第153話「翼の砦にて」
アストラと会談した二日後、俺は久方ぶりに始まりの町スサノオの地を踏んでいた。
理由はもちろん先日の続きで、アストラが白月たち神子をパートナーとしているプレイヤーが集まる場を整えてくれたのだ。
「さて、このあたりの筈だが……」
事前に教えて貰った住所と地図を見比べながら、スサノオの雑多な町中を進む。
周囲に立ち並ぶのは背の高いビル群で、その足下を縫うように歩いていると押しつぶされそうな錯覚をしてしまう。
「お、見付けた。おーい、レッジ!」
心細くなりながら歩いていると、突然通りの奥から名前を呼ばれる。
聞き慣れない声に首を傾げながら前方に目を凝らすと、ビルの影から襤褸切れのようなコートを着込んだ怪しい風貌の青年が手を振っていた。
「アンタは……えっと、銀翼の団の……」
ギザギザとした犬歯を覗かせて笑う、頭に濃緑のバンダナを巻き付けた姿は見覚えがある。
記憶を辿りキーワードを口にすると、青年はそうだと頷いた。
「アッシュだ」
「そうそう。確かケット・Cと同じ軽装戦士だったな」
「そんな覚え方してんのか……。まあいいや、アストラから頼まれてるからな。拠点まで案内してやるよ」
アッシュはそう言ってくるりと背中を向ける。
彼を追いながら俺は慌てて声を掛けた。
「拠点ってどういうことだ?」
「うん? 聞いてなかったのか。オレたち〈大鷲の騎士団〉の本拠地、
「う、
アッシュの言葉を繰り返すと、彼は渋い顔になって目をそらす。
「文句はアストラに言ってくれ。名付け親はアイツだからな」
「いや、かっこいいと思うぞ」
「……ほんとかよ」
入り組んだ通りを進みながら、軽く会話を弾ませる。
アッシュとはあまり話したことがなかったがなかなかどうして気が良く合う。
「なるほどな。アッシュはケット・Cよりもうちのミカゲの方が傾向的には近いのか」
「そうさな。つってもあそこまでニンジャニンジャしてはねぇぞ。イメージは精鋭ゲリラ部隊員なんだ」
そう言って彼は羽織っているコートを揺らす。
様々な緑がマーブルに混じるそれは、ギリースーツのような役目を持っているらしい。
一撃重視のクリティカルアタッカー。
彼の得物は射程の短い短剣カテゴリの武器と、投擲用のダガーで、急所を的確に狙う最小限の動作で仕留めることを意識しているのだとか。
「銀翼の団の中で一番団体行動に向いてないのさ。だから普段は一人で狩りに出かけてる事の方が多い」
「そうなのか。アストラたちはいつも一緒に行動していると思ってたよ」
「他の奴らはそういうことも多いけどな」
言いながら、アッシュは唐突に立ち止まる。
「ほら、着いたぞ。ここが大鷲の騎士団の本拠地だ」
「ここが……」
それは鋼鉄の館だった。
5階建ての首裏が痛くなるような高層建築で、壁には数えるのも億劫なほどの窓が無数に並んでいる。
更に館全体は背の高い塀にぐるりと外周を囲まれ、中には緑の溢れる庭園が隅々まで整備されていた。
「でかいな」
「そりゃあ天下の大鷲の騎士団様だからな。構成員はそろそろ600人を超えるし、これくらいの面積はないと色々不都合も出てくる」
「ろっ!? 白鹿庵の100倍じゃないか」
「伊達に最大手攻略バンド名乗ってねぇってこった」
意気揚々と立派な門をくぐるアッシュに続き、まっすぐに伸びる幅の広い道を歩いて大きな両開きの扉にやってくる。
「ちなみに、中はもっと広いぜ」
「たまにある空間が歪んでる建物か」
ベースラインに含まれる一部のNPCショップなど、混雑が予想される施設は内部が見掛けよりも広くなっていたり、いくつかの平行世界的な空間に繋がっていることがある。
この
「すごいな……」
賃貸にしても買い切りにしても、目玉が飛び出るような金額には違いない。
大鷲の騎士団のような名実共に最大手バンドでなければ手が出ない物件なのだろう。
「会議室はこっちだ。まあバカみたいに広いが移動は楽だから安心してくれ」
呆けている俺に声を掛け、アッシュは広間の奥へと進む。
突き当たりの壁はエレベーターホールのようになっていて、コンソールを携えた扉がいくつも並んでいた。
アッシュはそのうちの一つの前に立ち、コンソールを操作する。
すぐにベルの音と共にドアが開いた。
「こっちだ」
「お、おう」
嫌でも緊張してしまう豪奢な空間から逃げるように、狭い小部屋へと駆け込む。
扉が閉まると同時に部屋全体が揺れ、どこかへ移動しているようだった。
「これに乗れば、砦の端から端でも3秒で移動できるんだ」
得意げなアッシュの言葉の直後、再度ベルが鳴りドアが開く。
そこは先ほどの広間ではなく、幾分落ち着いた雰囲気の扉が並ぶ長い廊下だった。
「ほら、目の前のドアだ」
No.1と刻まれた金属のプレートが掛かっている扉を指さしてアッシュが言う。
「アッシュは入らないのか?」
「呼ばれてないからな。オレの仕事はここで終わりだよ」
そう言って彼はエレベーターの中からひらひらと手を振った。
薄々感じてはいたが、どうやらこういった話し合いのようなものは好みではないらしい。
「もう三人とも揃ってるはずだからな。ま、大将によろしく頼むよ」
そんな言葉と共にエレベーターの扉が閉まり、人気の無い廊下に一人取り残される。
「しかたないか」
腹をくくり、ドアの前に立つ。
恐る恐るノックをすると、すぐに中からアストラの声が返ってきた。
「お邪魔します」
「こんにちは」
室内は予想に反してさほど広くはなかった。
靴の沈みそうな絨毯敷きは相変わらずだが、ギラギラと眩しいほどの照明はない。
中央には重厚な木製の円卓が置かれ、その奥にアストラはいつもの出で立ちで座っていた。
「ご足労頂きありがとうございます」
アストラが立ち上がって言う。
そこまで言われるほどのことじゃないと、俺の方が取り乱してしまった。
「適当な席に……と言ってももう一つしかないですね」
苦笑しながらアストラは自分の隣の席を指し示す。
円卓には彼の他に二人――白い梟を抱えてプルプルと震える若い少女と、膝の上で白い虎を寝かせている派手な装いの少女が並んでいる。
「この二人が……」
「はい。それぞれ霊峰と草原でパートナーを得た方々です」
椅子に腰を下ろし、集まった面々を見渡す。
アストラの肩にはキリリとした目つきをしたアーサーが留まっている。
白月は緊迫した雰囲気など知らぬと言った具合で早速椅子の下に潜り込むと、身体を丸めて瞼を降ろしてしまった。
「これで全員集まりましたね。まずは皆さん、貴重な時間を頂きありがとうございます」
四人が揃ったのを確認してアストラは深々と頭を下げる。
ゲームの中では誰もが対等という建前があるとはいえ、彼は影響力のある大規模バンドのトップには珍しいほどに物腰が柔らかく礼儀正しい。
「まずは手始めに自己紹介からいきましょうか。俺はここのバンドリーダーを務めているアストラです。パートナーは
彼の言葉に合わせるように、アーサーが首を振る。
アストラの事を知らない人はいないと思ったが、事実俺以外の二人も特に驚くような素振りは見せなかった。
アストラの視線が俺に向かう。
次は俺、ということだろう。
「あー、俺はレッジ。〈白鹿庵〉という小さなバンドのリーダーをしてます。アストラと違って俺のことは知らないと思うが、名前くらいは覚えてくれると嬉しい。――ほら、こっちにこい。コイツはえーっと……
自己紹介なんて久しくしていなくて少しまごついてしまった。
ていうか改めて白月の種族名を見たが、ミストホーンは霧の枝角と書いてそう読むらしい。
抱きかかえて三人にお披露目した白月を床に降ろすと、彼はいそいそと椅子の下に戻っていった。
「次はあたしか。名前はルナ。バンドとかパーティーとかは組んでないから、ソロ専って言うのかな。こっちは
小さな白虎をテーブルの上に持ち上げる少女。
長く編み込んだ髪はアストラと同じような金髪で、ぱっちりと大きく開いた目は鮮やかなオレンジ色だ。
白いブラウスに革の胸当て、丈の短いスカートと、〈大鷲の騎士団〉副団長のアイとはまた違った方向での姫騎士のような可愛らしい雰囲気を醸している。
「はわ、わたしはタルトと言います。あぅ、えと、こ、この子はしょこらです。ああっ、ぶ、
最後の一人は亜麻色の柔らかな髪の間から垂れた耳が特徴的な犬型ライカンスロープの少女だった。
おろおろと怯えた様子で、しょこらと呼ぶ白い梟を持ち上げて見せる。
しょこらは青い爪の先まで脱力してされるがままになっていた。
「わたしはお友達とパーティーを組んでて、普段はみんなと遊んでます」
最後に控えめにそう付け加えるタルト。
金属製の軽鎧と腰に下げた二振りの短剣を見るに、気弱そうな雰囲気に反して連撃を主体とする軽装戦士らしい。
「それでは全員の名前と顔を覚えたところで、早速本題に入りましょうか」
タルトがやりきったと言わんばかりに大きく息を吐くと、アストラが人懐こい笑みを浮かべて話を進める。
そうして和やかな空気のまま、会談は開かれた。
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Tips
◇軽装戦士
装備重量が所持重量限界の1/3未満の近接物理戦闘職のことを指す。重装戦士と比較すると防御力は心許ないが、代わりに俊敏性に勝る。双剣などの手数で攻める戦法や、一撃離脱の急所を狙う精密攻撃で攻める戦法などがある。中にはアーツを交えたトリッキーな戦法を採用する器用な者も。
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