第164話「開戦は静かに」

 偵察隊が持ち帰った情報とドローンから送られてくる映像を元に作戦が練られる。

 今回も中心となって指揮を取るのはアストラだった。

「では今回の作戦、雪の闘争ホワイト・ウォーについて説明します」


 テーブルに両手を置いてアストラが口を開く。

 聞き慣れない作戦名に周りの様子を伺うが、誰もピンときていないようだった。


「今回の作戦は時間制限があります。とは言ってもあと一時間半以内なので十分な余裕は持って行動できるでしょう。ですが人員はあまり期待できません」


 周囲の微妙な反応を華麗にスルーしてアストラは現状の確認から進める。


「有力なバンドのリーダーには声を掛けていますが、増援は望めないものと思って下さい。霊峰の奥地ということもありますが、単純に人員を出してまで狩りに参加するメリットがないので。

 ですので俺たち〈大鷲の騎士団〉とレッジさんたちだけが戦力です」

「大体分かった。……とはいえあの群れがシードを襲うという保証はないぞ?」

「襲わなかったとしても原生生物の素材が手に入るので損はしません。それに、あれだけの数が密集しているのはどう考えても異常事態――イベントでしょうから」


 表情を変えずに言い切る青年にそれもそうかと思い直す。

 原生生物を狩るという点ではいつもと変わらないし、なんなら探し回らなくていい分楽まである。


「まあ僕らがいればそんなに大騒ぎすることでもないでしょ」


 そう楽観的なことを言うのはニルマである。

 聞くだけなら油断とも取れそうな言葉だが、そこは彼らの絶対的な自信によって裏打ちされている。

 ここには正真正銘のトッププレイヤー集団〈銀翼の団〉が全員揃っているのだ。


「主力として俺たち〈銀翼の団〉が先駆けを務めます。レティさん、ルナさん、タルトさんの三人は遊撃として俺たちが討ち漏らした個体に当たって下さい。アイ、残る人員をマーカー地点と白樹の二点に分けて防御を固めるように」

「分かりました。何か変化があればすぐに連絡します」


 そう言葉を残し、アイは団員を連れて小屋の外へ出る。

 彼女が率いるのは〈大鷲の騎士団〉の中でも精鋭部隊なのだろう。

 すぐに状況を理解して行動を始める。

 そこに混乱の色はなかった。


「それで俺は何をすればいい?」


 一人だけ名前を呼ばれなかった俺が手を上げると、アストラは忘れてませんよと言いたげに口元を緩める。


「レッジさんは小屋の維持をお願いします。リザを筆頭に数人の回復役ヒーラーはいますが、リソースは節約したいので」

「はいよ。じゃあ小屋の範囲からは動けないな」

「申し訳ありません」

「いいって。俺もそっちの方が楽だし、役得って考えてるからな」


 本当に申し訳なさそうに頭を下げるアストラには悪いが、俺は前線に出ても足手まといにしかならないからな。

 それなら後方で小屋を管理しつつ負傷した人員の回復する場所を提供するほうがいい。


「レティはルナさんとタルトさんと三人組ですね」

「よ、よろしくおねがいしましゅ……」

「そんなに怖がらなくてもいいんですが……。先ほどはレティが悪かったです」


 すっかりレティに苦手意識を持ってしまったタルトは垂れ耳を震わせて涙目になる。

 軽率に女の子を脅すからそうなるのだ。


「何か戦略はあるのか?」

「戦略を立てるほどでもないでしょう。ちょっとしたボーナスタイムのようなものですし」

「ふふん、やる気出てくるね!」


 二丁拳銃を構えたルナが気炎を上げる。

 隣ではレティも鈍色のハンマーを構えて準備万端の様子だった。


「では俺たちも出発します。レッジさんもよろしくお願いしますね」

「おう、任せとけ」


 アストラはそう言って出発する。

 ニルマたち銀翼の団もそれに続き、小屋にはレティたち三人が残った。


「前衛しかいないパーティですね。少しバランスは悪いですが……」

「ま、られる前にればいいんだよ」

「ですね。わたしも頑張ります!」


 どうやら根っこの部分では三人とも共通するところがあるようで、今回だけの臨時パーティにも関わらず調子を合わせている。

 三人とも前衛、支援役バッファー回復役ヒーラーもいないがそこに不安を感じている者はいない。


「まあ危なくなったらいつでも戻ってこい。中まで入ってこなくてもある程度近づいたら回復はかかる」

「ありがとうございます。では、行ってきます!」

「大金星上げてくるから、期待してて待っててね」

「い、行ってきます!」


 三人は手早くパーティを組むと、外へ飛び出していく。

 そうして小屋の中には俺一人だけが残され、一気にがらんと寒々しい空気に変わってしまった。


「さて、それじゃ……」


 とはいえ俺も一人遊んで待っているつもりは毛頭無い。

 むしろこんな状況もあろうかと色々と準備してきたのだ。


「ふふふ……」


 人に見せられないような笑みを浮かべつつ、テーブルの上にアイテムを並べていく。

 それらは分解したドローンのパーツだった。

 動力を搭載した機関部、小さな回転翼プロペラ、カメラ。

 更に光学銃レーザーガン、マシンアーム、各種センサー、姿勢維持装置スタビライザーなどなど。

 ネヴァの元に通い詰めて揃えたドローンのカスタムパーツ群である。


「どうした? 珍しいか」


 何事かと目を覚まして近寄ってきた白月に、パーツを組み合わせたドローンたちを披露する。


「これは〈観測者オブザーバー〉。ツクヨミからの位置座標データを受け取ったり、周辺の地形情報を収集する」


 普段よく使っているカメラ付きのドローンに、各種センサーを加えたものだ。


「で、こっちが〈狙撃者スナイパー〉。遠距離精密射撃対応ロングバレル光学銃レーザーガンと高精度姿勢維持装置スタビライザー、汎用光学迷彩フィールド展開維持装置なんかで組み上げた火力担当だ」


 続いて取り出したのは、長細い銃砲を持つドローンだった。

 六つの回転翼とアームによって繋がれ、不安定な空中でも強い反動を受け止めて静止状態を保つことができる。


「こいつらは三つで一組だ。名前は〈守護者ガーディアン〉。物理防御障壁を作る。機動性を高めるためにちょっと小さいが出力は十分なはずだ」


 〈守護者ガーディアン〉はプロペラが一つだけ付属した握りこぶし大程度の小さなドローンだった。

 三つを一つのユニットとして行動し、それぞれの障壁発生装置を合わせて三角形のバリアを張ることができる。


「そんでもって最後がこれだ!」


 テーブルに残った全てのパーツを使い、組み上げた最後のドローン。

 それは回転翼の縁が鋭い刃になっており、マシンアームと頑丈な格納庫を持っていた。


「こいつの名前は〈狂戦士バーサーカー〉。中、近距離戦闘に特化した各種装備を備えた特別製。戦場を掻き乱して暴れ回る! はずだ」


 なにせ運用は今回が初めてだからな。

 そもそも出番があるかも分からない。

 これらドローン群は総称を〈遠隔操Drone作無人飛Air行機空軍Force〉という。

 扱うには〈機械操作〉と〈罠〉スキルが必要な遠隔攻撃手段である。


「どうだすごいだろう?」


 得意げになって白月に声を掛けると、彼は興味を失った顔で小さく鼻を鳴らし暖かい暖炉の前に戻ってしまった。

 どうやら彼にはこの魅力がうまく伝わらなかったらしい。


「まずは戦闘地帯を囲む最低三地点の〈観測者オブザーバー〉を配置する。〈観測者〉の目の届く範囲内の敵に対して起動するデカい罠ってわけだ。〈狙撃者スナイパー〉は戦闘地帯の外から、〈狂戦士バーサーカー〉は戦闘地帯の中でそれぞれ敵への攻撃をして、それらの防衛のために〈守護者ガーディアン〉がつく」


 まあ、言うだけなら簡単だ。

 DAFの運用は今回が初めてだし、不測の事態は大いにあり得る。

 なにより一番の懸念事項は――


「問題はこれ全部俺一人で動かす必要があるってことなんだよな」


 ある程度の簡単な動作はシークエンス制御で自動化できているとはいえ、それを起動するのは俺だ。

 練習でそれぞれの操作にはある程度慣れているが、四種のドローンを同時に操作するのは初めてだった。


「正直できる気があんまりしない! でも使いこなせればめちゃくちゃ強そうだし、なによりロマンがある!」


 複数のドローンを同時に操作することによって得られるのは純粋な数の暴力だ。

 俺が上手く情報の処理さえこなすことができれば、その強さはパーティにすら匹敵するだろう。

 まさに一人軍隊ワンマンアーミーなのである。

「さあ、初陣だ。頑張ろう!」


 ドアを開き、ソファに深く腰掛ける。

 各種ドローンの制御ウィンドウを周囲に展開し、ゲームパッドのようなコントローラーを握る。

 数秒後、起動と共に複数の回転翼プロペラが稼働する音が小屋の中に響き渡り、それらは次々に飛び出していった。


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Tips

◇〈機械操作〉スキル

 特殊な知識を必要とする専門的な機械を操作するためのスキル。機械獣は己の手足の延長として、機械武器はより強力な牙として、使いこなすことさえできれば他者より有利に活動を進められるだろう。


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