第168話「藪から出た蛇」

 綿のような雪を降らせる鈍色の分厚い雲。

 それを強烈な白い光が突き破る。

 空を裂いて現れたのは、以前多くの力を結して僅かに軌道を逸らすことに成功したウェイドのものと同じ、白銀色の金属殻に守られた楕円形の種だ。


「落ち着いてみるとやっぱり綺麗だな」

「流れ星みたいですよね。お願い事したら叶うでしょうか」


 以前とは違い、今回は迎撃する理由もない。

 俺たちはマーカー地点を囲む峰の上に立ち、ゆっくりと落ちてくる種を出迎える。


「何か願い事があるのか?」

「レッジさんの浪費癖が治りますように。レッジさんの浪費癖が治りますように。レッジさんの浪費癖が治りますように」

「申し訳ありません……」


 今まで見てきた中で一番真剣な表情で指を組むレティ。

 ちゃんと三回唱えていたが、叶うかどうかは俺次第である。

 ――そろそろ襟元を正さないと後が怖いが。


「他のバンドの調査員も来てますね」


 隣にやってきたアストラが遠く離れた所に立つ小さな人影を指さして言う。

 双眼鏡を構えているプレイヤーが数人ずつグループになって、距離を取って並んでいた。


「あれはダマスカス組合、あれはプロメテウス工業です。おっと、大西鉄鋼に鎹組もいますね。あれは……シルキー織布工業、炎の料理鉄人の会、けもけもクラブ、ゴーレム教団。最近頭角を現してきた新進気鋭のバンドも結構見えますね」


 すらすらとバンドネームを挙げていくアストラ。

 立場上必要なのだろうが、よくそれだけ沢山のバンドを覚えて、しかも構成員を見ただけで当てられるものだ。


「名前を聞いてる感じだと生産系のバンドがおおいのかな?」

「みたいですね。やはりアマツマラが地下資源採集拠点ということで生産職からの関心が高いらしい」


 ルナの指摘にアストラは頷く。

 アマツマラがどのような施設なのか、その詳細はまだ分からない。

 しかしシードが芽吹き〈雪熊の霊峰〉の特別任務が進行すればそれも明らかになる可能性が高い。

 だからこそどのバンドも他に後れを取らないよう、人を派遣しているのだ。


「さあ、もうすぐ地面に着きますよ」


 そう言ってアストラは雪面に伏せる。

 彼を合図に俺たちも――シードを見守っていた全員が姿勢を低くして構える。

 直後、大地が揺れ雷鳴のような音が空気をビリビリと震わせる。

 積もった雪を吹き飛ばし、閃光が周辺一帯を白く染める。


「ぐっ――!」

「レッジさん!」


 衝撃波をもろに浴び、足下の雪ごと後方へと飛ばされかける。

 咄嗟にレティが手を伸ばし俺を掴んだ。


「す、すまん。助かった」

「いいですから、舌噛みますよ!」


 機械人形が舌を噛んだところで、と言う話ではあるが。

 俺とレティは少し下がり、峰を盾にするようにして爆風を避ける。

 落ち着いて周囲を見ればかなり後ろの方へ吹き飛ばされている騎士団の団員が数人いた。


「収まりましたね」

「ああ……。ふぅ、雪だらけだ」


 たっぷりと時間を使い、ようやく状況が落ち着く。

 立ち上がり全身に纏わり付いた雪を払い落とす。


「ケガした人は寄ってらっしゃーい。回復するわよー」


 リザが杖を掲げて声を挙げる。

 名誉の傷を負った団員たちがわらわらと彼女の周囲に集まると、緑色の光が一度立ち上がりたちまち彼らのLPを回復した。


「すごいな、流石はトップランカー」

「それよりもほら、種の方へ行きましょうよ」


 〈支援アーツ〉使いの端くれとしてリザに畏敬の念を送っていると、レティに二の腕をがっちりと掴まれて引っ張られる。


「目を離すとすぐ鼻の下伸ばすんですから」

「別に伸ばしてはないが……」


 何故か不機嫌になるレティと共に斜面を滑るように下ってマーカー地点へ降りる。

 一足先にアストラたちはやって来ていて、目標地点に寸分違わず落ちてきた種を見下ろしていた。


『地下資源採集拠点シード01-アマツマラの地表到達を確認』

『周辺エネルギー濃度許容範囲内』

『地下資源採集拠点シード01-アマツマラを展開します』

『周囲の調査員は迅速に退避してください』


 高らかに鳴り響くファンファーレとアナウンス。

 周囲を取り囲む俺たちが数歩下がると、地面に半分埋まったシードは細かな振動で雪の中に潜っていく。

 そうして誰もが沈黙を保ちながら見守っていると、雪の下から小さな角のような突起が現れた。


「見るのは二回目ですけど、やっぱり可愛いですね」

「……そうか?」


 レティの独特な感性に首を傾げつつ更にシードの萌芽を見守る。

 角の側面にはインジケーターがあり、その1目盛りめに淡いグリーンのランプが点いた。

 それはすぐに二つ、三つと長さを伸ばし、やがて全ての目盛りを緑色に染める。


「これは地中の成分を吸ってんのかね?」

「レイラインとかコアとか言ってましたし、そういうエネルギーがあるんでしょうね」


 アストラに相槌を貰う。

 その間にシードは更に姿を変え、縦半分にぱっかりと割れた。

 粘性のある青い液体のような内容物が周囲に流れ、ひとりでにグニグニと動いて形を作る。


「端末ができましたね」


 アストラの言葉に頷く。

 シードが萌芽してから数分、そこには町の中央制御塔に並んでいる端末と同じものが一台鎮座していた。

 再び雪が降り積もった白一色の大地にぽつんと一つだけ銀行のATMのような機械が置いてあるのはシュールなことこの上ないが、この先開発が進めばこれがその中心となるのだ。


『〈に号特別任務;雪熊の霊峰〉が進行しました。調査員諸君は当該地域に設置された仮設端末にアクセスし、更新されたロードマップを確認してください』


 そんなアナウンスと共に自ら主張するように端末がピカピカと発光を始める。

 端末の周囲に集まった俺たちは互いに顔を見合わせ、誰がファーストペンギンになるかを検討する。


「……どうして俺なんだ」


 そして何故か選ばれてしまった俺は、後方で待機するレティたちをちらりと振り返りながら端末の方へと向かう。

 アストラや生産系バンドの人が適任じゃないかと言ったんだが、凄く推されてしまった。


「まあ別にいいが」


 ウェイドの端末を最初に触った人が誰かは知らないが、特に何か変なことになったという話は聞いていない。

 施設の名前がちょっと違うとは言え、アマツマラの端末だってそうそうおかしいことにはならないだろう。


「えーっと、接続。識別番号と……個体名レッジ、と」


 微妙なところでリアリティを求めるこのゲームは、端末の接続にIDと名前の入力を必要とする。

 ぶっちゃけ面倒だという意見もあるが、設定次第では八咫鏡を近づけるだけでアクセスもできるし、俺みたいに味があって良いと言う人も多かったり。


『データベース参照中』

『当該調査員を確認しました』

『ようこそ、レッジ様』


 パソコンのOSの起動音のような音と共に端末の画面が切り替わる。

 いつもと違っていたのは、その後だった。


『八尺瓊勾玉の記録データを同期中』

『重要記録を確認しました』

『重要記録を参照中・・・』

『領域拡張プロトコルを参照中・・・』


「……うん?」


 いつもとは違う、何か様子のおかしい端末に首を傾げる。

 レティたちにもそれは伝わったのか背中の方でざわつく声が聞こえた。


『重要記録を分類』

『〈RoI:BSB〉〈RoI:UC〉に指定』

『〈特殊開拓指令;白神獣の巡礼〉の進行プランを更新しました』


「――ええ…………っと」


 たった三文のアナウンスに、周囲が重い沈黙に支配される。

 俺は今すぐ逃げ出したい気持ちを抑え、ゆっくりと背後へ振り向く。

 趨勢を見守っていた全ての視線がじっと俺の方へと向いていた。


「――この件は一旦、手前共で検討いたしますので今回は持ち帰らせて頂きたく」


 早口で捲し立てる俺の前に、ニコニコと楽しげな表情のアストラたちがやってくる。


「レッジさん、面白いことになりましたね」

「そ、そうですね……」


 瞬く間に全方位を分厚い人垣で囲まれてしまい、逃げることもできなくなった俺は素直に頷くことしかできなかった。


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Tips

◇シード

 領域拡張プロトコルに基づき、タカマガハラの判断により惑星イザナミ地表部へ投下される物体。地上前衛拠点スサノオなど、大規模かつ重要な施設を建設するための足がかり――文字通り種となる。

 耐深宇宙高硬度特殊合成金属装甲の外殻で保護された内部にはクラスⅩ高機能ナノマシン合成溶液で満たされており、同梱されたブループリント・データカートリッジを元にアクセス用仮設端末を作成する。


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