
彼女や、〈雪熊の断崖〉に行っているタルトたちとも一度情報を共有しておきたいな。
「できたわよ」
ぼんやりと考えていると、ネヴァの声で現実に戻される。
彼女からのトレードを受けてインベントリに鞣されたイグアナの革がなだれ込んでくる。
……やはり少々集めすぎたのかもしれないな。
「武器と防具の修理とお手入れはいつでも受け付けてるからね。今後ともウチの工房をごひいきに」
「ああ。助かったよ。今度改めてお礼させてくれ」
代金を渡しながら言うと、彼女は白い歯を零して言った。
「それならまた珍しいエネミーの素材でも持ってきて頂戴」
戸口に立つネヴァに見送られ、俺たちは工房を後にする。
「この後はどうするんですか? 瀑布に戻ります?」
「そうだな。……ちょっと〈角馬の丘陵〉に場所を変えようか」
そうして俺たちは夕暮れ迫る町を歩き、ヤタガラスの地下駅へと向かうのだった。
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Tips
◇ロングタンイグアナの生皮
ロングタンイグアナから剥いだばかりの皮。表面は細かな濃緑色の鱗に覆われており硬く、裏面はゼリー状の体液と血が付着していて水っぽい。このままの状態では生臭く腐りやすいが、適切な手法で鞣すことで伸縮性に秀でた丈夫な革へと変化する。
このままでは食べられない。
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