第170話「鉄喰らう鉄杭」
翌日、ログイン後の習慣になっているアイテム整理をしていると突然耳元にTELの着信音が鳴り響いた。 同時に現れた小さなウィンドウを見てみると、見慣れた名前――
「アストラか。どうしたんだ?」
ログインしてまだ十分も経っていないというのに、まるで見張っていたかのようなタイミングに驚きつつ応答すると、通話の主は軽やかな声で言った。
『おはようございます。突然ですが、アマツマラが完成したらしいので一緒に見に行きませんか?』
「アマツマラが? 随分早いな」
彼の提案に驚き眉を上げる。
ウェイドほどの規模はないとしても、わざわざアマテラスからシードを投下するほどの施設がたったの一夜にして完成したのか。
『生産勢の関心が高かったからでしょうね。昨日は夜通しでプレイヤーが詰めかけて、急ピッチで工事してたんです。おかげで俺たちも護衛依頼で一稼ぎできましたよ』
アストラ率いる〈大鷲の騎士団〉は相場より少し値段を引き上げて護衛を引き受けていたはずだ。
相変わらず彼は時勢を見る目が良い。
「分かった。どこに行けば良い?」
『スサノオの北門前にお願いします。ニルマが戦馬車を出してくれるので』
「少し準備するから……。そうだな、十五分くらいでそっちに着くようにするよ」
通話が切れ、俺は雪山に行くためのアイテムをインベントリに放り込む。
ホットアンプルと小屋用の建材は必須として、DAFは重くて嵩張るし今回は使わないだろうから置いていこう。
武器と回復アイテムといくつかの強化用アイテムを持てば良いだけの戦闘職と違って、俺みたいないろんな事に手を出している節操なしは荷物が多くなって仕方ない。
「よし、じゃあ出発!」
「どこにいくんですか?」
「うぉわっ!?」
大型リュックを背負い意気込んで振り向くと、至近距離にレティが居た。
彼女の長い兎の耳が飛び込んできて思わず仰け反る。
「人の顔を見て驚くなんて、失礼ですねぇ」
「いや、なんの気配もなく背後に立たれてたら誰だって驚くだろ。俺が殺し屋だったら死んでたぞ」
「レッジさん殺し屋じゃないですから。それより、どこかお出かけですか? お金稼ぎ?」
トントンと二三歩下がって距離を取り、レティが首を傾げる。
どうやらアストラとの会話は聞こえていなかったらしい。
「アマツマラに行くんだよ。さっきアストラが誘ってくれてな」
「なるほど……。分かりました、レティも行きます!」
「えっ」
「ダメなんですか?」
むっと唇を尖らせるレティ。
「ニルマが戦馬車に乗せてくれるらしいんだが、定員大丈夫かなって――」
「あ、もしもしアストラさんですか? レティもアマツマラに行きたいんですが? あ、大丈夫? ありがとうございますぅ~。――はい、オーケーみたいですね」
「……ですね」
光の速度でレティの同行が決まってしまった。
別に良いが、彼女も大概行動力の塊である。
「じゃあちょっと出かけてくる。家のことは適当に頼むよ」
「はいはい。せいぜい野垂れ死なないようにね」
適当な返事のカミルに見送られ、レティと二人で白鹿庵を出る。
ウェイドからヤタガラスに乗ってスサノオに移動し、そこから北にある大きな門に向かうと、柱の足下に立つ四人の姿が見えた。
「お待たせ。突然人数増やして悪いな」
手を挙げて存在を示しながら近づくと、彼らも気付いて手を振り返してくる。
アストラとニルマ、そしてタルトとルナという顔ぶれだ。
「おはようございます。定員に関しては気にしなくてもいいですよ」
「昨日は定員オーバーしてちょっと危ない目に遭ったからね、戦馬車の設計を見直したんだ」
アストラの言葉を継いで、ニルマは自慢げに胸を張っていった。
昨日といえば――大猪から逃げる時か。
あのときは銀翼の団の五人に加えてレティたち三人を乗せたから最高速度が出せなかったらしいが。
「とりあえず草原に出ようか。そこで新型
うずうずしているニルマに背中を押され、俺たちは早速〈始まりの草原〉へと移動する。
草原には初心者らしい簡素な防具に身を包んだプレイヤーが沢山居て、なんとも懐かしい気持ちになる。
「それじゃあ見せてあげよう。これが新しい
銀色のトランクケースを取り出したニルマが、それを空へ投げる。
空中でガチャガチャと形を組み替えたそれらは、四頭の機械軍馬と一回り大きくなった馬車となって着地した。
「おおー、四頭立てになったんだね!」
それを見てルナが歓声をあげる。
以前までは三頭立てだったニルマの戦馬車は動力を一つ増やし、それがそのまま重量限界の拡張になったのだろう。
軍馬が増えたのに合わせて車体そのものも、構造は基本の
「レッジのDAFを見て、昨日色々試したんだよ。軍馬のプログラムを弄ってシーケンス制御と同期制御を取り入れてみたんだ」
「おお、早速……」
流石と言うべきか、彼は昨日の今日で早くもDAFのアイディアを自身の戦馬車に取り込んでいるらしい。
発想自体はさほど珍しいものではないし実装も難しくないとはいえ、よくこの短時間で実用化したものだ。
「まだ実地試験がまだだから、ちょっとアクシデントがあっても許してね」
「……」
訂正しよう。
実用化できたとはまだ言えないらしい。
「はわー、昨日のよりも広くなってますね」
広々とした戦馬車の席を見てタルトが感嘆する。
これならば五人どころか、詰めれば十人だって乗れそうだ。
「一応、カタログスペック的にはヒューマノイド12人分の重量に対応してるよ。まあ現実的には10人行ければいいほうかな。ちなみにフィーネみたいなゴーレムはヒューマノイドの1.5人分の重さ」
ニルマの説明を聞きながら、俺たちは戦馬車に乗り込んでいく。
シートはクッションの詰まった柔らかなもので乗り心地も良さそうだ。
全員が乗ったことを確認して最後にニルマが御者台に座り、手綱を持つ。
「それじゃ行くよー!」
高らかに放たれた声と共に四頭の軍馬が一斉に駆け出す。
次第に速度を増す戦馬車はやがて風を切り、広大な草原を猛スピードで駆け抜けた。
「ふわぁ、気持ちいいね!」
「そうですねぇ。普段こんな速度の出る乗り物はヤタガラスぐらいですから」
「戦馬車は視界が広くて乗っていて楽しいです!」
サスペンションの性能が良いのか、まるで滑っているかのように滑らかな乗り心地は女性陣からの反応も上々である。
これほどの速度となると自力ではまず出せないし、ヤタガラスは周囲が密閉されているからこれほどの開放感はない。
「ふふん、いいでしょう僕の戦馬車は」
御者台から振り向いてニルマが自慢げに言う。
こればかりは、素直に彼を賞賛する他ないだろう。
左右を流れる広大な景色に夢中になっていると、瞬く間に草原を抜け、山麓を越える。
やがて登り始めた傾斜が急になり、さしもの四頭立てでも動きが鈍くなってきた。
「よし、じゃあ車体を変えるから一旦降りてね」
ニルマは少し地面が白んできたところで馬車を停め、車体を変更する。
降雪地帯対応型の
「それで、アマツマラは結局どういう施設だったんだ?」
雪の斜面を文字通り滑りながら駆け上っていく戦馬車に揺られながら、俺は隣に座ったアストラに話しかける。
「地下資源採集拠点シード01-アマツマラ。もうある程度は知ってるんだろう?」
「それは当然。着いてからのお楽しみでも良かったのですが……」
そう言って彼は後部座席に座るレティたちを見る。
彼女たちも興味津々と言った様子で耳を傾けており、到着まで待ちきれそうもない。
「そうですね……。言うなれば、アマツマラは惑星イザナミに於ける新たな“軸”ですね」
「軸?」
彼の言わんとするところが分からず、首を傾げる。
アストラは頷き、虚空に十字を描く。
「これまでのイザナミはスサノオを座標0,0としてX軸とZ軸の方向に広がっていました。――まあ、つまりは平面状の世界だったんですよ」
そう言って、彼は十字の中心を貫くような線を追加した。
「アマツマラはX軸でもZ軸でもない、高さという概念をもって世界を拡張しました。言うなればY軸ですね。
霊峰のほぼ頂点に位置する高高度からの直下掘削によって地中深くに眠る多くの希少な鉱物資源を効率よく獲得する、そのための拠点施設。――それが地下資源採集拠点シード01-アマツマラの概要です」
アストラの言葉を脳内で反芻し、理解する。
つまりは規模のデカい坑道の拠点と言うことか。
「アマツマラの本体施設は一晩で完成しましたが、そのあとが本番といえば本番なんですよ」
彼は更に言葉を続ける。
「施設の真下から垂直に地面を掘って、坑道を伸ばしていくというのがアマツマラの基本拡張プランです。ですが地下も一筋縄で行かないようで……」
「それはつまりどういうことなんです?」
微妙に焦らしてくるアストラに、レティが痺れを切らして急かす。
「地下には複雑に入り組んだ洞窟群があるようで、それに頻繁に繋がってしまうようなんです。その結果、地中棲原生生物が容赦なく襲ってきて――。要するに俺たち戦闘職にとっても旨味のある狩り場というわけです」
「なるほど。いわゆる
よくあるといえばよくあるものだ。
聞けば深度が深まるごとに出てくる原生生物も強くなり、洞窟もより複雑になるらしいから、さらにダンジョンらしさに磨きが掛かる。
「ほら、そろそろ見えるよ」
その時、御者台のニルマが声をあげる。
慌てて戦馬車の進路上に視線を向けると、丁度峰を乗り越えて車体が大きく傾いた。
「おおっ!?」
「ちゃんと掴まっててよ。――ほら、あれがアマツマラだ」
周囲を背の高い峰に囲まれ、深く窪んだ土地。
クレーターのように抉れたその中心に背の高い円筒状の塔が建っていた。
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Tips
◇
鋼鉄の体躯を持つ大型の機械馬。通常の
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