第5章【白神獣の巡礼】

第151話「IGTA2'58"35」

 隠されていた地底湖を発見し、そこで〈鎧魚の瀑布〉のボス老鎧のヘルムを討伐してから一週間と少しが経った。

 俺たちを皮切りに――と言うと少し傲慢が過ぎるが、殆ど間隔を開けずに〈雪熊の霊峰〉〈竜鳴の断崖〉〈角馬の丘陵〉のボスも立て続けに発見そして討伐が成された。

 霊峰のボスである銀猛のジョストを討伐したのは、大鷲の騎士団のアストラと銀翼の団の面々らしいが、他の二カ所については名前を聞いてもピンとこなかった。

 俺たちよりも後に始めたプレイヤーもぐんぐんと頭角を現しているらしく、すでに二つ名まで持っている有名な人物もいるようだ。

 そうして、新フィールドの攻略が凄まじい勢いで進撃していく中で俺たち白鹿庵はといえば――


「っしゃぁ! 2分58秒35です。新記録ですよ!」

「おおー、3分切れたね。これは凄いよ」


 もはや見慣れるほどに通い詰めた地底湖にて、ボスを相手にタイムアタックを行っていた。


「お疲れさん。とりあえず解体するから休んでてくれ」


 レティの告げたタイムに湧き上がる白鹿庵の面々に声を掛け、水面に浮かぶ氷を飛びながらヘルムの屍へと近づく。

 ヘルムは今日も今日とて白い腹を見せてぷかぷかと浮いている。

 その周囲を固める氷塊は、ラクトが『氷の床アイスフロア』と『氷の壁アイスウォール』を組み合わせて作り上げた牢獄だ。


「最初の頃と比べると氷の面積も減ったなぁ」


 飛び石のように続く氷を伝いながらしみじみと言葉を零す。


「だいぶ余分なところを削いだからね。これ以上減らしたら流石に拘束できないよ」

「足場もこれ以上減らされると回避もままなりませんからね」


 湖面から帰ってくるトーカが言い、ラクトは照れくさそうに笑う。

 ラクトは初回討伐時から今回までどうすれば極限までアーツによる氷を小さくできるかを検討していた。

 その結果ヘルムを拘束する氷は立体的にして薄く、レティとトーカが足場にする氷は細かいパーツに分けて浮かばせる、という結論に行き着いたのだ。


「ミカゲが神経毒で動きを鈍らせてくれるおかげでかなり効率化できたんだよね」

「……頑張った」


 洞窟の天井に張り付いていたミカゲが降りてきたタイミングでラクトが言う。

 相変わらずミカゲは覆面で目元しか分からないが、照れているのがそれだけでもよく分かる。

 ミカゲは糸での拘束に加え、〈調剤〉スキルによって作り上げた強力な毒をいくつもボスに浴びせ様々なデバフを振りかけていた。

 毒は徐々にボスの体力を蝕むものだが、そのダメージも蓄積すれば馬鹿にならない。


「にゅあああ、疲れたわ!」


 そこへ最後のメンバー、常にヘルムに密着してその攻撃を捌いていた白鹿庵の盾、エイミーが戻ってくる。

 彼女は岸に辿り着くなり地面に倒れ、ぐったりとして呻き声を上げた。

 ラクトによって容赦なく削られる氷の足場は彼女の精神を削り、常に背水の陣を強いられている彼女の疲労は白鹿庵の中でも頭一つ抜けていた。


「おつかれさま。今回は落ちなかったな」

「そう何度も落ちて堪りますか。ま、今回は我ながら良い動きができたと思うわよ」


 新記録も立てられたしね、とエイミーは力なく笑う。


「ああ、キャンプの回復効果が身に染みるわ……」


 倒れたままエイミーが声を上げる。

 彼女は仰向けになると両腕を広げ、更に脱力した体勢になった。


「レッジさんのテントも随分様変わりしましたよね」

「もはやテントって言っていいのか分かんないんだけどね……」


 レティとラクトの視線の先にあるのは、この一週間で拡張を重ねた新生マイテント。

 掲示板、サバク難民の集いで得た情報を元にネヴァと協議を重ね方々へ素材を集め、稼いだ金をほぼ全て注ぎ込んで作り上げた一軒。


「テントと言いますか……、小屋と言った方が良いでしょうね」


 最後の言葉をトーカが継ぐ。

 地底湖の畔に置かれているのは、丸太を積み重ねた壁のログハウスだった。

 建物の前面まで屋根が伸び、簡単なバルコニーもある、地面から少しだけ高さのある小屋である。

 ドアの左右には窓があり、中には炊事のできる暖炉も付いている。


「ログハウスは男のロマンだからな。殆ど木造だから展開も早いし、アセットも揃えてあるから居心地も良い」

「この前ウェイドにガレージ構えたばっかりだっていうのに……」

「別荘みたいなもんだよ。しかも景観は自由に変えられるんだぞ」

「でもこれは……テントじゃないですよ」


 まあ、細かいことはいいのだ。

 システム的には許されているからな。


「エイミーもせめて小屋の中で休んだらどうだ?」


 ヘルムにナイフを突き刺しながら言う。

 小屋テントの中にはソファやラグ、テーブルなんかも揃っているし、なんなら簡単なベッドも二つだけ置いてある。

 暖炉は焚き火としての効果もあるから、室内のほうが回復速度は早いのだ。


「じゃあレティたちは小屋の中にいますので。レッジさんも解体終わらせたら少し休憩しましょう」

「おう。さてラクト、ささっと終わらせよう」

「おっけー」


 ラクトに足場を維持して貰いながら解体を進める。

 もう何十体とヘルムを倒してきたおかげで、この馬鹿でかい魚体にも慣れてしまった。


「源石採れたぞ。鑑定するか?」


 インベントリに源石が入っているのを確認して岸に戻る。


「わたしはもう必要なキャップは解放しちゃったからね。レティたちに聞こっか」


 言いながら、ラクトは湖面に浮かんだ氷を消す。

 自然の氷ではないと分かっているとはいえ、瞬時に消えてしまう氷は何度見ても不思議な光景だ。


「あ、終わりましたか。次、戦っても?」

「はい。少し休んでから帰るので、お構いなく」


 順番待ちをしていたパーティに狩り場を譲り、小屋に入る。

 中ではエイミーがベッドで横になり、トーカとレティがソファに腰を降ろしていた。

 ミカゲはもう一つのベッドの端の方に座ってディスプレイを眺めている。

 白月に至っては暖炉の前の一等地を占有して丸まっている。


「源石があるが、鑑定するか?」

「私はいいわ。〈格闘〉も〈盾〉もキャップ開放できてるし」

「私も大丈夫です」

「……大丈夫」


 エイミー、トーカ、ミカゲの三人は、ラクトと同じく主要なスキルの拡張は終わっているようだ。

 彼女たちもヘルムの乱獲の中で必要な分は手に入れることができたらしい。


「はいはいはい! レティがまだ終わってません。よりにもよって〈杖術〉がまだ65レベルで止まってます!」

「ああ……。そういえばレティはまだだったな」


 そこへ勢いよく手を上げたのはレティ。

 彼女はこれまでも幾つもの源石を手に入れてきたのだが、今の今まで奇跡的な運の悪さで〈杖術〉の源石を手に入れることができないでいた。

 現段階でスキルキャップは80まで拡張可能で、源石一つで5レベル引き上げられる。

 しかし彼女は最初の方に〈杖術〉の源石を一つ手に入れたきりだった。


「レッジさん、お願いします!」

「はいはい」


 レティに見守られながら、ルーペを取り出して『源石鑑定』を行う。

 パーティで〈鑑定〉スキルを持っているのはラクト以外の全員だが、『素材鑑定』の方向で育っているのは俺しかいない。

 そのため白鹿庵で得た源石の鑑定は俺の仕事になっていた。


「さて、これはどうかな」


 ルーペ越しに源石を見ると、薄い殻が剥落するように透明な石が色づいていく。

 その色は――


「赤だぁ! やった、赤ですよ! 赤!」


 レティの歓声が耳元で炸裂する。

 源石の色は戦闘系スキルのものを意味する鮮やかな赤色だった。


「まだ分かんないわよ」


 ベッドの上に胡座を掻いたエイミーがおどけるように言う。

 彼女の言葉は間違っていない。

 色が出てもそれはどのカテゴリのスキルなのかが分かるだけ。

 更にルーペで覗き込むと、詳細な情報が浮かび上がる。


「スキルは――」


 レティが顔を近づけ固唾を呑む。


「〈槍術〉だな」

「にゅわあああああ!? なんで! レティの〈杖術〉がぁああ!」


 源石の中に現れたのは槍のエンブレム。

 俺が使っている〈槍術〉のスキルキャップを拡張する源石であることが判明した。

 そして、それと同時に床に倒れるウサギが1匹。


「まあ、そう気を落とすなって。これを売ればどっかで買えるだろ」


 幸い俺はすでに源石を四つ揃えて〈槍術〉のスキルキャップを80まで拡張している。

 誰も貰い手の居ないこの石は市場に出すことになる。

「源石の価格も多少落ち着いてきたとはいえ、色石は良いお値段するからね。ここ一週間で一番の稼ぎ頭だよ」


 涙ぐむレティを慰めながら言うラクト。

 ボス一頭から一つしか出ないとはいえ、確実に数千ビットの儲けになってくれるのだから優秀なアイテムなのだ。


「うぅ……売ってますかねぇ」


 どんよりとした空気を背負ったままレティが言う。

 白鹿庵の総意としても攻撃の要であるレティのメインスキルは早い内に拡張させておきたい。

 しかし戦闘系の赤石は需要が高く、あまり売られないか法外な値段が付くことが多かった。


「まあこれからもしばらくはヘルム狩りになるし、そのうち出るよ」

「だと良いんですけど」


 すっかり意気消沈してしまったレティはソファの上で膝を抱えている。

 その時、不意にコール音が鳴り響きTELの着信を知らせる。

 発信者の名前は――


「アストラか。どうしたんだ突然」


 大規模攻略バンド〈大鷲の騎士団〉を率いる若きリーダー、アストラ。

 彼は焦ったような声で言葉を返した。


『大変です! ついさっき公式ホームページに第2回イベントの告知が出たんです』

「なるほど?」


 その言葉に驚きはするが、それを何故彼がわざわざ俺に連絡してくるのかが分からない。

 その考えを見透かしたのかアストラは続ける。


『第2回イベントの名前は〈特殊開拓指令;白神獣の巡礼〉――レッジさんの白月や俺のアーサーたちが今回のキーになるようです』


 暖炉の前で眠っていた白月が顔を上げ、耳をピクリと動かす。

 数秒後、ログハウスの中に驚愕の声が溢れた。


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Tips

◇真鍮の多機能時計

 時計工房〈ナイトメアクリスタル〉の名工、チックタックピックポックが開発したアンティーク調の機械時計。真鍮製の蓋を取れば、細やかかつ可視性に優れた文字盤が現れる。ストップウォッチ、タイマー、温湿度計の機能も備え、過酷な環境でも耐えうる頑丈な構造。首掛け用のチェーンや腕巻き用のバンドなどは別売りで。


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