第165話「銃声は轟く」
周囲に展開したいくつものディスプレイにはそれぞれ対応した〈
それを通して、俺はソファに座りながらにして上空を飛翔する。
「ぐ、やっぱり結構難しいな……」
メインとなる視界を切り替えながら、まずは〈観測者〉を配置して範囲を決める。
理想を言うなら〈
それをすると今度は俺の頭が対応しきれなくなるということもあるが。
「よし、〈観測者〉の配置完了」
そうこうしているうちに三機の〈観測者〉を所定の位置に着けることができた。
それぞれの〈観測者〉は三角形の頂点となってフィールドを作り、内側の視界をディスプレイに送信してくる。
「次は〈狙撃者〉だな」
ドローン操作用のコンソールから手を離し、新しいディスプレイを引き寄せる。
周囲の地形を現す地図に〈観測者〉によって指定された三角形のフィールドが表示されたディスプレイだ。
そこには各ドローンの現在地も光点によって示されている。
光点を指先で移動させれば、現実のドローンもそれに従って移動する。
俺は三機の〈狙撃者〉をそれぞれ〈観測者〉の背後に配置した。
それに従い〈守護者〉たちも三機ずつのユニットで三角形の頂点へと移動する。
「よし、標準配置はこれで完了だな」
〈
これがDAFの基本最小構成単位陣形だった。
「〈
DAFの運用は〈観測者〉の視界から敵対象を選択、〈狙撃者〉によって撃破、向こうからの攻撃は〈守護者〉によって阻むという三位一体のものだ。
〈狂戦士〉は単独性能が最も高いが、それ故に他三種との連携もあまり取れず今の段階で投入しても俺が制御しきれない。
「うーん、まずは何を狙うか……」
三角形の戦闘地帯は霊峰の原生生物たちが密集している盆地をすっぽりと囲んでいる。
ごちゃごちゃと原生生物が密集する地表は狙いなぞ定めなくても適当に撃てば当たるだろうが、それでは面白みがない。
「お? なんか見たことない原生生物だな。よし、まずはあれにするか」
領域内を眺めていると、よく目立つ図体をした見慣れない原生生物が視界に入った。
「目標をセンターに入れて……」
事前のシミュレーション通りにコントローラーを操作する。
三機の〈狙撃手〉が位置を微調整し、対象を照準に捉える。
「――もう少年って歳じゃないよなぁ」
そんな仕様も無いことをぼやきながら準備を進める。
「じゃあ、オペレーションスタートだ」
俺はコントローラーのボタンを押し、初陣の鏑矢を放った。
†
当初、単なる消化試合だと予想された殲滅作戦〈
その理由は単純にして明快、敵の――盆地に集結した原生生物の数が多かったからだ。
「にゅぁあああああっ! なんですか、この量! 倒しても倒してもキリがありませんよ!」
怒りの籠もった鎚を大きく振り回し、巨体のコオリザルを三匹纏めて吹き飛ばしながらレティが叫ぶ。
雪面に倒れた猿たちが顔を上げたところに吸い込まれるようにして弾丸が飛来し、容赦なくHPを削りきる。
「なんかレッジのドローンで見た時より多いんだけど!?」
『
アストラたちを先頭に真正面から激突してはや十分。
本来であれば既に殲滅を終えてレッジの小屋で温かなコーヒーでも楽しんでいるところだったはずだ。
しかし彼女の予想は外れ、今も吹きすさぶ猛吹雪の中で弾丸を込めつつ拳を握っている。
「ルナさん危ないっ!」
「はえっ?」
タルトの激しい声に彼女が振り向くと、討ち漏らしたコオリザルが巨腕を振りかざしていた。
想定外の事態に集中力を欠いていたか、彼女は咄嗟に行動を起こすことができない。
「『
タルトが手のひらに生成した火球を投げ、猿の顔面にぶつける。
意識の外からの攻撃に仰け反る猿にルナが銀月の短銃の残弾を全て叩き込み息の根を止めた。
「大丈夫ですか?」
「うん。ありがとう、助かったよ」
物言わぬ骸となったコオリザルを見て感慨に耽る暇も無い。
すぐに新たな敵が現れ彼女たちに向かって咆哮した。
「ああもう、むしゃくしゃしますね!」
狩れども狩れども際限なく現れる敵にレティが激昂する。
「アストラさんたちも余裕が無くなってきているんでしょうか」
不安げな声のタルトは盆地の中央に居るはずのアストラたちを憂う。
彼女たちはもともと、後方で彼らが討ち漏らした原生生物のみを相手にする予定だった。
それが今は絶え間なくやってくる原生生物に圧倒されている。
つまり、最前線を張っているアストラたち〈銀翼の団〉が処理能力を上回る質量で攻められているということだった。
「心配してても事態は好転しないですよ。レティたちはレティたちの持ち場で踏ん張るだけです」
「『
「……はい!」
タルトは剣を握り直す。
同時に九つの盾を周囲に展開し、視線を鋭くして殺到する敵を睨み付けた。
「しょこら、『冷気の鎧』『凍結の剣』をお願い」
「それじゃあたしも。マフ、『雷鬼の領域』展開して」
二人のパートナーはようやく出番が来たと瞳を開く。
しょこらが白い翼を広げて透き通った声で鳴くと、タルトの装備と剣から白い冷気が立ち上がる。
マフが天に向かって吠えると、暗雲が立ちこめバチバチと青白い雷が走り出した。
「おお、これが神子の力ですか。白月とは色々違いますね」
「神子は四匹ともタイプが違うみたいですね」
「一回くらい、四匹で共闘しても良いかも。――よし、もう出し惜しみはしないよ。『アーツ封入弾装填』」
ルナが弾倉を回して弾を込める。
銀の弾丸にはナノマシンパウダーが込められており、精密アーツ回路が刻まれている。
「さあ、行くよ。――『
静かに引き金が引かれる。
射出された弾丸は鋭い回転と共に空気を裂き、エネミー群の先頭に居たユキグモの眉間に突き刺さる。
瞬間、回路が励起し事象が発生する。
紫電が炸裂し、周囲に固まるエネミーたちを諸共捉えて激流を注ぎ込んだ。
「ちょっと痺れるからね!」
響き渡るルナの声と共に黒い雲から稲妻が落ちる。
それはエネミーたちを蹂躙し、その体躯を焦がす。
「『
麻痺状態に陥った原生生物たちを無慈悲な刃が襲う。
タルトは素早く両手の短剣を振るい、更に五つの剣を飛ばす。
全身に傷を浴びて切り裂かれるエネミーにとどめを刺すのはレティである。
彼女は的確に一撃で倒せるエネミーを選んで鎚を振るい、着実にその数を減らしていく。
三人の連携はこれまでの戦いの中で洗練されていき、今や互いの呼吸を感じて言葉すらなく動きを補完していた。
三位一体、三人で一つの殺戮機械となったレティたちは自分を圧倒する巨体を次々に屠り、雪面に沈め、骸を飛び越えて進む。
そうして順調に戦いを進めていたそのとき、突然レティへTELが入る。
「はいレティです!」
『っ、アストラです。少し不味いことになりました。今から俺たちは撤退しますので、合流したら一緒にレッジさんの小屋まで下がります』
聞き慣れないアストラの苦々しい声にレティは驚き、その内容に耳を疑う。
しかし彼が嘘を言う理由などなく、そこには明確な真実だけがあった。
「ルナさん、タルトさん、アストラさんたちが撤退を決めました。合流し次第レティたちも離脱します」
「うそ!?」
「そんな、どうして」
「分かりません。詳しいことは直接聞きましょう」
敵の猛攻を掻い潜り、すれ違いざまに切り伏せながら彼女たちは情報を共有する。
それから数分も経たずに前方のエネミーの向こうからニルマの
「レティさん、ルナさん、タルトさん!」
「みんな乗って!」
車上から手を伸ばすアストラたちに掴まり、三人は引っ張り上げられる。
定員をオーバーした戦馬車はガクンと揺れて速度を落とすが、強靱な脚力を持つ機械軍馬たちは白い蒸気を上げて雪の中を懸命に進む。
「アストラ、何があったの?」
ルナは揺れる車体を掴みながらアストラに問う。
いつもの微笑を消し、苦い表情を浮かべる青年は言葉にする代わりに後方を指さした。
「ボスが、現れました」
「ボス!? 霊峰のボスはもう見つかって討伐されてるんじゃ……」
「いえ、
猛吹雪の中、戦馬車を追うエネミーの群れが突如吹き飛ぶ。
足下の雪が爆発したように膨れ上がり、その奥から巨大な影が現れた。
「なん……」
「あれは……」
その姿にタルトたちが絶句する。
彼女たちが必死の思いで食い止めてきたエネミーの大群を木っ端のように撥ね除けて進むのは、そそり立つ二本の牙を携えた黒い毛皮の大猪。
爛々と赤熱する双眸を光らせて、鼻から零下の息吹を吹き出しながら暴走する機関車のように迫っていた。
「際限なく出てくるエネミーを狩り続けていたら突然現れたんです。当然応戦しましたが、あの毛皮には俺の剣も通じなくて」
「アストラのも? そんなのもう、負けイベントじゃん!」
「あんまり動かないで! バランス崩れると戦馬車が倒れちゃうよ!」
驚愕に立ち上がるルナにタルトが悲鳴を上げる。
大猪と戦馬車の速度はほぼ互角、僅かに猪が勝っておりじわりじわりと距離を詰められている。
「これ、レッジさんの小屋大丈夫なんですかね?」
「そこは……祈りましょう」
重い言葉を絞り出すアストラ。
それは事実上の敗北宣言だった。
「もうすぐ盆地を抜けるよ!」
馬車が傾斜を登り始める。
緩やかだが長い坂を越えればレッジの小屋まではすぐだが、その斜度が軍馬の足に負荷を掛け凍った雪が動きを鈍らせる。
「くっ、距離を詰められますね」
アストラが剣を引き抜く。
せめて逃げる時間は稼ごうと、彼が馬車から飛び下りたその時だった。
『――三機一斉射撃』
ほぼ同時に三つの重い銃声が雪山に轟いた。
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Tips
◇『
〈刀剣〉スキルレベル45、〈攻性アーツ〉スキルレベル45、〈防御アーツ〉スキルレベル30の複合テクニック。習得には〈
その身に剣を纏い、戦乱を踊る。鮮血によって彩られたステージでそれは白刃の花となって咲き誇る。
複数の刀剣を自身の周囲に浮遊させる。刀剣は使用者の被弾に応じて自動で攻撃者へと反撃する。展開できる刀剣の数は使用者の力量によって変化する。
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