第152話「珈琲と白神獣」
場所は変わり、ウェイドの新天地二号店。
俺は窓際のボックス席に腰を下ろし、そこでアストラと顔を合わせていた。
レティたちは白鹿庵で情報を集めていたり、町で買い物をしていたりと自由に過ごして貰っている。
流石にずっと六人で行動するのはお互い窮屈なのだ。
「悪いな、わざわざ来てもらって」
「いえ。俺はずっと霊峰の方に行っていてウェイドは全然見られていなかったので、むしろ丁度良い機会でした」
爽やかな笑みと共に白い歯を覗かせるアストラの傍らには、白月と同じ純白の羽根を持つ大鷲が控えている。
彼は精悍な顔つきでさっきから微動だにせずこちらを睨んでいた。
まあ不動具合で言えばうちの白月もさっきからテーブルの足下でくうくうと寝ていて一切動いていないのだが。
「それで第2回イベントだったか」
それぞれの飲み物も揃い、早速本題に入る。
「はい。第2回イベント〈特殊開拓指令;白獣神の巡礼〉というものが、一週間後から始まるんです」
「みたいだな。一応、公式からの告知は流し読んだ」
公式ホームページに掲載されていたニュース。
そこに書かれていたのは、アストラの言ったイベントが開催されるという予告だった。
「瀑布、霊峰、草原、断崖、四つのフィールドに点在する〈白神獣の祠〉を回るスタンプラリー形式のイベントだったな」
「はい。それぞれの祠には“守護者”と呼ばれるボスエネミーがいるらしく、それに立ち向かう必要があるようですね」
「守護者ねぇ。……そもそも祠なんてフィールドにあったかね」
「イベントが始まったら出現するんじゃないでしょうか」
アストラの言葉になるほどと頷く。
しかしどうにも少しだけ引っかかる所もあった。
「そういう不自然なことを、ここの運営がするかね?」
「……確かに少し不自然かもしれないですが」
「ま、他に方法もないか」
自分で言ってなんだが、あくまでもここはゲームの世界だ。
イベントは日常と切り離された時空なのだと考えればその程度は許容範囲内なのかもしれない。
そもそも前のイベントの蟹たちすらどこからやって来たのかよく分かっていないのだ。
「しかし、スタンプラリーと言いつつ各地のボスクラスエネミーの撃破なのか。戦闘職向けのイベントかね」
「今のところそのように見ている人が多いですね。まあ戦闘職が活発になれば装備やアイテムを作る生産職も間接的に盛り上がりますし」
「たしかになぁ」
暁紅の侵攻も戦闘職がメインを張ったイベントだったが、バリケードを構築したダマスカス組合や列車で轢き殺したプロメテウス工業、ネヴァのように荒稼ぎした個人勢も多く居る。
剣を振れば刃は鈍るし、鎚で叩けば欠け歪む。
ダメージを受ければアンプルで回復するし、料理を食べてステータスを強化する。
生産職が居なければ戦闘職は満足に戦えないし、戦闘職が居なければ生産職は素材を得られない。
「そういえば、アストラの武器はどこで鍛えて貰ったんだ?」
彼が常に背負っている大剣に視線を向けて尋ねる。
銀と青の鞘に収まる肉厚な両刃の剣は、ずっしりと重量感があって勇ましい。
一線で活躍するアストラが愛用している剣と言うことは、そこらの鍛冶師が戯れに打ったような量産品ではないのだろう。
「これですか? ムラサメさんに打って貰ったんですよ。何度も強化も重ねていて、かなりピーキーな性能になってるんですが」
シャラリと鞘から引き抜いて、銀に輝く刀身を露わにする。
鏡のように滑らかな表面はよく手入れがされているのか傷一つない。
「ムラサメ……」
はて、どこかで聞いたような。
「ああ、迎撃作戦の時に声を上げてくれたあの人か」
「あはは。ムラサメさんの名を聞いてそんな反応をしたのはレッジさんが初めてですよ」
「そうなのか?」
首を傾げると、アストラは頬を掻く。
「あの〈名工〉ムラサメといえば、知らぬ者はいない職人です。武器だけに情熱を注ぐ生粋の
「ほほう。あの人そんなに凄かったのか」
見た時の印象は草臥れた作務衣を着た豪快な青年といったところだったが。
「ムラサメさんに刀剣を作って貰おうと思っても、ツテがないと1ヶ月くらいは待たないといけないんじゃないですかね」
「そんなに……」
「そもそもあの人に気に入られないとダメっていう話もありますし。俺だってこれを作って貰えたのは幸運なんですよ」
アストラは丁寧に剣を鞘に戻し、背中に戻す。
俺なんかは戦闘の直前まで槍はインベントリにしまっているが、彼がそうしないのはそれだけの思い入れがあるからなのだろう。
「……背中に剣背負ってたら、そのマント邪魔じゃないか?」
「これですか? そういう所は都合良くすり抜けるみたいで、あんまり気になりませんね」
剣と共にアストラのトレードマークになっている青いマント。
剣を出し入れする時に引っかかりそうなものだが、そこは上手いことなっているらしい。
「とりあえず、今回のイベントはアストラたちが活躍しそうだな。戦闘職なんだし期待してるぞ」
コーヒーを口に運びつつ言う。
白鹿庵もイベントに参加はするだろうが、先陣を切るのはアストラたちだろう。
そう思っての言葉だったのだが、予想に反してアストラは曖昧な表情を浮かべる。
「何を言ってるんですか。今回はレッジさんも重要人物になるんですよ」
「……そうなのか?」
「言ったじゃないですか。今回のイベントは俺のアーサーやレッジさんの白月がキーになるって」
「そういえば、そんなことも言ってたな」
最初にTELを貰った時の事を思い出す。
そのあと公式の告知なんかを読んだりして、そこには書いていなかったから忘れていた。
「結局それはどういう意味なんだ?」
「〈白神獣の祠〉を巡る時神子がその案内をしてくれる、という話があるようなんですよ」
「神子?」
テーブルの下で丸まる白月を見下ろす。
俺の元を片時も離れないとはいえ、一日の大半を眠って過ごしているこの子鹿が神子のようには見えないが……。
「今までパートナーの能力は不明ですし、俺たち以外に二頭目の個体を連れているプレイヤーというのも聞きません。今回のイベントでそういう所に焦点が当たるんじゃないかと」
「なるほどな。白い神の獣……。白い獣ではあるか」
イベント名とリンクするところもある。
恐らくアストラの言っていることは当たっているのだろう。
「となると、今回のイベントは苦労しそうだな」
「そうですね。お互いに」
パートナーは四種類。
それぞれ連れているプレイヤーも四人。
今回のイベントはその四人に注目が集まる筈だ。
「俺は瀑布で白月と出会ったが、アストラはどこでアーサーと出会ったんだ?」
「〈竜鳴の断崖〉ですね。崖を飛び下りて下を目指していた時に」
さらりと人外じみたエピソードを語るのは、流石攻略組と言ったところか。
「霊峰と草原は?」
「霊峰が梟で、草原が虎ですね。どちらのパートナーとも連絡先は交換しています」
「なるほど……。一度四人で会ってみるのも良いかもしれないな」
神子と彼らと契約したプレイヤー。
この世界に四人しかいないのだから、顔と名前を覚えておいた方がいいだろう。
それはアストラも同意見らしくすぐに頷いた。
「そうですね。今度俺が場所を作るので、その時にお互い情報を交換しましょうか」
こういう時、アストラのように友好関係の広いコミュニケーション強者の存在がありがたい。
俺ではこのようにスムーズにことは進まない。
「ありがとう。助かる。平日昼間なら大体入れるから、時間が決まったら教えてくれないか」
「分かりました。場所はあとでお伝えします」
アストラはそう言って立ち上がる。
攻略最大手のバンドリーダーとなれば、色々忙しいこともあるのかもしれない。
「この店、いいですね」
「そうだろう?」
去り際、アストラがふと零すように言う。
どうやら彼も新天地の雰囲気を気に入ってくれたらしい。
ミモレに言えばきっと喜ぶだろう。
「それじゃあ今日はこのあたりで。また何か情報があれば教えて下さいね」
「むしろ俺は教えられる側だと思うんだがな……」
「あ、キャンプの詳細とかもまた教えて下さいよ」
「それぐらいならいいぞ」
そんな軽い会話を交わしながら席を立つ。
ウェイドの町並みを見てからスサノオに戻るというアストラの背中を見送って、俺は白鹿庵へと足を向けた。
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Tips
◇断ち切る流星の聖十字剣+4
とある名工が己の技量の粋を注いで、三日三晩鍛え続けた最上の剣。希少な金属を惜しげも無く使い、繊細な細工を施した巨大な刀身は、その重量ゆえ使用者を選ぶ。特殊な能力は何もないが、ただ鋭く硬く重い一撃を追求した先に、純粋な強さを見出した。
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