第177話「狩り記す人」
「罠に機械を組み込むという発想はとてもいいと思った。スキルの枠は厳しいけど、色々な自由度が広がるし、そ、それに条件付けができるから、え、獲物が選べる。こ、これ、DAFを参考にしてうちが考えたの。えっと、この広さを一つのユニットにして、ワイヤーを張って、あ、ワイヤーの高さは対象によって変えて、そこでまず選別するの。それで、こ、この機械式ウィンチを使えば重量のある原生生物でもくくり罠で引き上げられるし、えとこっちは――」
「お、おう……」
左右にうずたかく積まれた紙束をテーブルに広げながら、ヤマネは人が変わったかのように喋り始めた。
対面するレッジは、その熱量に圧倒されながらも真摯な態度で彼女が考案したという罠システムについての理論に耳を傾けていた。
それは原生生物の大きさや重量から選別を図り、対象とする存在だけを的確に捕らえる罠のようだった。
今までのものでは十把一絡げに掛かる獲物で一喜一憂していたものだが、これならばより効率的に原生生物の狩猟が行える。
「……全然何言ってるか分かんないねぇ」
「レティたちとは縁遠い世界のお話ですからね」
――といった詳細がまるで理解できないまま、レティたちはそんな二人の様子を、テーブルを移動して遠巻きに眺めていた。
ヤマネが広げたメモの山によってテーブルに置いていた飲み物ごと追いやられたのである。
「ははは、ヤマネは罠のことになると人が変わるからな」
そんなレティたちのテーブルへ、リンクスたちがやってくる。
彼らもまたレッジという話し相手を失って、新たな会話を求めていた。
「リンクスさん、ですね。守護者戦、どうもご苦労様でした」
不機嫌な感情を隠そうともしないレティにリンクスは後頭部を掻いて苦笑する。
「譲ってくれてありがとうな。俺たちのほうが数字がでかかったのはまあ、申し訳ない」
「別に良いですよ。事前に分かっていたことではないですし」
紅茶を一気に飲み干すレティ。
どうしたものかとリンクスが出方に困っていると、彼の背後からゴーレムの女性が歩み出た。
「こんにちは。まだ自己紹介がまだだったよね」
女性は柔らかな笑みを浮かべ、大きな手を差し出す。
「あたしはティッカ。〈猟遊会〉所属の
「……レティです」
素っ気ないながらも手を交わすレティに、ティッカは軽く頷く。
彼女は濃緑を基調とした迷彩色のコートを着ており、赤髪の上にこれもまた緑のベレー帽を乗せていた。
「狙撃銃を背負っていた方ですよね」
トーカが記憶を掘り返し、ティッカの武器を口にする。
彼女は頷き、インベントリから彼女の背丈ほどもある大型の狙撃銃を取り出した。
「長距離高威力が売りの
服装に合わせてか迷彩色に塗装された銃を掲げるティッカの口調は自慢げだ。
「ティッカは今回のイベントのためにこれを新調したのよ」
そんな言葉と共に現れたのは、犬型ライカンスロープの女性だった。
彼女は背中に大斧を背負い、腰にも重そうな鉈を二本も提げた純粋な近接物理戦士職のような風貌だ。
「このパーティーの近接
絹のように滑らかな黒い長髪をさらりと広げ、ルシエラは微笑む。
「
「正直あんまりそうは見えないわね」
その物腰柔らかな姿とロールのギャップにエイミーたちは唖然とする。
狂戦士は何らかの武器スキルと〈戦闘技能〉スキルの複合ロールである。
少し特殊なシステムのロールでもあり、取得している武器スキルの合計値が高いほどに攻撃力に補正が掛かる。
「ちなみに武器は何を?」
「〈剣術〉と〈槍術〉と〈格闘〉ね」
「おお、多武器構成は難しいと聞きますが」
「まあもっぱら使うのは大斧と鉈だから、〈剣術〉スキルしか使ってないわね」
驚きと尊敬の眼差しを送るレティに、ルシエラは苦笑気味に白状する。
幾つもの武器スキルに手を出せばできることが増えるものの、その分高度な判断力を必要とする。
また瞬時に繰り出すことのできるテクニックが十種類であることには変わりないため、複数の武器スキルを伸ばすのは玄人向けの構成と言われていた。
「ルシエラはこう見えて結構荒っぽいからね。パーティーじゃ切り込み隊長だし、無慈悲だし」
「パーク!」
眉間に皺を寄せるルシエラの視線の先に現れたのは、犬型ライカンスロープの青年。
彼はパーティの中では唯一、防御力を重視した金属製の軽鎧を着込んでいる。
「やぁ、ボクはパーク。このパーティじゃ一応
立腹するルシエラを華麗にスルーしながら、パークは三角形に立った耳を小刻みに揺らしながら言う。
彼が背負っている盾はエイミーの双盾ほどではないにしても小柄なもので、確かに受け止めるというよりは受け流すことに特化しているように見えた。
「ほら、みんな挨拶したんだし胡桃も出てきたら」
「はわわっ!? や、やめてよぉ」
簡単に自己紹介を済ませたパークは後方へ振り返り、物陰に隠れていた小さな腕を引っ張る。
現れたのは白いローブを着たフェアリーの少女だった。
「あなたは……
レティの推測に、少女はぴくりと肩を跳ね上げる。
つばの広い帽子を目元まで下げて背中を曲げる姿は小動物のようで庇護欲を誘う。
「この子は胡桃。お察しの通りウチの
本人の代わりにティッカが紹介し、胡桃はその後でおどおどとしながら小さくお辞儀をして見せた。
「く、胡桃です。えと、〈支援アーツ〉と〈防御アーツ〉が、得意、です……」
「おお、典型的な後方支援型アーツ使いだね」
胡桃の言葉に反応したのは、白鹿庵の中でもっともアーツに造詣の深いラクトだった。
彼女は〈攻性アーツ〉を主軸とする攻撃型のアーツ使いではあるが一つのパーティを維持する
だからこそ、彼女は胡桃が高い実力を持っていることが分かった。
「これだけ攻撃特化のメンバーしかいない中だと、回復飛ばすのも大変でしょ?」
「そ、それは……。でも障壁系のアーツを使えばら、楽にはなります」
ラクトが同じアーツ使いであることを察したのか、胡桃も少し饒舌になる。
「猟遊会の皆さんが倒したのは山猫でしたっけ。どんな戦術を使ったんですか?」
改めて〈猟遊会〉のメンバーを把握したレティがリンクスに尋ねる。
「基本は盾役のパークが抑えてる間に、俺とティッカが遠くから攻撃する感じだな。攻撃できそうならルシエラも攻撃するが、胡桃はパークの支援に注力してるからあんまり手出しはしてない」
「ヤマネさんは? 彼女もサブアタッカーですよね」
「ヤマネはサブのサブアタッカーって感じだな。山猫戦の時も殆ど前線には出なかった」
リンクスの言葉にレティたちは不思議そうに首を傾げる。
それならば、彼女はどういった時に働いているのだろうか。
「彼女は記録係なのよ。戦闘の詳細な記録を取って、情報を集めて分析するのが、彼女の仕事」
リンクスに代わり、ルシエラが答える。
それを聞いてレティたちは驚くと共に一つ納得した。
「ヤマネが〈筆記〉スキルを上げているのはそういうことだったのね」
「〈撮影〉スキルも持ってるのよ。〈猟遊会〉は原生生物の生態なんかを調べることも仕事にしてて、ヤマネはその分野のエースなんだから」
自慢げに胸を張るルシエラ。
聞けば、ヤマネが罠を扱うのは敢えて非殺傷性の拘束罠を使って間近からじっくりと生きた状態を観察することもあるからだという。
「公式wikiに生物図鑑っていうページがあるでしょ? あそこの結構な項目をヤマネが埋めてるんだよ」
ティッカがウィンドウを開きながら言う。
表示されたのは公式wikiの一ページだ。
生物図鑑というタイトルの下、様々な原生生物の詳細な情報が羅列されている。
「ほんとだ。これもそれも、ほとんどヤマネちゃんね」
それを覗き込んでエイミーが感嘆の声を上げる。
原生生物の体長、体重、体力から、得られる素材、行動範囲、食性、弱点、攻撃パターンに至るまで、多岐に渡る項目がびっしりと埋められている。
むしろよくこれだけの項目を実装したものだとゲームの開発者に賞賛さえ送りたくなるような細やかさである。
各項目の最後には、その原生生物に対する考察まで記されており、特にヤマネの担当した所には細やかな説明が成されている。
「……ヤマネさんも凄い方なんですね」
彼女の功績を目の当たりにして、レティはどこか毒気を抜かれたような顔になる。
今もレッジと熱心に議論を重ねている小柄なネコ耳少女を見て、彼女はふっと肩の力を緩めた。
「リンクスさん、失礼な態度を取ってしまってすみませんでした」
「んえ? ああ、別にいいさ。気にしてない」
突然頭を下げられたリンクスは驚き、慌てて両手を上げる。
そして彼はレッジたちの方を見る。
「まあ……まだあっちも終わらなさそうだし、良かったらそっちの情報も教えて貰っていいか?」
「分かりました。そうですね……どこからお話ししましょうか」
紅茶のおかわりを注文し、レティは姿勢を正す。
そうして彼女はひとまず自己紹介から始めるのだった。
_/_/_/_/_/
Tips
◇
バーバリアン系中級職。複数の武器を扱う、血に塗れた戦士。闘争の魔力に囚われ、命を賭した戦場を追い求める。
武器系スキルの合計値が大きいほど攻撃力が高くなる。戦闘時間が伸びるほど攻撃力が高くなる。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます