第171話「弾丸ツアー」
雪の斜面を戦馬車で滑り降り、アマツマラへと近づくとその大きさが実感できた。
とはいえ〈大鷲の騎士団〉の
周囲は相変わらず厳寒の銀世界、俺たちは冷たい風に急かされるようにしてアマツマラのエントランスへと駆け込んだ。
「中はスサノオの中央制御区域みたいな感じだな」
「そうですね。端末が並んでいて、エレベータールームがあって。制御塔の中とそう変わりません」
アマツマラの内部はスサノオの中心である中央制御区域制御塔、その一階エントランスとほぼ同じ構造をしていた。
壁際には銀行のATMのような操作端末がずらりと並び、奥にはエレベーターがひっきりなしに発着するエレベータールームもある。
「まあ地上部分は本体ですが本質ではありませんから。もっと重要なのは、あそこなんでしょう」
そういってアストラが円形の室内の中央を指さす。
物々しい鉄格子で囲まれたそれは、太いワイヤーによって吊り下げられた一機のゴンドラだった。
血気盛んなプレイヤーを規定の人数乗せたゴンドラは、鉄格子を閉めてガタガタと小刻みに揺れながら地下へと降りていく。
あれが、アマツマラの建物直下に広がっている大坑道へ向かう唯一の道らしい。
「大坑道へのルートはあのゴンドラしかないの? 順番待ちが面倒くさそうだねぇ」
鉄格子の周囲にぐるぐると蜷局を捲くように列を成す開拓者たちを見て、げんなりとした様子でルナが言う。
「朝の段階で第三層まで到達したという話でしたから、多分今頃は第四層まで行ってるんじゃないでしょうか。鉱物資源の採集効率がかなり良いらしくて、鍛冶師や採掘師が挙って殺到しているみたいです」
「なるほどね。二階以降にはベースラインも完備されてるし、住もうと思えば住める。こりゃ当分は混雑しそうだ」
ニルマもこの人だかりに挑む気力は無いらしく、遠巻きに眺めるだけに収める。
ちらりとタルトの方をのぞき見てみれば、そもそも彼女は人混みが苦手らしく曇りきった目で黒山を見ていた。
「まあ今回は見るだけと言いましたし、ついでに上階も一周回って帰りましょうか」
「あれ、それでいいのか?」
すんなりと退いたアストラを意外に思って首を捻ると、彼はもちろんと頷いた。
「そもそもアマツマラは〈特殊開拓指令;白神獣の巡礼〉に直接関わる訳ではないようですし。その前に俺たちにはするべき事があります」
何のためにこのメンバーを集めたと思うんですか、と彼は俺たちをぐるりと見渡して言う。
ここに集まっているのはレティとニルマ、そしてルナ、タルト、俺。
「……次の行き先は?」
「とりあえずは〈角馬の丘陵〉ですね。そのあと〈竜鳴の断崖〉にも」
つまり彼はもともと、アマツマラには本当に一目見るためだけに立ち寄ったらしい。
本命はこの後――山を駆け下りて〈角馬の丘陵〉と〈竜鳴の断崖〉へ行き、白月の案内によってあと二本の白樹を見付けることにあった。
「一日で全部回るのか」
「もし仮にシードが投下されるにしても、俺たちにすることがないのは昨日の段階で分かりましたから。白樹を見付けて何かしらアクションがあったらすぐに出発しますよ」
「弾丸ツアーですねぇ」
「情緒や余韻というものが何もない……」
「何言ってるんですか。そもそももう巡礼まで日が無いんですよ」
放っておけば今すぐにでも山を駆け下りそうなアストラを見て思い出す。
そういえば彼は、FPOでも有数の
「とりあえず、アマツマラを軽く見てからな」
「はいっ」
†
宣言通り、アマツマラの二階から四階までの三フロアを軽く――本当に軽く――見物した俺たちは、すぐさま懐かしき極寒の雪山に戻り、ニルマの戦馬車に乗り込んだ。
「まさか、ユニークショップが一切無いなんて……」
かなりショックを受けた様子でルナが言う。
彼女はユニークショップ巡りを趣味にしているらしいのだが、アマツマラにはそういった施設が一切存在しなかった。
スキンショップ、アップデートセンター、カートリッジショップや基本的なアイテムを揃えた店はあるのだが、逆に言えばそれだけだ。
本当に必要最低限、ベースラインを構築できるだけのNPCショップがショッピングモールの店子のように鮨詰めに並んでおり、便利と言えば便利そうではあったが面白みはない。
「まあ五階以上はまだ解放されてなかったようですし、今後の発展具合でユニークショップが入ったりもするんじゃないでしょうか」
「そうだといいなぁ……」
パタパタと焦って耳を上下させるタルトに慰められ、ルナはこくりと頷く。
まあスサノオもウェイドも広いのだ、彼女が全部を網羅するまで多少の猶予はあるだろう。
「皆乗った? じゃあ出発するよ」
御者台に座ったニルマが人数を確認して手綱を振るう。
四頭の軍馬が一斉に駆け出して、重量のある鋼鉄の馬車が動き始める。
「超特急でいいんだよね?」
「ああ、頼むよ」
ニルマの確認にアストラが頷く。
それを見て、彼はニィッと口角を引き上げた。
「じゃあ皆、適当なとこに掴まっててよ。舌噛み切ったり落っこちても知らないからね」
彼は大きく両手を振り上げ、しなる手綱を甲高く響かせた。
「『
間髪入れず二つのテクニックが使用され、それと同時に機械軍馬たちがけたたましく嘶く。
瞬間、ガンと背後から突かれたような衝撃と共に世界が加速する。
ガタガタと猛烈な揺れに振り落とされないように車体の縁にしがみつき、舌を噛まないように軽く口を開ける。
「ヒャッハァァァアアアッ! トップスピード、万歳!」
揺れ動く視界の中、前方を見ると表情を豹変させたニルマが声を上げていた。
まるでヴィジュアル系バンドのボーカルのような形相で、何かに取り付かれたかのように手綱を振り回す。
そのたびに軍馬が飛び跳ね、戦馬車が僅かに空を飛ぶ。
「ちょ、あれニルマさんですか!?」
「あはは。彼はリアルでもサーキットドライブが趣味らしくて」
激しく揺れる車体の上でレティが悲鳴を上げる。
普段の一歩退いたところからアストラたちを眺めている姿と今の彼とは、まるで繋がらない。
「ちょ、ニルマ!? まえ、前!」
前方を見ていたルナが悲鳴を上げる。
細い指の指し示す先、戦馬車の進路上には白い雪が続いていない。
大きな岩が横たわり、その先は崖のように切り立っていた。
「岩がなんぼのもんじゃいってね! 構うもんか、行くよっ!」
「きゃぁぁぁあああ!?」
「れ、冷静になって下さいぃぃい!」
彼女たちの悲鳴すら心地の良いBGMのように感じているのか、ニルマは躊躇うことすら無く岩へと突っ込む。
しかし流石と言うべきか、その直前に巧みな手綱捌きで機械軍馬と戦馬車を操作して、激突ではなく上へ乗り上げるようにして衝撃を逃がす。
「駆け抜けろ、ウォーちゃんホーちゃんスーちゃん、マーシーちゃん!」
「それ最後ネタ切れだっただろ!?」
そんな声と共に、四頭の軍馬は蹄を揃えて岩を蹴る。
訪れる浮遊感。
ふと外を見れば、俺たちの乗る戦馬車は空を飛んでいた。
「ハッハァァァアアアッ!」
「キャァァァアアアッ!?」
歓喜と恐怖の悲鳴が二重奏となって雪山の彼方にまで響き渡る。
「対ショック姿勢。緩衝フィールド、展開!」
真っ白な大地へと落ちるその直前、ニルマは冷静に戦馬車を操作する。
青白い半透明の障壁が馬車を包むように展開され、予想していたよりも遙かに柔らかな衝撃と共に雪面へと着地する。
「おお、ちゃんと冷静だった……」
「失礼だねぇ。ちょっとアガっちゃうだけで思考はいつもクールだよ。イェア」
「まだ若干熱が冷め切ってなさそうだな」
とは言いつつ、その後は――速度こそ法定速度をぶっちぎっていたものの――崖飛びなどの障害物競走じみたものは無く、平和に進んでいく。
「そういえば、原生生物を轢き殺したりしないんですね」
激しく揺れる車体にも慣れたのか、レティがそんなことを言う。
確かに周囲にコオリザルなんかの姿を見ることはあるが進路上に飛び出してくる個体はなく、未だに1匹も轢いていない。
むしろ原生生物は戦馬車を見るとくるりと反転して一目散に逃げていく。
これはまるで、テントの威嚇効果のような――
「機械獣専用テクニックの『
「へぇ、そういうのもあるんだねぇ」
ルナが感心して頷く。
単独行動が多く、各地のフィールドを見物するのも趣味だという彼女は、できれば戦いを避けながら移動したいと考えていたらしい。
「不要な戦いを避けるためっていうのももちろんあるんだけどね」
そんな彼女に向かって、ニルマは苦笑する。
俺たちが首を傾げると彼はけろりとした顔で言った。
「一番はやっぱり、エネミーと衝突したらスピードが落ちちゃうからだねぇ」
「……なるほど」
あっけらかんとしたニルマに、俺たちは少し彼に対する印象を改める。
普段は温和で少しお調子者な彼は、誰よりも速度を愛するスピード狂だったらしい。
「さ、もうすぐ草原に入りますよ」
アストラが立ち上がって言う。
いつしか傾斜はなだらかになり、雪よりも緑の低草が目立つようになっていた。
なおも元気に走り続ける軍馬たちはやがて、霊峰の眼下に広がる広大な草原へと飛び込んだ。
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Tips
◇『
〈機械操作〉スキルレベル30のテクニック。自身が使役する機械獣を対象に、一定以上の速度下に於いて周囲の猛獣系エネミーに対する威嚇効果を発揮する能力を付与する。
一心不乱に疾駆する姿は、例えそれが獣の形を取っていても本物の獣たちの目には異質なモノに映る。まるで亡霊に取り付かれたかのように狂い、その背に見慣れない人型を乗せた姿は、決して彼らには理解できぬものだろう。
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