第142話「闇中で立ち止まる」
ウェイドの中央制御塔で
「トーカの、えっとサムライの
水っぽく湿った森の中を行軍しながら、戦闘の隙間を選んで話しかける。
刀の鍔に手を掛けたまま油断なく周囲に気を巡らせていたトーカは少し驚いた様子で俺の方を見た。
「言っていませんでしたっけ? サムライの
「なるほど。流石に複合ロールだと能力もてんこ盛りだな」
すらすら流れる言葉の数々に思わず息を飲む。
〈剣術〉スキルは低コストから高コスト、短ディレイから長ディレイ、多種多様なテクニックがバランス良く揃ったスキルという特徴がある。
そして使う武器によってある程度傾向が絞られるが、トーカの扱う“刀”は高コスト長ディレイ、敵の弱点をピンポイントで狙い瞬間的に爆発的なダメージを与えるものだった。
サムライというロールはその特徴をよく捉えていて、条件の〈鑑定〉は敵の弱点を探すテクニックである『弱点発見』に起因しているのだろう。
「彩花流だと肆之型『花椿』や陸之型『絞り桔梗』などが抜刀技ですね」
「もう六まで技を会得してるのか」
彼女の言葉にまたも驚く。
流派というものは全部で九つの技を持つらしいのだが、全てを習得するのは一筋縄ではいかない。
俺は風牙流の開祖ではあるが、未だに第二技までしか覚えていない。
「戦うのは好きなので、普通に狩りをしていたらいつの間にか」
少し恥ずかしそうに頬を朱に染めてトーカが言う。
簡単そうに言うが、そこまで流派を極めるのは多大な労力を必要とするはずだ。
改めて、彼女が刀剣界隈のトッププレイヤーであることを実感する。
「そこのお二人さん、仲良くしてるのはいいですが敵が来ますよ」
そんな風にトーカと話していると、背後から低い声がする。
振り向くとじとっとしたレティたちの目に迎えられ、その隣でミカゲがすっと前方を指さした。
「……クラッシャークロコダイル。二匹来てるみたい」
「そ、そうですか。――こほん、それでは行きましょうか!」
トーカは小さく頭を振って一つ咳払いする。
それだけで先ほどまでの年相応の少女はなりを潜め、代わりに冷たい殺気が冴え渡る。
顔を上げた時、そこには一人の侍がいた。
†
「おっ、あったあった。ゲーミングアップル」
「ちゃんと正式名称で呼びましょうよ……」
その後も幾度となくワニやイグアナといった原生生物と戦闘を続けながら、俺たちは森の奥深くまでやってきた。
俺は自分の任務を遂げるため、周囲に自生する採集物に目を光らせている。
ちょうど今見付けたのは、光を受けて極彩色に光り輝く大振りなリンゴ。
正式な名前は光帯リンゴだが、もっぱらゲーミングアップルと呼ばれ親しまれている。
「ちょっと待っててくれ」
「気をつけて下さいねー」
レティたちがリンゴの成る木の周囲に散開し、護衛を務めてくれる。
その間に俺は木を上り、〈採取〉スキルを使って収穫する。
ゲーミングアップルはいわゆるレア収穫物であり、見付けるのが困難なアイテムだ。
そのうえ高スキルの〈採集〉スキルが必要で数を集めようと思うとかなり大変なのだが、
「ようやく三つか。道は遠いなぁ」
蒐集家のロール任務はゲーミングアップルを集めるだけではない。
レア木材とレア鉱石とエネミーのレアドロップ、それぞれ一つでも大変なアイテムを複数個集めなければならないという、他と比べても過酷なものだった。
戦闘系ロールと比べると作業自体は地味だが、難易度は正直に言って鬼である。
「よし、採れた」
ゲーミングアップルの収穫自体はそう難しくない。
個体数がバカみたいに少ないだけだ。
俺は手早くインベントリに16,581,375色くらいで輝いているリンゴをしまって木から下りる。
〈登攀〉スキルと各種採集系スキルは相性が良く、このように手が届きにくい難所のアイテムでも楽に回収できるのだ。
「進捗どうですか?」
ラクトがやって来て尋ねてくる。
「こっから折り返しってところかね。レアは伊達じゃない」
「あはは。大変そうだねぇ」
そういう彼女は気楽なものである。
まあ、こうして付き合って貰っている手前、何も言えないどころか感謝しなければならないのだが。
「しっかし、ここのボスはどこにいるんですかね」
少し疲れた様子でハンマーの柄に手を置いたレティが地図を見ながら言う。
ウェイドを出発して瀑布を背中にまっすぐ西へ西へと進んでいるのだがまだ終わりは見えない。
ボスが居そうな巣も見つからないし、そもそも痕跡がない。
代わり映えのしない風景にだんだんと感覚さえ麻痺してきていた。
「そもそも私たちだけじゃなくて本職の攻略組が血眼になって探してるのに見つからないっていうのが不思議よね」
エイミーも木の根に腰を下ろしながら言う。
全員の表情を伺い、そこに疲労の色を認めた俺はひとまずテントを建てて休憩することにした。
「やはり考え無しに歩いても見つからない、という事でしょうか」
「我武者羅に進んで行き詰まってる感じはするよね」
肩を落とすトーカにラクトが頷く。
やはり考えなければならないのだろう。
「とは言え、もう隅々まで探索されてるだろうしな」
改めて〈鎧魚の瀑布〉の地図を眺めながら言う。
このフィールドは浅く水が張り霧の立ちこめる上層と、陰鬱とした森が横たわる下層に分かれている。
ウェイドがあり、俺たちが今居る場所は下層で、おそらくはそのどこかにボスの巣があるというのが大方の見解だ。
「上層は流石に無さそうだよね。霧があるとはいえ遮蔽物はないし、そもそも狭いし」
「石の裏まで探索され尽くされてますからね。あるとしたら十中八九下層です」
しかしその下層は上層とは桁違いに広く、瀑布から枝分かれする大小様々な河川によって複雑怪奇に入り組んでいる。
巨木の立ち並ぶ森と曲がりくねる河川、二つの要素によって下層の探索は遅々として進まない。
「白月ちゃんが何か知っていたりしないでしょうか」
トーカが俺の隣で休む白月を見て言う。
たしかに彼はここの出身だし、知り尽くしていることだろう。
しかし――
「なあ白月、ボスまで案内してくれないか?」
そう尋ねるも白月はふいっと素っ気なく顔を背ける。
青リンゴのスティックを差し出しても強奪されるだけで答えはくれない。
不等価交換である。
俺にもトーカのような発想はあったが、ずっとこの調子なのだ。
「知ってはいるんだろうが、教えてくれないんだよな」
「あくまで自分で探せって事なんですかねー」
シャクシャクとリンゴを食べる白月を撫で、肩を落とす。
パートナーになってくれたからといって、俺たちが有利になるような肩入れはしてくれないらしい。
「だとすると、やっぱり自力で探さないとね」
「もしくは……」
疲労に任せて俺は半ば無意識に口を開く。
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
「ええ……、そこまで言っておいて何なんですか」
「気になるじゃないの」
レティたちに急かされ頭を掻く。
荒唐無稽だと自覚していたから、言いたくないのだが……。
「――ボスの出現に何かしら条件があって、それを満たしてないんじゃないか?」
「なるほど……」
確信のない言葉だったが、レティは顎を引いて考え込む。
ピコピコと耳を動かしながら思案に耽る様子は、普段の彼女の姿からは少し大人びて見える。
「いや、特に根拠はないぞ」
「ですがレッジさんは今までも割とまぐれであたり続けてますからね。一考くらいしてもいいと思います」
何やら複雑な気持ちになる理由と共に、レティはまた考え込む。
今までのボスは皆、巣を見付けさえすれば戦えたから前例はないのだが、彼女はかなり真面目に検討しているようだった。
「瀑布はスケイルフィッシュに乗らないと下層に行けなかったこともあるし、結構ギミックを凝ってるフィールドだと思うんだよね」
ラクトもレティに同調し、そんなことを言う。
「いつまでも単調なボスっていうのも味気ないし、このあたりで手を加えてくるのはあるかもしれないわね」
「エイミーまで言うか……」
「わ、私もそう思います!」
エイミーに続きトーカ、更にはミカゲもこっそりと頷いている。
まあ、無闇に動いても仕方ないし、考えるだけ考えても良いのかもしれない。
彼女たちに扇動されて、俺までそんな気持ちになってしまった。
「――レッジさん」
それからしばらくしてレティが突然顔を上げる。
「どうした?」
何か思いついたのかと尋ねると、彼女は曖昧な表情で頷いた。
「確証はありませんが――いくつか試してみたいことが」
彼女がそんなことを言うのは珍しい。
エイミーたちは言わずもがな、俺とトーカはフィールドにさえいれば任務を進められるため、彼女の申し出を断る理由はなかった。
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Tips
◇光帯リンゴ
光を受けて七色に光る希少なリンゴ。数十年の時を掛けて成長し、熟した実は濃厚な甘みを持つ。自然界では目立つ外見であるために成長する過程で鳥や小動物に捕食され、大きな実を見付けるのは非常に困難。
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