第169話「メイドのお仕事」

「――それでそんなに疲れてるんだね」


 新天地ブレンドに大量の砂糖を入れながら、ラクトは俺を見下ろして言った。


「おう。その後は翼の砦ウィングフォートに連行されて、知ってることを根掘り葉掘り。詳しいことは騎士団のホームページかwikiのまとめページをご参照のこと」

「あはは。だいぶ絞られたみたいね」


 ラクトの隣の席に座るエイミーは苦笑してソーサーにカップを置いた。

 アストラたちと情報を共有して解放された俺とレティは白鹿庵へと戻り、そこでラクトたちと合流した。

 そうして彼女たち不在の間にあったことを話すため隣の新天地へと移動したのだ。


「そういえばトーカとミカゲは? ログインはしてるみたいだが」


 ぐったりと机に突っ伏していた俺は、その場に居ない姉弟について尋ねる。

 フレンドリストのステータスではログイン状態になっているからイザナミのどこかには居るはずだが。


「二人なら〈角馬の丘陵〉に行ってるよ。何か次のイベントに繋がるものが見つかるかもって」

「なるほどな。俺も近いうちにアストラたちと回る予定だ」


 翼の盟約とやらの権限で、翌日にもまたアストラ、ルナ、タルトの四人で他のフィールドを巡ることになっている。

 今回の件で白月の能力が殆ど証明されたから、アストラなんかは今すぐにでも出発したいと息巻いていたが生憎メンバーの予定が合わなかった。

 ルナはリアルで用事があるといってログアウトしたし、アストラはまず霊峰で得られた情報の分析をすると言っていた。


「しかし、私たちに隠れてまた変なモノ作ってたわね」

「DAFのことか? あれはまぁ、ネヴァとの悪ノリの結果だな」


 ロマンを目一杯詰め込んだため運用性が劣悪になったDAFは、ハード部分をネヴァがソフト部分を俺が担当して作り上げた合作だ。

 ビットも金属も湯水のように溶かしていた時はとても楽しかったのだが……。


「そうでした、レッジさん。一つ聞くのを忘れてましたね」


 隣で眠たそうにしていたレティが途端に覚醒する。

 彼女は至近距離まで詰めて俺にじとっとした視線を向けて言う。


「あんなに金欠に喘いでいたのに、どうしてあんな高価な物を……?」


 まさかネヴァさんにまで借金を、と眉間の皺を深くする彼女に慌てて首を横に振る。


「ネヴァと俺は共同出資、割合も5対5で変わりは無い」


 運用費として別枠で光学銃の大容量バッテリーにかなり掛かっていることは言わない。

 わざわざ藪を突く意味はないのだ。


「じゃあどうして――」


 納得がいかないと頬を膨らせるレティ。

 丁度その時、俺たちが囲むテーブルの前にメイド服に身を包んだ赤髪の少女がやってくる。


「お待たせしましたぁ! 新天地特製週替わりチャレンジメニューのミスリル級、グランドラーヴァハンバーグMAXデラックス10辛ホットアンプルソース煮込みでぇす。――って、これ頼んだのやっぱりレティじゃない!」


 可愛らしい丸い声で恐ろしいメニュー名を読み上げていた店員さんは、最後にがらりと口調を変えてレティの名前を呼ぶ。

 聞き覚えのある声色に振り向けば、いつものメイド服から新天地の制服のメイド服に着替えたカミルが立っていた。

 彼女が抱える銀色のお盆には、灼熱の鉄板に載ったグツグツと煮えたぎるマグマのようなソースのバカデカいハンバーグが鎮座ましましている。


「わぁい、美味しそう! 今週は激辛系でしたか、楽しみですねぇ」


 自分の頭ほどもある肉塊を見て黄色い声をあげるレティに、俺とラクトとエイミーは思わず顔を見合わせる。


「って、なんでカミルがここで働いてるんですか!?」

「まず最初にそっちの反応じゃないの? ま、いいけど」


 手慣れた滑らかな所作でふざけた風貌のハンバーグをテーブルに置き、カミルは肩を竦ませる。


「アルバイトよ、アルバイト。アンタたちが居ない間することもないし、お金を稼いであげてるんじゃない」

「はいい!? ええ……そ、そんなことができるんですか?」

「拠点保安課からも何も言われないし、別にいいんじゃない?」


 難しいことは考えない、とカミルは言い切る。

 彼女は俺たちが白鹿庵に居ない間、かつ新天地が混む時間帯に暇があればピンチヒッターとして入ることになっていた。


「レッジ、バイト代は共有口座に入れておけばいいのよね」

「おう、いつも助かる」

「れれれ、レッジさん!? ま、まさかDAFの資金源って……」

「児童労働……」

「極悪卑劣だわ……」


 目を見開いたレティが俺の肩をひしと掴み、エイミーたちが口を覆う。

 ガクガクと揺らされて弁明できないでいると呆れた様子のカミルが代弁してくれた。


「何言ってるのよ。アルバイトはアタシが言い出したことだし、バイト代もアタシが入れてるだけ。そもそも七割はアタシのお財布に入れてるしね」

「はぁ……。自主的に、ですか」


 他ならぬ本人の弁だからこそ説得力は十分だ。

 レティは未だ納得はできていないようではあったが、ひとまず肩から手を外してくれる。


「カミルもミモレと働きたいんだろ。たまにこっそり様子見に行ったら楽しそうに――」

「な、なに変なことしてるのよ! この盗撮魔!」

「ガフッ!?」


 銀盆が頭に落ちてきて悲鳴をあげる。

 協調性ゼロの奇襲はダメージもゼロだが、突然やられると驚くから止めて欲しい。

 そして、神に誓って盗撮などしていない。

 ただバイトを始めた娘を見るような微笑ましい気持ちを持ってだな――


「カミルちゃん……」

「ひっ! あ、み、ミモレ……」


 肩を上下させるカミルの背後にぬるりと現れたミモレ。

 彼女は青い目を細めてカミルの肩に手を置いた。


「お客様、それもご主人に粗相するとは何事ですか?」

「う、ぐ。……ごめんなさい」


 さしものカミルも姉のことは怖いのか、素直に謝罪する。

 別にいいと言うと何故か俺の方がミモレに呆れられてしまった。


「ああ、そうだ。俺がどうやって金を集めたかっていうのは、カミルに手伝って貰ったからなんだよ」


 丁度本人が居て説明もしやすいだろう。

 俺はカミルを呼び止めてレティたちに声を掛ける。


「カミルに? どういうことですか」

「俺は蒐集家コレクターだろ、だからアイテム収集系任務と相性が良い。だからカミルに良い感じの任務を見繕って貰って一括で受けて、納品は白鹿庵の倉庫に入れておけば彼女がしてくれる、っていう分担にしたんだ」


 俺がカミルに頼んだことは二つ、報酬の良いアイテム採集系の任務をピックアップすることと、俺が集めて倉庫に搬入したアイテムを代わりに納品してもらうことだ。

 これのおかげで俺は任務を吟味する必要がなくなるし、アイテムで重量限界になったら白鹿庵に全部置いてすぐに再出発できる。

 よって、今までよりも遙かに効率よく任務を回すことができるようになって、結果ビットも大量に稼げたというわけだ。


「それってズルじゃん」

「メイドロイドの職務を逸脱してないの?」


 ラクトとエイミーに言われるが、俺には最強の切り札があるのだ。


「システム的に許されてるって事は、合法なんだよ」


 胸を張ってしっかりと宣言する。

 たしかにメイドロイドのデフォルト業務に任務の代理受注や納品なんてものは記載されていないが、アイテムの売却を代わりにやってくれる機能はあるのだ。

 ダメ元でカミルに聞いてみたところ、特に問題なく今日まで仕事を続けてくれている。


「なんていうか、よくそういうの考えますよね」

「ははは、そう褒めるなよ。照れるだろ」


 鼻の頭を掻いて言うと、彼女たちは生暖かい目で俺を見る。


「レッジさんのそういう誰も考えないようなことを考えて、ダメ元でもチャレンジしていく精神は見習いたいですけどね」

「なんか釈然としない言い方だなぁ」


 そういえばこの件に関してはブログや掲示板なんかに情報を公開してなかった。

 時間があれば記事も書いておこう。


「まあ、資金源は分かりました。誰かに借りたお金じゃないならレッジさんの自由ですし」

「もう借金はするつもりないさ。あのときも必要に駆られたからだったしな」


 ようやく納得してくれたレティに胸をなで下ろす。


「今後もDAFは使うの? わたし、生で見てみたいなぁ」

「別に見せるぐらいならいいが、金が溶けるのも事実だからな。今後も改良は続けていくよ」


 今回は一応実戦で通用することが分かったというのが一番の収穫で、まだまだDAF自体は荒削りであることは否めない。

 今後もネヴァと共に改善案を片っ端から試していくことになるだろう。

 そう考えて言うと、ラクトは今から楽しみだと期待に胸を膨らませてくれる。

 そんな反応を見ると製作者としても嬉しい限りだ。


「けど、レッジも気前がいいよね。ネヴァと一緒に作り上げた努力の結晶なんでしょ? そのソースをニルマに見せるなんて」


 紅茶で唇を湿らせてエイミーが言う。

 たしかに彼女の言うことももっともなのだろうが……。


「独占してても楽しくないしな。それならニルマがその情報にどう噛み付いてくるのか見る方が楽しいだろ」


 切磋琢磨、とでも言えば良いのだろうか。

 俺とネヴァが作り上げたアレを見て、彼や他のプレイヤーがどんな案で対抗してくるのかというところに興味がある。

 いちおう、ネヴァの領分であるドローンの構造なんかについては教えていないが彼女も同じ様な答えを出すはずだ。


「強者の余裕ってやつだねぇ」

「別にそういうわけじゃないさ。ただそっちの方が楽しい、それだけだ」


 コーヒーカップを傾けつつ答える。

 俺の行動指針のなかで、そこだけは常に変わらないのだ。


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Tips

◇新天地特製週替わりチャレンジメニュー

 喫茶〈新天地〉の現実離れした料理をこよなく愛するコアなファンたちからの熱烈な要望によって実現した週替わりの新商品。仮想味覚再現機能の限界に挑んだ凶悪なメニューの数々に数多の猛者たちが挑む、地獄のようなキャンペーン。

 料理はブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ミスリルの5等級に分けられており、初心者がいきなり無謀なメニューを頼むという不幸な事故を予防している。

 挑戦者は完食すると等級に応じたバッジを一つ進呈される。


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