第157話「銃と拳と剣と術」

 それぞれに好きな飲み物で身体を温めた俺たちは、心身ともに十分な休養を取れたと判断して出発することに決めた。

 小屋を片付け雪山に出ると、途端に肌を凍らせるような冷気が身を包む。

 しかしココアのおかげで温まった身体はそれを撥ね除けてくれる。


「ホットアンプルを飲まなくてもいいのは楽ですね」


 先へ先へと足を進める白月を追ってだんだん深くなる雪面を進む中、ホットコーヒーを飲んだアストラは間延びした声で言う。

 彼も防寒具を選ぶほどではないにしろ、辛いアンプルを飲みたく無かったらしい。


「まあ効果時間は30分だし、いちいち小屋を出すか焚き火を熾さないと使えないからな。次の更新は俺もホットアンプルを使う予定だ」

「30分に一回休憩でもいいんですよ?」


 タルトも快適な小屋の虜になってしまったのか、うっとりとした顔で言う。

 しかしそうもいかない事情というものがこちらにはあるのだ。


「あのログハウスはちょっと特殊でな。キャンピングセットと一緒に建材も使うんだ。で、その建材がまあまあ重たくて今日は3つしか持ってきてない」


 以前のテント――鉄の要塞は全てを一つのキャンプセットに詰め込んでいた。

 そのためカスタムには膨大なビットが必要になったし、展開にはかなりの時間を要した。

 今回のログハウスはその反省としてキャンプセットには最低限の床と壁と屋根だけを詰めて、あとは全てアセットとして後付けするという方式を取っている。

 これならインベントリと重量は圧迫するが、カスタムは自在だし展開の時間も大幅に圧縮できるのだ。


「つまり、あと2回しかログハウスが建てられないって事?」


 ルナの言葉に頷く。

 がっつりとした狩りならもっとしっかり準備をするのだが、今回は突発的だった上に様子見程度の軽い行軍だからと荷物も移動に負荷が掛からない程度に抑えている。

 レティが居れば運搬用機械牛キャリッジキャトルに荷物を預けられるから、もっとしっかりとした小屋を何回も建てることができるが今回はそうも言っていられない。


「まあそう美味しい話もありませんか。大人しくアンプルを使いましょう」


 残念そうに肩を落としながらアストラが頷く。

 ルナとタルトは自前の防寒具を持っているため防寒対策を更新する必要はないが、俺たちは大人しく辛い薬液を飲むしかない。


「ああ、そうだ」


 気を取り直して足を前に出した時、アストラが思い出したように口を開く。


「今後の戦闘はルナさんたちにも手伝って頂けるとありがたいです。俺がスロットに入れてるテクニックはどれもコストが重くて、連発もあんまりできないんですよ」


 少し恥ずかしそうに頭を掻くアストラだったが、そんな彼に向かってルナとタルトはあっけらかんとした態度で答える。


「最初からそのつもりでしたよ」

「やる気満々だったのにアストラが瞬殺しちゃったから、この行き場のない衝動をどうしようかってうずうずしてるんだよ」


 タルトは腰のベルトに吊った二本の短剣を引き抜き、ルナはスカートの下――太もものホルスターに納めていた二丁の短銃を構えて口角を上げる。

 タルトの武器はすでに知っていたが、ルナの短銃は初めて目にした。

 銀の装飾が施された銃はバレルが短く、射程よりも取り回しを重視しているようだ。


「ルナさんは銃士ガンナーだったんですか」

「ロール的には熟練銃士エリート・ガンナーだよ。でもほんとは銃格闘家ガンファイターって呼んで欲しいかな!」


 すっと半身を引き、腰を落とすルナ。

 彼女の姿勢は俺にとってひどく見覚えのあるものだった。


「〈格闘〉スキルも取ってるのか」


 思わず言葉を零すと、ルナは嬉しそうに目を細めて頷く。

 彼女の姿はエイミーが良く取っているものだ。

 たしか事前バフの一つである『修羅の構え』の発動要件にある姿勢だったか。


「正解! あたしは敵の間合いの内側に潜り込んで、極至近距離で銃を打つ近接銃撃スタイルなんだよ」


 いわゆる『銃の形ガン・カタ』という映画なんかで良く見るアレだろう。

 現実世界でやるとなると色々無理もあるらしいが、この世界ならロマンがあって非常に良い。


「でも銃って凄くお金が掛かるって聞きますよ?」


 そこへタルトが尋ねる。

 銃器は一発撃つごとに弾丸を消費するのだが、それがアーツの触媒であるナノマシンの数倍する程度には高い。

 そのため上手く扱わなければ、苦労して原生生物を倒してドロップアイテムを得ても、精算してみれば赤字だったなんてこともあるのだとか。


「まあねぇ。あたしなんかは特に特殊弾薬をよく使うからお金は掛かるかな。それを節約するために〈格闘〉スキルをサブで取ったわけだし、このコートもアンプル買うお金を抑えるためなんだよ」


 痛いところを突かれたとルナが言う。

 彼女も銃士の宿命として金欠に悩まされてはいるものの、うまくやりくりしているらしい。


「タルトは? どういう構成なの?」

「はわ、わたしですか?」


 ルナから質問を返されてタルトは耳を跳ね上げる。


「わたしは見ての通り短剣使いですね。でも攻性と防御のアーツも混ぜて戦っているので、ロールは〈機術剣士アーツフェンサー〉という複合職です」

「タルトさんも変わったビルドですね」


 タルトの説明を受けてアストラは目を見張る。

 彼や彼の仲間である銀翼の団のメンバーは皆、シンプルかつ王道なビルドだからか二人のような変則的な構成は物珍しく感じるらしい。


「いつものパーティーでは遊撃手サブアタッカーをしてるんですけど、ひとりでもそれなりに戦えるので。それに色々とできるのは面白いですよ」

「タルトは賢いんだねぇ。色々できるっていうのは行動が複雑ってことだから、結構扱いが難しいんだよ」


 少し小柄なタルトの柔らかい頭を撫でてルナが言う。

 そういう彼女のビルドもかなり忙しない動きをするものだと思うが。


「勇者ビルドに銃格闘家に機術剣士か。俺みたいな地味なビルドは少し肩身が狭くなるな」


 三人のビルドを大まかに知った素直な感想を言うと、途端にアストラたちの視線が集中する。

 三角の目に囲まれてたじろいでいると、三人は深いため息を付いて肩を竦めた。


「一応言うと、レッジさんのビルドが一番珍しいですからね」

「あたしたちの構成は全部wikiに載ってるし」

「レッジさんはもう少し自覚したほうがいいかと」

「ええ……」


 三者三様に言われて思わず口をぽっかりと開く。


「あと、俺は別に勇者ビルドではないですよ?」

「いやいやそれはないだろ」


 混乱に乗じて否定するアストラだったが、それには二人も首を横に振る。


「アストラのビルド、色々研究されてるのは知ってるでしょ? その時に付けられたのが勇者ビルドって名前よ」

「それはまあ、知ってますが。でも俺は王道な剣士系のビルドなので……」

「王道剣士の究極系みたいな意味も含めての勇者ビルド、だと思います」


 タルトとルナに詰められて、アストラは喉を詰まらせる。

 キミも俺の気持ちを分かってくれたようで何よりだ。


「あっ! ほら、白月君が戻ってきましたよ。何かあったみたいです!」


 二人の視線から逃れるようにアストラが声を上げる。

 彼が示した指の先で、先行していた白月が慌ててこちらへ戻ってきていた。


「白月、なんか連れてきたみたいだな」


 ピョンピョンと跳ねるように駆けてくる白月の背後からは、まるで除雪車が走るかのように積雪を跳ね上げて猛追する影があった。


「あれは――ユキグモですっ!」


 タルトが叫ぶのと同時に雪面が盛り上がり、その下から巨大な八足の蜘蛛が現れる。

 巨大な顎をガチガチと鳴らし、長い毛に覆われた足を巧みに動かしながら迫る蜘蛛は、赤い八つの目を煌々と光らせている。

 先ほどのコオリザルとは、体格も感じる圧力も桁違いだ。


「『真剣威装ソードドレス』『剣爛舞闘ソードダンス』『付き従う九つの盾フォロー・ナイン・シールド』――」

「『貫通弾装填』『鷹の目ホークアイ』『修羅の構え』――」


 だからこそ、彼女たちはやる気を漲らせる。

 年相応に無邪気だった少女の顔は鳴りを潜め、研ぎ澄まされた鋭利な殺意を帯びた強者の顔つきに変わる。


「回復は任せろ。思い切り暴れてくれ」

「助かるわ」

「……行きますっ!」


 次の瞬間、二人の足下の雪が弾ける。

 猛然と駆け出した彼女たちは瞬く間にユキグモの懐に潜り込み、銃口を、剣先を、その硬い甲殻へ差し向けた。


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Tips

◇『修羅の構え』

 〈戦闘技能〉スキルレベル50で習得できるテクニック。激しい怒りを内に宿し、鬼神の如き力を得る。一定時間攻撃力と攻撃速度を上昇させる代わりにLPが徐々に減少する状態を付与する。

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