第134話「またやらかした男」

「掃除の具合はどうだ?」

「三階と二階の部屋は終わったわよ」


 シャクシャクと丸のままのリンゴを囓りながらカミルが言う。

 俺はこの建物の所有者だからステータスウィンドウを呼び出せば分かることだったが、彼女の報告に目を見張る。


「思ってたより随分早いな」

「このアタシがやってるのよ? 当然じゃない。それにまだそんなに汚れてもないし」


 最後は少し声を落として言う。

 ともあれ、後は一階と地下だけらしい。


「よし、カミル、俺も手伝うぞ」

「いいって言ったでしょ。邪魔よ、邪魔」

「俺だって暇なんだよ」

「スキンでも張り直してきたらいいじゃない」


 じろりとカミルは俺を爪先から頭頂まで見上げる。

 あえてスキンを張っていない物好きなプレイヤーもいるらしいが、どちらかというと俺はスキンを張っていた方が安心する。

 ともあれ、今はそれよりもカミルと話す方を優先したかった。


「そりゃいつでもできるからな」


 お願いだ、と手を合わせて頼み込むとカミルは居心地悪そうに身を捩り大きなため息をついた。


「アタシ、教えるのは下手よ」


 彼女は協調性という能力が欠落している。

 それは既に知っているし覚悟の上だ。


「それでいいなら、見ててもいいわ」


 そう言って彼女は最後の一口を小さな口に放り込む。

 白月は早々にリンゴ一つを食べ終えて、元の場所で眠っている。


「とりあえず大部屋からね」

「おう。ちゃんと掃除道具は買っておいたからな」


 インベントリから箒を取り出して構える。

 こんなこともあろうかと、スサノオの片隅にある小さな店まで探しに行って揃えたのだ。


「それじゃあアタシは向こうから掃くから、アンタはあっちから来て頂戴」

「はいよ」


 指示された場所まで行き、箒を振る。

 こうして掃除するのは中学生の掃除の時間以来か。

 この世界ではまだ掃除機のような家電は見ていない。


「アンタも物好きね」


 掃きながらカミルが言った。


「そうか?」

「そうよ。普通掃除なんてアタシたちNPCに任せて、開拓調査に従事するものよ」

「生憎、そういうのはあんまり興味ないんだ」


 だから物好きなのよ、と彼女は言った。


「だがまあ、俺はあんまりここに帰れないかも知れないからな」

「……そうなの?」

「キャンプするのが趣味なんだ。テントを張りながら、この惑星ホシの色々な風景を見て回りたい」

「……そっか」


 彼女の声のトーンが少し落ち込む。


「だから、カミルに家を守って欲しい。俺たちが出かけてる間もこの家が誰かに取られないように」

「取られるって、そんなのあるわけないじゃない」

「分からんぞ。どっかから隕石が降ってくるかもしれん」

「そんなことになったらアタシの手には負えないわよ!」


 柄に手を乗せてカミルが頬を膨らせる。

 たしかに、そんなことになったら俺たちだってどうにもできないだろうな。


「まあでも、誰も居ない家に帰ってくるのは寂しいんだ。誰かが待っててくれると、俺たちだって頑張れるのさ」

「……そんなものでいいなら、勝手にすればいいじゃない」

「おう」


 箒が床をひっかく音が広い部屋に反響する。

 家具も何もない室内では、静寂がよく響く。


「掃き掃除が終わったら拭き掃除! 雑巾は持ってるの?」

「おう、お掃除セットを買ったからな」


 俺の言葉を背中で受けながらカミルはキッチンでバケツに水を溜める。

 そこに雑巾を突っ込めば、絞る必要なくぬれ雑巾になる。


「便利だな」

「何言ってるの?」

「なんでもない」


 タッタッタ、と軽快な動きで雑巾がけをしていくカミル。

 なるほど確かに優秀な働きぶりである。


「アンタは窓枠とか拭きなさい」

「はいよ」


 言われたとおりに窓枠やキッチンの細々とした場所を拭いていく。

 あんまり汚れていないが、拭けば雑巾が黒くなる。


「仕事がないときは隣の喫茶店行っててもいいからな」

「なんでアタシがそんなところに行かないといけないのよ?」

「あそこでミモレが働いてるから」

「なっ!? だ、だから何だって言うのよ。別に会いたいなんて思ってないわよ!」

「はは、そうか。ま、気が向いたら会いに行ってやってくれ。ミモレがいなかったら俺はカミルと出会えなかったんだ」

「……気が向いたらね」


 少し足音を大きくしてカミルが言う。

 その後は彼女は押し黙り、俺も心地よい静けさに身を任せて掃除を続けた。


「今はホコリもないし軽く掃いて拭くだけで十分ね。地下に行くわよ」

「はいよ」


 掃除道具を持って地下に移り、同じ作業を繰り返す。

 そうすることで建物の清掃度が回復していき、綺麗な状態が保たれる。

 清掃度は時間経過で減少して、一月程度で底になる。

 カミルのようなメイドロイドが常に細やかな掃除をしてくれれば問題ないが、給金を払わなかったりすると働いてくれなくなるので要注意だ。


「これでだいたい終わりね」


 額を拭いカミルが言う。

 声が若干明るく、晴れ晴れとした様子だ。


「おう、なんとなく覚えたぞ」

「これで全部じゃないんだからね。家具や敷物は素材に合わせて手入れしないと行けないし、洗濯とか修理なんかも家事に含まれるんだから」

「そうか、結構多岐にわたるんだな。……おっ?」


 その時、ピコンと通知が来る。


『新たに〈家事〉スキルが解放されました』

『〈家事〉スキルがレベル1になりました』

『デコレーション〈執事見習い〉を獲得しました』


 ……なんだこれ。

 首を捻り、ログを二度三度と読み返す。


「……今まで〈家事〉スキルなんて無かったよな。〈鍛冶〉スキルならあったが」

「どうしたの?」

「いや、ちょっとな……」


 不安げに首を傾げるカミルに見られながら、wikiを確認する。

 やはり〈家事〉というスキルはない。

 しかしステータスウィンドウを見ると、確かにそのスキルがレベル1で表記されている。

 習得テクニックは『拭き掃除』と『掃き掃除』、更にレベルに応じてメイドロイドの能力値が上がるという文言も。


「……またなんかやっちゃいました?」


 カミルがねじ切れそうなほど首を曲げる前で、俺はぽつりと呟いた。

 新しいテクニックはそれこそ毎日のように発見されwikiに追記されているが、全く新しいスキルが実装されたなどという話は聞いたことがない。


「なあ、カミル」

「なぁに?」

「俺たちが新しいスキルを覚える事ってあるのか?」


 NPCの認識が知りたくて尋ねてみる。

 すると彼女はきょとんとして頷いた。


「そりゃあ、あるでしょ。アンタはアタシに家事を習ったんだし、〈家事〉スキルが解放されるわよ」

「ええっ、そんな当たり前のことなのか!?」


 至極当然とばかりに言われ俺の方が驚いてしまう。

 突然声を大きくした俺に、カミルは眉間に皺を寄せた。


「当然じゃない。メイドに家事を教われば家事ができるようなるし、調教師に技術を教われば動物だって手懐けられる。……もしかして知らなかったの?」

「し、知らんかった……。そんな仕様があったのかよ」


 仕様? とカミルが首を傾げる。

 その言葉は通じないらしい。

 よく分からん……。


「アンタって自分のこと何にも分かってないのね。バカなの?」

「そ、そこまで言うか」

「アンタたちは高級NPCのアタシよりもずっと高性能な頭をしてるんだし、拡張性だって比べものにならないほど高いわ。アタシたちにできることが、アンタたちにできないわけがないでしょ」

「そう言われてみれば、確かに筋は通ってる……のか?」


 カミルは腕を組む俺を見て苛ついているのか赤髪を指に絡ませる。

 彼女たちの常識は俺たちの非常識。

 NPCはただ仕事をするだけの存在かと思っていたが、かなりの可能性を秘めているらしい。


「しかしこれは大変なことになったぞ。またレングスとひまわりが悲鳴を上げそうだ」


 恐らく誰も知らない、少なくとも公にされていない情報だ。

 これはウェイドだけでなくスサノオのNPCとも改めて話をする必要があるかもしれない。


「とりあえずバケツの水捨ててくるわよ」

「あ、ああ……」


 バケツを抱えて一階へ上がっていったカミルを見送り、俺はすぐさま掲示板を開く。

 そこで今起こったことを書き込む。

 新たに解放されたスキルのこと、カミルから聞いた話、NPCの秘めたる可能性。


「ああ、なんか懐かしさすら覚えるな」


 次の瞬間には怒濤の勢いを見せるコメントの激流を眺めて、俺は思わず脱力した。

 これはまた、レティたちが帰ってきたら一波乱ありそうだ。


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Tips

◇〈家事〉スキル

 家屋を管理するスキル。掃除や洗濯から簡単な修理までその内容は多岐に及ぶ。メイドロイドの持つ技術ではあるが、習得することも可能。その場合は共に作業するメイドロイドの能力も引き上げる。


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