第158話「氷壁の向こう」

「『同時射撃シンメトリーショット』『三点射撃スリーバースト』! 『高速装填クイックリロード』!」


 初めに二丁の短銃が三度火を噴いた。

 ルナの両腕から素早く撃ち出された六発の弾丸がユキグモの甲殻に傷を付ける。

 しかし威力に劣る短銃の攻撃は僅かに狙いも逸れ、甲殻を削ぐように軌道を曲げて貫通はしない。


「『三点射撃スリーバースト』、『爆裂弾装填』――『精密射撃デリケートショット』!」


 威力不足と瞬時に判断したルナは装填したばかりの貫通弾を撃ち尽くすとすぐさま弾薬を変える。

 そうして放った正確性を重視した一発は、的確にユキグモの脚の関節に突き刺さって小さな爆発を引き起こす。


「『二重斬撃ダブルスラッシュ』! 『急所突きウィークスラスト』!」


 大きく仰け反ったユキグモの真下に潜り込んだタルトの短剣が煌めく。

 赤いダメージエフェクトの飛沫を受けながら、彼女は間髪入れずに傷の付いた蜘蛛の顎に目掛けてナイフを突き出した。


「ルナさんっ」

「大丈夫、『マッシュクラッシュ』!」


 ユキグモの長い脚が鞭のようにしなり、二人を横薙ぎにしようと襲いかかる。

 ルナはあえてその脚へと身体を向けて拳を握る。

 丸太のような脚と彼女の拳がぶつかり合い、脚が根元からはじけ飛ぶ。


「ラッキー、部位破壊だよ!」


 喜色を帯びた声を上げ、ルナは更に調子づく。

 ユキグモの脚を蹴って駆け上り、その背中に向かって銃口を向け――


「『全弾射撃フルバースト』!」

「負けてられませんね」


 爆裂弾が連続で弾ける。

 煙幕が立ちこめ、蜘蛛ごと二人の姿が見えなくなる。


「『燃え盛る火球フレイム・ファイアボール』ッ!」


 空気が割れ、爆炎が黒煙を吹き飛ばす。

 極至近距離で炸裂した爆発が蜘蛛の硬い甲殻を砕き柔らかな身を引きずり出した。


「『解放パージ真剣威装ソードドレス』」


 硬い盾を失い脆弱な身体を露わにした蜘蛛に妖艶な笑みを浮かべたタルトが両手を広げる。

 彼女を守るように周囲を浮遊していた五本の短剣が回転し、次々に飛んでいく。


「これで、トドメだよ。『脳天打ち』!」


 勢いよく体力を削がれ虫の息となったユキグモの頭を踏みつけたルナが、右の手のひらを落とす。

 高く掲げられた左手は硬く握られ、右手で定められた照準目掛けて落とされる。

 鋭い一撃は硬い頭を割り、ユキグモは断末魔を上げることなく絶命した。


「ふぃー。これだけ景気よくテクニック使うと気持ちいいね!」


 崩れ落ちたユキグモの上から飛び下りて、ルナは清々しい顔で言う。


「盾も用意してましたけど、出番がありませんでしたね」


 タルトも戻ってきて周囲に浮かべていた九枚の半透明の板を消す。


「二人ともお疲れ様です。凄く連携が取れてましたね」


 二人の戦いを見守っていたアストラが手を叩いて賞賛を口にする。

 たしかにこれが初めての協力戦とは思えないほどに二人の動きはかみ合っていた。


「えへへ。どっちも射程が同じくらいだから動きが予測しやすかったかな」

「ルナさんがリードしてくれたので助かりました」


 二人とも中・近距離を射程に捉えた構成、戦闘スタイルであることが共通しているためか互いにどのような状況を好み好まないのかが直感的に分かるらしい。

 そのおかげで邪魔にならず射線を通し、互いの得手不得手からポジションもおのずと決まる。


「よし、ユキグモも解体はそこまで難しくないな。先に進もう」


 手早くユキグモの身体を解体し、俺たちは再出発する。

 白月はまた少し先へ立って黒い鼻先を動かしながら進む。


「集めた素材はあとで山分けでいいか?」

「はい。むしろ荷物を持ってもらってありがたいくらいですよ」

「あたしも。弾薬って結構重くて重量に余裕がないんだ」

「わたしも大丈夫ですよ」


 歩きながらコオリザルとユキグモから得られた素材を鑑定していく。

 当然のことながら見たことのない素材ばかりで〈鑑定〉スキルにも順調に経験値が入っていった。


「レッジさんは重量大丈夫なんですか?」


 雪面に溝を刻みながらアストラが言う。


「普段より小屋の建材を減らしてるからな。それにリュックも持ってるし」


 背負ったリュックを少しずらして言う。

 登山にも使えそうな大型のリュックは移動速度が落ちるというデメリットがあるが、インベントリの容量と所持重量限界を大きく引き上げてくれる優秀なものだ。

 サバイバーパックに入っていたベーシックリュックからすでに数回買い換えた後のもので、性能はかなり引き上げられている。

 これのおかげで俺は運搬用機械牛キャリッジキャトルを連れなくてもそれなりの量の荷物を運べるのだ。


「そういえば、レッジは大型リュック背負ってる割にはあたしたちと歩く速度変わんないね」

「たしかに。むしろちょっと速いような気もします」


 ルナが今気付いたと指摘し、タルトが眉を上げて頷く。


「うん? ああ、俺はBBを全部脚部速度に振ってるからな」

「ええっ!? 極振りだったの?」

「ああ。うちのバンドの仲間がそれぞれのパーツに極振りしてるから、その流れでな」


 後から加入したトーカとミカゲはそれなりにバランス良く振っているらしいが、レティ、ラクト、エイミーの三人はそれぞれ腕部、頭部、胸部に今もBBを極振りし続けている。

 俺もそれは継続しているため、気がつけばリュックの鈍足効果を打ち消してむしろそのあたりのプレイヤーよりも速いほどの歩速を得ていた。


「もうレッジさんには驚かされないと思っていましたが、まだまだ認識が甘かったみたいですね……」

「言ってなかったか? そういえばブログにも書いてなかったかな」


 割り振る先が一つに決まっているおかげでBBの更新は単純作業になっていて、最近はほとんど意識すらしていなかった。


「脚部極振りは割と理に適ってるぞ。〈歩行〉スキルなんかの行動系に補正が掛かるし、防御力低くても当たらなければいいだけだし、俺はアーツ威力も物理攻撃力もさほど重視してないし」

「たしかにレッジの構成だとそれもいいのかもね。といってもBB自体あまり重要度は高くないんだけど」


 ルナは納得してくれたらしく、うむりと頷く。

 ちなみに彼女は脚部と腕部に重点的にBBを割り振っているらしい。


「正直に言えばBBはまだ存在感の薄いシステムですからね。BBが新たなスキルやテクニック、ロール、デコレーションの獲得要件になっているんじゃないか、なんていう噂もありますが、実際にそれが見つかった例は俺も知りませんし」

「確かに、BBの更新自体しばらく忘れてたなんて人も良く聞きます」


 そのあたりの話は常に収集しているらしいアストラが言い、タルトが頷く。

 BBはステータスに掛かる補正もさほど強くなく、おまけ的な側面が強い。

 更新も専用の施設に行ってガラス管の中に沈んでと手間が掛かるから、あえてしないという選択を取るプレイヤーも多かった。


「このあたりも一度、運営にメールしてみましょうか」

「アストラは結構頻繁に意見を送ってるのか」


 翼の砦ウィングフォートでも少し話していたが、彼はこまめにFPO運営に色々な意見を送っているらしい。


「一人のプレイヤーとして楽しみたいですからね。改善して欲しいところは素直に言いますし、良いと思ったところも伝えるようにしています」

「アストラさんはFPO民の鑑ですねぇ」


 何でも無いことのように笑って頭を掻くアストラだったが、タルトは尊敬の眼差しを送る。

 彼が攻略組として活躍しているのも、根本にあるのはこの世界が好きだという強い気持ちなのだろう。

 だからこそ同好の士として彼の行動に感心する。


「俺もそういうのメモっておくかな」

「良いと思いますよ。プレイヤー目線じゃないと分からないことも多いと思いますし」


 そんな話をしつつ、雪山を登る。

 ホットアンプルを何本か飲みつつ雪を掻き分けて進む。

 時折コオリザルやユキグモの襲撃に遭いながらもそれを難なく撃退していき、ついに先行していた白月が足を止めた。


「うん?」

「白月くんが止まったね」


 突然歩みを止めた白月は、真っ白な雪の壁の前に立って後方の俺たちへ振り返った。


「ここに何かあるんでしょうか?」

「そうは言っても、このあたりは一面真っ白で特に何か目立つようなものは……」


 アストラが首を傾げ、タルトが周囲を見渡す。

 天気こそ快晴だが傾斜がキツくなった山の斜面は真っ白な雪に覆い尽くされ、距離感が麻痺しそうな光景が広がっている。


「となると、この壁ですかね」


 アストラは白月の目の前の壁に手をつき、雪を払う。

 硬く凍った雪がボロボロと剥落していく。


「――これは」

「こういうパターンもあるのかぁ」


 剥がれ落ちた雪のむこう側に現れたのは、青く透き通った巨大な氷塊。

 そしてその中に閉じ込められた――真っ白な大樹だった。


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Tips

銀月の短銃シルバームーン

 月を象った銀の装飾をあしらったシンプルな構造の回転式短銃。取り回しの良さを重視しているためバレルが短く軽量。最大装填数、射程、威力は控えめだが装填速度が速く重量が軽い。また豊富な種類の弾薬を扱える拡張性の高さも人気。最大装填数六発。使用可能弾薬、通常弾(~Ⅲ)、拡散弾(~Ⅲ)、爆裂弾(~Ⅲ)、貫通弾(~Ⅲ)、機術封入弾(~Ⅱ)、焼夷弾(~Ⅲ)、訓練用模擬弾。


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