第148話「効率殺魚計画」

「――ジ」


 遠くの方で声がする。

 暗い闇に僅かな光がにじみ、自分が横たわっていることを自覚した。


「――レッ――」


 周囲を囲む何人かが俺を見下ろしている。

 俺はなぜ、ここに横たわっているのだろうか。


「――レッジさん!」

「ごふッ!」


 下腹部に強い圧迫を受けて強制的に意識が覚醒する。

 覚醒するというか、生命活動の危機を覚えて防衛本能が起動したというか。

 とにかく視界が戻り、ラクトたちに囲まれていることに気がついた。


「……レティ」


 そして何よりも重要な存在。

 レティは赤い長髪をしっとりと濡らし、俺の腰に跨がって瞳を潤ませていた。


「――とりあえず、胸骨圧迫はもう少し上だぞ」

「……あっ!」



「それで、とりあえず無事にボスは討伐できたのか」

「はい。老鎧のヘルムというようですね。あそこでぷくぷく浮いてる真っ白なお腹がそれです」


 固形燃料が燃えて炎が揺らぐ。

 冷えた機体を暖めながら、俺は湖に沈んだあとの顛末について事情を説明されていた。


「ヘッドを五つ、一斉に爆発させたのか……」

「はい。一つだけでは火力が足りないと思ったので、持っていたヘッドを全て使い切りました。そのおかげでレティも瀕死になったんですけどね」


 暢気に髪を弄りながら言っているが、かなり無謀な行動だ。

 それだけでボスのHPが削りきれるとも限らないというのに、彼女には死の危険が大いにあった。

 巨大な魚とはいえ狭い体内で爆発物を五つも作動させるとは、正気の発想ではない。


「よく無事だったな……」

「えへへ。生きてさえいればレッジさんたちが助けてくれると思ったので、あとは気合いでなんとかなるかなって」

「勇気があるというか、蛮勇というか、匹夫の勇というか……」


 明るく笑う彼女を見れば文句を言う気にもならない。

 まあ、彼女の思惑通りヘルムは討伐できたのだし、終わりよければなんとやらか。


「レティはレッジさんと一緒に底に沈んだんですが、すぐにラクトたちが協力して引き上げてくれたようです」

「わたしが足場を作って、ミカゲの糸で引っ張ってくれたんだよ。トーカが糸を腰に括り付けて潜って、エイミーが引き上げたの」

「そうだったのか……。助かったよ」


 俺とレティが沈んだ直後、陸上では大騒ぎだったらしい。

 結局残された四人が凄まじい連携を取って、俺たちは死には至らなかった。


「レティも考え無しだけど、レッジも大概だよ。事前に言ってくれてたら足場も作れたのに」


 憤慨するラクトの言葉ももっともだろう。

 しかしあのときは考えるより先に身体が動いていた。

 以前ネヴァに言われた言葉が脳裏を過る。


「改めて、皆ありがとう。誰か一人欠けてたらヘルムは倒せなかったはずだ」

「それはお互い様よ。私だってレッジが居ないとすぐに盾を割られちゃうし」

「私も、六人パーティの安定を思い直しました」

「……同じく」


 後ろを振り向き、水面に浮かぶ白い腹を眺める。

 鎧魚の堅牢な鱗は腹にまでは達していなかったらしい。

 どちらにせよ氷上に出ていた場所に柔らかい部位は無かったから手は出せなかったのだが。


「それじゃあ五人はキャンプで休んでてくれ。……俺は最後の仕事をしてくる」


 立ち上がり、餓狼のナイフを携えて岸に立つ。

 足下の水が凍り、ヘルムまでの道が作られた。


「足場がないと作業になんないでしょ」

「おう、助かる」


 ラクトの協力の下、俺はヘルムの解体を始める。

 鱗が山ほど獲れるが、そのうち実用に耐える品質のものは僅かだろう。

 表面上のほぼ全てが傷が付いていたり欠けていたり、歪に歪んでいたりしている。


「すみません。もう少し上手く斬れれば良かったのですが」

「いや、あの状況でそんな余裕は無いだろ」


 精進が足りませんと肩を落とすトーカだが、正直理想が高すぎるのだろう。

 そもそもレティの爆発によって傷ついた鱗も多いのだ。


「そうそう。これから何度も回すんだから、その中で戦いを最適化していけばいいのよ」

「最適化……そうですね。頑張ります!」


 エイミーに励まされ、トーカも気持ちを取り直す。

 彼女の言うとおり老鎧のヘルムとの戦いはこれが最後ではない。

 この後は全員分の源石獲得の為に最低5回は倒す必要があるし、更にスキルキャップ開放用の源石集めも待っている。


「ヘルムの情報は掲示板に書き込むから独占はしないけどな。それでもしばらく通い詰めることになる」

「ええ、書き込んじゃうんですか!?」


 レティが耳をピンと張って目を丸くする。


「そりゃあな。独占したっていいことないぞ」


 それにレティが洞窟の口を開いた時の爆発を聞いているプレイヤーは多い。

 すでに偵察部隊が入ってきていても不思議ではないのだ。

 無理に隠すよりも率先して公開するほうが、後先のことを考えると正しい選択になるだろう。

 それにやっかみ抜きにしても挑戦するプレイヤーが多いほどに情報は集まるし、その分攻略も早くなるのだ。


「ちなみにそのための写真も撮ってある。ブログにも公開する予定だ」

「相変わらず抜け目ないわねぇ」


 エイミーに呆れたように言われるが、カメラは俺の趣味の中でもかなり重要度が高いのである。

 最近ではブログのPVも増えて、感想も貰えるようになってきたし、〈撮影〉スキルのレベルが上がってできることが増えたのも、やる気に繋がっているのだろう。


「――よし、解体終わったぞ」


 トドメの一刺しをヘルムの額に入れると、魚体は光りの粒子となって砕けてアイテムがインベントリに収納される。


「さて、これで記念すべき〈鎧魚の瀑布〉のボスエネミー初回遭遇撃破を達成したわけだが」


 テントの前で焚き火を囲む白鹿庵のメンバーを見渡して、俺は改めてこの偉業を思い返す。

 長らく発見すらされなかったボスを見付け、その時に撃破できたのはまさしく偉業だろう。

 しかし、


「今後はこの戦いをできる限り最適化して、時間効率を上げなければならない。そのための検討を皆でしていこうと思う」

「賛成です。時間が掛からないに越したことはありませんよね」

「コストも考えないと。できるだけ消費する物資は少ない方が良いですね」


 レティ、トーカをはじめ、全員が頷く。

 今回の戦いで得た情報を元に戦いを最適化していく。

 より短時間で、手間を掛けず、物資を消費せずに倒すことができたなら、それは結果として全体の利益になるだろう。


「足場の面積はもっと狭くても良いかな。正直あれだけ広かったらアーツの維持が大変なんだ」

「それなら立ち回りを詳細に詰めましょうか。最低、三人が立ててヘルムを拘束できるだけの氷があればいいんですが」

「私は基本ヘルムに密着してるからあまり考えなくて良いわ。それよりもレティとトーカね」


 早速彼女たちは頭を突き合わせ、それぞれの視点から見た無駄を見付け検討していく。


「ミカゲはどうだ?」

「今回は糸を主体にしたけど……毒も活用してみたい」


 暗い洞窟の中だからか、戦闘の余韻が残っているからか、ミカゲはいつもより少し饒舌だった。

 彼曰く〈忍術〉スキルには毒物を扱うものもあるらしく、〈投擲〉スキルと併用することで上手くヘルムに接近することなく――つまりはラクトの負担を増やすことなくダメージを与えられると言う。


「あとは結構LP管理がキツかったかな」

「キャンプがあっても辛いか?」

「常時アーツを発動してるからね。それにキャンプもベーシックだし」


 ラクトの言うことももっともだった。

 俺のテントは今、買いたて新品のベーシックテント――何の強化や拡張も施されていない真っ白な状態のものである。

 当然その回復能力や範囲なども以前使っていた物と比べると天と地ほどの差がある。


「そこはネヴァに頼んでパーツを作って貰わんとな。未だに少し方向性で悩んでるんだが……」


 前のテントは優秀だったがデメリットも大きかった。

 もう少し何か変更したいのだが、どう変えるのか未だに思い悩んでいるのだ。


「私たちは〈野営〉スキルについて何も分からないのよね」

「そうなんですよね……。そうだレッジさん、キャンパーの集まる掲示板ありましたよね」


 レティが妙案を思いついたと口を開く。


「サバク難民の集いのことか?」

「それですそれです。そこで聞いてみたら良いんじゃ無いですか?」

「まあ、確かに理には適ってるか」


 餅は餅屋というわけではないが、確実に門外漢のレティたちよりは詳しい答えが帰ってくるだろう。

 俺も納得し、早速掲示板を開くのだった。


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Tips

◇老鎧のヘルム

 外界との路を閉ざされた暗黒の水底で悠久の時を生きたスケイルフィッシュ。白魚を喰らい生き続けた彼は、死を恐れ傷を疎み鱗を厚く硬く幾重にも重ねる。いつか訪れる終焉から逃れ続け、老鎧はただ泥のような安寧を求め続けていた。


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