第154話「翼の盟約」

 アストラは円卓に座る俺たちの顔を順に見て口を開いた。


「まずは次回イベントの詳細について。運営からの告知以上の事を知っている人はいますか?」


 タルトとルナが顔を見合わせ、同時に首を振る。

 俺も彼女たちと同じく公式に発表されたもの以外の情報は持っていない。

 それはアストラも承知の上だったようで、彼はさして驚く様子もなく頷いた。


「まあまだ三日以上ありますからね。〈大鷲の騎士団うち〉の偵察部隊が四つの土地の詳細な調査をしていますが、未だに既存の情報以上のものは得られていません」

「祠も見つかってないんだろう?」


 アストラは頷く。

 今回のイベント〈特殊開拓指令;白神獣の巡礼〉のキーポイントとなる〈白神獣の祠〉と思しき物体は、未だどこのフィールドからも発見されたという話は聞けていない。

 恐らくは大勢の予想通りイベント開始と同時に出現するのだろう。


「団員からはアーサーが何か知ってるんじゃないかという意見も上がってますが……相変わらずですね」


 彼は自分の肩に乗り髪の毛の下に隠れるアーサーを見て苦笑する。


「あたしもマフに聞いてみたけど、知らないみたいだね」


 ルナは膝の上に載せたマフの顎を指先で撫でながら言う。


「わ、わたしも……。しょこらちゃんも知らないよね?」


 タルトはパタパタと耳を揺らしてしょこらを見下ろす。

 まるで箝口令でも敷かれているかのように、白獣たちは祠について何も反応を示さない。


「……青リンゴ」

「!!」


 小さく呟くと、途端に椅子の下から角が飛び出す。

 キョロキョロと俺の手のあたりを探る白月に、インベントリから取り出した青リンゴのスティックを差し向けると、ポリポリと勢いよく食べてしまった。


「別に言葉が分からないわけではないんだろうな。むしろかなり賢いと思う」


 別に食べ物の名前の音を覚えているというわけではなく、戦闘中の複雑な指示も的確に聞き分けているしそれを元に行動してくれる。

 そこいらの原生生物と比べれば遙かに知性は上だろう。


「……あの」


 その時、アストラが小さく声を漏らした。

 そこで初めて俺は周囲の三人が俺の方へ視線を向けていることに気がついた。


「え、ど、どうしたんだ?」


 突然注目され驚きつつ首を傾げる。


「白月君って……、ていうか神子ってごはん食べるんですか」


 タルトが声を震わせながら言う。

 大きな瞳が丸く開かれ、ペロリと鼻先を舐める白月を見ていた。


「そりゃ食べるだろ。白月たちも生きてるんだし」


 まあ定期的に食べないといけない、というよりは食べることもできる、くらいの話みたいだが。

 その辺はゲームとしてのスマートさとのトレードオフなのかもしれない。


「……少なくとも俺はアーサーに食べ物を与えたことはありませんね」

「あたしも。マフもなんか食べたい物あった?」

「しょ、しょこらちゃんもお腹空いてたんでしょうか」


 愕然とした様子でそれぞれのパートナーの顔を伺う飼い主たち。

 今までそういう発想が無かったのか、食べ物を与えたことが無かったらしい。


「まあ俺も白月に初めて食べ物をあげたのは最近だよ。〈白鹿庵うち〉のメイドロイドにもついでにあげたんだが、二人とも気に入ってくれてた」

「め、メイドロイド!? NPCも食べ物を食べるんですか!」

「お、おう。そりゃあ基本は同じ機械人形だろうし……」


 円卓に身を乗り出すアストラにたじろぐ。

 確かにNPCが自発的に食べ物系アイテムや料理を食べている所を見たことはないが、食べ物を渡すと――とりあえずうちのカミルは――嬉しそうに食べてくれる。

 基本的な機体の構造は俺たちと同じということだし、当然と言えば当然なのだ。


「なんか、レッジさんが有名な理由が分かった気がするよ」


 ルナが少し疲れたような笑みを浮かべて言う。

 有名な理由とはいったい……。


「ちなみにレッジさん、この情報は掲示板などに書き込んだことは?」

「そういえば無いな。書き込むほどのことでもないかと思って」

「……そうですか」


 なぜかどっと疲れたような顔でアストラは肘を突く。

 そうして彼は組んだ手の上に顎を乗せて言う。


「以前、掲示板にNPCからスキルを教えて貰ったという報告がありました」

「ああ、あれも俺だな」

「……」


 せっかく話題が進み掛けたのにまた沈黙に戻ってしまった。

 俺がカミルから〈家事〉スキルを習ったことを話すと、アストラたちは穏やかな表情で頷いた。


「そうでしたか。まさかこれもレッジさんだったとは」

「すごいです!」


 ちなみにあの日以来ちょくちょくスキル上げもしていて、カミルに自分の仕事を取るなと怒られている。


「その時レッジさん、調教師に教われば動物を手懐けることもできるという旨を書き込んでいましたよね」

「たしかにそんなことを書いた覚えはあるな」

「ですが、今の今までそのようなスキルを習得した、それどころかNPCの調教師を見付けたと言う話すら聞いたことがないんですよ」

「そうなのか」


 アストラの言葉に少なからず驚く。

 カミルが言っていたことに嘘は無かっただろうし、それならば遅かれ少なかれFPOの熱心なプレイヤーたちによって実証されると思っていたからだ。


「ですから俺は、今回のイベント中かその後に件のスキルとNPCが実装されるのではないかと思っています」

「なるほど。あたしたちのパートナーはその前段階ってことだね」


 アストラの言葉にルナが頷く。

 冷静に考えて、膨大な数のプレイヤーが遊ぶゲームでたったの四人にしか与えられていないパートナーというのは不公平の塊だ。

 ならば遅かれ早かれそれを解消するため何らかの措置が取られる、というのは納得できる理論だった。

 白月やそのほかの神子たちは新たなスキルを実装するための布石ということだ。


「まあ、そんなものに何故俺たちが選ばれたのかは分からないんですけどね」

「確かにな。俺も瀑布に最初に立ち入った訳でもないし、何かしら特殊な条件を満たした訳でもない」

「あたしやタルトちゃんなんかは二人ほどの有名プレイヤーじゃないしね」

「そもそもわたしは、FPOを始めたのも最近です……」


 何故俺たちが神子のパートナーに選ばれたのか。

 そこに何か運営の意志が働いているのか、偶然にも特定の条件を満たしていたのか、はたまたただの偶然なのか。


「今のところこの四人の中に共通点は見いだせないですね」

「そうだなぁ。ビルドも立場も色々違う。イベント中に大勢のプレイヤーに対して何かできるのはアストラくらいじゃないのか?」


 ルナはソロ専らしいし、タルトは見たところあまり人付き合いの得意なタイプではなさそうだ。

 俺は言わずもがなである。


「そもそも、イベント中あたしたちは何をすればいいの?」

「そ、そうですね。わたし、皆の前で喋るなんてできません」


 二人も困惑している様子で首を傾げる。

 前提となりそうなイベントの情報が何もないというのが、この会談が殆ど進まないことの原因だった。


「それは今後の調査と運営からの情報次第ですね。何も分からないままイベントが始まる、ということも可能性としては大いにあります」

「それじゃあどうするんだ?」

「今回は神子持ち同士のコネクションを繋げることが目的ですね。なので、皆さんそれぞれにフレンド登録をして頂ければ、と」


 なるほど。

 つまりは今後何かの情報を掴んだら共有し、トラブルに見舞われたら互いに支援する協定を結ぶということだろう。


「パートナーは町中でもずっと連れてるからね。あたしたちが神子持ちってことは沢山の人が知ってると思う」

「け、結構声も掛けられちゃいますから……。わたしは何も知らないのに」


 そういうこともあるのか。

 俺は声を掛けられたことがないのは、幸か不幸か。

 ひとまず俺たちはアストラの言葉に従って互いにフレンド登録を済ませる。


「今回のイベントは正直、俺たちにとってかなり面倒なものになると思います。そこはちゃんと運営にも意見を送ってますが」

「まあ、俺たち四人に負担が掛けられてるもんなぁ」


 何か凄い報酬があれば良いというわけでも無い。

 その点だけは、運営がまだ幼い故の反省箇所だろう。


「そういうわけで皆さん、何か困ったことがあれば――別に神子関連じゃなくてもいいので、他の三人に協力を持ちかけて下さい。俺もできる限り対応しますよ」


 アストラが見渡して言う。

 FPO最大規模の攻略ギルドのトップがその言葉を言う安心感はルナやタルトにとっても段違いのものだろう。


「俺も微力ながら。アストラは忙しいこともあるだろうけど俺は基本昼間からログインしてるし暇だ」


 対する俺はただの最低人数スレスレの小規模バンドを率いているだけの一般人だ。

 一部界隈では有名になってきているようだが、アストラと比べれば雲泥の差である。

 彼が忙殺されて動けないと言う時でも多少は自由が効くはずだ。


「あたしも、って言いたいところだけど助けられる側になりそうかな。毎日どっかのフィールドを歩いてるし、何か見付けたらすぐ報告するよ」

「わたしもお世話になる方になると思います……」


 女性陣二人も頷き、約束が結ばれる。


「それでは協定の名前を決めましょうか」

「それいる?」

「いりますよ!」


 何故かアストラが突然鼻息を荒くして円卓に手をつく。


白き盟約ホワイト・コード、四獣協定、四つの牙。ふむふむ、悩ましいですね」


 隣から聞こえる単語の数々に俺は思わず天井を見上げる。

 そういえばこの荘厳な建物の名前は彼が付けたとアッシュが言っていたか。


「アストラ、多分うちのラクトと気が合うよ」

「そうなんですか?」


 熱心に考え込んでいたアストラがきょとんとする。

 一度正式に二人を会わせてみるのも面白いだろう。


「現実の協定とか協約だと、締結した場所の名前を付けるよね」


 そういえば、とルナが言う。


「えっと、このお屋敷の名前って……翼の砦ウィングフォートでしたよね」


 少し顔を強張らせてタルトが言う。

 それを聞いたアストラはぱぁっと表情を明るくして、白い歯を爽やかに覗かせた。


「そうですね。では今回の協定は――翼の盟約にしましょう!」


 協定とはとか色々言いたいことはあったが、まあいい。


「分かったわ。白き盟約ホワイト・コードよりは恥ずかしくないし」

「はわぁ……。わ、分かりました」


 ルナとタルトも納得し、正式に翼の盟約に名前が決まる。

 まあこれをどこかで大々的に公表するわけでもないし、と俺も頷いた。


「それじゃあ、掲示板とwikiと大鷲の騎士団ホームページに翼の盟約について書いておきますね」

「なんでだよ!?」


 いそいそとディスプレイを開くアストラに思わず大きな声が出た。

 彼は少し驚いたようだが、すぐに事情を説明する。


「今後、神子関連の質問は全て掲示板の専用スレッドか大鷲の騎士団のホームページに設置したメールフォームから送って貰うことにします。それはまず俺が対応しますし、できないことは俺からお三方に問い合わせます」

「なるほど。それなら俺たちに声が掛かることも少なくなる、と」

「そういうことです」


 任せて下さい、と親指を立てる青年。

 彼は俺が思っている以上に優秀で、様々なことを深く考えているのだろう。

 爽やかな笑顔の裏でどのような激務をこなしているのかを考えて、俺は自分のことを少しだけ恥じたのだった。


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Tips

翼の砦ウィングフォート

 最大手攻略バンド〈|大鷲の騎士団〉が本拠地としてスサノオに構える巨大な館。拡張された内部は600人以上の人員が収まるほどの空間を備え、各種生産系スキルに応じた工房や模擬戦用の修練所、幹部級バンドメンバーの執務室などの設備を揃える。雇用しているメイドロイドは下級だけでも100人を越え、更に下級メイドロイドを統括する中級、中級を統括する上級メイドロイドというものも存在する。維持費も含めて全てが規格外。


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