第133話「赤髪と青リンゴ」
「――と、いうわけで我が〈白鹿庵〉の拠点の管理を手伝ってくれるメイドさんが決まった」
「よ、よろしくおねがいします」
パチパチと賑やかな拍手に迎えられ、カミルがおずおずとお辞儀をする。
彼女は青い患者衣を脱ぎ、新天地の制服よりは少しカジュアルな白いフリルで飾られたメイド服を代わりに着込んでいる。
色鮮やかな赤髪にはヘッドドレスがちょこんと載って、その下には緊張に忙しなく動く赤い瞳があった。
「カミルちゃん、これからよろしくお願いしますね!」
「ふ、ふんっ。アタシはコイツにどうしてもって懇願されたから来てやっただけなんだからね!」
右手を差し出すレティにカミルはつんとした態度で唇を尖らせる。
しかしレティは穏やかな表情を崩さず、伸ばした右手でカミルの赤髪を撫でる。
カミルは猫のように威嚇するが、構わず強引になでつける。
レティとカミル、髪と瞳の色を同じくする二人は――一方的にかもしれないが――端から見れば仲睦まじく、体格差も相まってミモレ以上に姉妹のように見えた。
レティだけではない、人によっては怒りそうな彼女の性格もを〈白鹿庵〉のメンバーは快く受け入れてくれていた。
「それでカミルちゃんにはどんなことをやって貰うの?」
エイミーが二人を見ながら言う。
「ガレージは何もしなくても、時間経過で汚くなっていくらしい。カミルは汚れたところから掃除して清潔度を保ってくれるんだ」
「掃除は任せなさい。アタシはテストで満点とってるんだからね!」
俺の説明を受けて、レティに抱きつかれたままカミルは胸を張る。
「地上三階地下一階の広さだが、一人で大丈夫なのか?」
「馬鹿にしないでよ! アタシに掛かればどれだけ汚れてたって……」
そう言ってカミルは周囲を見渡す。
今いる場所は〈白鹿庵〉の拠点、その一階にある大部屋だ。
ウェイドからしてできて間もなく建物も真新しいとは言え、薄くホコリが積もっている場所もある。
「ま、まあなんとかしてやるわ!」
「……俺もどうせ暇だから手伝うぞ」
「いいわよ! アタシの仕事なの!」
流石にこの広さを少女一人に任せるのは辛かろうと提案するも、カミルは強情に首を振る。
プライドにも関わるだろうし、ここは潔く引いておこう。
「けれど、拠点も決まってお手伝いさんも来てくれたので、本格的にバンド活動が始まりますね」
トーカが感慨深そうに言う。
バンドを始めるにあたって準備するべき事は大方終わらせたし、彼女の言うとおりこれから本格的に〈白鹿庵〉としての活動が始まる。
「さしあたっては、中に家具を入れないとね」
ラクトが殺風景な室内を見渡して苦笑した。
箱は用意できたが、中身がないというのは確かに問題だろう。
「木工職人が凄く張り切ってるみたいですよ。スサノオの広場で家具市なんかも開かれてるみたいです」
「どこもバンドを結成してガレージを契約してるだろうからな。需要はいくらでもあるんだろう」
先ほどネヴァに連絡をしたのだが、彼女もなかなか忙しそうだった。
彼女はこういう商機に敏感で絶対に逃さない。
「個室の内装は各自の自由にするとして、この大部屋はどうする?」
「とりあえず、皆で囲めるテーブルと椅子が欲しいですね」
「明かりもね。昼間でも結構薄暗いし」
「部屋に戻らなくてもここでゆっくりできるように、ゆったりしたソファとか欲しいわねぇ」
「お、お花を飾りたいです!」
内装の話になると、女性陣が俄に活気づく。
彼女たちは口々に理想の家具を言い合って、大部屋をどのように飾るか構想を練る。
「ミカゲは何か要望あるか?」
「……畳がほしい」
「なるほどな。どっか一角を一段上げて畳を敷いてもいいかもなぁ」
ウェイドに四季があるのかは知らないが、冬になったらそこにこたつを置くのもいいかもしれない。
「レッジ、もう用が済んだなら勝手に掃除しちゃうわよ」
そこへカミルが服の裾を引っ張りながら言う。
彼女の手にはいつかミモレが持っていたような、長柄の箒が握られていた。
「ああ、頼むよ」
「まっかせなさい!」
彼女は勢いよく頷くと、小走りで階段を登っていく。
上から順に掃除していくらしい。
「レッジさん、早速家具を買いに行きませんか?」
レティが声を掛けてくる。
俺は少し悩んだ後、首を振った。
「いや、俺はちょっとここに残る。レティたちだけで行ってくれ」
「いいんですか?」
「ああ、いいのを選んできてくれ。俺は……ちょっと白月を見てる。それに今はこんな格好だしなぁ」
カミルを廃棄場から連れ戻す際に俺は死に戻った。
元の機体は溶鉱炉でドロドロに溶けてしまって回収は不可能ということで、現在はスケルトンである。
早めにネヴァにアポを取って装備類を直してもらわないといけないのだが、向こうも立て込んでいるようだしな。
「……そうですね。わかりました」
レティは頷き、ラクトたちを引き連れて新天地の方から出発する。
「あれ、ミカゲは行かないのか?」
「……あの中には、付いていけない」
遠い目でしみじみと言うミカゲ。
たしかにあの中に男一人は肩身が狭いかも知れないな。
「ウェイド、見てくる」
「おう。なんか面白いもん見付けたら教えてくれな」
ふらりと手を振って、ミカゲは路地側――元々の玄関から外へ出る。
ガレージには掃除中のカミルと俺、そしてキッチンの傍でうずくまる白月だけになった。
「白月、大丈夫か?」
目を閉じてゆっくりと呼吸する白月の元へと歩み寄り、しゃがみこんで顔を近づける。
廃棄場の灼熱にやられ、俺が無茶をさせたせいか、彼はこの建物に辿り着くと同時に倒れ込んでしまった。
「眠ってれば回復するらしいが……」
パートナーである俺には、彼のステータスが分かる。
体力と疲労度が殆ど底を突いていたが休んでいる間に少しだけ回復していた。
とはいえまだ万全の状態ではない。
完全回復には時間が掛かるだろう。
「……なんか作ってやったら食べるかね」
部屋に備え付けられたキッチンを見て眉を寄せる。
アプデ待ちの暇な時間でスキル上げに明け暮れていたから、〈料理〉スキルもレベル60になっている。
大抵の料理なら作れるようになったが、白月が食べるようなものはそもそも作れるのだろうか。
「掲示板見てもそれらしい情報はないしな。そもそもパートナーがいるプレイヤーが四人しかいないし」
俺とアストラとあと二人。
白月とアーサーとあと二頭。
それ以外にパートナーとなったプレイヤーがいないこともあって、そもそも情報が絶対的に不足している。
白月以外のミストホーンが目撃されたという話も聞かないし……。
「果物なら食べるか?」
現実の鹿が何を食べるか知らんが、多分草食性だろう。
畑を襲うなんて話も聞くし野菜が用意できればいいんだが、生憎手持ちにはない。
代わりに〈収穫〉スキルで集めた果物類を出してみる。
「細かく切った方が食べやすいかね」
なんてことを考えてサクサクと皮を剥いてスティック状に切る。
〈鎧魚の瀑布〉で採れた青リンゴなら食べられるのではないかと考えた。
「ほら、どうだー」
黒く湿った鼻先に近づけると、白月は目を閉じたまま匂いを嗅ぐ。
そうしてゆっくりと舌を伸ばして器用に取っていった。
シャクシャクと咀嚼し飲み込む。
ステータスを確認すると、若干体力が回復していた。
「やっぱり食べるんだな。ほら、どんどん食べろ」
結局、白月は青リンゴを三つと半分ほど食べて寝てしまった。
残ったスティックは俺がありがたく頂くことに――
「ねえ」
「うわっ!?」
不意に背中から声を掛けられて飛び跳ねる。
慌てて振り向けば、ゴミの詰まった袋と箒を持ったカミルが立っていた。
「お、おう、カミルか。どうしたんだ?」
「アンタそれ何食べてるの?」
よくよく見てみれば彼女の視線は俺ではなく手元の青リンゴスティックに向いていた。
本人は隠しているようだが、チラチラと視線がそちらに引きつけられていて面白い。
ゆっくり左右に動かすと彼女の目もそれに倣う。
「遊ばないでよ! で、それはなんなの?」
「青リンゴだよ。……いるか?」
「いいの!? こ、こほん、どうしてもっていうなら食べてあげないこともないけど」
隠し切れない反応に笑いを堪えつつ、持っていた青リンゴスティックを渡す。
NPCでも食べられるのかと疑問に思ったが、そう言えば俺も彼女と同じ機械人形である。
カミルは青リンゴスティックを慎重に持つと思い切り歯を立てて齧り付く。
「~~~! な、なかなか美味しいじゃない!」
「そりゃどうも。つっても切っただけだが。……残りも食べていいぞ」
そう言ってまだ切っていない青リンゴも取り出して渡す。
「いいの!?」
言いながらカミルは俺の手から奪い取るように緑の実を受け取り、早速歯を立てる。
パリンと心地いい音と共に瑞々しい果肉が彼女の高エネルギー分解炉に放り込まれていった。
「気に入ったわ。こんなに美味しいのは初めてよ!」
「そうなのか?」
「格納庫に居たときはドロドロしたレーションが支給されてたから、生まれて一度もそれ以外食べたことないわ」
「そうだったのか……。俺は多少だが料理もできるし、たまに何か作ってやるよ」
「ほんと!? ま、不味いモノ食べさせたら容赦しないからね!」
「おう。任せとけ」
ドンと胸を叩くと、カミルはにこにこと年相応のあどけない笑みを浮かべる。
そうして彼女が最後の一切れを口に運ぼうとしたその時のことだった。
「あーん」
シャクッ
「……えっ」
彼女の小さな指に挟まれていた緑の皮の瑞々しい果肉が、横から飛び出してきた口に捉えられる。
俺とカミルが見る中、青リンゴが長いマズルの中に吸い込まれていく。
シャクシャクという爽やかな音がキッチンに響く。
「……白月、元気になったみたいだな」
「な、な――」
四本の足でしっかりと立ち上がった白月がむふんと鼻から息を吐く。
まだまだ完全とは言わないが、元気になったらしい。
そんな彼を見て、カミルがわなわなと震えていた。
「アタシのモノを勝手に食べるんじゃないわよぉぉお!」
ぼふぼふと白月の白い毛皮にカミルの拳が打ち付けられる。
しかし白月にダメージが通っている様子はなく、のんびりとあくびをしている。
「仲よさそうだなぁ」
「なんでそうなるのよ!? この鹿、致命傷あげるわよ! このっこのっ!」
シャクシャクと口を動かす白月と、彼をポコポコと叩くカミル。
俺はそんな光景を穏やかな心で眺めながら、インベントリにある二つの青リンゴをいつ出そうかと考えていた。
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Tips
◇青リンゴ
厳密には青リンゴではないが、見た目と味が似通っているため青リンゴと呼ばれている果物。豊富に水分を蓄えた瑞々しい果実は甘く美味。そのまま食べるだけでなくパイやジャムなどに加工できる。
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