第139話「不在の存在」

「今日はレッジ休みなのかぁ。なんだか珍しいね」


 ラクトが円卓を囲むスツールの一つにちょこんと腰を下ろし、クルクルと回転しながら言う。

 彼女の言葉は他のメンバーたちも同感であり、エイミーなどはうんうんと深く頷いていた。


「むしろ今までがプレイし過ぎてたんですよ」

「たしかに、私がいつログインしてもレッジさんはいらっしゃいましたね」


 頬を膨らせてつんとするレティにトーカも過去を振り返る。

 とにかく彼女たちにとってレッジはいつログインしても当たり前のようにいる存在だった。


「それでどうするの? 私たちだけで源石集めに行くの?」

「はい。そのつもりですよ」


 レティは鈍色のハンマーを取り出してやる気を見せる。


「レッジさんがいなくてもレティたちなら余裕ですから!」

「とは言っても、〈鎧魚の瀑布〉のボスって誰も見付けられてないんだよねぇ」


 表情に自信を漲らせるレティとは対照的に、ラクトは少し不安げだ。

 〈鎧魚の瀑布〉が発見されてから既にそれなりの日にちが経っているというのに、一帯を支配する生態系の頂点――ボスは未だに発見されていない。

 正体が分からないものに対策が立てられるはずもなく、どこをどう探せば見つかるかも分からない。


「レッジのテントがないと、夜を越すのは大変じゃない?」

「ふっふっふ、ラクトは何か忘れてやしませんか?」


 憂うラクトにレティは不敵な笑みを向ける。

 彼女は周囲の視線が集まる中、思い切り胸を張って高らかに声を上げた。


「レティだって〈野営〉スキルは持ってるんですよ!」

「……いや、レベル5じゃん」

「うぐっ」


 しかし彼女の宣言も虚しく、ラクトの冷静な突っ込みで瓦解する。

 レッジが多用している『野営地設置』はレベル10テクニックだ。

 レティの今の〈野営〉スキルでは成功率は五割程度である。


「それにレティ、テント持ってないでしょ」

「ぐ、それは……今から買いに行きます……」


 更なるエイミーの追撃。

 レティは眉を寄せ、視線を逸らして弁明する。


「でも焚き火とかならできますから、最低限の獣避けならできますよ」

「ほんとにぃ?」

「ほんとほんと。レティが嘘ついたことあります?」


 赤い瞳をうるうるとさせてレティはラクトに迫る。

 レッジがいるときとは少し様子の違うレティに、彼女は内心げんなりと肩を落とす。


「……それなら、ロール任務、やらない?」


 そこへ、すっと細い手が上がる。

 手の主――ずっと小上がりに座って傍観していたミカゲが覆面越しに籠もった声で言う。


「ロール任務。能力アビリティ獲得のための任務ですか」


 姉の補足にミカゲは頷く。

 ロールは特定のスキル条件を満たすことで自動的に付与されるものだが、そのロール特有の能力アビリティについては任務を達成する必要がある。

 彼女たちはいま、ロールには就いているもののその能力アビリティを保持していない状態なので、彼の提案は理に適っていた。


「レティは〈熟練鎚使いエリート・クラッシャー〉ですね。能力アビリティ獲得の条件は、原生生物の部位破壊を一定数以上とかでしたかねー」

「〈熟練弓師エリート・アーチャー〉は一定以上離れたところからの射撃でエネミーを倒す、だね」

「〈熟練格闘家エリート・ファイター〉も似たような物ね。素手か素手武器でエネミーを倒す感じ」


 レティたちはそれぞれに、自身のロール任務の条件を話す。

 三人とも事前に情報は集めていた。


「トーカとミカゲはどんなロールでしたっけ?」

「私はサムライですね。〈剣術〉〈鑑定〉〈歩行〉スキルが条件です。ロール任務は刀カテゴリの武器でエネミーを倒すことです」

「……僕はニンジャ。〈忍術〉スキルのロール。任務は……暗殺」


 トーカとミカゲも自分たちのロールについてはしっかりと調べており、全員が戦闘系のロールということもあり能力獲得条件が似通っていることが早々に判明する。


「それじゃあどっちにしろ全員で狩りに出かけたほうがいいですね。塔で任務受けて出かけましょうか」


 レティが陣頭指揮を執り、彼女たちは行動方針を定める。


「あら、今から出かけるの?」

「カミルですか。おつかれさまです」


 新天地の方のドアに手を掛けた彼女たちへ、階段を降りてきたカミルが声を掛けた。

 彼女はメイド服を着て、バケツと箒を持っている。

 日に一度建物全体の掃除をするという、メイドロイドとしての仕事をこなしていたらしい。


「皆で狩りに行ってきますので、お留守番お願いしますね」

「ん、行ってらっしゃい」

「はい」


 そっけなくひらひらと手を振るカミルに苦笑しながら、レティたちはドアを開く。

 ぞろぞろと外へ出て行く背中を見送って、赤髪のメイド少女は小さくあくびを漏らした。


「――お腹空いたわね」



「レティ、投げるわよ!」

「はいっ!」


 ワニの巨体が宙へ浮く。

 白い腹の下に潜り込んだエイミーの鋭い拳に突き上げられ、濃緑の身体が錐もみのように回転しながら彼女の意図した方角へと飛んでいく。


「はぃやあ!」


 待ち構えているのは鈍色のハンマーを振りかぶったレティ。

 彼女は正確にワニの下顎を捉え打ち上げる。

 鱗が割れ、骨が砕け、顎が破壊されると同時にその背中へ三本の矢が突き刺さる。


『よっし! いい感じ!』


 パーティで共有した遠隔通話でラクトが歓声を上げる。

 彼女は今レティたちの遙か後方の木の枝に立って弓を構えていた。


「行きます。彩花流、肆之型――『花椿』」


 ゆっくりと地に落ちるワニの首を銀が一閃する。

 鮮烈な赤の花弁が咲き誇り、鮮血が迸る。


「――『影縫い』『影の刃アサシネイトエッジ』」


 最後のとどめを刺したのは、突如影の中から現れたミカゲだった。

 彼がワニの影を踏むとその巨体は凍り、首を撫でた忍刀が僅かな命を刈り取る。

 ワニは彼の存在すら知覚できないまま永劫の眠りへと落ちた。


「ふぅ。やっぱり五人だとかなり楽ですね」

「一人一回手を出せば倒せる感じかな。割とパターンも掴めてきたかも」


 クラッシャークロコダイルを相手に何度か戦闘を経たレティたち一行は、緊迫した空気を解いて穏やかな雰囲気で口を開いた。

 そもそも全員が戦闘職として第一線を走るパーティである。

 レッジのキャンプによる回復がなくともワニ一頭程度なら難なくあしらえるだけの実力があった。


「だけど、一戦ごとに休憩を挟まないといけないのは結構手間だね」


 レティたちのもとへ駆けてきたラクトが自身のLPを見ながら言う。

 彼女だけでなくテクニックを多用するトーカやミカゲ、被弾が多くなるエイミーはLPが削れやすい。

 連戦できる場合も多いが、それも重なれば危機感を覚える域まで減少するため、定期的に休憩を取らざるを得なかった。


「レッジさんがいらっしゃれば、このあたりも楽なんでしょうか」

「そうねぇ。むしろ殆ど休憩なんて取らないかな。多少の被弾ならレッジの支援アーツで回復して貰えるし」


 パーティの中で最も被弾の多いエイミーと、LP消費の激しいラクトは共にレッジの回復能力に大きく頼っている。


「わたしは今回アーツを使ってないからそこまで気にならないかな。被弾もしないし。でもアーツ使うとしても事前バフはいつもみたいに景気よくできないだろね」


 弓を持ったラクトはそう言って、改めて日頃のレッジの支援力を実感したようだった。


「それに――『ガード』!」


 突然エイミーが走り出し、木陰から飛び出してきた黒い影を両腕の盾で阻む。

 新たに現れたクラッシャークロコダイルは、金色の眼で彼女らを睨み付ける。


「テントのエネミー避けがないから、こうして襲って来られるのも厄介――ですね!」


 レティがハンマーを振り上げながら言う。

 彼女たちがLPを回復させている間にもエネミーは容赦なく襲いかかってくる。

 フィールドの真ん中で心休める場所がないというのは、彼女たちに少なくない負担をかけていた。


「ああもう! 面倒くさいですね」

「レティ、落ち着いて――」

「とりゃぁあああ!」


 溜まった鬱憤を全て吐き出してレティはワニの腹へ鎚を打ち込む。


「しまっ!?」


 しかし乱暴に放たれた攻撃は狙いが僅かに逸れて、ハンマーヘッドは硬い甲殻に阻まれる。

 ビリビリと痺れるような衝撃を伝えるハンマーをレティは思わず放り出す。


「レティ!」

「レティさん!」


 ラクトが矢を放ち、トーカが刀を振る。

 雨のように降り注ぐ攻撃にクラッシャークロコダイルは瞬く間に斃れるが、レティはそれを見下ろしてがっくりと肩を落とした。


「うう……すみません、助かりました……。やっぱり調子狂いますね」


 そうして彼女たちはその後も、一人欠けた言い得ない違和感を抱きながら狩りを続けた。


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Tips

◇ロール任務

 特定のロールを持つ調査開拓員に向けられた特別な任務。ロール特有の能力アビリティを獲得するためのものから、通常任務よりも難易度が高く報酬が多いものまでいくつか存在する。


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