第135話「円卓に並ぶ六人」
「ではレッジさん、改めてお話を伺いましょうか」
テーブルの上に肘をつき、両の指を絡ませたレティがじとっとした目つきで俺を見る。
彼女の左右にはラクト、エイミー、トーカ、ミカゲの〈白鹿庵〉が勢揃いし、大部屋に運び込まれた大きな円卓に並んでいる。
俺は彼女らと対面する形で椅子に座り、膝に手をついて肩を縮めていた。
「ええっと、カミルと一緒に掃除をしたら〈家事〉スキルが解放された」
簡潔に言えばこの一言に終始するのだが、レティたちはそれを聞いて悩ましげに額に手を当てる。
エイミーは乾いた笑みを浮かべているし、ラクトはもはやどこか悟りの境地に至っているようにも見える。
「まあ、詳しいことは掲示板にも書いたので……」
「知ってますよ。ていうかwikiにも速攻纏められてます」
流石だな、仕事が早い。
「何を感心してるんですか。なんかもう、レッジさんって棒に当たらずに歩けない犬みたいですね」
「なんてひどいことを……」
「いや、割と妥当でしょ」
レティのあんまりな言いように愕然とすると、ラクトが無情にも顎を引く。
トーカは笑っているし、ミカゲはいつもの如く覆面で表情が読めない。
「それで、カミルはいまどこに?」
レティが部屋の中を見回して言う。
彼女たちがスサノオの家具市で買い集めてきた調度品は暖かな木製で揃えられ、統一感のある居心地のいい空間を形成している。
窓枠には観葉植物の小さな鉢が置かれ、部屋の一角にはミカゲの要望を汲んだ畳敷きの小上がりもあった。
とりあえず一通りの体裁は整えられた大部屋だが、そこにはカミルの姿がない。
「新天地の方に行ってるよ。ミモレと話してるんじゃないか?」
俺は後ろにある喫茶店の方を向いて言う。
掃除も終わり、手隙になったカミルを新天地の方へ送ったのは俺だ。
レティたちに詰められるのは俺だけでいい。
「久しぶりの姉妹歓談なんだ、邪魔してやるなよ」
「むぅ、分かってますよ」
ばっさりと言ってしまえばカミルもミモレもNPCで生身の人間ではないのだからそのような気遣いは不要なのだが、レティも彼女たちをそのように扱うのは気が引けるらしい。
「そのかわり、レッジさんには洗いざらい話して貰いますからね」
「お、おう……」
ずい、とテーブルから身を乗り出して迫るレティにおずおずと頷いて、俺はカミルと話したことも含めて全てを話す。
「なるほど、NPCからは〈家事〉だけじゃなく色々教えて貰えそうだね」
「調教師っていう職業のNPCもいるってことよね。ひまわりちゃんたち、大変そうねぇ」
ラクトが腕を組みうんうんと頷く。
エイミーは頬に手を添えて、今まさに町中を駆け回っているであろう黒ゴスロリの少女の身を案じた。
「それで、レッジさんはどうなさるんですか?」
そこへトーカが口を開く。
その質問の真意が掴めず首を傾げると、彼女は更に続けた。
「その〈家事〉スキル、レッジさんは今後も鍛えていくんですか?」
「ああ、今のところそのつもりだ。レベル上限にもまだまだ余裕があるしな」
それに、〈家事〉スキルは〈野営〉ともどこかにシナジーがありそうな気配がする。
完全に勘ではあるが、家を管理する〈家事〉と野で営む〈野営〉なのだから筋は通っているはずだ。
「そういえばスキルキャップも上げないといけないですね。レティ、そろそろ〈杖術〉を鍛えたいです」
「わたしも〈攻性アーツ〉を伸ばしたいなぁ。〈弓術〉ももうちょっと欲しいし」
スキルの話から話題が少し逸れていく。
バンドやデコレーションやと新規コンテンツが立て続けに実装されたせいで忘れかけていたが、それらと同時にスキルキャップの解放手段も告知されたのだ。
「源石を使うんだっけ? 勾玉の機能拡張と違って、一回倒したボスでもいいんだよね」
すかさずエイミーがwikiを開きながら言う。
八尺瓊勾玉の機能拡張、LP生産量か最大値の引き上げには同一ボスの源石は一つしか使えない。
しかしスキルキャップを60から解放することには、同一ボスの源石でも良いということが判明している。
「しかし、今はどこのボスも混雑してるんじゃないか?」
「たぶんね。それに対応する源石を使わないといけないし」
俺が表情を曇らせると、ラクトもそれに続く。
源石によるスキルキャップ開放が告知されてまだ一日も経っていないし、今頃はどのボスにも人が殺到していることだろう。
更に言えば特定のスキルのキャップを解放するためにはどんな源石でも使えるという訳でもない。
〈鑑定〉スキルのテクニック『素材鑑定』からの派生で『源石鑑定』というものがある。
それによってボスからドロップした源石を鑑定し、どのスキルに使える源石なのかを判別しなければならないのだ。
「ボスからドロップした未鑑定の源石を白石と言うようですね」
「そうなのか?」
「はい。それに対応して鑑定後の源石は色石と言うようです。戦闘系スキルの源石は赤色、生活系なら緑、アーツ系なら青、生産系なら黄色と色が変わるようなので」
「なるほどなぁ」
トーカの話に思わず頷く。
鑑定後の源石の色で、ある程度の判別は付けられるらしい。
それが優しさか残酷さかは分からないが。
「……スサノオ、の塔の周りに、露店がいっぱいあった」
そこへ小さくミカゲが呟く。
露店では源石が並べられており、白石なら多少安く、色石は名前の通り色を付けて売られていたようだ。
「そこで買ったのか?」
「……まだ出回ってないから、高かった。白石で一万ビットくらい。色石はそれよりも五千ビット高い」
「おお……なかなかだな……」
今は需要が大きく供給がかなり小さい。
この価格も今は到底手が出せる物ではないが、時間と共に低くなっていくだろう。
しかし安くなるのを待って露店で探すのもいいだろうが……
「何言ってるんですかレッジさん。自分たちで獲ればゼロビットですよ!」
赤い目に闘志をメラメラと燃やす戦闘民族が一人。
「ふふ。わたしの氷が火を噴くぜ」
いや、隣にもう一人。
ていうかそれはなんか矛盾してないか?
「まあみんな源石は欲しいもんね。私も張り切っちゃうわよ」
レティとラクトを見てぎゅっと手を握るエイミー。
彼女の言うとおり、テーブルを囲む六人全員が源石を必要としているのだ。
「とはいえどこも混んでるのは確実だ。自分たちで獲るっつっても順番待ちになるんじゃないか?」
「レッジさんも頭が硬いですねぇ」
ちっちっち、と人差し指を振って鼻で笑うレティ。
あの長い耳を引っ張りたい衝動に駆られるが、ここは大人の余裕を見せるときだ。
「まだ誰も討伐、いえそれどころか発見すらしていないボスがいるじゃないですか!」
立ち上がり腰に手を当て胸を張り、レティは見事なまでのどや顔で言い放つ。
他全員が首を傾げる中、彼女は勢いよくテーブルに手をつく。
「〈鎧魚の瀑布〉――ここのボスを探して引きずり出してとっちめましょう!」
声高らかに宣言される。
たしかに、まだこのフィールドのボスは討伐報告が上がっていないし、そもそも発見すらされていない。
それは同時に実装された他三つのフィールドも同様だ。
「……しかし、ほんとに見付けられるのか? ていうか、強いんじゃないか?」
「何をぐちぐち言ってるんですか。できない理由を並べるよりも、できると信じて行動あるのみ。決めたその日に即時決行、今日を逃せば明日はないですよ!」
一つ言えば百の言葉で返される。
完全にスイッチの入ってしまったレティは頬を赤くし、背後に炎の幻影すら見せる。
「さあ早く行きましょう。一刻の猶予もありませんよ、今も沢山の人たちが血眼になって探し回っているのですから! ほら、ほらほらほぎゃっ!?」
「レティ、ちょっと落ち着きなさい」
感情が高ぶるままに舌を回すレティの耳の間に軽い手刀が落とされる。
手刀の主、エイミーがやれやれと肩を竦めて彼女を椅子に座らせた。
「とりあえず今日はもう遅いわよ。レティちゃん大丈夫なの?」
「はえ? ほわああ!? も、もうこんな時間!? ママに怒られる……」
エイミーに促されたレティは時間――
そうして先ほどまでの艶々とした表情を一転、幽鬼のように青白い顔をして口を開いた。
「……すみません、皆さん。レティはこのあたりでログアウトさせて頂きます」
「おう。夜更かしはしない方がいい」
こっちは明け方だが、あっちはこれから真夜中に入るところだ。
「すみません、私とミカゲもそろそろ」
「じゃあわたしもログアウトしようかな」
「私も。この歳になると夜更かしできないのよねぇ」
レティに続き、トーカとミカゲ、ラクト、エイミーもディスプレイを操作し始める。
「おう。おやすみ」
光の粒子となってこの世界から消えていく五人を見送る。
先ほどまでの賑やかな騒ぎも遠ざかり、ランプの明かりに照らされた部屋に一人残される。
「ま、俺は花の独身貴族。これからが本番なんだがな」
にやりと笑って一人呟く。
未発見のボスを討伐するのなら、俺もいつまでもスケルトンのデッサン人形でいる訳にはいかない。
支度を調えドアに手を掛けると、キッチンの隅で眠っていた白月がついてきた。
「行こうか」
そうして俺は一人、明け白む町へと繰り出した。
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Tips
◇露店
〈取引〉スキルで使用できる販売システム。アイテムを売る『露店販売』とアイテムを買い取る『露店買取』の二種のテクニックがある。町中でのみ使用可能。制御塔周辺の広場などアクセスの良い場所では露店が立ち並ぶ光景がよく見られる。
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