第162話「副団長の横顔」

 崖を登り、アイの元へと辿り着く。

 彼女は俺たちが来た方とは反対側の斜面を見下ろし、その下に広がる小さな盆地のような場所を指さした。


「あそこに今までは確認されていなかったマーカーのような物が打たれてます」

「本当だ。ということはあそこが第二候補地点か」


 盆地の中央には、降り積もる白い雪の上に十字のマーカーが描かれている。

 おそらくは上空――この惑星の準静止軌道上に浮かんでいるツクヨミの一つから照射されているものだろう。

 マーカーは他にも、十字を囲むように八つのポイントが円形に配置されている。

 アイが率いる団員たちはそのマーカーの範囲内には入らないように少し距離を空けて調査をしていた。


「アマツマラに関する情報はなにかあるか?」


 アストラがアイに尋ねる。

 彼女は開きっぱなしにしていたディスプレイを操作して首を振る。


「町の情報班からも芳しい返事はありません。中央制御塔のデータベースを参照しても特にヒットしていないようです」

「……分かった。レッジさん」


 報告を聞き、アストラは俺の方へ向き直る。


「この件を掲示板に書き込んでもいいですか?」

「ああ。別に俺が決めることじゃないと思うが……」

「白樹も、このイベントもレッジさんがいなければ見つからないことなので確認は取っておかないと」


 そう言いつつ彼はディスプレイのキーボードを叩き掲示板にシード01ーアマツマラに関する情報を求める書き込みをした。


「ついでにここの座標についても書き込みました。すぐに他のプレイヤーも来てくれるでしょう」

「来たところで、今回は迎撃する必要も無さそうだがな」


 第二候補としてマーカーの置かれているポイントは、白樹とは小さな峰を一つ挟んだ位置にある。

 ウェイドのシードと同様のものが飛来したとしても白樹が消し飛ぶことはないだろう。


「それじゃあ三時間後の投下まで俺たちがすることはないですかね」

「マーカー周辺は一応事情を知らないプレイヤーが立ち入らないように警備しておきます。他にすることは……私も思いつきませんね」


 アイの指示でマーカー内を調査していた団員のうちの何人かがマーカーの外に出て並ぶ。

 霊峰のメインとなる地域から少し離れた場所だが、それでもプレイヤーが一切居ないというわけでもない。

 万一にも彼らが巻き込まれないように警備を引き受けてくれた。


「じゃああたしたちは暇だね」

「しょこらは完全に寝ちゃいましたし……。どうしましょうか」

「まあどうしようもないからな。こういう時は大人しく――」


 俺はインベントリからテントセットと建材を二つ取り出して足下に置く。

 テクニックを使えば数十秒で崖の上に建つ雪山のコテージのできあがりである。


「おお!? 前のよりおっきいね!」


 瞬く間に組み上がった小屋を見てルナが目を輝かせる。

 小屋は道中の休憩に使った物より一回り大きくなっており、窓の数が増えている。

 上から見れば前の小屋が二つ並んだのと同じだけの面積になっているはずだ。


「建材二つ使ったからな。これならアイたちの団員も入れるだろ」

「い、いいんですか?」


 新しくなった俺のテントを初めて目の当たりにするアイは驚きながら振り返る。


「警備ったって全員が出払う訳じゃないだろ? あと三時間もあるんだ、暖かい室内で待ってた方がいい」

「ありがとうございます。……それじゃあ待機中の団員もお邪魔させて貰いますね」


 彼女は深々としたお辞儀をしたあと、TELで仕事のない団員を崖の上に呼び戻す。


「レッジさんが待機所を提供して下さいました。感謝して――」

「おお! すげえ、これが本職のテントか」

「あの狭ぇ布の中に鮨詰めにならなくていいんだな」

「ああ……あたたかい……」

「いいにおい……」

「貴方達!!」


 アイの言葉が終わらぬうちに〈大鷲の騎士団〉の団員たちは慌ただしくドアを開けて入っていく。

 プンプンとご立腹のアイを宥め、俺はアストラたちも引き連れて室内へと入った。


「凍えた身体に滲みるわ……」

「ウチのキャンパーもこれくらいのテント作ればいいのに」

「ていうかこれテントでいいのかしら」

「〈野営〉スキル、すげぇなぁ」


 人数が多くなったから追加の椅子を出しつつ、周囲の反応を見る。

 彼らも寒い雪山の真ん中で待機するのは気が乗らなかったらしい。

 ベッドやソファに腰を下ろし、鎧を脱いでラフな格好になっている。


「もう、みんな節度を持って――」

「別に良いさ。雪の中疲れてるだろうし」

「そうですよ、副だんちょー」

「急に予定変更で雪の中進んできたんですよ」

「疲れたなー」

「もう……」


 早くも部屋の雰囲気に飲まれて脱力する団員たちに納得いかない様子のアイだったが、彼女も暖炉の火に当たるうちに態度を柔らかくする。


「うぅ、暖かいですね」

「でしょ? マフもこの辺で寝てるのが好きみたい」


 暖炉の傍に立ったアイにルナが近寄り、足下に転がって早くも寝息を立てているマフの背中を撫でる。


「神子、ですよね?」

「うん。触ってみる?」

「い、いいんですか!?」

「もちろん。ね、マフ」


 ルナはすっかり夢の中に旅立ってしまったマフの前足を持ち上げ、ふらふらと揺らす。


「イイヨー、だって」

「ええ……」

「ほらほら。どぞ!」


 ルナに押され、アイは喉を鳴らして心を固める。

 恐る恐る手を伸ばしてマフの白く柔らかな毛並みに指先を触れた。


「はわっ」

「やわこいでしょー」


 そこから先はすぐだった。

 アイは手のひらを使って優しくマフを撫でる。

 マフも気持ちいいのか目を細め、黒い縞模様の尻尾を振った。


「おお、鬼の副団長が静まっておられる」

「乙女よ、乙女の横顔よ」

「ああしてれば可愛いんだけどなぁ」

「何か言いましたか?」

「い、いいえっ」


 コソコソと声を潜めて囁き合っていた団員たちはギロリと鋭い眼光に射られて竦み上がる。

 その間も彼女の手つきは優しくマフをなで続けていた。


「さて、何もしないというのも難しいですし、今まで分かった情報を纏めましょうか」


 小屋で休む全員に温かい飲み物が行き届いた頃、アストラがテーブルで肘を突き両手を合わせて口を開いた。

 空気が少し締まり、アイもテーブルを囲む椅子に移動する。


「まずは、三時間後――正確にはあと二時間と三十分ほどですか――で、マーカー地点にシード01ーアマツマラというものが飛んできます」

「マーカーの位置も暫定ですが。一応、少人数の臨時分隊を組んで周辺の探索も継続してます」

「ありがとう。まあ十中八九あのマーカー地点で合ってると思う。それで、あの地点なら白樹にも影響はないだろう」


 アイの報告に頷きつつ彼は話を進める。


「峰を一つ挟んでるからね。相当でっかい衝撃じゃないと崩せないでしょ」

「アマテラスのタカマガハラもそこは考慮して、第一候補じゃなくて第二候補に地点を移したんだと思います」


 ルナとタルトが言う。


「だから今回はウェイドの時とは違って俺たちが何か対策をする必要はない、と思う」

「そう考えると三時間の猶予はちと長いな」


 ウェイド迎撃の時にはむしろ時間は足りないくらいだったが、こうして待つだけとなると途端に暇になる。

 何を根拠に三時間という猶予を設定したのかは分からないが、案外プレイヤー側が迎撃準備を整えられるギリギリの時間ということなのかもしれない。


「主要バンドのリーダーからは、今回は迎撃しないのかという問い合わせも来ている。しない、と言ったら調査要員だけ派遣するという答えが帰ってきたよ」

「正直、本当にすることがないからな……」


 むしろ俺たちプレイヤーの出番はシードが落ちてきたその後からだ。

 に号特別任務が進行し、芽吹いたシードを成長させるための納品任務が発令されるだろう。

 そうなれば戦闘職も生産職も関係なく稼ぎ時というわけだ。


「わたし、シードが降ってくるのを見るのは初めてなので楽しみです」


 タルトがしょこらを抱えたまま頬を僅かに赤くさせて言う。


「あたしは前のを動画で見ちゃったな。でも生で見るのは初めて!」


 ルナも迎撃作戦時には居なかったようで胸を躍らせている。

 俺も迎撃作戦の中心だったとはいえ余裕が無くて見物するということもできなかったから、楽しみじゃないと言えば嘘になる。


「それで、アマツマラについてだけど」


 ここからが本題だとアストラが言う。

 アマツマラは先のアナウンスにあった聞き慣れない単語だ。


「正直、情報は何もない。町に常駐している調査班からもね」

「アナウンスは地下資源採集拠点って言ってたよね」

「ということは鉱山施設のようなものなんでしょうか」


 アマツマラと呼ばれる施設の規模や役割その全貌の全てが曖昧で確固たるものが一つもない。

 わざわざシードを投下するということは、それなりに規模の大きな施設なのだろうが……。


「あっ、団長。調査班から一つ報告が」

「なんだ?」


 その時アイが立ち上がり口を開く。


「アマツマラは天津麻羅と言って、日本神話に出てくる神様みたいですね」

「ま、語感的にそうだよな」

「なんの神様なんでしょう? わたしは聞いたことないですが……」


 タルトの問いにアイは頷いて答えた。


「天津麻羅は八咫鏡を作った、鍛冶の神様のようです」

「鍛冶の神様。それで地下資源採集施設の名前ということか」


 なるほど、妥当と言えば妥当なネーミングだ。


「これはプロメテウス工業のタンガン=スキーさんからの情報提供です。恐らくアマツマラは生産職、特に鍛冶師にとって重要な施設になるだろうという意見も添えられています」

「ありそうだね。そうなると、生産職のプレイヤーからの関心も高まりそう」

「はい。現にプロメテウス工業、ダマスカス組合、ナイトメアクリスタル、その他の有名生産系バンドや個人の生産職が霊峰へと出発したとの報告も。それに伴い護衛依頼も沢山来ています」


 流石は大規模バンドというだけあって、情報網も広い。

 それにアイの話しぶりからして彼らは町を出入りするプレイヤーの監視のようなことも行っているらしい。


「騎士団としても稼ぎ時だね。護衛依頼は相場の二割増しにして引き受けて。通常の相場だと多分人員が足りなくなる」

「分かりました」


 アストラの指示をアイはTELで翼の砦ウィングフォートの団員に伝える。

 彼らは生産職など戦闘力を持たないプレイヤーがフィールドへ赴く際の護衛業務も行っているのだ。


「ああ、それともう一つ報告が――」


 アイの言葉の途中、突然窓を外から叩く音が小屋の中に響いた。


「っ!?」


 瞬時に臨戦態勢を取る騎士団たち。

 しかし彼らはすぐに、静かに武器を降ろした。


「どうしたんだ?」

「……レッジさん、お客さんです」


 そう言って団員の一人が身をずらし、窓の方の視線を空けた。


「ぐっ!?」


 窓の外を見た瞬間、喉を締めたような声が出る。

 いつの間にか雪山の天気は代わり、外は大粒の雪が吹雪いている。

 そんな中、窓ガラスのむこう側には一つの人影があった。


「アイ、もう一つの報告聞いても良いか?」

「は、はい。その……赤髪の兎型ライカンスロープの女性が、物凄い速度で山を登っていったと、十分ほど前に」


 アイが声を硬くして言う。

 それもそうだ、霊峰の入り口からここまで俺が走っても十分では辿り着けない。


「こんにちは、レッジさん。楽しそうで、とても、なによりですよ。ふふふ……」


 しかし窓の外に立つ人影――長い赤髪を雪で真っ白に染めたレティは、長い耳をピクピクと震わせて俺を見ていた。


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Tips

鎚使いクラッシャー

 〈杖術〉スキルのロール。敵の身体を破壊することだけを目指し、重量のあるハンマーを振り回す。一見すると衝動に身を任せた野蛮な暴力にも思えるが、身体の構造を理解する深い知識とそれを破壊するための緻密な思考、そして躊躇わない冷酷な理性を必要とする。鎚カテゴリの武器を用いた攻撃を行った際、部位破壊の成功率が上がる。また鎚使い専用のテクニックを習得することができるようになる。


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