第159話「毛玉撮影会」

 分厚く降り積もった雪と思われた巨壁は、その内側に透き通った氷塊を隠していた。

 淡く青色の光を放つ氷は不自然なほどに透明で、傷一つなくそこに鎮座している。

 中に一つだけ――艶々とした緑の葉を豊富に茂らせた白樹を抱きかかえて。


「瀑布で見付けたのは新芽だったが、こっちはもう完全に成長してるな」

「何か見つかるだろうとは思っていましたが……。まさか成長した白樹が見つかるとは」


 唖然とするアストラは氷の表面にてのひらを付けて奥にある白樹を見る。

 恐らくこの氷は中までみっちりと詰まっているのだろう。

 白樹は瑞々しい生気を持ったまま、時だけが止まってしまったかのように葉先すら微動だにしない。


「これ、どうする? 氷をぶっ壊せば良いの?」

「こんなに大きな氷、叩いて壊せるんでしょうか」


 気炎を吐き二丁の銃を構えるルナとは対照的に、タルトは気弱な様子だ。

 氷は俺たちの背丈を優に超え、5mはあろうかという白樹でさえもすっぽりと覆っている。

 ちょっとした一軒家ほどの大きさがあるうえに、左右は雪山の岩肌にがっちりと食い込んでおり、奥行きに至っては確認することすらままならない。


「まあ、ものは試しです。アーサー、『流転する光』を」


 どこか楽しげに言葉の端に喜色を滲ませたアストラは、崖に止まっていたアーサーに声を掛ける。

 それに反応して白い鷲は大きく翼を羽ばたかせ、彼の身体を囲む球形のフィールドを形成した。


「――聖儀流、一の剣『神罰』ッ!」


 遅滞する時間の中でゆっくりと自己強化を施し、アストラは研ぎ澄まされた一刀を放つ。

 瞬きするよりも速く空を切った剣は氷の澄んだ表面に激突し――


「ぐっ!? これはすこし、傷つきましたね」

「おっと、アストラも冗談とか言うのね」

「いや別にダブルミーニングを狙ったわけでは……」


 氷の表面には僅かな傷が付いたのみで、砕けるどころか亀裂すら入れることは叶わなかった。

 彼の一撃は間違いなくこの場に居る四人の中でもっとも強い一撃だ。

 だからこそその事実の重さがよく分かる。


「触媒には余裕があるし、ルナたちもやってみるか? 回復はしてやるから思う存分できるぞ」

「いいの!? やるやる!」

「はわ、わたしも是非やらせて下さい!」

「じゃあ俺も俺も! ちょっと待って下さいね、今スロットを連撃コンボ重視のものに変えるので……」


 途端にやる気を出す三人。

 今日は専門の回復役ヒーラーがいないため、道中の戦闘では少しずつ我慢していたのが爆発したようだ。

 このあたりには原生生物も居ないようだし、敵も大きく動かない。


「白月、『幻夢の霧』を掛けといてくれ」


 一応、保険として白月に乳白色の濃霧を出して貰う。

 これで突然はぐれの原生生物が横やりを入れるということもないだろう。


「じゃあ三人とももうちょっと固まってくれ。うん、それくらいでいいかな。――『増幅する炉心コア・ブースト』、『増幅する力パワー・ブースト』『駆け巡る衝動トップラン・インパルス』」


 立て続けに掛けたのは、LP回復速度を引き上げ、人工筋繊維の出力と耐久を底上げし、テクニックのディレイを短縮する支援アーツだ。

 普段の狩りでは極小範囲にしか影響しないためほぼ単体向けのものとなっているこれらのアーツも、この状況なら三人同時に掛けられる。


「それじゃあ、自由にやってくれ」

「はいっ!」


 数秒後、各自が自己強化を施した後に行われたのは、まるで機関銃を幾つも並べて熱暴走すら考えずに乱射したかのような猛攻だった。

 銃が火を噴き爆発が立て続けに連鎖し、いくつもの短剣が空を舞い、鋭利な刃が氷壁を滑る。

 瞬く間に減っていく三人のLPを必死になって維持しながら、彼らの本気の攻撃という物に舌を巻く。


「こええ。アストラはともかくルナとタルトも大概凶暴だな……」


 アストラはFPO随一の大手攻略バンドのリーダーを務めるだけあって、その怒り狂う嵐のような連撃にも納得できる。

 わざわざスロットのテクニックをそれように入れ替えた彼の攻撃は、重装戦士らしい重さを持ったまま軽装戦士にすら匹敵するほど絶え間なく続いている。

 だからこそLPゲージは目まぐるしく動き回り、彼が死なないようにすることに神経を集中させなければならない。

 しかしルナの連射と連打を混ぜ合わせた攻撃もまたディレイの隙間を縫って緻密なパズルのようにコンボが組まれているし、タルトに至ってはアーツと斬撃がほぼ同時に展開されている。


「しかし、これは……」


 やがて攻撃が止む。

 だがそれは氷が砕けたからではない。

 白月の霧が晴れ、炸裂弾の黒煙が風に流され、それは露わになる。


「ここまで来るといっそ清々しいですね」

「はぁぁ、結構弾使ったんだけどなぁ」

「ぐぬぅ」


 唇を尖らせるルナと噛むタルト。

 そして僅かな苦笑を浮かべるアストラたちの前にあるのは、依然として立ちはだかる巨大な氷壁だった。


「この氷、途中から回復してたよね」

「たしかに最初の方は順調に傷が付いてたのに、そのうち全然傷が増えなくなりました」


 あの惨劇の中でもルナたちは冷静に敵を観察していたようで、発見したことを口々に言い合う。


「超硬度に急速回復能力持ちですか。これは、大人しく正攻法ではないことを認めるしかないですね」


 最後にアストラが打ちだした結論に三人で頷く。

 彼が最初に一人で攻撃した時にはすでに薄く結論は出ていたようなものだが、ルナたちも一斉攻撃に加わったことでより明確になった。


「これ以上は弾とレッジの触媒の無駄遣いね。何か他の方法を考えないと」


 ルナは腕を組み眉を寄せる。

 タルトとアストラも唸っているが、良い考えなど早々思いつく物でもないだろう。


「とりあえず、休憩するか。『野営地設置』」


 俺は氷壁の前に十分なスペースがあることを確認して、ログハウスを展開する。


「寒いところで突っ立って考えるより、暖かい室内で椅子に座ってテーブル囲んで話し合う方が、良い考えも思い浮かぶんじゃないか?」

「ありがとうございます」

「レッジが〈野営〉スキルの達人で良かったわ!」

「別に達人じゃないんだがなぁ……」


 暖炉で火を熾すと、木の香りと共に暖気が瞬く間に充満する。


「飲み物は?」

「コーヒーをお願いします」

「あたしは紅茶がいいな!」

「お、お茶をお願いしてもいいでしょうか」


 三人の要望を聞きつつ湯を沸かす。

 俺はあまりこういう時に役に立つ意見を考えるということが得意ではないから、こうして彼らの支援役に従事していたほうがいいのだ。


「白月には青リンゴな。他の奴らも何か食べるかね?」


 主人たちが頭を付き合わせている間、アーサー、しょこら、マフの三人は白月と共に柔らかいベッドの上に固まっている。

 お互いの主人について何か話でもしているのだろうか、騒がしいわけではないが微笑ましい。

 とりあえず手持ちの青リンゴとナッツ、干し肉と干し果物などの携行食を切って皿に盛り、差し出してみる。


「ほら、食べられるか?」


 最初に口を付けたのは白月だ。

 彼にとってはもはや不安や怪しさなどないのだろう。

 それに釣られるようにしてアーサー、マフ、しょこらの順でそれぞれ干し肉や果物に向かう。


「おお……。ほんとに食べるんですね」

「はー、かわいいね」

「ほんとですねぇ」


 振り返るといつの間にかアストラたちが寄ってきていて、はぐはぐと食事をする自分のパートナーを優しげな笑みで見守っていた。


「今思ったが、この中で草食なのは白月だけなんだな。アーサーとしょこらは猛禽だし、マフは言わずもがな」

「そうですね。人間――というか機械人形用の食べ物は塩気が強かったりするかもしれませんし、今度町で気に入りそうな物を探したいです」


 そんな話をしているうちに、瞬く間に大皿は空になる。

 ペロペロと鼻先を舐める白月とぱさぱさと翼を羽ばたかせるアーサーはまだ食べ足りない様だが、マフとしょこらは満腹になったのか眠たそうだ。


「うん。良い写真が撮れる」


 ベッドの上で四匹固まっている様子をファインダーに収め、連続でシャッターを切る。

 羨ましそうな三つの視線を感じたので、彼らにもデータを渡すことで納得して貰った。


「やったぁ! はやく現像したいね!」

「でも渡す前に、何かしら氷壁を崩す方法を考えようか」

「ええーっ!?」


 諸手を上げて喜んでいたルナが、一言付け加えるだけで面白いほど愕然とする。

 しかしアストラとタルトは俺の味方だ。

 二人にも頷かれ、ルナはよろよろと立ち上がった。


「うう……分かったよ。じゃあレッジ」

「なんだ?」


 がばりと顔を上げ、ルナが俺の方をまっすぐに見つめてくる。


「試して貰いたいことが二つあります!」


 そうして彼女はびしりと鋭く人差し指を俺の胸に突きつけてきた。


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Tips

◇『増幅する炉心コア・ブースト

 二つのチップを用いた初級アーツ。任意の対象を中心とした極小範囲に、八尺瓊勾玉のLP生産能力を引き上げる効果を及ぼす。〈支援アーツ〉スキルの初期に使用できるアーツであり、多くの調査開拓員にとって有用であるため長く重宝することになる。


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