第136話「夢と現実と金」

 スキンを張りなおし、初期装備の白い上下に身を包むと、ひとまずは人らしい外見を取り戻すことができた。

 あとはネヴァの所へ行くか、NPCの修理屋に持ち込むか、どちらにせよ破損した武器と防具を直して貰わねばならない。

 溶鉱炉で機体もろとも溶けてしまったシャドウスケイル一式はともかく、蛇眼蛙手の紅槍と簒奪者のナイフは残っていると思ったのだが、レティたちがカミルを救出した際に喪失してしまったらしい。

 まあ、槍はネヴァに直して貰えるし、ナイフはそろそろ新しいものに買い換えてもいい頃合いだっただろう。


「ネヴァ、今忙しいか?」

『それなりにはね。何かご用かしら?』


 ネヴァに通話を掛けると、彼女は露店でも開いているのか時折客の対応をしながら応じてくれた。

 家具市に参加しているようだし今は稼ぎ時の真っ最中なのだろう。


「ちょっと武器と防具を全損してな。直して貰いたいんだが……」

『はぁ!? レッジあなた何やったのよ』

「話せば長くなる」

『分かった。とりあえず私のウチに来て頂戴。お店片付けて待ってるわ』

「すまないな」

『いいのよ。お得意様だしね』


 スサノオの方向へ拝みつつ、ウェイドの地下駅からヤタガラスに乗り込む。

 列車に揺られてスサノオへと入り、ネヴァの家へと急ぐ。


「あらまぁさっぱりしちゃって!」


 シャドウスケイルからすっきり簡素な初期装備に変わった俺を見て、ネヴァは呆れたようにため息をつく。

 事の顛末、カミルを助けた時の事を話すと、彼女は追加でもう一つため息を重ねた。


「レッジもだんだんレティに似てきたわね。というより隠れてたのが出てきた? なんにせよ、お似合いというか似たもの同士というか」

「俺はレティほど猪突猛進じゃないぞ」

「どの口が言うのよ」


 毅然として反論するも眉を上げて肩を竦められる。

 俺はレティみたいな若さとアグレッシブさはないのだが……。


「ナノマシン集合金属がかなり必要ね。防具の方は……。緊急バックアップデータカートリッジは持ってる?」

「あるぞ。データセンターで受け取った」

「なら大丈夫ね。よしよし、じゃあチャチャッとやっちゃいましょ」


 天叢雲剣の原形――細長い銀色の金属棒と、黒いデータカートリッジをネヴァに手渡す。

 武器も防具も溶鉱炉の中で溶けてしまったが、これさえあれば復活できる。


「そんなに時間掛からないし、ここで待ってて」

「はいよ」


 二階に上がって待つほどのこともないらしく、ネヴァは俺の隣で作業を開始する。

 武器も防具も製作や強化の際には素材が必要となる。

 しかしその素材をそのまま使わずナノマシンの構造模倣によって作られているようで、丸ごと破損しても元の素材を用意する必要はないのだとか。

 よく分からんが、便利なのはいいことだ。


「ふんふーん、ふふふーん♪」


 ネヴァは鼻歌まじりに俺から受け取った天叢雲剣を作業台に置き、何かのテクニックを使う。

 それと共に銀色のどろりとした液体を瓶から取り出し、流し掛ける。

 それらは彼女の手の中でぐにぐにと動き、紅刃の槍へと姿を変えた。


「クレイアニメーションみたいだな」

「おもしろいでしょ」


 少し得意げにいいながらネヴァは俺に紅槍を差し出してきた。

 ありがたく受け取り、軽く振り回す。

 以前のものと何も変わらない、しっとりと吸い込まれるように手に馴染む。


「防具もすぐに終わるからね」


 そう言って彼女は作業台についたスロットへカートリッジを差し込む。

 その上でナノマシンで構成された銀色の液体を操作すると、数秒後にはシャドウスケイル一式ができていた。


「はい、おわり」

「ありがとう。早いな」

「修理ならこんなもんよ。カートリッジがないとできないけどね」


 寂しい財布から代金を支払い、防具を着込む。

 いつもの感覚が戻ってきて安心する。


「今度はあんまり無茶しないでよね。こまめに修理する方が安上がりなんだから」

「ああ。肝に銘じるよ」


 わざわざ時間を割いて対応してくれたネヴァに礼を言って別れる。

 彼女は工房で追加の商品を作った後、また露店を開くらしい。


「あとは……金を稼ぐか」


 この後は何をしようかと少し悩んだが、何をしようにも懐が心許ないと何もできない事に気付く。

 新しい解体ナイフも買わねばならないし、〈鎧魚の瀑布〉のボスを討伐するにしても探すにしてもテントを張れないと存在意義がない。

 しかし以前使っていたテントはウェイドの中心に取り込まれたので手元にない。

 新しいテントを買い求めるためにも金を稼がねば。


「ああ、ネヴァにまたパーツを作って貰わないとな」


 さっき言えば良かったと少し後悔する。

 テントをアップグレードするには、彼女にパーツを作って貰う必要がある。

 ネヴァに連絡を入れると、彼女はそれも快く引き受けてくれた。


「新しいテントはどういう風にカスタムしようかね」


 以前のテント、仮に第一世代と名付けるアレは鋼鉄を多用した頑丈さ重視のテントだった。

 もはやテントよりも要塞と言った方が相応しいあれは内部の安全性という面では抜群の性能を誇っている。

 しかし第一世代最大の欠点がひとつ、展開が非常に遅く時間が掛かるというものがある。

 テントを取り出して展開し、設置が完了するまで、十分以上も掛かるのはなかなか大変だ。

 テントとしての気軽さをかなぐり捨てている。


「それに第一世代と同じ方向性をなぞるのも面白くないしな」


 〈野営〉スキルの愛好家が集う掲示板のスレッドでもテントのカスタムは千差万別、十人十色のバリエーションを見せている。

 せっかくまた一からやり直せるのだから、何かしら第一世代とは差別化してみたい。


「第一世代が防御特化だから、第二世代は攻撃特化にでもしてみるか?」


 想像するのはレーザー銃がずらりと並ぶテント。

 罠スキルで使うアイテムも混ぜれば、それだけで敵を寄せ付けないものになるのではないか。

 攻撃は最大の防御理論は、レティにもウケがいいだろう。


「しかしなぁ……。コストがバカみたいに高くつきそうだ」


 レーザー銃のバッテリーは一発につき五万ビット。

 罠も使い捨てのモノが多い。

 金欠に喘いでいる今、現実味がないのは否めない。


「他には……車輪でも付けるか?」


 そんなことができるのか。

 そもそもそれはテントと言えるのか。

 色々問題がありそうだし、レティたちにも色々言われそうだ。

 しかしデカいタイヤや無限軌道で移動するゴツい移動施設というのも男心をくすぐられる。


「ま、結局は金なんですけどね」


 ふと所持金を見て夢から醒める。

 まずはとにかく、テントを買えるくらいに稼がねば。


「――さて、じゃあ任務でもこなしましょうかね」


 傍らの白月を撫でて中央制御塔へ向かう。

 端末で適当に楽に稼げそうな依頼を受けて、ヤタガラスでウェイドに戻る。

 〈鎧魚の瀑布〉で素材を集める依頼を中心に受注したのだ。


「白月、周りの警戒を頼む」


 ウェイドを出てフィールドに入りながら言う。

 白月は一つ鳴くと、身体を霧に変えて俺の周りを取り囲んだ。

 武器も防具も直って、〈槍術〉スキルもレベル60になってはいるが、俺は戦闘職ではない。

 依頼にもそういうものはないし、できる限り戦闘は回避していきたかった。


「まずは青リンゴの収穫からだ」


 霧になった白月に声を掛け、俺は森の中へと踏み入っていく。

 余分にいくつか収穫してカミルへの手土産にしようと考えながら。



 コーン、コーン、と長閑な音が深い森に響き渡る。

 霧の立ちこめる濃緑の中で、太い幹が葉を揺らしながらゆっくりと倒れた。

 大地を揺るがし幹は地につき、すぐさま枝を落とされ皮を剥がれる。


「やっぱり〈解体〉があると効率いいんだろうなぁ」


 ナイフでザクザクと丸太を整えながらそんなことを呟く。

 〈採掘〉〈収穫〉〈伐採〉と、〈解体〉スキルに並ぶ採取系スキルを全て習得しているが、その中でも〈伐採〉スキルと〈解体〉スキルの親和性は頭一つ抜けている。

 鉱石は掘るだけ、果実や野菜は収穫するだけでアイテムが入手できるが、木はこうして切り倒した後に手を加える必要があった。

 そこに〈解体〉スキルが光るのだ。


「よし、木材も集まったな」


 今はナイフを買う金もないからそのありがたみがよく分かる。

 丸太が光の粒子となって砕けインベントリに素材が入るが、その数はかなり少ない。

 世の木こりたちは〈解体〉スキル無しで木材を集めてるのか……。


「これでナイフくらいは買えるかね」


 重量も限界を迎え、白月と共にウェイドへと戻る。

 達成した依頼を報告するとビットが振り込まれる。

 レティたちへの返済に充てる分も稼ぐ必要があるから、まだまだ道のりは遠いがなんとか目処は立った。


「よし白月、もう一回行くぞ」


 新しい任務を受注して、森へとんぼ返りする。

 そうして俺は眠気が限界を迎えるまで森と制御塔を往復し続けるのだった。


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Tips

◇緊急バックアップデータカートリッジ

 バックアップセンターでビットと引き換えに発行される特殊なカートリッジ。内部には防具の構造データが記録される。非常に重量があり、またインベントリ以外のストレージに保管することができず、他者へトレードすることもできないという扱いにくい物ではあるが、危険な状況が予想される場合には優れた保険として機能する。


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