第155話「神子の御技」

「それでは〈翼の盟約〉も互いに結んだことですし、早速情報を共有していきたいと思います」


 円卓に並ぶ俺たちを見て、アストラが話を先へ進める。

 彼は自分の肩に乗ったアーサーの銀に光る嘴を指先で撫でながら言う。


「アーサーの種族名は光の翼シャイニーフェザー、というのは先ほど紹介しましたね」


 俺を含めた他三人が同時に頷く。

 アストラがアーサーと名付けた鷲は、まだヒナ鳥ではあるが凜々しい表情をした雄壮な雰囲気を纏う大鷲だ。


「レッジさんはもうご存じでしょうが、お二人はアーサーの能力を知っていますか?」

「あたしはちょっとだけ。噂話程度には」

「わ、わたしもそれくらいなら……」


 俺がアーサーを初めて目にしたのはシード02迎撃作戦の時のこと。

 あのときアストラと共にシード02に挑んだアーサーは、アストラに向かって一時的にステータスを上昇させ時間を遅滞させるフィールドを展開した。

 その話自体はアストラの知名度と相関して広まっているようで、二人も曖昧ながら頷いた。


「アーサーのあの技は『流転する光』と言います。能力は各種ステータスの短時間大幅な上昇、そして周囲へ球形の時間遅滞フィールドを展開することです」

「水の中に入るようで扱いにくいって、フィーネが言ってたな」


 その時の記憶をたぐり寄せて言うと、アストラは素直に頷いた。


「はい。俺も慣れるまではかなり時間が掛かりましたよ」


 瞬間的に世界と思考の間にギャップが生じるのだ。

 生半可な訓練だけではまともに扱うこともできないだろう。


「そしてアーサーは『流転する光』とは別に、攻撃技として『射て刺す光』と『乱れ刺す光』という攻撃技を持っています」

「アーサーも狩りができるってことね」

「はい。射て刺す方は単体攻撃技、乱れ刺す方は前方扇状範囲攻撃技です」


 自分の話をされているのが分かっているようで、アーサーはどことなく表情を自慢げにしている。

 しかし冠羽がピコピコと踊っているところがまだ幼い印象で微笑ましい。

 白月が原生生物と戦っている所を見たことがない俺としては、パートナーが狩りを行うという話は驚きだった。


「とまあこんな風にうちのアーサーは三つの技を持っているんですが、皆さんはどうですか?」


 なるほど、情報共有というのはそういうことらしい。

 それならばと俺は白月のステータスウィンドウを開き、内容を確認しながら口を開く。


「白月は霧の枝角ミストホーンという種族だ。技としては『幻惑の霧』という実体のある霧へ姿を変える技があるな。これは瞬間的ではあるが足場として使える」

「便利! ていうか、ちょっと反則みたいな技ね?」


 ルナが目を見開いて言う。

 確かになかなか使い勝手の良い技で、俺も重用しているが、


「しかしその分負担は大きいみたいでな。連発はできないんだ」

「なるほど、コストでバランスを取っているわけですね」


 アストラが頷く。

 彼はディスプレイとキーボードを開いて、そこに情報を纏めているようだった。


「あとは『幻夢の霧』っていうらしいが、周囲一帯の原生生物から見つかりにくくなる霧を自分の周りに撒く技もある」


 これは今ステータスウィンドウを見て初めて名前を知った技だ。

 この技のおかげで白月は単独であろうとも危険な原生生物の闊歩するフィールドを悠々と歩き回れるらしい。

 しかも『幻夢の霧』は〈鎧魚の瀑布〉のような水場ではノーコスト、常時展開も可能と書かれてある。


「それはつまり、霧の中に入ってさえいれば自由に活動が可能ということですね?」

「まあな。見た目だと真っ白な霧が結構な濃度で出てるからプレイヤーからは見つかりやすいし、なにより中からの視界は劣悪だが」

「それでも、とても便利な技だと思います。霊峰でもそれがあればもっと楽だったんじゃないかなぁ」


 パタパタと垂れ耳を揺らしてタルトが言う。

 俺はまだ足を踏み入れていないため知らないが、〈雪熊の霊峰〉は敵の数も強さも高めに設定されているらしい。

 『幻夢の霧』は言ってしまえば移動できるテントのようなものだ。

 その利便性はこの場にいる誰よりも俺が分かっているだろう。


「しょこらはどんな技を?」

「はわっ!? え、えと、『冷気の鎧』ていうダメージカットバフを掛けてくれます。あ、あとは『凍結の剣』というダメージアップと凍傷の状態異常を付与する効果を武器に付けるバフも」

「なるほど。しょこらさんは支援系の技を揃えてるんですね」


 おどおどとしながらもしっかりと説明をするタルトに、アストラはニコニコとしながらメモを書き進める。

 タルトのパートナーである風の爪ブラストクロウ――白いふわふわとした梟のしょこらは、どうやら攻撃に秀でたアーサーとは違って能力を強化する支援職のような働きをしてくれるらしい。

 白月も攻撃に秀でているとはとても言えないが、彼ともまた性格は違う。


「最後はあたしね。マフは雷の牙ライトニングファングっていう種族ね。ほら、実は牙が金色なのよ」


 ルナはマフの口端を指で引っ張り、その下に並ぶ金色の歯を見せる。

 鋭く尖った牙は確かにキラキラと輝いていた。


「持ってる技は『雷鬼の領域』と『雷鬼の鉄牙』よ」


 マフのもふもふとした短い腕を持ち、ゆらゆらと動かしながらルナは言う。

 当のマフは嬉しそうに身じろぎしつつもされるがままだ。


「『雷鬼の領域』はマフの周囲に落雷するフィールドを展開する技ね。雷自体のダメージはあんまり無いけど、打たれた敵は感電の状態異常を付与されるわ」

「感電? 聞いたことのない状態異常ですね」


 ルナの説明にアストラが首を傾げる。

 俺も耳にしたことのない、恐らくは未知の状態異常だ。


「感電状態の敵は一定時間防御力が下がるのよ。あと、『雷鬼の鉄牙』みたいに麻痺させる攻撃が掛かりやすくなるわ」

「なるほど。『雷鬼の鉄牙』は対象を麻痺状態にさせる攻撃ですか」

「ええ。だからそうね……マフは敵にデバフを付けるのが得意な子よ」


 じゃーん! とマフを万歳させながらルナが言う。

 彼女は今までで随分打ち解けてきたようで、初めの印象から比べるとかなり物腰が柔らかくなっていた。


「アーサーは攻撃、しょこらは支援バフ、マフは妨害デバフか。白月は……なんだろな?」


 椅子の下で眠る白月を見下ろして首を傾げる。

 支援と言えば支援だが、直接戦闘に関わるようなものではない。


補助サポートといった所でしょうか。たしかに戦いに直接関わるわけではないですが、それ以外のフィールド活動ではとても助かりそうな技ですし」

「わ、わたしもそう思います!」


 アストラが提案し、タルトが賛同する。

 ルナも頷き、俺もすんなりと納得することができた。


「なるほど、補助サポートか。俺にぴったりじゃないか」


 白鹿庵の世話係を自認する俺にとってはまさに相性抜群だろう。

 まるで図ったかのようにぴったりだ。


「そういえば三人はそれぞれどんな風に出会ったんだ? 俺は白月に案内されて瀑布に落ちている隕石をぶっ壊したんだが」


 俺はふと気になった、それぞれと神子の馴れ初めについて聞く。

 さっきは神子のパートナーに選ばれた四人に特定の条件は見当たらないと言ったが、もしかしたらこれがトリガーだったのかもしれない。

 しかし、


「俺は断崖を飛び下りている時に出会って、なぜか懐かれました。隕石とは関係がありませんね」

「あたしは草原を歩いてる時に木の上でお昼寝してるマフを見付けて、一緒に寝てたら仲良くなったわ」

「わ、わたしは霊峰のコオリザルに追いかけられている時に助けられました」


 三人が語る出会いはどれもバラバラで、やはりそこに共通点は見出せない。


「それじゃあ各地の隕石はどうなってるんだ?」

「既に採掘師によって壊されていると聞いてますね」


 つまりは隕石の下に何かが押しつぶされているわけでもなく、特に進展があるわけでもなかったのだろう。


「四つのフィールドが解放された時、アナウンスがあったよな」

「特別任務が実装された時の話ですね」


 アストラの的確な返事に頷く。

 〈鎧魚の瀑布〉が他三つのフィールドと共に実装された時、ゲーム内ではツクヨミの第二次広域標準探査が終わったという通達があった。

 その時、タカマガハラによって重要資源地候補が四つ設定されたのだ。


「瀑布の重要資源地候補はウェイドの下にあるレイラインですよね」

「ああ。そしてウェイドの完成と同時に特別任務も達成された」

「他三つの特別任務については、目立った進展はありません。肝心の重要資源地候補地点へと到達したプレイヤーがいないんです」


 同時に任務が発令されたというのに、〈鎧魚の瀑布〉以外のフィールドの開発は停滞している。

 無数のプレイヤーが日夜血眼で探し回っているのにもかかわらず、だ。


「その重要資源地候補と神子は、やはり関係があると思う」

「つまりは次のイベントともって事よね」


 ルナの言葉に頷く。

 そして俺は椅子の下で穏やかに寝息を立てる子鹿をちらりとのぞき見た。


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Tips

◇状態異常;麻痺

 全身を硬直させる状態異常。石化ほど長時間に渡る効果はないが、麻痺毒やアーツなどによって比較的手軽に扱うことが可能。相手を一方的に攻撃できるとても有利な時間を作ることが可能であるため、敵味方ともに扱う機会の多いポピュラーな状態異常の一つ。


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