第161話「光の六本柱」
アイの率いる部隊の〈野営〉スキル持ちプレイヤーも加わり、メラメラと燃え上がる焚き火は順調に氷塊を溶かしていった。
「一度にこんなに沢山の焚き火を見るのは初めてだな」
キャンプファイヤーというより、もはや邪教のような混沌とした様相を呈する光景を眼前にして俺は思わず声を漏らす。
「部隊での休憩でも二つか三つあれば十分なので、これは壮観ですね」
アストラへの報告を終えたアイが隣にやって来て、キャンパーたちが薪や固形燃料を焼べる様子を見ながら言った。
「しかしこんな所でアイに会えるとは思わなかったよ」
「私もまさかレッジさんと出会うとは。たまたまこのあたりの調査をしていたら、突然団長から連絡が来て驚きました」
彼女がすぐ近くまで来ていたのは全くの偶然だったらしい。
とはいえ目的は同じく次回イベントの為の情報調査だからアイの部隊も目的は果たした、とアストラは言っていた。
「レッジさん、そろそろ白樹の先が見えますよ」
アイの連れてきた調査班の中には各種採取スキルを備えたプレイヤーもいた。
彼らが溶けた氷をツルハシで割っていった結果、当初の予想よりも早く白樹の姿が現れた。
アストラが手招きして俺を呼ぶ。
「氷漬けだったのに、しっかりとしていますね」
「葉っぱもつやつやだね」
タルト、ルナのふたりもやってきて、氷の表面から少し飛び出した葉を観察する。
椿にも似た肉厚で艶のある葉はしっかりと枝と繋がっていて、まるでついさっき生えてきたかのように瑞々しい。
「さあ、もう一踏ん張りですよ!」
アイが声を上げ、騎士団を激励する。
火が焚かれツルハシが振られる。
頭頂が出てしまえば後は消化試合だ。
瞬く間に半分ほどが露わになり、やがてその全貌が現れる。
「これが〈雪熊の霊峰〉の白樹ですか……」
白い陶磁器のような木肌に触れて、アストラは密に生い茂る枝葉を見上げる。
雪に囲まれた山の奥にあるというのに太く根を張り、見掛けは広葉樹のそれだが生命力に溢れている。
『第四重要資源地候補への到達が確認されました』
『通信監視衛星群ツクヨミによる詳細探査が行われます』
『付近の調査員は回避行動を取って下さい』
その時、突然聞き覚えのあるアラートが鳴り響く。
人工音声による警告が上げられ、木の周囲に集まっていたプレイヤーたちが一斉にざわめく。
「そういや瀑布の白樹を見付けた時もこんなんだったな!」
「総員、白樹から距離を取れ! 離れていれば害はない!」
白樹から遠ざかり、アストラが腕を横に伸ばす。
数秒後、蒼穹の彼方から白い光の柱が降りてきて白樹を包む。
遅れて更に五本の光線が周囲を囲み、徐々に速度を上げつつ回転、明滅を始める。
「見るのは二回目だが、これは何してるんだろうな?」
「さあ。よく分かりませんね。放射性年代測定みたいな?」
「それってこんな感じなのか?」
「いえ、知りませんけど」
目まぐるしく動く六本の光柱を眺めながら、中身のない会話をアストラと繰り返す。
傍らの白月も二度目となれば慣れたのか落ち着いた様子だったが、
「ちょ、マフ! だめだよ、危ないよ!」
「しょこらちゃん!? あばばっ! だ、だめですよぅ!」
ルナのマフとタルトのしょこら、そしてのんびり話しているアストラががっちりとホールドしていたアーサーの三匹は興奮した様子で白樹へ近づこうと暴れていた。
アイ率いる戦闘班はいつでも事態に対応できるように武器を構え、調査班は撤退の準備を整えている。
一人だけのんべんだらりとしているのが申し訳ないくらい、その場に居る全員が何かしらの働きをしていた。
「そろそろですね」
「ああ、終わりそうだな」
そうこうしているうちに光柱の動きと明るさが落ち着き、徐々に細くなって最後には消える。
光量の落差で薄暗く見えるが、空は相変わらずの快晴である。
『第四重要資源地候補の詳細探査が完了しました』
『高濃度エネルギー蓄積ポイントを確認』
『第四重要資源地候補をポイント〈コア〉に認定』
『タカマガハラの領域拡張プロトコルによりリソース供給可用性を検討』
『地下資源採集拠点シード01-アマツマラの投下及び展開計画を策定』
『投下地点第一候補はタカマガハラにより却下されました』
『投下地点第二候補はタカマガハラにより受理されました』
『惑星イザナミ標準時間における三時間後に実行します』
周囲が騒然とする中、俺は前回とはその内容が若干違っていることに違和感を覚えていた。
「地下資源採集拠点シード01-アマツマラ? それに投下地点が第二候補に変わった……」
「レッジさん、これは一体?」
考えを纏めていると、アストラが覗き込んでくる。
この場で動けるのは俺だけしかいない。
「とりあえず三時間後、このあたりにシード02みたいな奴が飛んでくる」
「ほんとですか!?」
「ああ。だが投下地点が少し変わっているらしい。白樹の真上に落とすのは不味いって学習してくれたみたいだな」
空を見上げ、その先に停泊している筈の開拓司令船に思いを馳せる。
シード02を落とした時に俺たちが散々抵抗したおかげで、それも加味した計画を立てたのだろう。
「それであたしたちはどうしたらいいの?」
未だ興奮冷めやらぬ様子のマフを抱え、ルナが言う。
となりではタルトもまた目つきを鋭くして俺を見ていた。
「まずは投下地点の第二候補とやらを探そう。そこが安全そうなら大丈夫だし、安全じゃなかったらまた考えるだけだ」
「分かりました。――アイ、調査班を動員して周辺一帯を探索。なにか変化があればすぐにTELで知らせて」
「分かりました! 行きますよ、皆さんっ!」
アストラの指示でアイと彼女の周囲に立っていた騎士団員たちが走り出す。
それを見送ることもなく、アストラは更にスサノオに居る団員に連絡して町での情報収集を指示していた。
「ルナたちは……とりあえずマフたちを白樹の近くに。安心させてあげた方がいい」
「それもそうね。ほら、マフ行こっか」
ルナの胸の中で藻掻くマフに目をやり、苦笑する。
ルナが雪の上に降ろすと、マフは弾かれたように白樹へ駆け寄った。
タルトもしょこらを解放し、アストラもアーサーから手を離す。
「……どうしたんだ? 行って良いぞ?」
何故かアーサーだけは『ほんとに行って良いの?』とでも言いたげに後ろを振り向きつつ、恐る恐ると言った様子で白樹へ近づく。
そんな三匹の後を追って、始終落ち着いた様子の白月も付いていった。
「白月君はアーサーたちの親みたいですね」
「どっしり構えてるし、貫禄があるもんね」
アストラとルナが口々に白月を褒める。
その言葉に俺は思わず吹き出した。
「いや、でも白月も瀑布の白樹が照らされた時ガフッ!?」
言葉の途中、Uターンして駆けてきた白月の頭が腹に直撃する。
肺を押し上げられて空気を吐き、喉が詰まる。
「ちょ、白月、何を……」
よろよろと立ち上がりながら言うも、白月はふいっと首を振って白樹の方へ行く。
「ふふ、あんまり言われたくないみたいですね」
「恥ずかしいのかな」
「照れ隠しならもう少し優しくしてほしいよ」
下腹部をさすりつつ、四匹が白樹の周りを歩く様子を見る。
羽根のある二匹は枝に留まりマフもよじ登ろうとしているが、つるつるとした木肌には自慢の爪も意味を成さない。
「とりあえず皆、安心してるかな」
「そうですね。しょこらもほっとしてます」
白樹に異変がないことを自分たちの目で確認し、神子たちも落ち着きを取り戻す。
「彼らにとって白樹とは、どういう存在なんでしょうか」
「さてね。次回のイベントでそれが分かるんじゃないか?」
白月が短く鳴き、他の三匹を連れて戻ってくる。
気は済んだと言いたげに彼は俺の足に額を擦りつけてきた。
「団長!」
「っと。何か見つかったか?」
その時、崖の上からアイがこちらに声を掛ける。
アストラが応えると、彼女は頷いて彼に座標データを送った。
「行ってみましょう」
「うふふ、なんだかワクワクしてくるね!」
ルナはマフを抱き上げてもふもふとお腹を揉みながら言う。
「ああ、しょこらなんだか眠たくなってませんか? お、重たい……」
タルトが抱えるしょこらは目を細めて丸い身体を更に丸め始める。
どうやら安心して眠たくなってきたらしい。
「うん?」
不意にシャドウスケイルの裾を引っ張られて振り返ると、白月がしょこらの方を向いていた。
「タルト。白月がしょこらを背中に乗せてやるってさ」
「い、いいんですか?」
「本人がいいって言ってるみたいだからな」
頷く代わりに白月はタルトの方へ近付き、しょこらの胸に鼻先を当てる。
タルトが恐る恐るしょこらを白月の背に乗せると、白い球体が扁平状に溶けて翼で場所を固定した。
「おお……。かわいい……」
「はいチーズ。よし、行こうか」
その写真も逃さず撮った後、俺たちはアイの居る場所へ向けて山を登り始めた。
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Tips
◇
機術剣士系中級職。刀剣による激しい近接物理攻撃能力にアーツの強力な制圧能力を加えたロール。近中距離を射程とし物理と機術を瞬時に切り替えながら巧みに立ち回るには高度な判断力と情報処理能力を必要とする。扱える技も多岐に及び、その取捨選択によって多様な個性を見せることができる、良くも悪くも個人の技量に大きく依存する職種。
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