第137話「餓狼の鋭牙」
「――貴方、“覚悟”できてる人だね」
「はぁ……」
〈鎧魚の瀑布〉で依頼を回して金を稼いだ翌日、俺はスサノオにあるキャンプ用品専門店〈アルドニーワイルド〉を訪れた。
昨日失った簒奪者のナイフの後継を探すためだ。
ずらりとガラスケースの中に並んだ様々なナイフを前に迷っていると、テンガロンハットを被ったダンディな店主が突然やってきて、先ほどの台詞を放った。
「えっと、それはどういう?」
「ナイフの扱いがとても上手いね。それにとても強い」
「はぁ……」
突然話しかけられたせいで混乱が収まらない。
〈解体〉スキルがレベル60であることを言っているのか、風牙流を習得していることを言っているのか分からないが、俺のステータスを参照した上で話しかけてきているらしい。
そもそも高級NPCでも自由に喋るのはウェイドだけじゃなかったのか。
「貴方に是非使って欲しいナイフがある。もし頼みを聞いてくれたら譲ってもいい」
「なるほど?」
店主の言葉と共にミニクエストが発生する。
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自由任務【浪漫を求めて牙を研げ】
発注者:HM型NPC-87
依頼内容;
貴方、“覚悟”できてる人だね。
うちのナイフを見る眼、ビビッと来たよ。貴方の腕を見込んで一つ頼みたいことがある。俺が情熱と浪漫と夢と希望を詰め込んだ新型の解体ナイフが完成したんだが、使用感を見て欲しい。とりあえず原生生物を倒して来てくれないか? 普通のナイフじゃ獲れないようなアイテムも獲れるはずだぜ。
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これはつまり、新しいナイフが貰えるということでいいのだろうか。
タダで貰えるなら渡りに船だ。
そんな軽率な気持ちでミニクエストを受注すると、店主から一本のナイフが渡される。
「餓狼のナイフ。餓えた狼のように獰猛な牙を持つ奇異なる形状の刃物、か。確かになかなか……」
僅かに青みがかった両刃のナイフだ。
片方の刃はストレートに広がっているが、反対にはギザギザと牙のような刃がついている。
グリップには革が巻かれ、柄尻には石突きのような金属部が装着されていた。
解体ナイフにしては大振りで、刀剣カテゴリの武器と言われても違和感がない。
これは確かに細かい作業を必要とする解体に使うのは難しそうだ。
「依頼の方は……いろんな所のエネミーを満遍なく倒す感じだな」
依頼内容は湖沼や荒野などいくつかのフィールドで原生生物を倒し、この依頼専用らしいアイテムを集めること。
それなりに量があるが、新しいナイフの慣らしだと考えればむしろありがたい。
「ナイフを買うための金が浮いたし、とりあえずテントを買ってくか」
予期せぬ幸運に感謝しつつ、貯めた金でベーシックテントを買う。
最低限テントさえあれば存在意義も確保できるのだ。
「よし、じゃあ行ってくる」
「……」
「あれ?」
店主に一声掛けて店を出ようとするが、店主は冷めた目で俺を無視する。
「おーい」
「ようこそ〈アルドニーワイルド〉へ! キャンプ用品ならなんでも揃ってるぜ」
「ううむ、やっぱりちゃんと会話ができるのはウェイドのNPCだけなのか」
「兄さんは何を探してるんだ? 相談にも乗るぜ」
すっかり元の定型文を繰り返すだけになってしまった店主に若干の落胆を覚えながらも今度こそ店を出る。
彼が饒舌になったのは俺がミニクエストの発生条件を満たしていたからだったようだ。
†
「――『二連突き』!」
紅刃がぶれ、瞬間的に二度の攻撃が白い鱗を貫き破る。
細長い舌を伸ばしながら絶叫し、スケイルサーペントは浅く水の張った泥のなかへと倒れた。
「まあこれぐらいは余裕になったな」
駆け寄ってきた白月の喉を掻き、早速餓狼のナイフに持ち替える。
「『解体』、うわぁ……これは……」
テクニックを使うと白蛇の体表に赤い線が這う。
だがそれは今までのものよりも更に細く複雑に絡み合っていた。
餓狼のナイフが上級者向けである由縁が分かり、思わず声を漏らす。
「とりあえずやるしかないか。白月、周りの警戒を頼む」
白月に守って貰いながらナイフを慎重に赤い線上に落とす。
「すごいな……」
殆ど抵抗なくスケイルサーペントの硬い鱗を貫く。
まるで豆腐か温めたバターを切っているような感覚で少し違和感を覚えるが、慣れればとても快適になるだろう。
「しかしこれはなかなかだな」
赤線は身体全体を俯瞰すれば規則的な模様を描いている。
しかし細部に集中すると不規則かつ変則的な動きをしているように見えてしまってなぞるのも難しい。
大抵のエネミーの線は覚えてるが、これではまた覚え直し、それもかなり苦労しそうだ。
「できた! ぐぅ、五割行かなかったか」
最後まで線をなぞる頃には顔中に汗が滲んでいた。
そこまで苦労したというのに、スコアはいつもの半分にも満たない。
当然、クエスト用のアイテムも貰えない。
「白月、次に行くぞ」
すりすりと足に顔を擦りつけて慰めてくれる白月を撫でて立ち上がる。
「早いとこ終わらせて、レティたちが来るまでに間に合わせないとな」
テントと焚き火でLPを回復させながら、湖沼を巡回してスケイルサーペントを探す。
プレイヤーの殆どは隠遁のラピスのいる水中洞窟の方へと殺到しているから探して倒すのは簡単だ。
「さて――」
問題なのは解体作業である。
ナイフは今まで使っていた簒奪者のナイフよりもかなり大型で勝手が丸っきり違う上、複雑な線が厄介極まりない。
何匹もスケイルサーペントを切り刻みながらそのパターンを身体で覚えていくうちに頭の奥が熱くなってくる。
しかしずっと同じ事を繰り返していると、やがて悟りを開いたように心が澄み渡り――
「できた!」
十数体目でようやく、九割以上成功という結果を掴むことができた。
「これがクエスト用のアイテムか」
鱗蛇の虹鱗という見たことのないアイテム。
手のひらにちょこんと乗る小さな鱗だが、光にかざすとキラキラと虹色に輝く綺麗なものだ。
「これをあと……九枚か」
自分で口に出して絶望しながら立ち上がる。
しかしまあ、一度コツを掴めば大丈夫だろう。
「そういえばこのナイフも風牙流の技に使えるんだよな」
スケイルサーペントを探して湖沼を歩きながらふと気付く。
風牙流は槍と解体ナイフを使う、よく分からん技だ。
紅槍とナイフが揃ったのだからその技も使えるはず。
「しかしなぁ」
俺が使える風牙流の技は『群狼』と『山荒』の二つだけ。
どちらも多数と対峙した時に真価を発揮する前方扇状範囲技だ。
湖沼は敵がほとんど密集していないし、正直言って使い所がない。
「なんか都合良く三つ目の技を覚えられねぇかな」
なんてぼやくがそう上手くもいかない。
〈槍術〉スキルのテクニックもカートリッジショップで売っている基本的なもの以外、閃きで習得もしていない。
メインに据えているスキルではないとはいえ、少しもの悲しさも覚えてしまう。
「そもそも風牙流、スキル条件もあるのか俺以外に習得したって話を聞かないんだよな」
いくつかの流派は検証班の弛まぬ努力によってその習得法が解明されている。
それらは全て公式wikiで纏められているため後続のプレイヤーは好きな流派へ進むことができるのだが、そこに人気の差ができていた。
例えばトーカの彩花流はエフェクトの美しさや単体攻撃技と範囲攻撃技両方を備えている使い勝手の良さから特に女性剣士からの人気が高い。
それに比べて風牙流は槍だけでなく解体ナイフも必要であることが災いして、あまり話題に上がらない。
各流派の使い勝手なんかを評価してランク付けしているサイトもあるらしいが、怖くて見られない。
「そもそも、〈解体〉スキルと範囲技系流派っていうのが相性悪いんだよな」
解体で得られるアイテム量はエネミーの鮮度に強く影響する。
一体ずつ倒して解体できる単体攻撃技ではなく広範囲の敵を一網打尽にする範囲攻撃技は、解体する前にエネミーの鮮度が落ちてしまうため相性が悪い。
「別に開祖だから風牙流を覚えた人の数で何かあるってわけじゃないが、ちょっと歯がゆいよなぁ」
そんな事を思いつつ、スケイルサーペントを倒しては解体していく。
「ま、後続がいないなら開祖が突っ走るしかないよな」
今度からは一対一の時も使えるときは風牙流を使っていこう。
風で白蛇を切り刻み、俺は作業へ没頭した。
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Tips
◇餓狼のナイフ
餓えた狼のように獰猛な牙を持つ奇異なる形状の刃物。皮を裂き、肉を断ち、筋を斬り、骨を砕く。牙に斃れた者に敬意を持ち、余すことなく血肉を啜る。大振りで重く、複雑な形状をしているため扱いには卓越した技術を要する。
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