第175話「地に落ちる巨鳥」

 ニワトリが大きな翼を羽ばたかせると、強風と共に純白の羽根が舞い上がる。

 レティ、エイミー、トーカの前衛組は風を掻い潜って接近し、それぞれの得物を振り上げる。


「白月も戦闘には参加するみたいだな」


 足下にぴったりと寄り添う牡鹿の頭を撫でながら言う。

 とはいえ、彼に直接的な戦闘能力はないのだが。


「『氷刃の驟雨アイスエッジ・スコール』!」


 第一射はラクトの弓だった。

 彼女がほぼ真上に向けて放った矢は放物線を描きながら分裂し、細かな氷の粒となってニワトリに降り注ぐ。

 面で圧倒する攻撃を受け、巨鳥は煩わしそうに羽根を振り回してそれを吹き飛ばす。


「流石に威力が弱いかな」

「でも時間は稼げました! ――咬砕流、二の技『骨砕ホネクダアギト』」


 頭を揺らし、視線を外したニワトリの喉元に、下方から打ち上げる打撃が入る。

 大きく飛び上がりながら一撃を入れたレティは更に落下の勢いも付けて反芻の二撃目をニワトリの脳天に入れる。


「おお、ナイスだレティ」


 頭部への連撃をもろに受けたニワトリはくらくらと身体を揺らす。

 鶏冠の上には小さな星のリングがクルクルと回っている。

 鈍器による激しい攻撃によって、ニワトリは目眩の状態異常に陥っていた。


「チャンスですね。続けますよ! 『三連打』『旋回連打』!」

「私も続きましょう。行きますよ金剛花、彩花流、伍之型――『絡め密』」


 ぐるぐると回転しながら破壊的な連撃を与えていくレティの横で、トーカが黒鞘に収められた刀を引き抜く。

 現れたのは目の覚めるような美しさを放つ、金剛の如き刃。

 薄く琥珀色の剣閃を燦めかせ、彼女の刀は白い羽毛を撫でるように斬り進める。


「『影縫い』」


 更にニワトリの背後に回り込んでいたミカゲが投げた苦無が影を捉え、幾重にも行動阻害系のテクニックを掛けられたニワトリはついに小刻みに揺れることしかできなくなった。


「ボーナスタイムね。――『穿岩拳』『千手牙打』」


 笑みを深め、エイミーがぎゅっと拳を握りこむ。

 そうして始まったのは、彼女たちによる一方的な虐殺だった。


「はぁぁぁああああっ!」


 目にも留まらぬ殴打の連撃がニワトリの柔らかな羽毛を吹き飛ばし内側の皮を抉る。

 レティは翼を支える骨を重点的に狙い、根元から次々と破壊していく。

 トーカとミカゲは次々とクリティカルの鋭いエフェクトを吹き上げながら、手当たり次第に肉を断つ。


「これは……、いっそ可哀想になるな」


 呆然としながらその戦闘とも呼べないような一方的な虐殺を見届ける。

 どれだけの鬱憤が堪っていたのだろうか、彼女たちは今後に残すリソースなど一切考慮しない贅沢な攻撃を続け、ガリガリと猛烈なスピードでニワトリの体力を削っていく。


「おっと、逃げちゃぁダメだよ! 『侵蝕する凍結の矢イロージョン・フリーズアロー』」


 隙を見てニワトリがボロボロの翼を羽ばたかせようとすれば、すぐさま後方に控えていたラクトの鋭い矢が貫いて凍らせる。

 落ちた場所に待ち構えているのは、舌なめずりをしている凶暴な四人である。


「しかし、体力的にはヘルムより随分少ないな。少し弱めのボスくらいか」


 他にも沢山の“祠”を巡らなければならないからか、ニワトリ自体の体力はそれほど多くはない。

 そんなことを考える余裕があるし、そうしているうちに赤いゲージは灰色の面積を広げていく。


「これで――終わりです!」


 威勢良く現れたニワトリの最後は、テクニックでもなんでもないレティの振り下ろした一打だった。

 脳天を直撃する一撃によってニワトリはくらりとよろめき、そのまま闘技場の真ん中に地響きと共に倒れ込む。

 一瞬藻掻くように身を捩ったものの、すぐに力を使い果たして瞳を閉じる。


「おつかれさん」

「はい! すっきりしました」


 ナイフを持って近寄ると、レティは肌を艶々とさせて笑みを向ける。

 今まで溜め込んでいたフラストレーションの全てをこのニワトリにぶつけられたらしい。


「しかしあっけなかったな。もう少し強いかと思ったが」

「確かに、普通の原生生物よりは強いですが、ボスとしてはあまり手応えを感じませんでしたね」


 刀を鞘に戻しながらトーカが戻ってきて頷く。

 隣に立つミカゲも姉と同意見のようだった。


「殴ってる感覚も結構弱かったかな。もうちょっと硬い敵のほうが殴り甲斐があるんだけど」


 紅盾をガンガンと打ち鳴らしながらエイミーが唇を尖らせる。

 どうやらレティたちが頑張ったせいで彼女は不完全燃焼らしい。


「まあ別にこいつが最後っていうわけでもなし、エイミーが満足できるような奴も出てくるだろ」

「そうだといいけどね」


 言いながら、ナイフをニワトリの身体に突き刺す。

 異空間のエネミーであろうと問題なく解体はできるようで、テクニックを使うと身体の表面に赤い線が網の目のように走った。


「解体もそう難しくないな。っと、なんだこれ?」


 戦闘力に大体比例する解体の難易度もさほど高くはない。

 簡単に通る刃を進めながらサクサクと解体していると、インベントリに目を引くアイテムが投げ込まれた。


「どうかしましたか?」

「ああ、ちょっと待てよ。『素材鑑定』」


 俺はそれを取り出し、鑑定によって詳細を明らかにする。


「わ、綺麗だね。水晶玉?」

「これ……祠の台座に嵌め込まれていたものでしょうか」


 俺の手のひらに乗るのは、透明な水晶のような宝玉だった。

 表面は滑らかで傷一つなく光を通している。


「〈白神獣の宝玉;角之拾参〉だってよ」

「はくしんじゅう……」

「ほうぎょく……」


 俺がアイテムの名前を読み上げると、レティとトーカが反芻する。

 しかし何か心当たりがあるわけでもないらしい。


「レッジ、アイテムインフォには何が書いてあるの?」

「ああ、ちょっと待てよ。『詳細素材鑑定』」


 初期の『素材鑑定』だけではアイテム名だけしか判明しなかった。

 更に上位の詳細鑑定を行うと、無事にアイテムの詳しい説明が記されたウィンドウが現れる。


「“白神獣の祠を護る者、彼の者に力を示し認められた証。巡り周り、一繋ぎとなれば、それは古祠を開く鍵となる”って書いてあるな」

「ううん……?」

「つまり、守護者を倒したら貰えるものなんですかね」


 レティの結論は正しいだろう。

 実際、ニワトリを解体したら出てきたのだから。


「これ、重量ゼロなんだな。インベントリの枠も使わないで、別枠にカウントされてる」

「物質的な物ではない、ということでしょうか?」

「その割には普通に触れるがなぁ」


 手のひらの上で水晶玉を転がしながら首を傾げる。

 確かに重量は感じられるし、触ると微妙に冷たい。

 あくまで重量が無いのは数値上の話だ。


「イベントアイテムだからじゃない? 捨てられないとか、売れないみたいな、特殊なフラグも付いてたりして」

「おう、ご名答。どっちも付いてるな」

「ならそういうことだよ。拾参ってことは最低でもあと十二個は宝玉を集めないといけないんじゃない?」


 ラクトの予想は納得できるものだった。

 というより、説明文を素直に解釈すればこれを複数個集めて“古祠”という特殊な場所に行く必要がある。


「ということはあと十二回は戦闘があるってことですね」


 途端にやる気を出すレティ。

 とりあえず戦えるならなんでも良いらしい。


「そうだな。とりあえず、アストラたちに連絡を取ってみるか」


 そろそろ彼らも何かしらの動きがあったところだろう。

 このあたりで一度情報を共有しておく方がいいと判断した。


「その前にここから出ない? ていうか、レティたちはアイテム大丈夫なの?」

「それもそうか」

「じゃ、じゃあ一度町に戻ってもいいですかね……」


 エイミーの提案を受け入れ、俺たちは“朽ちた祠”の外に出る。

 出口はニワトリが倒れた瞬間、闘技場の壁に現れていた。

 そこを潜って外に出ると見慣れた森の中に戻る。

 振り返ればそこに荒廃した闘技場は無く、無残に朽ちて苔に覆われた祠だけが変わらず立っていた。


「一回ウェイドに戻って、新天地で情報整理をするか」

「そうですね」


 そうして俺たちは初戦でめでたく白星を飾り、足取り軽くウェイドへの帰路へ就くのだった。


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Tips

◇白神獣の宝玉

 白神獣の祠を護る者、彼の者に力を示し認められた証。巡り周り、一繋ぎとなれば、それは古祠を開く鍵となる。


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