第167話「最後の一機」

「なるほど。また奇妙なものを作りましたね……」


 床に正座した俺を険しい目つきで見下ろしていたレティは、DAFの詳細を説明するとふっと表情を和らげた。


「なかなか見事だったろ?」

「褒めてませんからね」

「うぐ、はい……」


 少しは許してくれたかとドヤ顔を見せると、途端にもとの表情に戻ってしまう。

 足を直し、姿勢を伸ばす。


「しかしドローンの同時多数操作ですか。口で言うのは簡単ですが、実際やろうと思うと大変なのでは?」


 話を聞いていたアストラが口を開く。

 隣にいたニルマも〈機械操作〉スキルをよく知る人物として彼の意見に頷いていた。


「まあ大変だよ。でも大体の動作はシーケンス制御にしてるし、今回は〈狙撃者スナイパー〉以外は殆ど動かさなかったからな」


 大猪を倒すに当たって主に操作したのは三機の〈狙撃者〉だけだ。

 それもその場から激しく動いたわけではなく、〈観測者オブザーバー〉からの情報をもとに照準を定め、トリガーを引いただけである。


「ねえレッジ、ちょっとドローンのプログラムソース見せて貰っても良い?」


 好奇心を抑えきれないとうずうずしているニルマが前に進み出て言う。

 プログラムソースというのは文字通りドローンの行動を制御するためのプログラムを記したものだ。

 プログラムはNPCショップなんかで汎用的なプラグインを購入することもできるが、専門的な機械を運用するために自力で記入することもできる。

 機械ごとに書き込めるプログラムソースの容量が決まっていて、扱える量は〈機械操作〉スキルのレベルに比例する。


「別に良いぞ。ほら」


 俺は〈狙撃者スナイパー〉のプログラムソースが記入されたデータカートリッジを取り出して渡す。

 ニルマはそっと受け取るとすぐさま『情報開示ソース・インスペクション』という〈機械操作〉スキルのテクニックを使用する。

 すると彼の目の前に青い背景のウィンドウが現れて、白い文字で〈狙撃者スナイパー〉の振る舞いが全て記されたものが表示された。


「これは……」


 プログラムソースを一目見てニルマは絶句する。

 彼以外の〈機械操作〉スキルを持たないアストラたちは、彼の反応の意味するところが分からないようで首を傾げていた。


「いや、なんでレティも無反応なんだよ」


 しかし俺よりも先に〈機械操作〉スキルに手を出していたはずのレティまでもが特に動じた様子がなく、思わず突っ込みを入れてしまった。


「レティはその、〈機械操作〉はカルビたちしか使っていませんので。実は『情報開示』は覚えてすらいないですね」

「ええ……。デフォルト状態の機械牛しか使ってなかったって事か」


 呆れて言うと彼女は少し拗ねたように唇を尖らせる。


「だって、レティにはカルビたちだけで十分便利なんですもん」

「そんなことよりレッジ! これ……」


 そんなレティの言葉を遮り、ニルマがにじり寄る。

 俺は思わず後ずさり彼の肩を前へ押し退けた。

 しかしそれに構う様子もなく彼は言葉を続ける。


「これ、〈狙撃者〉単体じゃ動かないんでしょ」

「おお、よく分かったな」


 ニルマの指摘に対して俺は素直に頷くことで答えた。

 見事正解した彼は、しかし喜びよりも悔しさを前面に押し出した表情で柔らかな栗色の髪をガシガシとかきむしった。


「よく分かったな、じゃないよ。ったく、僕を誰だと思ってるんだい。――〈観測者〉と〈守護者〉のソースを見せて貰っても?」

「ああ、いいぞ」


 追加で二枚のデータカートリッジを渡す。

 ニルマは三枚のウィンドウを開き、猛烈な速度で判読していく。

 そうしてすぐに顔を上げ、じっとりとした視線を俺に向けた。


「もう一つ。――〈統率者リーダー〉も」

「名前まで当てられたか」


 彼の異常なまでの解読速度に驚きつつ、俺は最後のカートリッジを差し出す。

 そのソースを読んだニルマはようやく落ち着きを取り戻し、口元に薄い笑みを浮かべた。


「……考えたね」

「そりゃどうも。言うは易し行うは難しってことで、実装には随分時間が掛かったがね」


 そろそろ置き去りにされた周囲の不満が爆発しそうだった。

 空気を読んで、ニルマは答えを言う。


「四種類の機械に演算能力を分散させて、総合的な能力を上げていたんだね。三つのドローン――〈狙撃者〉〈守護者〉〈観測者〉にはかっ

 他は全部、ただデータカートリッジの容量だけに特化した動かない機械アセットの〈統率者リーダー〉が処理していたんだね」


 ニルマの解説に周囲は一様に押し黙る。

 レティなどは首を傾げ、頭上にクエスチョンマークを浮かべていた。


「ええっと、それはつまり……?」

「戦場に出てた三つのドローンの頭は全部、この小屋に置いてたんだよ。だからドローンにはボスに対抗できるほどの装備を積めるだけのスペースがあったんだ」


 言いながら、俺は片付けたばかりの〈統率者リーダー〉を取り出して床に置く。


「『アセット設置』」


 テクニックの発動と共に床の上に現れたのは真っ黒な金属製の筐体だった。

 俺の背丈ほどもある巨大なモノリスが計三枚、狭い小屋を圧迫する。


「やっぱり、これくらいのサイズにはなるんだね」

「受信設備付けたメルキオール、送信設備を付けたカスパール、三機の連携機能を統括するバルタザール。演算機能を詰め込んだら、こんな図体と重さになっちまった。

 おかげで普段より建材の量を減らして荷物を切り詰めないとまともに持ち運びもできない」


 最低でも15機のドローンの動きを制御しなければならないのだ、あらゆる物理的装備を排除して演算処理機能に特化させたとしてもサイズは大きくなってしまった。

 一応理論上ではこの三機で最大六角形、30機構成のDAFまで動かせる。


「〈機械操作〉と〈罠〉と〈野営〉……。三スキルの複合テクニックということですか」

「まあ一歩引いてみればそうなるな。実際は『機械組立マシン・アセンブリ』と『アセット設置』と『機械操作マシン・オペレーション』を使うだけで、〈罠〉スキルはドローンの操作要件に入っているだけだが」

「うぅ、複雑で話が一ミリもわかんない……」


 ソファに座って話を聞いていたルナが目を回す。

 隣のタルトもあまりこっちの方面には詳しくないようで苦笑いしている。


「ランニングコスト、イニシャルコスト共に膨大なビットが必要とはいえ、ボスを一人で封殺できるのは圧倒的にメリットが大きいから採用してみたいと思ったけど……」


 難しい顔でニルマが言う。


「〈機械操作〉と〈罠〉と〈野営〉スキルをレベル70以上にして、600ポイント以上の重量が持てるようにして、〈統率者〉三機を置けるだけのテントを用意して、一発ごとに数十k単位のビットが溶ける喜びに正気を保てるなら運用できるぞ」

「それを揃えるのは無理じゃないけど、操作難易度が桁違いだよ。ジャンルの違う三つのゲームをそれぞれ複数、同時に一つのコントローラーを瞬時に切り替えながらしてるようなもんでしょ」


 ソースを読んだだけで実際の運用感覚まで分かってしまったらしいニルマがうんざりした様子で言う。


「僕にそこまでの器用さはないよ。そもそも、なんでゲームの中でゲームするの」

「ミニゲームみたいなもんだ。これはこれで楽しいぞ」

「とりあえず、僕は遠慮願うね。掲示板に情報上げたらやってみたいって人も数人くらいはいるんじゃない?」


 ま、そんな頭のおかしい人はそうそういないだろうけど、と彼はDAFの考案者を目の前にして言いたい放題である。

 実際俺も頭が痛くなってくるレベルで集中しないとまともに運用できないから、そう長時間続けることはできない。

 あくまでDAFはロマンをこれでもかと詰め込んだ男の夢の集大成なのだ。


「ふむふむ。一発ごとに数十kビット、ですか」


 ゴウ、と冷気が部屋に渦巻いた。

 俺は喉の奥で小さく悲鳴を上げ、カタカタと震えながら彼女の方を向く。


「やっぱり、もう少し詳しくお話を聞かないといけませんね……」

「ひえっ」


 壁際に追い詰められた俺にゆっくりとレティが迫り、その指先が首に触れようとしたその時のことだった。


「団長、みなさん! アマツマラが来ました!」


 ドアを蹴破るようにして駆け付けてきたアイが外を指さして声を上げる。

 吹雪が轟々と金切り声を上げる中、慌てて小屋の外に出る。

 マーカーの投射された場所を目指し、空から一条の光が向かってきていた。


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Tips

◇『情報開示ソース・インスペクション

 〈機械操作〉スキルレベル15のテクニック。機械に内蔵されたプログラムソースデータカートリッジの内容を判読する。独自の文法と文字で記述されたソースを理解するには専門的な知識が必要だが、解読できれば機械の持つ全ての機能を網羅的に知ることができる。

 プログラムソースの閲覧のみに限り、記入・編集を行う場合には別のテクニックを必要とする。


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