第176話「ネコ耳の罠師」

 最初の祠の守護者、白き神の仔〈剛翼のコシュア=ラタシュア〉という名前の大きなニワトリを倒した俺たちは、一度ウェイドへと戻り新天地のボックス席で休息を取っていた。

 その間もただ無為に時間を過ごしていたわけではなく、それぞれに今回のイベントの情報を集めている。

 俺たちがニワトリと戦っている間に他のプレイヤーも活発に活動していて、様々な情報がwikiや掲示板で盛んに書き込まれているようだ。


「今のところ、四つのフィールドにそれぞれ八十八個の“祠”が見つかっていますね。あ、でも〈鎧魚の瀑布〉だけはレッジさんが見付けた二つを合わせて九十個です」


 掲示板の書き込みを見ていたレティがカフェオレのグラスに突き刺したストローから唇を離して言う。


「ずいぶん多いな」


 いくら多くのプレイヤーが殺到しても捌けるように、というための措置だとしてもなかなか多い。

 白月の様子だと“朽ちた祠”はまだまだありそうだし、もしかすると総数は三桁に及ぶ可能性もある。

 それら全てを攻略する必要があるのだとしたらかなり骨の折れる作業になりそうだ。

 ……ていうか最初はこれ全部を白月の案内で見付けるつもりだったのか?

 運営は正気なのだろうか。


「これじゃあいくら時間があっても攻略終わんないよ。四つ合わせて三百五十四個も祠があるんでしょ?」


 うんざりとした顔でテーブルに突っ伏してラクトが言う。

 たしかにいくらイベント期間に余裕があるとはいえ、あと三百五十三体ものボスを倒し続けるというのは難しいし飽きそうだ。


「あー、いや、そういうわけでもなさそうよ」


 別のスレッドを読んでいたらしいエイミーが手を上げる。

 彼女が広げて見せたスレッドには、興味深い書き込みがあった。


「“二戦目の祠は守護者が傅いてきて、すぐにインベントリに宝玉が投げ込まれてきた”……。どういうことだ?」

「さあね。とりあえず三戦目は普通に戦ったし、強かったみたいよ」


 何らかの条件でボス戦をスキップできるのか。

 その条件が分かれば、かなり楽になりそうだが……。

 俺はコーヒーを一口含み、考える。

 そうしてフレンドリストを開き、TELを発信した。


『こんにちは、レッジさん。どうかしましたか?』

「おう、アストラ。すまないな、突然」


 宛先はアストラ――今は〈竜鳴の断崖〉で祠を回っている筈のガチ勢だ。

 彼に掲示板の書き込みの事について話すと、彼もその現象については認知しているようだった。


『そうですね、確かにたまに戦闘無しで宝玉を得られる祠があります』

「その条件なんかは分かったりするか?」

『はい。結構簡単ですよ』


 ダメ元で聞いてみると、彼はこちらが逆に驚いてしまうほどすんなりと頷いた。


『単純に、その祠の守護者番号よりも上の番号の宝玉を持っていればいいんですよ。

 例えば俺たちが最初に入った祠で得た宝玉は“翼之伍”だったので、次に入った祠では“翼之参”を戦闘無しで入手できました』

「なるほど。それじゃあ俺たちは今後拾参以下の祠ならスルーできると」

『それで合ってると思います。まあ、番号が上がるほどに守護者も強くなるようなので、あんまり無理をしないように』

「そうなのか。いきなり八十八番の守護者を倒せばいいってもんでもないんだな」

『それはかなり無謀ですね。ちなみに俺たちはさっき負けてきたところです』


 さらりと放たれた言葉に驚く。

 アストラ率いる〈銀翼の団〉と言えば、正真正銘この世界で最強のパーティだ。

 そんな彼らが負けるほど、強い守護者が存在する。

 彼らが挑んだ祠の番号は分からないが、恐らくはそれよりも強力な守護者も存在するのだろう。


『未攻略の祠は何度でも挑戦できますし、守護者は経験値が美味しいみたいなので、試行錯誤しつつスキルを上げて頑張りましょう』

「ああ。情報、ありがとうな」


 通話が切れ、新天地へと意識を戻す。

 アストラとの会話の内容を共有するとレティたちも驚きを隠せないでいた。

 しかしすぐさま気を取り直し、今後の方針を定める。


「やはり、できるだけ上の数字を狙うのが原則ですね」

「ただ〈銀翼の団〉が負ける相手もいるんだよね。けっこう厳しいんじゃない?」

「wikiに宝玉の番号と祠の位置が纏められてますね。瀑布は今のところ三十六番までが埋まってます」

「なるほど。守護者を倒さないと祠の番号も分からないのは結構キツいね」


 テーブルを囲み、彼女たちは盛んに議論を起こす。

 リスクや消費するコストがないのであれば一直線に三十六番の祠へ挑戦するのが一番だ。

 しかし戦闘では普通に物資を消費するし、死ねば機体を置いて意識だけ町に戻される。

 闇雲に挑み続ければ、それはただの浪費に繋がってしまう。

 それにアストラは守護者から得られる経験値が美味いとも言っていた。

 それなら若い番号から数をこなしてスキルを鍛えて強くなるという選択肢も出てくる。


「十三番が余裕だったってことは、十番代は全部行ける……と思いたい。だから次は二十番代に手を出しても良いと思うが……」

「装備や武器を見直してもいいと思うよ。スキルを伸ばすよりはお手軽に戦力を増強できるし」

「確かに私たちはしばらく更新してませんね」


 行けそうな所へ挑戦してみるか、できる限り戦力を増強することに時間を使うか。

 テーブルの上ではその二択が浮かんでいた。

 その二択を前に、俺たちが頭を悩ませているその時、突然背後から声を掛けられる。


「よう、さっきぶりだな」


 少し掠れた若い男の声に振り向くと、そこには強弓を背負い猟師のような出で立ちをした細身の男が仲間を引き連れ、濃緑の瞳をこちらに向けている。


「リンクス! その様子じゃ、無事に撃破できたみたいだな」

「おかげさまでな。宝玉も十八番でなかなか良い数字だった」


 彼はインベントリから水晶玉を取り出し、俺たちに見せる。

 彼ら〈猟遊会〉が挑んでいった“朽ちた祠”は俺たちのものよりも強い十八番、そして彼らはそれを見事に撃破したらしい。


「その言い方だと、リンクスたちも祠のシステムは知ってるみたいだな」

「ああ。他の祠に行ってる仲間に教えて貰ったよ。〈猟遊会〉全体としては二十番が最高だな」


 通路を挟んで向かい側のボックス席に仲間達と共に座りながら、リンクスが言う。


「レッジたちは何番だった? 守護者はどんなだった」

「十三番だ。守護者はデカいニワトリ」

「なるほどな。じゃあ俺たちは挑まなくていいらしい」


 俺が言うと彼は軽く顎を引いて眉を上げる。

 その時、レティがむっとした表情で身体を前に出してリンクス達に口を向けた。


「あなた達が倒した十八番は、どんな守護者だったんですか?」


 少し不機嫌な彼女にリンクスはくつくつと笑いながら答える。


「心配しなくても、情報交換はフェアにするよ。俺たちが倒したのは白い山猫だ。つっても俺たちの二倍くらいの背丈があったし、尻尾は二股に分かれてたがな」

「山猫を狩ったのか」


 少し冗談交じりに言うと、彼もそれは気付いていたようで口元を緩める。


「俺の方が強い山猫だったってことさ」


 言いながら、彼は背中に背負った強弓を見せる。

 ラクトが使う短弓とは大まかな形こそ一致しているものの、大きさが全然違う。

 俺の腕ほどもある太い胴は金属製だろうか、幾つものパーツで組まれている。

 弦もまた太く、まるで鉄の棒のようにまっすぐにピンと張っている。

 俺の力では矢をつがえることすら難しそうだ。


「山猫を狩るのは初めてだったが、まあなんとかなったよ。俺たち〈猟遊会〉は猛獣特化の狩人ビルドが中心のバンドなんだ」

「なるほど。それは強そうだな」


 猛獣特攻といえば、以前使っていたファングスピアーが最初に思い当たる。

 原生生物の大部分が猛獣カテゴリに入っていることもあって、汎用性の高い特攻属性である。


「〈猟遊会〉はリアルでも猟師をしてる奴が多いんだ。ここにいる奴らは全員そうだぜ」


 リンクスはボックス席で思い思いの料理を頼んでいた仲間を見渡して言う。

 リンクスを含めたヒューマノイドが二人、犬型、猫型のライカンスロープ、フェアリーとゴーレムが

それぞれ一人ずつの六人パーティである。

 全員がリアル猟師というのは驚きだが、だからこそプレイヤースキルに秀でた優秀なパーティになっているのだろうか。


「ち、ちなみに罠師トラッパーはいるのか?」


 最近めっきり影が薄くなってしまった〈罠〉スキルについて有益な情報はないかと尋ねると、リンクスはすぐにメンバーの一人へ視線を向けた。


「ヤマネが罠も使う槍使いランサーだぜ」

「本当か!?」


 俺と同じスキル構成じゃないか!

 興奮気味にヤマネと呼ばれた少女を見る。

 小柄な猫型ライカンスロープだ。

 栗色の髪を一房にまとめ、毛皮織りのゆったりとした服を纏っている。

 口元は迷彩色のバンダナで覆っており、前髪の奥には暗い褐色の大きな瞳があった。

 その瞳と視線が合うと、途端にヤマネはビクリと肩を跳ね上げて、手前に座っていたゴーレムの女性の影に隠れてしまった。


「ヤマネは人見知りだからな。なんか聞きたいならもうちょっと仲良くなるんだな」


 そんな様子を面白そうに見物していたリンクスが、笑みを堪えながら言う。


「仲良くって……レティ、どうすれば良いと思う?」

「知りません!」

「ええっ」


 振り返ると何故か滅茶苦茶に機嫌が悪くなったレティがひとり。

 そ、そんなに軽率に情報を渡してしまったことを怒っているとは……。


「レッジはどういう風に罠を使ってるんだ」


 リンクスに尋ねられ、記憶を掘り返す。


「最近やったことと言えば……DAFくらいか――」

「DAF?」


 ひょっこり、と猫耳がゴーレム女性の影から現れる。


「え、ああ。えっと〈遠隔操Drone作無人飛Air行機空軍Force〉だ。こう、ドローンを操作して――」

「し、知ってる。とっても画期的。素晴らしいと、お、思う……」


 口元のバンダナを取り払い、ぷっくりとした唇が素早く動く。

 途中で自分の姿に気がついたヤマネは一瞬硬直したあと尻すぼみに声が小さくなり、いそいそとバンダナを巻き直した。


「……あー。えっと、良ければDAFについて教えるが」

「いいの!?」


 食い気味に目を輝かせ、ヤマネは今度こそ通路まで飛び出してくる。


「レッジさん……」

「見境無いよねぇ」

「ひ、人聞きの悪いことを。普通に罠師同士で情報交換するだけだ」


 背中に鋭い視線の棘を感じつつ弁明する。


「い、いいよ。何でも教えて、あげる。うちも色々、教えてほしい」

「お、おう。よろしく頼む」


 ずいずいとやって来たヤマネは、ラクトとエイミーを奥に押し込んでこちらのソファに座る。


「う、うち、色々研究してた。これ、見てほしい」


 ドン、と鈍い音が店内に響く。

 その時、目の前のテーブルには分厚い紙の束が積み重なっていた。

 NPCショップで売っているメモ用紙だろう。

 〈筆記〉スキルによって書き込みができるが、あまり日の目を見ないスキルのため、使用しているところもあまり見ない。

 そんなメモ用紙がうずたかく積まれ、その向こうからヤマネはブラウンの瞳をこちらに向けていた。


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Tips

◇メモ用紙(100枚セット)

 安価な筆記用の紙束。文房具店などで1セット50ビットで販売されている。無地、横罫、格子、ドットの四種類。記入にはペンとインクと〈筆記〉スキルを必要とする。

 一部の文房具店では記入した用紙を纏めて冊子にすることもできる。


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