第147話「業火が灼く」

「『プッシュガード』ッ!」

「『再生の円域リジェネレイトサークル』」


 レティとトーカが退いたぶん、エイミーが受ける攻撃はより一層激しさを増す。

 上手く盾を構えてもそれを貫通するダメージ量も多く、LP管理を任されている俺にも余裕は無くなってきた。


「レッジ、回復お願い!」

「分かった!」


 そうしている間にも湖面を凍らせるアーツは常にラクトのLPを消費し続けており、そちらにも気を配る必要がある。

 ミカゲも大技を放つたびにLPを回復しているが、彼はある程度俺のタイミングを狙って技の発動を調整してくれているから助かっていた。


「『ガード』、っぅ! レッジ、ごめんバフ切れた!」

「下がって掛け直してくれ。10秒くらいは俺が稼ぐ!」


 切迫したエイミーがシビアなバフ更新に失敗し痛恨の一撃を受ける。

 すぐさま彼女のLPを回復しながら、俺は紅槍を取り出して前に出る。


「ラクトとミカゲも少し各自で耐えてくれ」

「了解!」

「……承知」


 紅槍を構え、水面から上半身だけを出す鎧魚と対峙する。


「出し惜しみはできないが……『起動トリガー』」


 紅槍の柄に付いたスイッチを深く押し込む。

 刃に埋め込まれた金の玉眼が光りはじめ、そこに強大なエネルギーが集約される。


「行くぞ――ッ!」


 俺をなぎ払おうとするヒレや押しつぶそうとする大顎を避けながら、黒い鱗に覆われた身体へ接近する。


「『貫通突き』」


 無数に重なる鱗をはね除け、鋭利な刃が身体を抉る。

 その瞬間に蓄積したエネルギーが放出され、怪魚はそれをもろに浴びる。


「くそっ、やっぱり効かないか」


 しかし石化の光を浴びたはずの魚体が動きを鈍らせることはなかった。

 ボスらしくそのあたりの耐性は備えているらしい。

 この分ではカエルの麻痺毒も絶望的だろう。


「仕方ないか。プランB、やせ我慢作戦だ」


 槍を鱗から引き抜く。

 頭上から影が落ち、見上げれば大きなヒレが俺を押しつぶそうと迫っていた。


「うおおお、『旋回槍』!」


 ヒレに切っ先を向けて、槍をぐるぐると回す。

 狙うのは軟条の間、柔らかい皮膚。


「取った!」


 紅刃が皮膚を割き、扇状のヒレが真ん中でぱっくりと二つに切れる。


「白月、『幻惑の霧』だ!」


 俺の要請に彼は即座に答えてくれる。

 鎧魚の周囲に濃い霧が立ちこめる。

 俺は霧を踏み、強引にこじ開けたヒレの隙間から脱出する。

 そのままの勢いを乗せて魚の頭部にまで登りつめ、脳天に向かって槍を突き刺す。


「『貫通突き』!」


 レティたち本職と比べて、俺には基礎的なテクニックしかない。

 そのため同じ技を何度も連打するというなんとも泥臭い戦法になるが、それはまあ仕方が無い。

 体重と位置エネルギーも乗せた貫通突きは硬い鱗を僅かに貫き、大魚の頭蓋を揺らす。


「レッジ、ありがとう。もう大丈夫よ!」

「そりゃ良かった」


 丁度その時、エイミーが戦線に復帰する。

 俺は鎧魚から飛び下りて後方へと下がった。


「レッジさん」

「レティ。話は纏まったのか?」


 後方でLPを回復していると、レティとトーカが足を揃えてやってきた。


「はい。――これから攻撃を仕掛けます」


 いつになく真剣な表情でレティが頷く。

 彼女はエイミーに向かい、


「エイミー、これからトーカが活路を開いてくれます。すこしだけ下がっていて貰えませんか」

「ええっ!? さっき戻ったばっかりなのに……」


 突然退却を言われたエイミーは驚いて振り向く。

 準備を整え戦線に復帰したのはつい数秒前のことである。


「すみません。でも、これで終わらせるので」

「……分かったわ。その時が来たら指示頂戴」


 黒魚の大顎を殴って仰け反らせながらエイミーが言う。

 レティの隣ではトーカが、ミカゲに向かって指示を出していた。


「では、始めます」


 トーカの言葉と共に状況は動き出す。

 エイミーが離脱するのと同時に、彼女は軽快に地面を蹴って氷上へと滑り出た。


「『刀装・赤』」


 トーカの太刀が赤く輝く。


「彩花流、伍之型、『絡め密』」


 剣戟が踊る。

 軽やかに跳躍したトーカは、袖を振り袴をはためかせながら黒魚の体表を撫でていく。

 琥珀の傷が黒い鱗を縦横無尽に飛び回り、鎧魚は身体の動きを鈍らせた。


「続き、肆之型、一式抜刀ノ型『花椿』」


 鎧魚の眼前に立ったトーカは刀を鞘に収め、間髪入れず抜刀する。

 喉元を掻き切る鋭牙が放たれ、たまらず黒魚が仰け反る。


「続き、参之型、『烏頭女突き』」


 露わになった喉元へ追撃が入る。

 鋭い切っ先は鱗を飛ばし、猛毒と共に深い傷を付ける。

 トーカはアンプルを片手で砕き、急速にLPを回復させる。


「続き、弐之型。『藤割き』」


 最後にトーカは飛び上がり、鎧魚の口を目掛けて刀を振り下ろす。

 上唇を切り裂き、下顎に引っかかるのにも構わず強引に刃を滑らせる。


「ミカゲ!」

「うん」


 トーカの指示でミカゲが糸を飛ばす。

 それは魚の大顎を釣り上げて、強引に口を開かせた。


「――行きます」


 そしてレティが動き出す。

 彼女は勢いよく走り出し、ただまっすぐにそこを目指す。


「『大破撃』!」


 氷上を揺らす一撃と共に、彼女は宙へ舞う。


「『旋回撃』ッ!」


 空中で次の技を放つ。

 黒鉄のハンマーは空を打ち、勢いのままに彼女は縦回転をする。


「行きますよぅ!」


 ぐるぐると回転し、赤い円盤のようになったレティは勢いよく鎧魚の大口へ飛び込んでいった。


「……はっ!?」

「ちょっと、レティ食べられちゃったわよ!?」


 一瞬遅れて驚きが口を突く。

 隣に立っていたエイミーも目を丸くして、レティが飛び込んでいった鎧魚の口を指さす。


「トーカ、どういうことだ?」

「レティさんはあの鎧じみた鱗を突破するのは面倒だと考えたようで、外がダメなら中からやればいいじゃない、と仰いました」

「ええ……」


 トーカとミカゲによってこじ開けられた口を経て体内へ飲み込まれるのは、彼女の思惑通りだったらしい。

 奇抜というか、よくそんな考えに至ったもんだ。


「しかし、魚は平然としてるが――!?」


 ごくんとレティを飲み込んだ鎧魚は、平然と氷上に顎を乗せている。

 少しも効いていない様子に首を傾げたその瞬間、黒魚の身体が膨張した。


「レティが何かやってるな」


 ボスのHPが急激に削れていく。

 彼女が体内で暴れ回っているのは明白だった。

 まるで鬼の腹で暴れる一寸法師のようだ。

 体内から強く叩かれたように、黒い体表がぼこぼこと飛び出している。


『レッジさん!』

「っ! レティか」


 鎧魚が体内からボコボコにされている最中、レティからTELが飛んでくる。


『最後の仕上げをするので、全員まわりから離れて下さい!』

「最後の仕上げって……」

『説明してる暇はないです! もう仕掛け終わったので』


 切羽詰まった彼女の声に、ひとまず俺たちは陸へ上がる。


『退避できましたね? じゃあ、行きますよ――』


 彼女がそう言うと同時に、体内からの攻撃が止む。

 一気に大量のHPを削られた鎧魚はぐったりと項垂れ、酸素を求めて大きくエラを動かす。

 しかし空気中ではさしもの鎧魚も酸素を取り込めないのか、だんだんと金色の目が濁り始めていた。


『――『点火イグニッション』』


 そして、レティの声が響き渡る。

 同時に鎧魚の全身が風船の様に膨らみ、周囲の氷に亀裂が入る。

 直後、耳を劈く轟音と共に鎧魚の眼窩と口から炎が吹き上がった。


「なぁっ!?」

「頭下げて!」


 エイミーに頭を抑えられ、地面に伏せる。

 轟音は洞窟を揺らし、業炎は地底湖に張られた氷を溶かす。

 熱波が逆流して鎧魚の体内を焦がし、悲鳴すら上げられずに命を溶かす。


「ッ! レティ!」


 黒煙が舞い爆風駆け巡る中に赤い少女を見付ける。

 彼女は爆発に巻き込まれたのか、空中を舞い落ちようとしていた。


「白月、『幻惑の霧』だ」


 霧に足を乗せて空中を駆け登る。


「レティ!」


 名前を呼ぶが、返事はない。

 ステータスを見ると彼女は気絶状態に陥っているようだ。

 真下には黒々とした水と氷の破片が浮かぶ地底湖。

 あの状態で落ちてしまっては、金属の身体はただ沈むだけ。


「レティ!」


 霧から飛び出し、彼女に向かって手を伸ばす。

 指先が赤い髪を僅かに撫でる。


「――――レ、ジ……さん」


 直後、俺は深い湖の底に沈んだ。




『〈鎧魚の瀑布〉のボス、老鎧のヘルムが討伐されました』

『調査可能領域が拡張されました』


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Tips

◇『刀装』

 〈剣術〉〈戦闘技能〉の複合テクニック。習得にはサムライのロール条件を満たしている必要がある。刀身に特殊なエネルギーを纏うことで短時間、能力を引き上げる。切れ味を上げる『青』、攻撃力を上げる『赤』、刀剣自体の特殊能力を増幅させる『緑』など複数の種類が存在する。


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