第163話「集結する獣たち」

 つい数分前まで和気藹々とした雰囲気に包まれていた小屋の中は、一変して外の吹雪が壁を貫いたかのような寒々しく重い空気に支配されていた。

 その中心――中央のテーブルに付いてニコニコと笑顔で紅茶のカップを指先で持ったレティに誰も視線を向けようとしない。


「えっと、まずは……どうしてここに?」

「レッジさんはレティに来られて疚しいことでも」

「それはない。けど、今日は用事があったんじゃなかったのか」


 なんで彼女の機嫌が悪いのかは分からんが、とりあえず刺激しないように気をつけて言葉を選ぶ。

 彼女はカップをソーサーに置いて小さく息を吐く。


「確かに予定はありましたが、思っていたよりも早く片付いたんです。それで戻ってきたらレッジさんが居ない。これは変だと思って方々歩き回っていると、掲示板に面白いことが書かれていまして」

「普通にTELなりバンドの掲示板なりで連絡取ればいいだろ……」

「それじゃ逃げられるかもしれませんし」

「なんで逃げる必要があるんだよ」


 レティの考えていることはよく分からん。

 彼女はずっと前から俺が狩りなんかに出かけていると事前の連絡無く突然現れることが良くあったが、その理由を聞いてものらりくらりとはぐらかされ続けてきた。


「まあ、レッジさんは見知らぬ可愛らしい女性ふたりと楽しくやっていらっしゃったようですが」

「見知らぬって……ルナとタルトのことか?」

「わ、わたしですか!?」


 壁に背中を付けて趨勢を見守っていたタルトが声を上げる。


「お二人はどういったご関係で?」

「白月と同じ、神子持ちのプレイヤーだよ。アストラと合わせて四人で、次回イベントの調査をしてたんだ」

「それで、霊峰の白樹を見付けたわけですか」

「そうそう」


 なるほど、とレティは頷く。

 そうして彼女はおもむろに立ち上がると微笑を口元に湛えて二人の方へと視線を送った。


「初めまして。レッジさんがリーダーを務める〈白鹿庵〉というバンドのを務めるレティです。どうぞ、お見知りおきを」

「は、はいぃ……」

「こちらこそ、よろしくね!」


 すっかり怯えきったタルトとは対照的にルナはいつもの調子を崩さず明るい笑顔で応じる。

 ああ、いや、なんか足が少し震えてるな。


「それにしても、レティはどうやってここまで来たんだ? アイの報告によれば十分前に入山したって話だが……」


 残る疑問を解消しようと尋ねる。

 丁度それを待っていたかのように小屋のドアが勢いよく開いた。


「それは僕が拾ってあげたからだよ!」


 声と共に現れた人影に騎士団の面々がどよめく。

 そんな中でひとりアストラだけは僅かに眉を上げただけに収めて、苦笑してその名前を口にした。


「ニルマ。……それにアッシュたちもいるね」


 アストラと共に〈大鷲の騎士団〉の創設に関わった初期のメンバー、〈機械操作〉スキルの第一人者にして様々な機械獣を操り〈獣帝〉の名で知られるフェアリーの少年はアストラに向かってフランクな笑みで応える。

 彼の後ろからはアッシュ、フィーネ、リザたちも現れ〈銀翼の団〉のメンバーが勢揃いする。

 途端にアイや他の団員たちが背筋を伸ばして固まってしまった。


「ここは翼の砦ウィングフォートでもないし、楽にしてていいよ」

「別に砦でもそんなにかしこまらなくていいんだけどね」


 ニルマがひらひらと手を振り、フィーネが息苦しそうに眉を寄せる。


「アストラが何か面白いものを見付けたって聞いてね、居ても立ってもいられなくて駆けつけたんだよ。戦馬車チャリオットの雪地仕様も試してみたかったしね」


 そう言って彼は片手に提げた金属製のトランクを軽く掲げる。

 あれを展開すれば彼の代名詞でもある勇ましい三頭立ての戦馬車が現れるのだろう。


「ついでに暇だって言う三人も連れて、戦馬車で山を登ってたら途中で目の前が爆発してねぇ」

「ええ……」


 何気なく言うニルマだが、よくそれに対応できたものだ。

 戦馬車など小回りの利く乗り物ではないだろうに。


「すわ敵襲かと思って陣形整えたら、雪の下からこの子が現れたのよ」


 フィーネがニルマの言葉を継いで言う。


「……レティ」

「い、急いでいたので」


 流石に少し反省しているのかレティの言葉も歯切れが悪くなる。

 どうやら機械鎚で雪面を爆発させて強引に戦馬車を止めたらしい。


「来てもらったところ悪いんだが、あと二時間ちょっとすることもないんだよ」

「どういうことですか?」


 首を傾げるレティに事情を説明する。

 今回は迎撃する必要が無いため、俺たちは種が蒔かれるのを見守るだけなのだ。


「そうだったんですか。少し残念というか、安心したというか」


 言葉通り微妙な表情を浮かべて彼女は頷く。


「でも、安心したと言って良いかもしれませんね」


 しかし少し間を空けて彼女はそう言い直す。

 くるりと身体を翻し、視線を向けた先に立つのはルナとタルト。


「お二人とゆっくりお話できそうですから」

「ひっ」

「な、なにかな!?」


 両腕を壁に貼り付け顔を引きつらせる二人に、レティは少しショックを受けたような表情を浮かべる。


「そんなに怖がらなくても……。年の近い同性のプレイヤーはあまり居ないので、ぜひお友達になりたいなと思いまして」

「ほ、ほんとに?」

「ほんとほんと。レティ嘘つきません」

「そういうことなら。じゃあフレンドになろっか」


 両手を広げて敵意が無いことをアピールするレティは――根拠のないただの勘だが――本当に他意は無いらしい。

 そもそもさっきも見かけほど機嫌が悪かった訳じゃないのかもしれないし。


「よしよし、これでレッジさんが貴女たちと会っていても分かりますね」


 ……。

 前言撤回した方がいいのかもしれない。


「ああ、そうだアストラ」

「どうかしたかい?」


 部屋の中に平穏が戻った時、不意にアッシュがアストラに話しかける。


「ニルマの馬車に――」

戦馬車チャリオットだよ!」

「……戦馬車に乗って山を登ってた時に少し気になることがあった」

「聞こうか」


 アッシュの言葉にアストラも真剣な顔になる。


「どうにも道中の敵が少ないように感じたんだ。俺も霊峰にそこまで頻繁に通ってるわけじゃないが、ここまで来るまでに3回コオリザルに出会っただけだ」

「……確かに少ないね。どういうことだろう」


 アッシュは〈銀翼の団〉の斥候役も務めているのだろう。

 だからこそ彼の言葉は重い。

 アストラは顎に指を添えて考え込む。


「アイ、何人か選んで偵察に出してくれ」

「分かりました」


 すぐさまアイは小屋の中から数名を選んで偵察に出す。

 それから十分と経たないうちに、偵察隊からの報告が上がった。


『団長、ちょっとこれは……』

「どうした?」


 偵察隊はどこかに潜んでいるのか声を押し殺して囁くように状況を説明する。


『マーカー地点から壁を挟んだすぐ隣に原生生物がうじゃうじゃ集まってます。コオリザルにユキグモにヨロイチョウ、レアエネミーのクリスタルホーンも居ます。まるで霊峰中から集まってるみたいだ』

「……分かった。座標を記録後、気をつけて帰還しろ。――アイ、警備は最低限にして余剰人員を全員招集。俺は他のバンドにも連絡を取る」

「わ、分かりました」


 アストラが冷静に指示を飛ばす。

 すぐに警備中だった団員が小屋に駆け込んできて、偵察隊も戻ってくる。


「レッジさん、ドローンは使えますか?」

「ああ。こんなこともあろうかと常備してるんだ」


 アストラの言わんとしていることは分かった。

 俺はすぐにドローンを飛ばし、偵察隊が示した座標へと向かわせる。


「これは……」

「ふええ。まるで百鬼夜行ですね」


 小屋の壁の一面に映し出された映像に、全員が絶句する。

 一段と強くなった吹雪の中で無数の原生生物たちが密集して声を上げていた。

 雄叫びを上げるものもおり、一様に気が立っている。

 一目見ただけでもこの集団が平和を願う心優しい会ではないことが分かるだろう。


「……これはどっちを狙ってると思う?」

「どっち、というのは?」


 アストラが首を傾げる。


「白樹と、マーカー」

「分かりません。ですがどちらを襲われても俺たちにとっては甚大な被害です」


 レティが立ち上がり言う。


「それなら、今から殲滅しましょう!」


_/_/_/_/_/

Tips

雪破の戦馬車ホワイト・チャリオット

 大鷲の騎士団、〈獣帝〉のニルマが所有する戦馬車。特別なカスタムを施し耐寒装備を調えた機械軍馬三頭によって牽引される。車輪は低摩擦コーティングを施された細い板に置換され、降雪を避けるルーフが装着されている。定員は五人。


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る