第141話「自分のいる場所」
「なるほどな。確かにレティたちだけだとバランスが悪いか」
「はい。やっぱり
ぐったりと疲れた様子のレティたちから不在時の出来事を聞き、その切羽詰まった様子に得心が行く。
攻撃特化のレティは言わずもがな、
詰まるところ、彼女たちの中にはLPを回復するテクニックを持った存在がいなかった。
自己回復すらもトーカの少し特殊なテクニックを除けば皆無であり、八尺瓊勾玉の源石強化をLP自然回復速度に極振りしているラクトだけがなんとか一歩秀でているといったところか。
「私なんかは一回の戦闘で多かれ少なかれダメージ受けるし、トーカとミカゲは技を使うだけで消耗するのよね」
「私はLPが半分以上残っていれば回復できますが、やはり数秒とは言え無防備になるのが苦しいです」
パーティの盾として敵の攻撃を一手に引き受けるエイミーと、多くのLPを消費する彩花流のテクニックを使うトーカ。
二人はそれぞれにLPを減らす理由こそ違えど同じような悩みを抱えていた。
「わたしは弓でチクチクしてたらあんまり消耗しないから良かったけどね」
「そうか、ラクトは弓持ってたな」
ラクトは元々アーツというコストの重い攻撃を主軸に据えている。
だからこそ彼女はサブウェポンとして、射るだけならLPを消費しないローコストな〈弓術〉を持っていた。
「みんなLPを回復するのは自然回復に任せるしかないんだけど、そうなると一カ所にとどまる時間が長くなるんだよね」
LPは地面に座り込むことで多少回復速度が早くなる。
しかしその間は敵に発見されやすくもなるようで、休息途中で連戦を余儀なくされることも多かったらしい。
「改めてレッジさんのキャンプのありがたみを感じましたよ」
どっと円卓に胸を付けてレティが言う。
いつもの狩りの時にはキャンプを使って敵を避けつつ短時間で回復していたから、余計にそう思うのだろう。
「でも皆、俺がいないときでも普通に狩りに出かけてただろ」
とは言え一つ引っかかる。
俺がいない時の狩りはレティたち全員がそれぞれに経験しているはずだ。
如何に俺がFPOに傾倒しているからといっても常にログインしていたわけではないし、彼女たちと完全に時間が合致していたわけでもない。
「確かにそうです。私とミカゲはレッジさんと一緒に狩りをした時間の方が短いですからね」
トーカが頷く。
しかしすぐに彼女は言葉を続けた。
「ですが二人だけの時と、レティさんたちと五人で出かける時は勝手が違います」
「そうなのか」
「そうなのです」
確固とした実感の籠もった目をしてトーカが頷く。
「……司令塔がいないから」
姉に続き、ミカゲが言う。
「司令塔?」
「はい。レッジさんは狩りの時、一歩引いたところで戦況を見ていましたよね」
「まあ、それ以外することがないからな」
一応戦えるとは言え、俺は戦闘職ではない。
キャンプを守りつつLPの切れたメンバーに支援アーツで回復を飛ばす為には、どうしても戦線から一歩引いたところに立つ必要があった。
「レッジさんが戦況を見ながらピンチヒッターに入ったり、敵の位置を教えたりしてくれるおかげで、レティたちも有利な環境で戦えてたんですよ」
「やっぱり敵が間近にいると周りのことが分からなくなるのよね」
レティとエイミーがトーカの言葉を引き継いで言う。
二人は特に戦闘中周囲の状況が分からなくなる傾向があるから、特に実感しやすいのだろう。
「それくらいなら、ラクトができるんじゃないのか」
「できるわけないでしょ。わたしだって一杯いっぱいだよ!」
軽い気持ちで言うとラクトは水色の髪を逆立てて否定する。
「とにかく、レッジさんがいないとまともに戦えないんです。多分レティが〈野営〉スキル上げても、ラクトが指揮に集中してもダメですね」
「そうなのか……」
そこまで言われてしまえば、正直悪い気はしない。
望んだ物とは言え俺のビルドは中途半端な浪漫構成だ。
それでも居場所があるというのは安心する。
「一人や二人の少人数で出かける分にはいいんだけどね。やっぱり5人以上になると正直辛いわ」
今後〈鎧魚の瀑布〉のボスを探索するのならば、〈白鹿庵〉全員での行動を余儀なくされるだろう。
その中に自分が不可欠な存在であると認められたのは、純粋に嬉しい。
「なるほどな。そういうことなら俺も頑張るよ」
「あ、でもちゃんとリアルでの健康にも気を遣って下さいよ!」
「分かってるよ」
慌てて腕を振って言うレティに苦笑する。
俺だって早死にはしたくないからな、今後は適度なバランスを取っていく所存である。
「それで、俺がいない間にレティたちは何してたんだ?」
「ロール任務に行ってたんです。瀑布だけだと足りなかったので、霊峰と断崖と丘陵にも少しずつ足を伸ばしてました」
「ぐおお、いいなぁ。俺もまだ行ってないんだよ……」
五人でのプレイも多少の苦労はあれど楽しんでいたらしい。
俺はずっと〈鎧魚の瀑布〉に集中していたから、なんだかんだと言いつつまだ他の三つには足を踏み入れていないのだ。
「それで無事に
「はい、つつがなく」
レティは部位破壊能力、ラクトは命中率、エイミーは素手テクニックのディレイ短縮、ミカゲは忍術テクニックの効果、それぞれに補正の掛かる能力を得たらしい。
ロール特有の
「あれ、トーカはロール能力取ってないのか?」
レティの話の中にトーカの名前が出てこないことに気づき、首を傾げる。
するとトーカは少し口元を緩めて事情を話した。
「私はサムライという〈剣術〉〈鑑定〉〈歩行〉スキルが条件の複合ロールなんです。ですからロール任務の難易度も高くて、まだ達成できていないのです」
「なるほどな。俺の
レティたちのように一つのスキルのレベルを条件とするロールを単体ロールと言い、トーカのように複数のスキルのレベルを条件とするロールを複合ロールと言う。
複合ロールの能力の方が単体ロールよりも効果が良いが、その分獲得難易度も高いのだろう。
「サムライの能力獲得条件は何なんだ?」
「居合い系テクニックでクリティカルダメージを出しながらエネミーを倒すことですね」
「なるほど。敵は区別しないのか」
「はい。極論を言えば〈始まりの草原〉のグラスイーターでも良いですよ」
とは言えそれでは経験値も入らないだろうし、やり甲斐もないのだろう。
「俺も
俺だけ能力を持っていないというのも嫌だし、早く追いつきたい。
そう思って言うとレティたちも賛同してくれた。
「もし
「ですね。レッジさん、期待してますからね」
レティに熱い視線を注がれてはたと気付く。
「……あー。そういえば俺のテント、また一番最初のベーシックに戻ってるんだったな」
「えっ」
途端に周囲の目が凍り付く。
レティたちに色々褒められていい気になっていたが、よくよく考えてみると俺のキャンプはまたヒヨコに戻っている。
「あー、まあ、少し……多少……結構能力は落ちると思うが……」
乾いた笑いを浮かべつつレティたちに言う。
先ほどまでとは一転して仏頂面になる彼女たちは、やがて堪えきれず小さく吹き出した。
「ふふっ。そう言えばそうだったわね」
「完全に忘れてたなぁ。レッジのテント、ウェイドの真ん中にあるんだよね」
「まあ、大丈夫ですよ」
レティが頷く。
「テントはまた強化すればいいんですよね。そのためのお金稼ぎも兼ねて、ということにしましょう」
「そうですね。私たちも協力させて下さい」
トーカが言いミカゲが頷く。
彼女たちの温かな言葉に目頭が熱くなるのは、恐らく年のせいだろう。
「ありがとう。――じゃあ行くか」
そうして俺たちは気を取り直し、白鹿庵のドアを開くのだった。
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Tips
◇単体ロールと複合ロール
単一のスキルのみで条件を満たすロールを単体ロール、複数のスキルを必要とするロールを複合ロールと言う。一般的な傾向としては単体ロールよりも複合ロールの
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